521. 奇妙な姉妹・シャンガマックの剣お届け
ミンティンを呼んで、イーアンと親方が乗ったのが夕方4時前。
「最近。日が少し長くなったな」
浮上させた龍の背で、親方が言う。太陽の位置を見て、イーアンもそう思う。『もうすぐ春でしょうか』さっきもそう思ったことを話すと、親方も頷いた。
「イオライセオダは寒いし、雪が残る所もあるが。お前がさっき、人を護衛していた場所は、雪がなかっただろう?荒地の雪は、遮らない陽光で吸い込まれる速度が早いから、一時的でも春には、水が入った土に雑草も生える。うっすらだがな。もうじきだ」
言われてみれば、土埃の上がった一面荒野は雪も見えなかった。そういうことなんだな~とイーアンはお勉強。
北西支部に向かう間。下から声が聞こえた。イーアンよりも親方が先に気が付いて、下を見る。『あれ。さっきの馬の』親方の言葉にイーアンも下を見る。上を見て手を振っている。
「私。遠目が利きません。同じ方かどうかまでは」
「俺もお前しか見ていなかったからな。何かいるな、と思ったくらいで(※何か=ダビと女性と馬)」
降りるか?と親方に訊かれ、イーアンは躊躇。時間もあまりないし、早く支部に着きたい。親方がイーアンの戸惑いを見て『手だけ振って通過する手もある』と微笑む。イーアンも微笑み、そうすることにした。
ちょっと見えるくらいまで、腕を伸ばして手を振った。下にいた人たちは、もっと大振りに動いて、大声で叫ぶ。『イーアン』手招きもされている気がする。
「お前の名前だぞ。教えたのか?」 「いいえ。ダビが私の名を呼んだから、それでかも」
「無視すると面倒そうか?」 「どうでしょう。でも名前を呼ばれたら、ちょっとは挨拶しないと」
已む無くミンティンを降ろし、面倒そうなら親方が話を切ってくれるということになった。そうして呼ばれた馬のいる場所近くへ龍を降ろすと、馬に乗った二人連れはすぐに来た。
「イーアン。さっきは助けて下さって有難うございました!」
「あなたが。私たちを助けて下さったのですか」
馬上の若い女性二人は、龍から降りないイーアンと後ろの男性を交互に見ながら、男性を気にしているような視線でイーアンにお礼を言う。
「いいえ。それが仕事なのです。でもお礼を有難うございます。お帰りは?どなたかご一緒ではないの?」
イーアンが聞くと、イオライセオダの自警団がここまで送ってくれて、ここから先はもうレビドの自警団がすぐだから、と前の女性が教えた。『もうすぐなのです。良かったらお招きしたいのですが』手綱を取る女性はイーアンを誘う。
イーアンはお礼を言って、気持ちで充分と断った。姉妹なのか。金髪の癖も似ていて、ゆったりした長い金髪と薄青い瞳の色、白い肌、ちょっと目の大きな細い体、なのにお胸がしっかりあるのもそっくり(※羨ましい部分)。
よくこんな若い女性二人で、魔物もいる荒野に出たものだと、イーアンは少なからず意外に思ったが黙っていた。
彼女たちは自己紹介し、前の女性はレナタ、後ろの女性はミルカと名乗った。二人ともイーアンとタンクラッドを見ながら、少し緊張しているのか、頬が赤くなって声が時々小さくなっていた。
タンクラッドは無視。暫く二人を観察してから、後は違う方向を見ていた。イーアンもそろそろ行こうと思ったので、急ぐからと挨拶してお別れする。
レナタはイーアンの足に触れ『騎士修道会の方ですか』と訊ねる。その質問の意味が分からないイーアンは、彼女を少し見て、続きを促そうとした。レナタはさっと目を伏せる。何かおかしい・・・あんまり言わない方が良いのか。
でも。龍がいる支部なんて北西しかないから、すぐにバレるなぁとも思う。どうしようかと思っていると、妹のミルカが思い切ったようにイーアンに『あの』と声をかけた。
「本当に。怪我までされて戦って下さって。とても嬉しかったです、助けて下さって有難うございました」
「はい。仕事です。ご無事で何よりでした」
イーアンは微笑んだ。ミルカは赤くなって俯く。若いと頑張ってお礼も言うのねぇと、初々しい女性もこの世界ならではの純情さにイーアンは頷いた。レナタはタンクラッドを気にしている様子で、イーアンの足に触れながら、小声で訊いた。
「あの。その方は。イーアンの大切な方でいらっしゃいますか」
イーアンは『へ?』の気分。何だ、その質問は。後ろから『そうだと言え』と脅迫される。振り返ってちょっと睨み、レナタに『まぁ。そう言えばそうです』と濁して答えた。が、意味が読めない質問に困惑する。
「そうですか。また、イーアンにお会いしたいのですが。お礼もあるし。どうしたら良いでしょう」
タンクラッドがイーアンの背中をそっと突く。『帰るぞ』囁かれて、イーアンも小さく頷いた。奇妙だし、時間もない。
「行くぞ、イーアン」
「はい。では、レナタ。ミルカ。どうぞお気をつけてお帰り下さい。次からは男性とお出かけになりますよう。それでは失礼します」
急に浮上した龍に、馬が下がる。イーアンの挨拶の後も、レナタとミルカは『待って、もうちょっと』と呼んでいた。イーアンは支部に急ぐようにミンティンに言い、さっと一度だけ手を振った。
支部に着くまで、親方とイーアンは、あの姉妹の奇妙な言動を話し合っていた。
「なんだったのか。お前に礼を言う割には、礼で済まない感じだったな」
「分かりません。ちょっと変ですよね。若い女性2人で魔物も出るのに、護衛ナシで出かけるし。結構多いのでしょうか」
「俺は町の中にいるから知らないが。どうなのやら。引き止めてもてなす、ってのも。俺は気持ち悪く思った」
イーアンも眉根を寄せる。何かあったら困るし、あれ以上喋らない方が良かったんだなとは思う。でも何かって・・・何だ?親方?イケメンだから。ちょいっと真上を見る。親方は少しどきっとしたが、イーアンがじーっと見ているので、『うん?』と訊ねる。
「あなたが。目的だったかなって。親方はお顔が宜しいですもの。見ていたし、赤くなっていたし」
「お前なぁ。俺が若かったらあるかもしれんが。おっさんだぞ、50近い。あんな子供みたいなのが、俺みたいなおっさんに赤くならんだろう。ヘンなこと言うな」
「うーん・・・でも。それくらいしか思いつかないのです。タンクラッドは格好良いですから」
親方。ちょっと嬉しい。『そうなのか?お前はそう思ってるのか』もう一回訊きたい。イーアンは前を見て頷く。『それは思いますよ。いつも』言い方が普通。よく切れるよ、このナイフ~的な誉め方・・・・・
複雑な心境をそれぞれ脳裏に押し込みながら。北西支部に到着。演習は終わっている時間で、裏庭に降りてイーアンとタンクラッドは中へ入った。
二人は広間へ行き、シャンガマックがいないか探す。イーアンと現れた剣職人に、騎士たちの笑顔がはじける(※ファン増幅中)。わらわらやって来て、タンクラッドにご挨拶。サーカスでゾウさん登場な感じ。
「すみません。タンクラッドはシャンガマックに用があります。シャンガマックは」
「俺はここだ。イーアン」
広間の向こうの廊下からよく通る声がして、振り向くと、褐色の騎士が腕を上げていた。『ああ、タンクラッドさんも』ニコッと笑ってシャンガマックは近づいてきた。
「剣だ。ここで良いか」
シャンガマックの顔が明るくなる。勿論です、と頷いて、キラキラ爆発笑顔で剣職人を見つめる。
イーアン、ちょっとこの構図が写真に撮りたい(※カメラのない世界に悔しい瞬間)。親方も、フフンといった具合で笑みを返す。
うへ~ 写真欲しい~ イーアンの違う扉が全開。午前の妄想が現実に起こり、自分はこっち系を好きかもの判断、正しかったと知る。工房に写真貼りたい・・・出来れば一杯貼りたい・・・・・支部の皆さんの隠し撮りも・・・・・(※犯罪)
妖しい妄想に呻くイーアンに、親方は不思議に思いながら、背中の袋を机に置く。取り巻きも多い中で、シャンガマックは胸がときめく。
「ここからはお前が手に取れ」
背負い袋を開くことなく、シャンガマックに場所を譲る微笑のタンクラッド。シャンガマックは、うんと頷いて、笑顔一杯で革の袋に手を入れ、握った柄を引き出した。イーアン、メロメロを必死で耐える。
「おおお、これこそ!」
周囲もわぁっとどよめく。不定形の鞘に入ったまま、不思議な剣が現れた。その柄、その鞘も、見たことのない不思議な色が模様に入ったもの。編み紐に使われた元の革に模様があるのか、赤い雰囲気の斑が、細かい編み目をさらに造形的に見せていた。
シャンガマックは鞘と柄を撫でてから、一度息をふーっと吐き出して柄を握り、横が開いている鞘から出した。
「まさしく・・・・・ 」
「何だこの。剣なのか?」 「骨?」 「え、これ何」
理解しているのはシャンガマックのみ。シャンガマックが柄を持って、剣を上に向ける。暖炉と部屋の炎の明かりに照らされた、乳白色の大きな顎骨に、周囲の騎士は目を丸くし、言葉が思いつかない。
その骨は異様で、牙は全て逆を向いたようだし、顎の骨とは言え、何か洗練されたふうな印象と輝きを放っていた。
「おお。これがそうか。まさしくそうだ。俺の血が知っている。俺の心が。俺の遥かな記憶が、これこそ俺の手となることを知っている」
褐色の騎士は憑かれたように、その漆黒の瞳を輝かせ、光に翳した大顎の剣に、満足そうに呻く。
イーアンも納得した。彼が片手に持ったその剣は、ぴったり。本当にぴったり、シャンガマックに似合っている。こういうことだったんだ、と感覚で理解した。横を見ると、親方も彼を見つめ、小さな感嘆の吐息を漏らした。
「なるほどな。バニザット。お前のためのものだ。それを俺はたった今、理解した」
ニヤッと笑った剣職人は、シャンガマックの背中をトンと叩いた。シャンガマックは笑顔を向け、剣を一度置いてから、剣職人の体をしっかり抱き締める。
「素晴らしい。俺には分かります。これは本物だ。この骨も、この剣そのものも。俺の部族の伝説の剣だ。こんなものを作れるあなたに、精霊の加護が降り注ぎますように」
タンクラッドに畏敬の念を示した褐色の騎士の抱擁に、タンクラッドもニコッと笑って抱き返した。『お前の依頼が本気だったから叶った。お前の先祖が導いたんだ。思う存分、戦え』そう声をかける。タンクラッドの方が僅かに背が高いので、シャンガマックはちょっと顔を離して、目を見て笑った。
イーアン。倒れそう。荒い息で心臓を押さえながら、目を絶対に逸らすまいと、新たな扉の指示に従う(※本能)。くそっ、写真っ、カメラっ!! ミレイオ作れるんじゃないか?!(※蒸気機関車作ったから)ちくしょう、写真っ こんな場面、何度あるやら~
何やら悔しがりながら、自分たちを見つめ続けるイーアンの視線に気が付いて、親方もシャンガマックもちょっと驚く。『どうした。何か手違いがあったのか』親方は柄と鞘を見て、苦しそうなイーアンに訊く。
「違います。良いの、何でもないの。放っておいて」
ううう、と目を瞑るイーアンに、シャンガマックも不安そう。周囲の騎士も不安。イーアンは急にどうしたのかと、一人、ふんふん、首を振っている悲しげな様子を見ていた。
「あ。あれか。そうだった。あのな、イーアンはこれを取りに空まで行ったんだ。
俺と二人で古代書物を調べて、これは龍の顎だと分かってから。それを交渉しに空へ・・・この柄と鞘はイーアンが作ったが、ここに使ったのも革じゃない。龍の翼の膜だ。これも空へ再び上がってもらって来た。これがないと出来なかったんだ」
親方は、イーアンが自分の活躍を知ってほしかったのか、と思い、急いでそれをシャンガマックに伝えた。
それからイーアンの肩を抱いて、俯くイーアン(※写真欲しいだけ)を覗き込み、『そうだったな。悪かったな、お前じゃなきゃ、これを取って来れなかったのに』とご機嫌取り。ごめんな、お前が頑張ったな、と慰める。
そうじゃないけど慰められて、本当のことも言えないイーアンは、とりあえず頷いた。『活躍を言ってもらいたくて、ふてくされたイーアン像』は困るけれど、本当のことを言うのはもっと困る。
でもイーアンの気持ちはさておき。
周囲は納得。シャンガマックも驚き。それは凄いことだ、と褒め称える。
それを知らずに、訊かずにすまなかった、と褐色の騎士まで謝ってきた。イーアンは肩身が狭い(※♂♂同士の抱擁に呻いたとは決して言えない)。謝らないで下さいとお願いし、でも本物です、と。そこは強調した。
シャンガマックは、イーアンの肩を組むタンクラッドを見て、さっと両腕を広げた。少し頑張って、顔が赤い。
タンクラッドは意味が分かり、目が据わる。が、この男の場合は安全と判断し、横をどいてやった。
イーアンに笑顔を送り、シャンガマックはイーアンも抱き締める。真っ赤っ赤。ぎゅー・・・『有難う』それしか言葉が出て来ない純情シャンガマック。イーアンもちゃんと抱き返し『素晴らしい体験でした』とお礼を言った。
『体験』の一言に反応したシャンガマック。いけない反応が体に出そうで、さっと体を離した。その時、イーアンの服が破けていることに気が付いた。シャツが・・・腹が見えて・・・固まるシャンガマック。
「長い」
タンクラッドはシャンガマックの肩を掴んで、呟きつつ引き剥がす。固まっていてビックリする。『えっ』どうした?と慌てる親方。イーアンは、彼は緊張で硬直する癖が出ることを伝える。
「そうなのか。? あ、それか」
タンクラッドも気が付いた。イーアンに着替えるように言い、シャツが切れていて、体が見えていると小さい声で教えた(※親方もちょっテレ)。イーアンも忘れていたので、お腹を見る。上着を捲って『ああ、これ』と。
そこにいる全員が、イーアンの切れたシャツと筋肉質な腹を見た。タンクラッドが慌てて上着を閉じ『何やってんだ』と叱る。
『早く着替えて来い』背中を押されて強制退場させられ、イーアンは、そうかそうかと頷きながら寝室へ向かう。それでシャンガマックが固まったんだな、とようやく理解した(※男らしいイーアン)。
親方はイーアンが戻るまで、シャンガマックと広間にいる騎士たちに、剣の話を聞かれ、あれこれ答えてやる。
騎士たちの中には、熱心に話を聞きたがって必要以上に側にくる者もいて、そういうのは時々、距離を持つように注意しないといけなかった。親方の取り巻きも、幾らかアッチ系が増え始めていた。
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