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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
52/2937

51. 山越え前の魔物

 

 シャンガマックが背中にいるイーアンを振り返り、切れ長の凛々しい目で鳶色の瞳を捉える。


『あなたは馬車の近くへ』一言そう告げて、イーアンの横に付いたフォラヴに顎で馬車を示した。フォラヴは頷いて、ウィアドの手綱を取りながら馬車の前に移動する。馬車の前にアティクとフォイルも一緒に下がり、馬車に乗っているギアッチも鎧を着け、武器を取り出した。ロゼールは外套を羽織ったままの普段着だった。



 スウィーニーとシャンガマックが、馬を下りて剣を抜く。一歩後ろに下がったダビは、腰脇に吊るした短弓を取り出し、背負った矢筒から矢を3本取った。

 魔物は何も音を出さないが、額に付いた2つの小さな耳のようなものを忙しなく揺らし、首を傾げたり、体を上下にゆっくり屈伸している。前方の道からは、再び雄叫びが響いた。



「ダビ。全頭に放ってくれ」 「了解」



 スウィーニーの合図で、ダビはふっと目を瞑り矢を(つが)える。次に目を開けた時、ダビは瞬く間に矢を放った。一本ずつ矢を放しているはずなのに、ほぼ同時に魔物3頭に矢が刺さる。魔物の体が激しく跳ね上がり、何か擦り付ける軋みの音を発している。


 スウィーニーが真向かいの魔物の一頭に踏み込んで、下から上へ剣を振るう。魔物の前足二本の関節から下が切れた。魔物の異様な声がギリギリと響く。素早くスウィーニーは下がり、眉根を寄せる。


 シャンガマックがスウィーニーの表情に何かを感じ取ったが、そのまま自分も真正面のもう一頭に突っ込んで右上から左へと剣を薙ぐ。感触がおかしい。頭を斜めに剣を振るったはずが、何かおかしいと感じ、シャンガマックは下がる。魔物は頭を横にぶるぶると振りながら、くちばしを鳴らし始めた。


 ダビは別の矢を番えて、斬りつけられていない一頭に二本放った。矢は、最初に毛の生えた背中に刺さっていた矢の横に続けて刺さる。魔物が立ち上がって吼え、後ろ四本の足を屈伸させて勢いづかせる。



「おかしい。剣が滑っているような」


 シャンガマックが右隣にいる臙脂色の鎧の騎士に囁く。『斬ったはずが頭が落ちない』と続けると、スウィーニーも頷く。『自分の剣も足は落とせたが、頭を落としていない』スウィーニーは目を細め、目の前にいる紫色の発光する体をよく見ようとした。その時――



「スウィーニー避けろ!!」



 ダビが叫んだ。


 ダビの矢を受けた魔物が信じられない速度で跳ねて、スウィーニーめがけて尻尾を突き刺そうと落下していた。シャンガマックがスウィーニーの体に組み付いて真横に二人は転がった。魔物は即、後ろ足で着地してもう一度跳んだ。

 ダビがその体に急いで矢を放つ。ダビの矢は魔物の背中の中心に刺さり、叫んだ魔物の体が反る。そのまま魔物は地面に落ちてもがく。起き上がったシャンガマックは、腹を向けてもがく魔物の頭に狙いを定めて剣を振り上げた。



「腹部を深く裂いて下さい!」



 イーアンがたまらずに声を張り上げた。


 全員イーアンの声に振り向かないまま反応したが、シャンガマックがニヤッと笑うと『おう』と答えて、その剣を思い切り、鳩尾辺りに突き刺してから尻尾に向けて一気に切り裂いた。魔物が奇妙な軋む音を僅かに立てて、真上に突き上げた足を震わせて、体の動きを止めた。足は動いている。


 フォラヴが困惑した目で『イーアン、あなたは』と呟く。イーアンはフォラヴの空色の瞳をさっと見て『きっとまだ死んではいません』と不安そうに息を吸い込んだ。



「毛の生えている部分を傷つけ裂いて下さい。尻尾に刺されないように!」



 スウィーニーとシャンガマックは頭と足を狙うことをやめ、色の付いた背中と腹に狙いを定めた。他2頭の魔物も飛び上がる前の動きを始めている。大きく屈伸しながら体を上下に揺らし、顔を左右に動かす。



「イーアン。あれを触れると思う?」


 魔物と向かい合う二人の騎士を見守るイーアンに、後ろからロゼールが質問した。イーアンは振り向いて『分かりません。素手で触れては危険かもしれません』と答えると、ロゼールは身に着けた、肘下をすっぽり覆う手袋で包まれた両腕を見せた。その内側には薄く貼られた金属が付いている。指にも手の平にも前腕にも。

 イーアンは目を丸くしてそれを見て、ロゼールの目を見て『もしかしたら』と頷いた。『でも無理してはいけません』とすぐに強く注意した。オレンジ色の柔らかい波打つ髪を揺らして、ロゼールは屈託ない笑顔で『よし』と手を合わせた。カチン、と金属の音が鳴った。



「見たら分かる、と総長がね。見ていて下さいよ」



 少年のような顔をしたロゼールが笑顔のまま、野原に駆け出すように魔物に向かって走った。


「ロゼール、抑えろ」


 シャンガマックの声がする。『そのつもりで』とロゼールは微笑みながら、振り返るダビの弓に顎を向けた。ダビが弓を両手に掴んで、魔物の方へ差し出す。ロゼールはその弓の上を駆け上がり、くるくると螺旋を描いて宙に飛び、魔物の頭の上に降下する。

 魔物の頭を空中から両手で掴んで、そのまま、きゅうっと踊るように魔物を持ち上げながら立たせる格好で着地した。シャンガマックがそのタイミングで踏み込んで、下から上へ銀色の閃光を放つ。



 ロゼールはシャンガマックが切り裂く一瞬を見届けてから、魔物の頭を離して体をぐにゃっと曲げて回転した。次の獲物の魔物が自分を見つけて攻撃すると知って、ロゼールは微笑んだ。

『君は何て気持ち悪いんだ』と言いながら、次のステップを踏み、宙に飛んで体を捻る。魔物の頭上を飛ぶ自分に、くちばしが開いて魔物も飛び上がるが、ロゼールは魔物の突き出された長い足を蹴ってさらに上へ跳ね上がり、自分の両腕を魔物の背から中央部の足に絡み付けて、魔物の胸を開く形で落下した。


「スウィーニー、どうぞ」


 その言葉にスウィーニーが剣を突き出し、魔物の腹から剣が背中に抜ける。ロゼールは宙でくるんと回転して剣の付き抜けた魔物をそのまま上に引っ張り上げて、胴体を直線に剣で裂かせ、自分は背中から飛び出した剣先を交わしながら、くるくる回転して舞い降りた。ほんの数十秒の出来事だった。



「イーアン」


 ロゼールは晴れ晴れした笑顔で左手を上げて、イーアンに手を振る。

 イーアンはウィアドの顔を覗きこんで了承を伺う。ウィアドが頭を揺らして短く鼻を鳴らしたので、イーアンはウィアドの首を撫でて、背から降りてロゼールの立つところへ走った。


「どうだった?」 「すごいですよ。ドルドレンが言っていた意味が分かりました。とても素敵ですね」


 イーアンは笑顔で感動を伝えた。ロゼールはそばかすの顔をニコッとして、ちょっと顔を赤くしながら『誉められると嬉しいなぁ』と頭を掻いた。


 イーアンは近くで倒れて痙攣を繰り返す魔物に急いで目を落とし、転がる他2頭の魔物に視線を移す。空が少しずつ明るくなり、魔物の紫色の発光は既に消えている。

 イーアンは魔物に近づき、何かぶつぶつと独り言を呟く。そして持ってきた小さい容器の中の黒い液体を、魔物3頭の切り裂かれた腹に1滴ずつ落とした。そのすぐ後、魔物の痙攣も完全に止まり、魔物は全く身動きしなくなった。



「総長とトゥートリクスはどうしただろう」



 馬を動かし始めた騎士たちの、誰からともなく言葉が漏れる。イーアンも魔物の姿をある程度見た後で、すぐにウィアドに戻った。倒した魔物をその場に残し、先へ進む。1分もしないうちに、ウィアドが嬉しそうに嘶いた。


 明るくなってきた柔らかい朝の光りが、前方にいる馬と二人の騎士の姿を照らす。側に魔物が6頭倒れている。それらは背割りや腹割りの上に、斜めにも裂かれて、全くただの骸と化していた。


 群青色の鎧の騎士が、両手を広げて立っているのが見える。ウィアドが走り出し、イーアンはウィアドの手綱を握り締めた。


 ドルドレンは爽やかな笑顔で待っていて、ウィアドが近づく距離に来ると自分も走り出し、ひらりとその背に跨った。


「ただいま」 「お帰りなさい」



 ドルドレンはイーアンの背中から腕を回して抱き締め、手綱を取り、ウィアドの向きを変えた。馬に乗ったトゥートリクスが二人を見て呆れて笑いながら、首を横に振る。


「見せ付けないで下さい」


「見なければ良いだけだ」


 トゥートリクスの言葉にドルドレンが笑って、イーアンを覗き込む。『無事だったか』『皆さんのおかげで』そう答えたイーアンにドルドレンの顔色がさっと変わる。



「何があった」


「魔物がいました。でも」



 道の後方から一行が来たので、イーアンはドルドレンを見上げ『皆さんが戦って下さいました』と笑顔で頷いた。ドルドレンは複雑そうな顔で短く頷いた。


「総長。怪我は」 「こちらは大丈夫だ。そっちは」


「倒しました。そこにいるのと同じ魔物です」 「怪我は」


「誰も被害はありません」 「何よりだ」


 スウィーニーの短い報告にドルドレンは胸をなで下ろした。イーアンの鳶色の瞳を見つめる。


「イーアン。大丈夫か。側にいなくてすまない」


「ドルドレンの信頼する皆さんが、戦ってくれたのです。何も謝ることはありませんでしょう」


「怖くなかったか」


 イーアンが答えるより早く、馬を近くに寄せてシャンガマックが割り込んだ。『総長が心配する女性ではない』と言いながら笑った。ドルドレンが不快な顔をして眉根を寄せる。フォラヴも馬を寄せて『この方はなかなか心強いですね』と上品な微笑を浮かべながら、ドルドレンの肩に手を置いた。


「イーアン」 「はい」


「君は何をした」 「私はウィアドに乗っていました」


「そうか。それで」 「出来れば、魔物の使える部分を持ち帰りたいです」



 一行の動きが、イーアンの発言に時間を止める。

 イーアンはドルドレンの固まる灰色の瞳を見つめ、その後、自分に注がれる視線を全て見渡し、再びドルドレンに視線を戻す。すぐではなく、そう、援護に向かう道で時間を取るわけではなくて、と慌てて伝えようと『帰り道でも良いのですが』と小さい声で補足した。


 ドルドレンが吹き出した。『イーアン。彼らは会議に参加していない。だからその言葉を聞いたら』と言いかけてイーアンはハッとした。イーアンが何かを言おうとすると、微笑むドルドレンが彼女の唇に人差し指を当てて黙らせる。


「伝えよう」


 そう言うとドルドレンは部下に、彼女が遠征報告会議で話した『彼女の目標』を要点だけ伝えた。



 部下たちはそれぞれ、少し神妙になった者もいれば、あんぐり口を開けてあからさまに驚いている者もいた。見る見るうちに面白そうに笑みを浮かべる者もいれば、少々心配そうに眉をしかめる者もいた。


 だが結局は、イーアンのそれ(・・)を理由として満場一致で会議の場は決断され、彼女が支部の一員となった―― そのことは確かなので、部下たちが何かを意見することはなかった。



「ということだ。さあ、山を越えるぞ。山はもう目と鼻の先だ。」



 黒髪を振り上げて、ドルドレンが朝日の差し始めた燃えるような山を見やった。一行は気を引き締め、馬上の朝食を摂りながら休むことなく馬を進めた。




 道は傾斜がかかり、森は徐々に段差を伴う。


 あるようでない、獣道のような道なき道を、一行は進み続ける。

 馬車は(わだち)がない中を進むが、木々は大きく間隔を取っていたので、馬車でもそれほど厳しい道ではなかった。ただ、道と言えるほどの道らしさがないというだけで。


 案内役のフォイルがいてくれるので、微妙な方向の間違いもなく進むことが出来た。フォイルが言うには、山を下るときの方が傾斜がきついということで、上る分にはまだ・・・と。


「山頂はどのくらいあるのだ」


 ドルドレンが訊ねる。フォイルは思い出しながら、山頂自体の移動時間は20分程度では、と答えた。

 山頂には、隣の高い山から続く川があり、その川はこちら側ではなく山の裏へ流れているので、その川を辿って谷へ下りるという。

 現在地から山頂までの時間は、馬車がいるので推測で3時間ほどではないか、と。先ほどの魔物戦で時間を取ったが、それでも昼には山頂へたどり着けると思う、とフォイルは話した。



「しばらく魔物に時間を取られないといいが」


 スウィーニーが首に片手を当て、頭を左右に動かしながら言う。


「あんな程度で疲れるのか。お前らしくもない」


 シャンガマックが『嘘つけ』といった感じで鼻で笑った。

 後ろで聞いていたトゥートリクスが、首を振り振り、先頭を進む青い馬を見ながら大きく息をついた。



「出ないですよ。俺たちがけしかけなければ」




お読み頂きありがとうございます。

この回に登場する魔物の絵を描きました。



挿絵(By みてみん)

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