518. 柄・鞘作りと妄想の午前
翌朝のイーアンは、熟睡して目覚めの良い伴侶に、早くから工房に入ると告げる。毎度の如く、嫌がったので、後で来てと伝えて工房へ急いだ。
「膜。どこまで手古摺るかしら」
早く柄を作って、早く親方に渡さないといけない。渡す前に、鞘も、粗方の寸法合わせを終えておかないと。
シャンガマックの剣が終われば、次は『ザッカリアの剣』。それは親方が今作っていると思う。出来次第、ザッカリアの鞘も作らねば。フォラヴは鎧をどうするのだろう、それも聞かないと。
皆の装備を少しずつ、でも早く、揃えていかないと。それに、自分たちがいなくても回るように、早く整えなければ。
イーアンは急ぐ。工房に入って暖炉に火を入れたのが6時過ぎ。持ち帰った膜を広げ、巻き癖を均して繊維の方向を確認する。『切れるのかしら。持っている工具で』いつも使うナイフで切ってみるが、これは苦戦すると知る。
「このナイフで切りにくいなんて。硬いというよりも、粘りがある感じだわ。どうしよう」
剣の柄から白いナイフを取り出して、白いナイフではどうか確かめる。『あ。イケます。これは切れる』聖物だからかしら、と独り言を落としながら、有難く切り進める。それでも、切っているのに切れていない部分は何箇所もあった。
どうにか。何本かに分けて、数十Mの紐を切り出すことが出来、膜は一枚で足りた。切り出した紐を引っ張って、どうやっても千切れる繊維はないと分かったので、いざ作業開始。
編み始めて少し経った頃。ドルドレンが来て、朝食はどうするかを訊いてきた。伴侶が作ってくれちゃいそうなので、イーアンは微笑んで立ち上がり、一緒に広間へ行った。
「朝。今日も作ろうかと思った」
優しいドルドレンに、イーアンは頷いて『そうかなぁと思いました。毎日じゃ大変ですから』と言うと、ドルドレンは『大変じゃないよ』と笑っていた。
朝食を食べている間に、午後はタンクラッドの家と告げると、それは悩んでいた。『イーアン。毎日工房にいる、そういうことはないのか。最近』ドルドレンの顔を見ると、これをずっと黙っていたと分かる。
「毎日。龍がいるからな。毎日、イーアンはどこかへ行くだろう?出かけて確実に、どこかの男に触られてしまう。それを俺が聞かずに済む日々はないのだろうか」
イーアンは何も言えない。皆さん、本当によく撫でてくれたり、喜んで抱き締めてくれるので、自分も慣れたのはある。断らないといけないなぁと思い始める。
「俺がそうだったら。イーアン倒れてると思う」
「ごもっともです・・・・・ 」
イーアンは暫く考える。自分がこなす用事をざらーっと頭に並べる。
ミレイオの盾を受け取りに行くこと、タンクラッドに剣を持っていくこと、オーリンの弓の進行具合を見に行くこと、オークロイの鎧を引き取りに行くこと、がある。いつか分からないけれど、近く、ダビもイオライセオダに連れて行く。
治癒場の話を聞きにビルガメスにまた会うのもある。西に強化装備を届けるのもある。東の遠征地は、ドルドレンと一緒だから良いにしても。
イーアンは、朝食を食べながら黙りこくる。どうやって工房にいるようにしたら良いのか。誰かに振ったら?とミレイオは言っていたが。
長距離が移動できる術は、この世界、現時点でないに等しい。特別、自分は龍がいるから、こんな範囲の行動を毎日繰り返せるだけで。どうしたら良いのだろうと悩む。
「ちょっと横、良いでしょうか」
ドルドレンの眉間にシワが寄る。イーアンが振り向くと、フォラヴが飲み物だけ持って微笑んでいた。彼は返事を待たず、イーアンの椅子の隣の椅子を引いて、腰掛ける。総長が何かを言おうとして、ちらっと見た。
「総長は。ご自身が何を仰っているか。理解していて仰っていますね?」
「何だ、その言い方は。当たり前だろう。聞いていたのか、人の話を」
「申し訳ありません。私は彼女をとても愛しているので、どこにいても、小さなその声も拾います」
「いちいちヘロヘロするな。鬱陶しい。何が言いたい」
妖精の騎士は涼しい笑顔で総長を見つめる。何にも悪いことをしていないはずなのに、総長は気が咎め始める。コイツの目、苦手。
「単刀直入が宜しいと。分かりました。では答えから。総長は彼女の仕事を代われますね、と言いたいのです」
「はぁ?」
「ですから。イーアンが出かけて、誰かの手に触れられることをお嫌なら、その用事を誰かが代われば良いでしょう。イーアンには命じる権利はありません。彼女の仕事は人を動かしません。それが出来るのはどなた?」
「俺」
「そうでしょう。私もそう思います。ですので、イーアンが出かける用事。彼女が飛び交う先までを、彼女と同じくらいの効率と時間で、日々こなすのは、彼女以外の誰か」
「お前ってヤツは。何てイジワルなのだ」
「意地悪なものですか。本気でそうさせるなら、代わりを用意しなければ、彼女の仕事は潰れるくらいは分かります。それとも『触られない』は、仕事もさせないという意味でしたか?」
ぬぅぅ・・・・・唸るドルドレン。 空色の瞳は何も恐れず、自分を睨め付ける灰色の瞳を優しく諭す。
「愛しい方が触られ、抱き寄せられ、目の前で、他の男性の口付けをその髪に受けるとは。何と痛みに震えることか。よく分かります。よーく・・・・・ 私はいつもそうです」
突然、フォラヴの目が厳しく総長を見つめた。ビビる総長。『何だ。俺は彼女の夫だぞ』当たり前だ、と急いで言う(※怖い)。
「そうですね。総長は夫。彼女は妻。未婚でも、その契りは固い。ですが、他の人間の心に宿る愛を消すことは出来ません。彼女を、自分の女性として手元に置くことが叶わず、せめて触れるだけと苦しむのは。あなたにはない苦しみのはずです。それを理解されてから、彼女の仕事を潰しにかかられたらどうです。
実際。イーアンがどれくらいの行動力かご存知ですか?どのくらいの行動量か。どれほどの範囲を動いていると思っているのです。
誰のためですか。何のためですか。喜んで代わってくれる代役を探して御覧なさい。あなたが適役なら、今日からこなして御覧なさい。
たかが、行った先で愛された相手に、わずかな愛情を受ける時間を惜しみ、恨むなら。ほんの少しの時間、彼女に触れるだけの。決して想い叶わぬ男性の思いさえ、許せずにお嫌であれば。
彼らが齎す仕事の内容も潰す気で、あなたがイーアンの代わりに出かけられ、そうお伝えになれば済むでしょう。その後に、これまでどおりに動いてくれる職人や味方が残るかは分かりませんが。
そうすれば、こんなところで、彼女に采配を任せるなんて、愚かで残酷な仕打ちをせずに済みましょう。
・・・・・まさか彼女に『男に触られないように断れ』と言うだけで、済むと思っていらしたわけじゃないと思いますが。触られる彼女だけが悪いと・・・罪悪感を引き出すような言い方で仰ってはいませんね?」
驚いたイーアンは何も言えなかった。あまりにもつらつらと。滑るように口から流れる戒めの言葉に、どこで止めて良いのか分からなかった。
分かったか総長。空色の瞳が、自分を打ち消しにかかることに、総長は怯える。そんなキツイこと言うなよ、と言いたかったが、言える雰囲気ではない。怒ってると分かる。フォラヴが怒るなんて初めて見た。
ドルドレンは黙る。目も逸らせず、ただただ、部下の妖精の騎士に、がっちりと目を合わされて動けない。ごくっと唾を飲んで、『だって』と一言呟く。
「どうなさいますか。私のいるこの僅かな時間で、あなたがどうされるか伺いたいです」
ドルドレンは空色の瞳に負ける。『悪かったよ』ちょっと小さめに謝ってみる。お返事『申し訳ありません。よく聞こえません』ダメだった。
「お前、小っちゃ。また駄々かよ」
もっと嫌なヤツの声が後ろから響く。もう振り向きたくもない。ベルが来てフォラヴに、舌打クリック音でニヤッと笑って『お前さん。いいね』と親指を立てた。フォラヴもすっと柳眉を上げて微笑む。
「さて。イーアン。どうぞ今日もお出かけの際は温かくして。美味しい朝食を有難う」
飲み物の容器を手に、フォラヴはイーアンの背に手を添えてニコリと笑い、そのまま去って行った。その代わり、ベルがどかっとドルドレンの横に座り『お前さぁ』と説教を始めた。
いびられる伴侶に戸惑うイーアンが助けようとすると、ダビが来て『イーアン。矢筒作って』この言葉だけでイーアンを連れて去った。何度も振り返る愛妻(※未婚)にドルドレンは、悲しみの眼差しを向けるしか出来なかった。
工房に入り、イーアンは、ダビの矢筒の革部分を切り出してあげた。『鏃が強いんで、羽が引っかかる穴板、石化革で作れます?』ここ、と筒口を示され、イーアンは穴板の寸法と鏃の径を訊ねた。
「この図にも描いたんですけど。どっかに寸法、イーアンの言葉で書いといて良いですよ。人に見せないから」
イオライセオダで複製を作る時、自分もこの図案を見るけど、それまで貸すと言い、ダビは『じゃまた』とあっさりいなくなった。
お茶を淹れて、ダビに頼まれた革の部品を切り出し、穴を打って、温度を見ながら湯に入れて硬化させ、引き出して鏃の径と同じ棒で整える。水が引く前に終えて、処理の油と膠を入れた。
作業しながら思う。
一番心配してくれる人だし、いつも思い遣りある伴侶で、朝食も作ってくれるくらい、優しい。それを言おうとした。でも、今日は言う暇もなかったなとイーアンは溜め息をつく。フォラヴもベルもダビも。示し合わせたように来たような。
「でも。ドルドレンの言うとおりです。逆だったら失神ではすまない。私は四六時中ピリピリしそう」
ミレイオは両刀とは言え、自分とミレイオは傍から見れば男女。ドルドレンに、パパワイフがくっ付いても嫌だった(※彼女は両刀)。両刀の人が触っても嫌なんだから、異性が好きな人が触ったら『それは嫌ですね』うーん・・・どうして自分は慣れちゃったんだろう、と悩むイーアン。
ドルドレンが、男性好きな方にベタベタされてちゅーとかされても。
『それは。問題ありません』男性はあり・・・えっ えっ、と驚く自分がいた。男性同士ならありか、私は。『私が女性だから、女性にドルドレンは嫌というだけ』え~ それも驚く。
もし男性が、ドルドレンを押し倒そうが、裸でくっ付こうが。『困ります。見たくなる』いやん。変な方向でそそられる自分がいる・・・・・
いかんいかん。頭を振って、作業に集中することにした。イーアンは悶々と、ドルドレンが彼と同じくらいのイケメンに、モーションをかけられ恥らいつつ嫌がるのを、想像しては赤くなっていた(※見たい)。
イケない想像に時折どっさり疲れながら、イーアンはちょくちょく編み目を間違えてやり直す。効率の悪い想像に、悩まされては作業を続けた。
「親方。そう言えば、剣を届けた朝に。ドルドレンに抱き締められていたとか」
うへっ ヨダレが出そうなイーアン。慌てて口を押さえた。うーんうーん呻きつつ、イーアンは休憩する(※落ち着く必要あり)。
「いけません。男性同士でイケメンは最高、違う。作業に影響があります。気を引き締めねば。女の人同士では・・・あれ。これも平気か。私は女の方同士も気にしないのですね(←あり)」
でも自分はな~ と、ぶつぶつ言いながら(※44♀)休憩のお茶を飲み飲み、落ち着きを取り戻して、柄を編み上げた(※♂♂>♀♀>♂♀の影響力)。
「さて。このまま、鞘に入りましょう」
ダビに用意してもらった、変形の木型を芯にして、鋲で打ちとめながら、内張りの膜を張る。外側にも回して一度木型を包んでから、印を付けて切り込みをいれ、切り込みに紐を通しながら、編みこみで部分的に鞘の補強を重ねる。
「この大きさの鞘に、全部編んだら煩いですね。アップリケで、下革に張り付かせて固定しましょう」
切り込みに絡めつつ、紐を編み進め、どこから引っ掛けても浮かないように固定していく。こんなことをしていると、あっさりと昼になった。『あと少し』もうここまで来れば大丈夫、キリの良い工程で終えた。
お読み頂き有難うございます。




