519. イーアンの人助け
お昼。ドルドレンが来る前に、イーアンは迎えに行った。朝のあの状態から執務室とすれば、伴侶は憔悴していると思う。
もう出かける準備はしたので、お昼を食べたらイオライセオダ。執務室へ行き、ドルドレンにお昼を誘おうとすると。ダビがドルドレンと話していた。
イーアンに気が付いたドルドレンは、イーアンを呼ぶ。机の側へ行くと、午後からダビを連れて行って欲しいとか。
「もしかして、もう」
「いや。そうではないが。今日はダビの希望で」
ダビを見ると、ダビは頷いた。『親父さんに鏃の製作。間取りを作ったから渡しに行くんです』自分で説明したいからと言う。
イーアンは了解して、ダビを連れて一緒にイオライセオダへ行くことにした。『帰りは?』『どっちでも良いかなって。もう休み近いし』泊まって来いと総長に言われ、ダビはお泊り。
そして3人で昼食。広間で食事をしていたが、ドルドレンは口数が少なかった。ダビは全く気にしていないが(※関心ない)イーアンは気になっていた。食べ終わってから食器を片付け、ダビが用意しに行っている間。ドルドレンをじっと見ると、寂しそうに微笑んだ。
「ドルドレン。ごめんなさい」
「イーアンが謝ることじゃないよ。何だか情けないから」
ちょいちょいと周囲を確認して、イーアンは伴侶を引き寄せて、ちゅーっとした。ドルドレンは元気になった(※単純)。『愛してますよ』『愛してるよ』もう一回しようかなと、ドルドレンがイーアンに屈んだ所でダビが来た。
「良いですよ。じゃ、行きますか」
ダビは何にも気にせず。そのまま二人の間を通って裏庭口を出た。苦笑いのドルドレンに、笑うイーアン。イーアンも革袋を背負ってミンティンを呼ぶ。雪がもう少しでなくなる。まだ羽毛の上着と、盗賊チックな厚着だけど。もうすぐ春。雪かきの後の下草は、若草色が見え始めている。
「春になったら。ダビはイオライセオダですね」
やって来たミンティンに乗りながらイーアンが言うと、ダビも頷く。『もうちょっと早いかも』少し笑った顔で、ダビも後ろに乗った。
見送るドルドレンに手を振って、二人はイオライセオダへ向かった。
イオライセオダまで20分くらい。親父さんの工房でする、ダビの仕事内容を聞きながらの空の小旅行。『その前に。アーメルの家の近く、魔物退治です』ダビが忘れないように言う。
「はい。特徴が分かれば私でも。オーリンも手伝ってくれるでしょうから」
「うん。でも。私が倒したいかな。出来れば」
イーアンは振り向いて、ニコッと笑い『そうしましょう』頷くと、ダビもうん、と微笑む(※微表情)。『行ける時。即、行きますか』ダビが誘うので、イーアンもそうしようと答えた。
眼下にイオライセオダが見えてきて、すぐ。悲鳴が聞こえた。二人は驚いて、悲鳴のした方向を見る。町よりも離れた荒地に、人がいる。『2人いますよ』ダビが焦る。イーアンも何があるのか、と思ったら『あらやだ』地中から何かが出てきた。
「ヤバイですよ、あれ触ると火傷する」
ダビがイオライの魔物のミミズ系だと指摘する。イーアンは慌てて、ミンティンに降下してもらう。青い龍は加速して、魔物の動いた場所目掛け、突っ込んで行った。
「ダビ。鎧は」 「着けてないですよ、剣もないし」
「ダビはあの人たちの側にいて下さい」
イーアンはそう言うと、滑空するミンティンの背中からダビを落とした(※うわっ、て言う)。高さ1mくらいの場所でも、落とされると転がる。大急ぎで体勢を整えて、突き落とされたダビは、悲鳴を上げた人たちの方へ走った(※イーアンに文句言いながら)。
「ミンティン。何頭いるか分かりません。見つけ次第、向かって下さい。斬ります」
胴体に巻かれた背鰭がぎゅっと絞られる。イーアンに立てという合図。イーアンは背中に立って、剣を抜いた。
ダビは、馬と一緒にいる2人の人影に手を振る。『大丈夫ですか』一頭の馬に、二人乗り。だが、一人が馬の背で突っ伏している。
「私は騎士修道会の者です。魔物にやられましたか」
急いで側へ行くと、驚いたダビ。女性二人だった。それも若い。20代くらいの若い娘が2人、前に乗る一人は突っ伏している。『どうして、こんな場所に』若い女性が2人連れで荒野にいる方が不自然。ダビの質問に、後ろの女性は泣きながら首を振る。動転していて、声にならない。
急いで突っ伏す方の女性を見ると『気絶?』怪我をしていないようで、手綱を持ったままぐったりしていた。二人連れだとダビが乗る場所もない。誘導できない以上、ダビは焦る。
「今。私の仲間が魔物を片付けますから。それまで、私と一緒にいましょう。あの、あなた剣は?ありますか」
剣、剣ですよ、と何度か言うと、細身の剣を荷袋の脇に刺してあるのを、泣いている女性が指差した。ダビは頷いて、『ちょっと借りときます』と鞘ごと外した。
震える女性と目が合うと、ボジェナを思い出した。怖かっただろうな、と思うと可哀相に思う。前の女性は姉なのか。似ているが、年が上のように見えた。『あなたのお姉さん?』質問すると、後ろの女性は頷いた。
「イオライ・カパスの。もう少し、先。レビドに家があって」
「あ。そうなんだ。それで・・・イオライセオダに買い物に来たの?」
うんうん頷いている。これから買い物だったのか。イオライ・レビドは集落で、同じ集落でもカパスより、さらに道から離れている。街道も使われないくらいに人口が減ったのに、まだこんな若い人が住んでいたのか、とダビは驚いた。
「私は、ミリヴォイ・ダビ。北西の。いや、そろそろイオライセオダに引っ越すんですけれど。今は騎士なんで。とりあえず、護衛します」
「有難う。私、ミルカ・ラスです。レナタ、姉はレナタ」
分かった、とダビは微笑んでみせる(※分かりにくい)。『大丈夫ですよ。イオライセオダに届けます』安心してと約束した。ミルカは姉の背中を擦りながら、涙を拭いて頷いた。その時、ドンッと土が動く。と、同時に。
「どるぁっ!!」
ハッとしてダビが振り返る。あの声は。ミルカも目を丸くして、顔を上げた。自分たちから50m程度の距離で、魔物がギラギラしながら頭を突き出して、その頭を、青い龍に乗った誰かが剣で斬った。魔物の頭がブッと吹っ飛ぶ。体がまだ動いている状態で、一度青い龍はダビの方へ加速し、頭上を旋回して戻って行った。
「おおおおおっっ」
動いている魔物の切れた体の横から、ドカン、ドカン、連続して魔物が出てきて、青い龍に頭を振り上げる。龍に乗った誰かが叫びながら、腕を伸ばし、次々に魔物の胴体や首を切り裂いた。
「危ない、イーアン!!」
斬った直後、旋回して戻る龍に、切れた首の魔物が体を振り、体液が飛んだ。『ぐわあああっ!!』叫び声がして、龍が一回ざーっと魔物から離れた。
「イーアン!!」
ダビは血の気が引いた。イーアンも鎧を着けていない。どこに飛んだのか、顔か頭か体か。ダビがハラハラする中、龍はすぐに空から戻ってきて、猛烈な勢いで魔物に向かった。
「ちきしょう、殺してやるっ このクソッたれ」
ダビは腰が抜けそう。心配し立てなのに、怒号と共に激怒したイーアンが白い剣を振り翳して、魔物の残った胴体を地面すれすれを飛ぶ龍の背から、全て斬り裂く。『おるぁっ』逞しい一声と同時に、振り切った剣が陽光に閃く。魔物は体液をばっと飛び散らせて、全て地面に倒れた。
乾いた土煙が一気に巻き起こり、青い龍はその中を抜けてダビのいる場所へ戻ってきた。『イーアン、大丈夫ですか』ダビは駆け寄る。青い龍が着地して、上に立つイーアンは肩で息をしながら、剣を振って鞘に戻した。
「いいえ。ちょっと怪我しました。ちきしょう、あいつ」
ぺっと唾を吐いて(※柄が悪い)イライラしたイーアンは焦げた上着の腹を見た。それから舌打ちして、背中の袋を外して、羽毛上着を脱いで丸め、穴の開いたシャツの腹部を千切って捨てる(※その辺に捨ててはいけない)。
「ちっ。服、ダメにしやがって」
腹も痛えし、と。少し火傷のある、筋肉質の腹部(※腹筋割れてる)を嫌そうに見ながら、イーアンは再び剣の袋を背負った。
「どう。どうなんです。大丈夫じゃないですよね」
「一度、タンクラッドのところへ行って、それから手当てします」
むしゃくしゃしているイーアンは柄が悪い。人相がここまで変わるかと思うと、ダビは怖い。黒紫の盗賊みたいなシャツの腹部分を千切って、怪我した腹が出ている。背中に革袋を背負い、腰に剣を下げた雄々しいイーアンに従う。
「ダビ。その人たちは無事ですか」
無事だと頷くと、イーアンは火傷が痛いのか、ちょっと唾を飲んで堪えてから、『護衛します。町はすぐだから、馬を引いて』と言った。ダビは了解し、馬を引きながら徒歩でイオライセオダに向かった。徒歩で10分もかからない場所に見えているので、歩くのはそれほどでもなかった。
横を青い龍と背中に立ったままのイーアンが並んで進む。背鰭に掴まりながら、イーアンは時々、舌打ちしていた(※痛い)。
「あの。ダビ」
馬の上のミルカから声がかかり、ダビが振り向くと、ミルカは青い龍を指差して小声で質問する。
「あの方は。女性?」
「分かりにくいでしょうけど。女性」
「お名前は?イーアンって呼んでいましたか」
「はい。彼女は姓も名もそれ一つなんで」
「騎士なの?」
「え。違くて。彼女は工房主で。龍に乗れるんで一緒に来たっていうか」
見知らぬ人に漏らすのもな、と思い、ダビは濁した。ミルカはじっと青い龍を見てイーアンを見つめる。『龍と一緒なんですね』ぼそっと呟く。
「そうですね。まー。ハイザンジェルで龍、って言うとあの人なんで(テキトー)」
「お礼。言わなきゃ」
「あ。止めた方が良いかも。今、ちょー機嫌悪いんで」
そうなんですか?とミルカ。長い金髪が風に揺れて、薄い青い瞳がイーアンを見ている。『怪我・・・されたから』気の毒そうな表情を向けた。
「それと。あの人。しょっちゅうケガするんで。あんま気にしないで良いですよ(テキトー)」
ダビはイーアンに話しかけたくなかった。自分の安全が第一。無事にボジェナの家に辿り着かないといけない。イーアン怪我してめっちゃくちゃ機嫌悪い。柄も悪い。もう、ほっとくのが一番。
「あの。イーアンもイオライセオダに御用がありますの」
「まぁ。仕事で来たんで。あんま、仕事のことって外部の人に言えないからすみません」
「ごめんなさい。そういうつもりじゃないです。ただ、その。お礼を」
「うん。別に良いと思います。あれホント近寄らないほうが良い状態なんで(逃げ)」
もういいじゃん、とダビは思う。ミルカの『でもでも』攻撃を無視することにした。俺を巻き込むな。それしか頭にはなかった。
そうこうして、イオライセオダ。イーアンは珠を使って、歩行中にタンクラッドに事情を伝えたので、町の壁外に、タンクラッドは来ていた。
「イーアン!」
青い龍を見つけて走り寄る剣職人。ダビはちょっと目を逸らした(※未だにあまり見たくない)。剣職人は龍の背に飛び乗る。立っているイーアンの腹を見て悲しそうな顔をした。
「可哀相に。痛かったな。今も痛いな。治癒場へ行こう」
「剣を置いて行きます。シャンガマックの」
「いい。一緒にすぐ治癒場へ行くぞ」
困った顔でイーアンを抱きかかえ、剣職人は自分の上に座らせ(※お約束)ミンティンに北へ向かうように命じた。ミンティンは浮上し、そのまま空へ行く。『ダビ、いてッ』『大声出すな、傷が』上から声がして、そのまま龍は消えた。
ダビはやれやれ、といったところ。馬を引いて町の中に入り、自警団のいる役場へ連れて行き、事情を話す。自警団も書類を書いてくれて、彼女たちの身柄を保護してくれた。
「じゃ。私も用があるんで。帰りは気をつけて」
「あの。ダビもどこかでお会いできますか」
「あー・・・私はどうかな。ってか。イーアンも無理かな。仕事で動き回るから」
「イーアン。彼女にまた会えませんか」
しつこいな、とダビはちょっと胡散臭く思う。若いから分からないのか、とも思うが。姉の方もようやく意識を取り戻したようで、自警団の男性に水をもらっていた。
「姉と一緒にお礼を言いたくて」
ダビは迷惑も干渉もキライ。『余計かもしれないですけど。助けるの、仕事なんで。イーアン動かすの止めてまでお礼言うのもどうかと思います。気持ちだけで充分って絶対言う人だから』少しきついかな、と思いつつ。ミルカは俯いて、頷いた。
「ごめんなさい。あの。嬉しくて。怪我してまで戦ってくれたから」
「はぁ?普通ですよ。魔物が相手でケガなんて。それ分かってて仕事やってます。命懸けで戦うんで。それはそれって感じです。助けてもらった人は、助かったってだけで良いんです。それ以上は気持ちが違うんで、多分」
ダビはいい加減面倒になって、ミルカと話すのを止めた。それから自警団に挨拶し、そのまま役場を出て、工房へ向かった。
お読み頂き有難うございます。




