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魔物資源活用機構  作者: Ichen
空と地下と中間の地
514/2951

514. ビルガメスとの会話

 

 ビルガメスに抱えられて、イーアンは空の中を飛ぶ。不思議な感覚である。彼は人の形のままで、フォラヴに飛んでもらった時と近い状態。ただ、ビルガメスはとても大きい。3mから4mくらいの背がある。


 体も間近で見ると、本当に透き通っているような皮膚。オパールのようで美しい体をしている。彼には鱗も見えない。どうなっているのだろうと、イーアンがまじまじ胸を見つめていると、頭上で笑う声がした。


「そんなに珍しいのか」


「珍しいと言いましょうか。美しくて。どうなっているのかと思います」


 そう言って、イーアンはまた、目の前の胸の皮膚に見入る。ちょっと指で押してみる(※人の体)。温かいけれど、皮膚の印象が違い過ぎて、とても不思議である。


「俺の体が美しいと思うのか」


「あなたは全部が美しいです。私はそう思います」


 本当にそう思うので、それは伝えた。イーアンは綺麗なものは綺麗、と、ちゃんと言うことにしている。この世界(ここ)は本当に美しいと思うことが多い。実際、ビルガメスだけではなく、()()ルガルバンダも見た目は美しいし、龍族の彼らは独特の美しさ。ファドゥもフラカラも綺麗。イーアンの中の美の基準では、皆がそう思えて驚いた。



 ビルガメスは小さく笑って、そのまま飛ぶ。自分の体に興味津々の風変わりな女龍に、可笑しいような面白いような。なぜ自分を呼んだのか。それも聞きたい。


 そうして浮島が続く場所に入り、一つ離れた浮島に到着。

 大きな神殿があり、その中には壁もあり、神殿に家が入ったような造り。通されて、イーアンは暫く建造物を見つめる。『どなたが建てられますか』見回しながら訊ねると、『自分で』と答えが返った。


 何てことなさそうに言うので、イーアンはこの話はまた、と思い、案内されるままについて行った。

 大きなビルガメスに合うように造った、大きな神殿。壁もあるけれど開放的。一つの部屋について、入り口に入ったところで、巨大なベッドがあった。片側は壁。向かい側は柱を通して空。素晴らしい眺めだった。


「ここに座れ」


 巨大なベッド。どう作るのかと、あれこれ製作工程を想像してしまう大きさ。端っこに腰掛けると、ビルガメスが真ん中に座って、イーアンを手招き。『もっと真ん中だ』ここは柔らかい、と教えた。


 実に見事に真ん中なので、イーアンは靴を脱いで上がる(※10畳間サイズベッド)。真ん中へ辿り着き、よいしょと座る。ビルガメスは大きいので、片肘を突いてベッドに寝そべった。これでようやく顔の高さが近くなる(※大き過ぎる)。



「俺を呼んだ。何が聞きたい」


 ビルガメスは単刀直入。イーアンは頷いて、荷物を横に降ろし、ビルガメスを見た。


「はい。ではお話しします。私は二つ聞きたいのです。一つは治癒場の存在と、もう一つは卵を孵す問題です」


「治癒場は何の意味だ」


「地上の地域民話にありました。天に上って癒された人のお話しです。地上のある場所から、天へ繋がるようなお話しでした。それがあれば、卵の問題も考えようによっては」


「イーアン。俺は聞きたい。お前の話を遮らせてもらうが、お前は卵を孵す気があるのか」


「分かりにくいかも知れませんが、その気持ちはあります。3ヶ月は無理、というだけです」


 ビルガメスはじっとイーアンを見つめ、質問を考えているようだった。それから口を開いて短く訊く。


「俺が卵を孵して欲しいと言ったら?もし。その3ヶ月の滞在問題を解決して」


「それはお引き受けします。抱っこして一緒に眠るのを・・・ここに籠もって行うのが問題です。先ほどファドゥにも話したのですけれど」


 自分がどういう条件を求めているかを伝える。細かいことまで、ドルドレンを思うからだというのも、きっちり妥協はしないと伝える。

 美しい男龍はその顔をイーアンに向けたまま、黙っていた。それから、イーアンの顔にちょっと顔を寄せて間近で囁いた。


「本当に。それらが解決すれば。俺の卵を孵すと約束するか」


「その言い方に、何やら疑問を感じます。そういえば。皆さん、同じ言い方をされます。意味を私が知らないのか。なぜ個人個人の限定で『卵を孵す』と仰るのですか」


 疑いの眼差しに変わったイーアンに、ビルガメスは吹き出す。『イーアン。俺はズィーリーとそれほど親しくはなかったが。お前と彼女は全然違う。面白いな』ハハハハと笑うビルガメス。イーアンは何も言わずに見つめるのみ。話がよく変わるなと思う。


「ズィーリーの話。性格やここでの暮らしぶり。戦い方。それらを聞かなかったか?全然違うな。お前の方がずっと俺好みだ」


 またそれか、とイーアンは思う。あれだ、どうせ男らしいとか。そんな具合のあれ(※自棄)。まー良いけど。気に入られておく方が、話も聞きやすい。どうもありがとうといった感じで頷いた(※仏頂面)。


「ええ。男らしくても、女ギリギリでも何でも。もうどうでも良いです。目的さえ手に入れば」


 やけっぱちで、むくれるイーアンは、ビルガメスに話しているのに、いつも我慢していた気持ちを吐き出した。それにすぐ気がついて、イーアンは謝った。


「すみませんでした。八つ当たりしました。協力して頂いているのに」


 ビルガメスはイーアンに腕を伸ばし、顔にかかる髪をずらして微笑んだ。『イーアン、微笑んでくれ』自分が微笑んで見せて、頷く男龍。イーアンもちょっと考えてから、怒ることでもなかったかと思い直して、ニコッと笑った。


「お前は笑うと可愛い。笑わなくても良い顔つきだが、笑うと本当に可愛い。笑っていろ」


 嬉しそうなビルガメスは、イーアンの頬を撫でた。それから、自分がイーアンの何が好きかを話して聞かせた。


「さて。機嫌が直ったようだな。ところでお前はなぜ、俺を呼んだ。他の男龍ではなく」


「あなたが一番話しやすいからです。あなたは必要なことを知っているし、安心して話せると思います」


 ビルガメスはイーアンのすぐ側に顔を寄せる。『俺はもうじき死ぬかもしれない。他の男龍と話せるようにしろ』静かな口調で、突然に死期を告げられ、イーアンは目を丸くした。


「どうして。もう。そんな。そうなのですか?」


「ずっと。長い間生きている。始祖の龍の最後の子供だ。タムズの親も死んだ。俺ももうすぐだろう。今度の戦いで、俺は恐らく終わる。俺を選んでくれて嬉しいが、長く生きられない。もし卵を孵す約束をしてくれるなら、その前に卵を残す。お前は後から卵を預かってくれたら良い」


 イーアンは驚いて何度も瞬きしながら、美しい男龍を見つめる。元気そう・・・・・ どうしても死にそうに見えない。


「そんな。死ぬなんて。もうじきですって?」


「イーアン。俺が生きていること自体が不思議なくらいだ。俺だけだ。ここまで残ったのは」


 こんなにあっさり『死ぬから』と言われ、気持ちが動転するイーアン。思わず腕を伸ばして、ビルガメスの腕に触れる。『そんな。あなたは今私といるのに』こんなに元気なのにと言うと、美しい男龍は笑顔でイーアンの腕を引っ張って、自分に近づけ、驚いているイーアンを見つめた。


「悲しんでくれるのか。会ったばかりの俺に」


「悲しまないでいられますか。あなたは元気です。親切で穏やかで、とても良い方です。何で、突如『死ぬ』と言われて平気でいられますか」


 ビルガメスはイーアンの頭に手を添えて、ぐっと自分の顔に寄せて見つめる。『お前ともっと早く会えたら良かったな』微笑む顔が寂しそうに見えて、イーアンは眉根を寄せて首を振った。


「分かるのですか。ご自身がいつ亡くなるか。そんなことまで、あなたは知っていますか」


「知ってるよ。さっき言った。俺は次の戦いで終わる。力尽きる」


「待って下さい。魔物にやられる、とそう仰っていますか」


 必死の顔に変わるイーアンに、ビルガメスは困惑して笑う。『会ったばかりだろう。俺が死んでもお前は困らない』落ち着け、と螺旋を描くイーアンの髪をかき上げた。イーアンは目を見開いて、真剣な顔で首を振る。


「質問にお答え下さい。魔物にやられるのでしょうか」


「違うよ。俺が最後を守るだけだ。俺の力を使い切る」


「絶対させません。私が代わります。あなたほど強くなれるか分かりませんが、私が代わります」


 イーアンの声が低い声に変わる。目つきも変わった。10cmほどの距離で、イーアンは目を細めて眉を寄せ、ゆっくりと首を振った。『絶対に私が代わります。あなたをそんな死に方させません』そう呟いた。


 ビルガメスはここまで言われると戸惑う。笑顔も戸惑いで浮いている状態で、真剣に言うイーアンに首を傾げた。


「そんなに必死になるな。もう良いんだ。俺の知り合いもいない。もう終わっても良い頃だ。お前の気持ちは嬉しいが」


「嫌です。私が嫌なのです。わがままなのは分かります。知り合いもいない世界で、一人生きているのは辛いでしょう。誰も残っていないのに、自分だけ生きていたら、それは死を恐れもしませんでしょう。

 でも私はあなたの死を恐れます。あなたが生きていて欲しいと、それだけははっきり分かります。そのために出来ることはします」



 ビルガメスは理解した。イーアンは今、自分自身がそうなのだ、と。彼女は一人、この世界に放り込まれた。そんな自分が、放り込まれた場所に自分の生きる場所を垣間見た。俺と自分を、知らずに重ねている。

 俺を助けたい。彼女は俺を生かしたいんだ。俺に潰える命ではなく、希望に続く命を見てほしいと感じている。


 ビルガメスはイーアンの真向かいの顔を見つめて、片手でイーアンの頭を押して額に口付けした。『イーアン。心の熱い女よ』唇を付けたまま、ビルガメスは思いを伝える。



「お前は。俺が生きていたら、俺の卵を孵すか?地上に愛する男がいても、問題が解決したら俺の卵を」


「孵すと言いました。問題が解決したら、私は協力したいと言っています。何やら言い方に疑問は残りますが。ともあれ、そのための相談です。オリチェルザムを倒してからでなければ、卵も孵せません。


 治癒場の話もそうです。天に人は来れないとファドゥは言いました。でも()()()と呼ばれる地上の場所から、空へ上がる話があり、空で過ごして癒したと民話で残っているのを見つけました。

 それが本当なら、ドルドレンも近くまで来れます。私はそれなら。ドルドレンと一緒なら、ここで卵を孵すために滞在します」


 それなのに。卵を孵す方法もあるかもしれないのに。戦って死ぬなんて・・・イーアンは悲しい顔になる。ビルガメスもその表情を見て、胸が苦しい。ぎゅっと片腕で抱き締めて、イーアンの頭を撫でた。


「泣くな。泣くなよ。お前を好きな理由はさっき話した。お前は誰よりも龍に近いんだ。だから俺はお前が好きだ。他のヤツもそうだろう。龍は。男女の別がない。男のように強く、女のように温かい。全てが混ざった時、一番龍に近い。お前は心がそうなんだ。見た目は」


 そう言うとビルガメスは、イーアンの顔をちょっと持ち上げて微笑む。『見た目は可愛い。女でも男でもどっちになっても、本当に可愛い顔をしているよ』その小さな額をちょっと撫でる。


「お前は、俺が死ぬ前に出会えた一番好きな女だ」


 良かったよ、と小さく笑うビルガメス。

 イーアンは、死ぬ死ぬ言われて、気に入られていることを喜んでいる場合ではなかった。


 この人も・・・すぐに分かった。自分はこの人に学ぶことがある、と。会ってすぐ、安心を感じる相手だった。寿命や運命を相手に、勝手な意見だと承知。でも、でも。と。命の采配に苦しく思う自分がいる。


 ビルガメスはイーアンの頭を撫でた。小さな体のイーアンの涙が、自分のために流れるのを見ていた。イーアンは悲しそうと言うよりも、悔しそうだった。



「会ったばかり。俺はこれを、何度言った?」


「数えていません。会ったばかりでも、こう思う相手はいます」


「お前。太陽の民の男が大切で好きなんだろう。なのになぜ俺に泣く」


「自分でも分かりません。ビルガメスが大切な相手に感じるからでしょう。分かるのはそれくらいです」


「俺も好き。ということだよな」


「そうですね。あなたはとっても良い方です。縁あってお会いした方が、魔物の力で命を失うとは。私は被害を阻止するために来たはずなのです。だから、というだけのわがままな気持ちで。いや、そんな程度で泣くものなのか。言葉に置き換えるには、唐突な話と感情が混ざって、まだ分かりません」


「イーアン」


 ビルガメスは、イーアンの顔を自分に向けさせる。涙で濡れた目が自分を見つめた。ビルガメスの心に柔らかい温もりが生まれ、美しい男龍は微笑んだ。


「お前は良いヤツだ。うん・・・それはともかく。今、思いついた例外を話したい。聞くか」



 ビルガメスの提案に、イーアンはちょっと気持ちが変わる。何かと思い頷くと、ビルガメスはイーアンの頭を撫で『可能かどうか。賭けだな』と呟いた。

お読み頂き有難うございます。

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