517. 気掛かりは巣の行く末
龍と遊ぶ時間は知らない間に過ぎていく。
ザッカリアたちを降ろした後も、我慢できなかったハルテッドや無理やり連れてこられたベル(※『落ちる時は下になれ』と弟に命令された)いつも一緒に料理をするブローガンやヘイズも乗せることになり、イーアン龍は大サービス。
随分前にイーアンを、無邪気にムカつかせたアエドック(※38話)も、クローハルが保護者状態で見張りについて、一緒に乗る。『一応俺も』とブラスケッドも一緒。ドルドレンは乗りたいけど、一人が良い、と思って来れなかった。
そんなこんなで、イーアンは何回か騎士たちを乗せてやって、それから男龍にいい加減つんつん合図で突かれて、空に上がった。
空に上がってから男龍はイーアンの向かいに回り、大きく体を一度震わせると、光を放ちながら縮んでいった。空よりも時間がかかったとは言え、あっさり人間の形に変わったビルガメス。
「成れた・・・・・ 」
光に包まれたまま、ビルガメスは浮いている自分の人間の姿を見て、イーアンを見つめる。イーアンも頷く。それからもう一度、龍の姿になろうとして光を放つ。変わらない。戸惑いつつも、ビルガメスは何度か繰り返す。
その顔が疲れていそうで、ミンティンがすぐ横に来た。イーアンもミンティンの来た意味を理解し、ミンティンに向かって感情を震わせる。
高める愛情。怒りの反対側はこれくらいしか思いつかない。いつもは怒りや悲しさで昂ぶるが、今回は違う。助けたい気持ちや、守りたい、支えたい気持ちをどんどん膨らませると、ミンティンが呼応して、体に漲る力が入った。
ビルガメスも受け取っている。ビルガメスの体が揺れて、イーアンの龍気を受けながら戻してくる。龍気は真っ白に輝いて三者を包み、男龍は再び龍に変わった。
笑うビルガメス。龍になったビルガメスの笑い方は、迫力がある。笑っていると分かる声を出す。イーアンの首に顔をこすり付けて、体を寄せ、腕や尾を絡ませ、喜びを表す。イーアンも応えて首を動かして労う。
ミンティンは、間に挟まれて身動きが取れないまま。もみくちゃされつつ、自分の役目は果たしたと頷く。
男龍は一度これを体験したので、このまま空へ戻る様子。アオファを呼ぶべく、イーアンだけは地上へ降りて人の姿に戻った。イーアンが戻るとビルガメスに影響するので、急いでアオファを起こし、ビルガメスの側に行ってもらった。
アオファとミンティンをつれたビルガメスは、光に包まれながら一声、大きな咆哮を上げて空へ戻って行った。
見送るイーアンは手を振り続ける。荷物も気が付けば、ちゃんと足元にある。背中に背負った剣の革袋とファドゥにもらった膜。この二つを持って、裏庭の外から門をくぐった。
真っ先に迎えに来たのはザッカリアだった。駆け出してきて、イーアンにジャンプして抱きつく。もう大きいので、そのまま倒された(※背中の剣が刺さるとヤバイ)。
「イーアン、有難う!!」
イーアンは腕に膜を丸めた筒を抱えているので、ザッカリアを抱き締められないが、片手で背中を撫でた。そして、背中に危険な剣があるから起きたいと伝える。ビックリしたザッカリアは、急いでイーアンを引っ張り起こした。
「ごめんね。怪我した?血出た?」
背中を見るザッカリアに、とりあえず無事だと笑うと、ザッカリアはイーアンを改めて抱き締めて、頬にちゅーっとキスして頬ずりしながら喜んだ。
「凄いよ、龍に乗ったんだ。イーアンが龍なの、凄い格好良いよ。嬉しかった!俺のお母さんは龍なんだ」
「正確に言いますと、きちんとした龍ではありませんが、近いです。喜んでもらえて良かったです」
ザッカリアが貼り付けたのはそこまで。ドルドレンがすぐ後ろに来ていて、ザッカリアの腰をわしっと掴んで引き剥がし、横に置いた。『もう良いだろう』ムスッとした顔で子供をどかし、大きく息をつくとイーアンを見た。
「話がある」 「はい。中で話しますか」
あのね、と言いかけてぴたっと止まる総長。ザッカリアの背中から注がれる、先生の睨みを見た。『うむ。そうだな、中で』小声でどうにか言葉をつむぎ出し、先生の怖い視線を見ながらイーアンと一緒に支部に入る。
入ってすぐ、イーアンに乗せてもらった騎士たちが笑顔で来て、口々にお礼を伝えた。イーアンも嬉しそう。また乗りましょうねと約束して、工房へ向かった。
工房は火が熾してあって、イーアンと総長、なぜかギアッチとザッカリアも入った後。ダビが来て、木型を運んでくれた。ダビは龍になったイーアンを見て、即、逃げたらしかった。『え。何で逃げたか?だって私見つけたら、引っ張り出して連れてくでしょ』ダビは連れ去られると思ったらしかった。
イーアンは笑いながら『そうかも』と答え、火を熾しておいてくれたことにお礼を言った。それから木型を受け取り、矢筒の寸法等の紙(※ほぼ図)も引き取った。
ダビが出て行き、それからギアッチが見張る中で、ドルドレンは控えめに言いたいことを、やんわりモゴモゴと伝える。イーアンは聞くだけ聞いて、自分が空から持ち返った話をした。
ギアッチもザッカリアも聞いているが、別にもう気にもしない。イーアンはこれは、こういう時期を迎えたのだと思って、普通に、包み隠さず話した。
飲み込みの早いギアッチは、とても不思議そうにしていたが、いろんなことを知ったことで、目が輝いている。ザッカリアも理解できる所はあるらしく、質問をしないで耳を傾けていた。肝心のドルドレンは、気持ちがごっちゃ。でも、そういうことかとは納得した。
「そう。ビルガメスは、もう。だからか。で、なんであんな、いちゃつくの」
「いちゃつく。それは龍の姿の交流のことでしょうか」
「イーアン。お止めなさい。この人はね、単に妬いてるだけだから」
先生がびっと切る。総長の目が据わる。イーアンは苦笑いして、ドルドレンを見た。『龍の時は会話が出来ません』だから、体を付けると何となく意思疎通が出来ると教えた。
「これは龍だからでしょう。ミンティンも、顔を揺らしたり、首をゆらゆらしてみたり。私の気持ちが沈んでいると顔を付けてくれます。こういうことだったのかと思いました。人間と龍では難しいですが、龍同士になると、何かこう。言葉ではないですが、どう考えているのか。割と正確に伝わりました」
「あれは会話。イーアンはオスの龍と遊んでいるようでしたね。楽しそうですが、会話していたのかな」
「そうです。ええっとね。多分、合っていると思いますが・・・彼は、私がロゼールや皆を乗せたことを面白いと感じていて。彼らをどう思っているのか、とか。自分が人間の姿を取ったらどうか、とか。話していたのです」
へー・・・・・ そうなのか、と先生は腕組みして頷く。イーアンも頷いて『機嫌が良いのは確かです。遊んでいるように見えたのは、機嫌の良い会話だからでしょうか』と付け加えた。
「ですよ。総長。そういうことですって。もう怒る必要ないですね」
「分かった」
ホントかよ、と疑いの眼差しを向ける先生に、総長は目を背ける。ザッカリアはまた乗りたいとお願いし、今日は一緒にお風呂に入ろうとイーアンに約束させ、二人は工房を出て行った。
ドルドレンは鍵をかけて、イーアンと向き合う。イーアンはじっと灰色の瞳を見つめた。
「ファドゥのことは。大丈夫だったのか」
それも説明した。やっぱり『ちゅー』はお母さんのズィーリーが、彼に愛情表現でしていたことを。それは他人にしない、と教えて解決したとイーアンは伝えた。
「ふうん。本当に知らないんだな」
「知りません。私、あなたとなら出来ることも言いました。彼はお母さんの彫刻のある部屋で、寝起きします。よほど会いたかったのでしょう。だからどうして母と同じように口を合わせるくらいダメなのか、それは彼にはよく分からないようでした」
「感覚の違いが大きいな。でも断れたんだな。されたにしても(※確認)」
「はい。2度目に言いました。1度されて、お母さんと彼の子供時代を話してくれましたが、その後またすぐに2度目がありましたから、そこできちんと『いけません』と」
2、2度も・・・・・ ドルドレンは心臓を押さえる。しかし、本当に母親大好き息子とは分かるから(←部屋に彫刻って)どうにか立ち直った。
伴侶が立ち直ったので、イーアンは膜を見せた。これを食べたことを話し、ファドゥに剣の柄の皮を相談したら貰えたことも言う。帰りに珠を渡したから、今夜は連絡することも伝えた。
「いろいろ心臓に負担があるが。しかし。そうか、分かった。で、次がさらに。俺の血管を壊しそうな相手だな。ビルガメス」
「そんな言い方されないで下さい。卵問題も解決しそうだし」
ギアッチがいた時間で説明した内容は、卵の話ではなく。
ビルガメスが地上で耐久力を付けるための訓練、と説明した。彼は寿命が近く、魔物が空を攻撃したらそれで死ぬ可能性があり、それを聞いたイーアンが手伝いに行くと約束したからか。彼もまた、いざという時に、オーリンよりも強い龍気でイーアンを助けるため、地上に来てくれるという話。
「それもあって、彼は挑戦して下さいましたが。もう一つ、大事なことは卵です。ファドゥもやはり、卵を気にしていました。この理由は全部聞きました」
イーアンが教えてもらった、卵を孵す話と、治癒場の存在の確認、もし利用が可能であればと、それらの相談内容をドルドレンに話した。
「え。じゃ、もしかすると。俺も一緒に居て。地上で、卵を孵すことが出来るのか」
「ファドゥに治癒場の話をした時は、彼は休眠が多くて分からないようでした。でもビルガメスは聞いたことがありそうで。空の民にも確認するって」
「俺が居ても大丈夫なのかな。俺は人間だけど」
「まだ。そうだったら良いね、という段階です。でもその可能性はあると思います」
「イーアンとビルガメスが交代。どうにも気持ちが。でも俺はとにかく、近くにいられる可能性が出てきたわけだな」
「そうです。交代については、ビルガメスが一番強いのも知りませんでしたし、こぞって『自分の卵』を孵すこだわりの意味も知りませんでしたから。後から聞いて『やられた』といった気分ですよ。私も」
でもあの人は多分、あの5人の中で一番話しやすいから、良かったかもしれないけれど・・・イーアンはそう言う。
こんなことを話していると、工房の扉が叩かれて。ザッカリアが早くお風呂入ろうと誘ってきた。時間を見ると5時。早いお風呂かと思いつつ、イーアンも約束したので、嫌がる伴侶をギアッチに任せて(※先生が一番効果的)お風呂へ行った。
いつものように、洗う作業一連を安全な状態で終わり、湯船に入る。イーアンもザッカリアに、伝えたいことがあった。それを話してお礼を言うと、ザッカリアはニコッと笑う。
「女の龍。イーアンは自分で知らなかったんだね」
ザッカリアに言われなかったら、こんなに疑問に思うことさえなかった。龍の子、とは言われていたが、それもピンと来なかったのだ。助言は素晴らしかったと誉めた。
ザッカリアは嬉しそうに笑って、イーアンの肩に頭を乗せて、今日、龍に乗った感想をたくさん話した。イーアンは彼の話を聞きながら、ファドゥもこういう気持ちだったのかなと思った。
ふと、ザッカリアに聞いてみたくなる。もし自分が卵を孵すために、3ヶ月離れるとなったら。彼はどう思うかしらと。ファドゥの比にはならない日数だけど、それでも悲しいのかしら。
「あのね。私は今、空に行く機会がありまして。先ほども、聞いていたと思うけれど。男龍の卵を孵す役目が私はあるのですが」
「孵すって何」
「卵から龍の赤ちゃんが生まれます」
「イーアンが卵の赤ちゃんを世話するの?」
「はい。これは本来、空の上で3ヶ月いないといけません。でも、もしかしたら。地上に、空の空気を運べたら。一箇所でも良いから・・・そうすれば、地上にいながら、卵ちゃんたちのお世話が出来るかもしれません。とはいえ、3ヶ月は」
「え。龍の赤ちゃんが生まれるの。イーアン、俺の弟や妹が生まれるの」
遮ったザッカリアの発言に、イーアンはちょっと驚いた。なぬ。そういう解釈が最初。でも、そうかそうか、とすぐ理解した。
ザッカリアは私の子供なんだから、当然、私が孵した卵ちゃんたちのお兄さん気分。可愛いなぁと微笑ましくなる。
「そうですね。ザッカリアの弟や妹が生まれるのですね。でも空で生まれると会えないでしょ?地上で生まれたら良いですね。それでね、3ヶ月も離ればなれになり」
「俺も一緒にいる。生まれるまでずっと一緒にいるよ。どこで生むの」
「え。私は産みません。男龍の方々が生んで、私が抱っこして赤ちゃん卵のお世話です。でも場所はまだ」
「俺も見る。毎日見るから、一緒にいるよ。俺は大丈夫だよ。だって俺は空の子だもの」
何ですって?イーアン目を丸くする。『ザッカリア。空の子?どうして』急いで訊く(※伴侶限界時間が近い)。
「俺。龍の目だもの。空の子は龍の目なの。でも、空じゃないでも良いよ。空の空気が溜まる所なら大丈夫でしょ」
「ちょっと、今。何て言いましたか?空の空気が溜まる、どこかにあるの」
え、それはさ、とザッカリアが笑顔で言いかけた時。伴侶が叫んでいた。『総長、今日いろいろあったから。可哀相だから上がるよ』またね、とザッカリアは風呂を上がった。
イーアンはこの時ほど、伴侶の叫びが聞こえなければ良いのに、と思ったことはない。もうちょっとだったのに~ 畜生~(←相手は伴侶)もうちょっとで、もうちょっと・・・・・
風呂上り。イーアンは頭に手を当てて出てきた。苦しむ伴侶を見て『あなた。もう1分我慢して下さったら』冷たい一言を呟いた。ドルドレンはビックリして、冷たい言葉を投げた愛妻(※未婚)を見上げる。
目が。目が怖い。何で、俺は我慢したのに、1分くらい我慢しろ、と・・・・・
既にギアッチもザッカリアもいない。ドルドレンはいつものイーアンの『ごめんなさい。待たせて辛かったですね。大丈夫?』を期待していたのに。『もう1分我慢できなかったのか』と。
「イーアン。酷いじゃないか。俺は今日、ロゼールにお皿ちゃんも奪われ、恥もかかされ、その上、龍になった君たちを見て傷心に苦しんだのだ。さらにザッカリアと風呂に入って、出てきて即『あと1分待ってられなかったのか』とは」
あんまりだー!! ドルドレンが涙ぐんで貼り付いて来る。イーアン、言われてみればそうでした、と思い直し。その一言を呟いた失態を謝る。そして、なぜそう思ったかを話した。
「何だと?あるのか?場所が。ザッカリアを追いかけて訊いてみるか」
「あの子はいつでも見えているわけではありません。見たいと彼が思った時、すんなり見えているようなのです。悪用につながりかねないので、彼に頼んで、見てもらうことは避けたいです」
ドルドレンも肩を落とす。俺としたことが。俺も地上で、イーアンの側に居られる確信を得られるはずだったのに。
「でも。もしかしますと、またの機会に訊けるかもしれません。それに彼は、自分自身を『空の子』と呼びました。この前の続きです。だからこの話題も終わってはいません」
ドルドレンはとても凹む。風呂は後で入るから、とにかく食事をしよう・・・となった。二人は広間へ行き、夕食を摂った。ヘイズが嬉しそうに微笑み、『龍のイーアンへ』と、イーアンの皿におまけをつけてくれて、素敵なデザートを食べることが出来た。
部屋へ戻って、二人は今日の話をする。専らドルドレンの話は、ロゼールだった。懲らしめて!と頼まれて、イーアンは考える。ロゼールと話し合いをすることにした。
お皿ちゃんに意思があるなら、ロゼールを選んだのだし、聖物だけど、それは引き離すのもなと思う。それは伴侶に言えないので、話し合うことだけは伝えた。
それからイーアンは、ファドゥと親方に連絡を入れるため、自室へ引っ込む。ドルドレンはお風呂へ。『風呂から上がったら呼ぶからね』話してても関係なく呼んじゃうからね、と強気で念を押された。イーアンは了解して、伴侶をお風呂へ送り出す。
先ずはファドゥ。イーアンは金色の光の珠を持って、ファドゥを呼ぶ。すぐに応答があった。
『イーアン。待っていた』
『はい。夕食を終えたので、時間が出来ました』
『今日は。あの後、どうしたのだ。中間の地に龍気が膨らんだ気がした』
イーアンはビルガメスとの話を伝えた。粗方伝えると、ファドゥは黙ってしまった。
『ファドゥ。どうしましたか』
『ビルガメスがイーアンを。私の卵は孵せない。私のところにも来なくなってしまう』
もし、イーアンが地上で卵を孵せるようになれば、3ヶ月といわず、1年でも良いような気がする。その場からは動けないけれど、1年で人口が増えるなら。地上なのだし、とイーアンは思える。そんなことを思うと、ファドゥは元気になった。
『そうなのか?3ヶ月ではなく、1年間。であれば、私の卵も孵すことが出来るかも知れない』
『まだ。まだですよ、その治癒場が見つかってもいませんもの』
『見つければ変わるのか。私も治癒場に降りれば、そこならイーアンと暮らせるのか』
それは無理じゃないの、とドルドレンの存在を引っ張り出す。ファドゥはあっさり萎れた(※忙しい)。
こんなやり取りが続き、イーアンはまた連絡すると約束して、今日のお試し会話は終了(※切るまでが長かった)。
「次は親方です。ファドゥほど粘りませんから、親方はちょびっとで良いでしょう(※扱いが雑)」
案の定、親方はあっさり終わる。毎日連絡を欲しがるが、頭の中で会話のやり取りをすると、親方には衝撃が強い場合が多いらしいので『明日来い』を最後の一言で終えた。
伴侶もそのすぐ後に戻ってきて、イーアンが会話を終えていたことに安心したようだった。明日の予定は剣の柄を作ること、と話すと、ドルドレンは何も言わず、鍵を下ろし、明かりを消して、愛妻をベッドに突っ込んで引ん剥いた。
そこから先は、ドルドレンの晴れない思いが延々とぶつけられて、イーアンは、ここでも龍気が使えれば疲れないのかと。遠のく意識で伴侶に揺らされていた。
終わったのが4時間後。みっちり楽しんだドルドレンはぐっすり眠った。イーアンもヘトヘトなので、泥のように眠った。
お読み頂き有難うございます。




