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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
51/2943

50. 森の道とドルドレンの隊

 

 まだ日が昇る前の暗い時間に、一行は町の入り口にいた。通行証を憲兵に返して5時の開門と共に出発する。日の出の遅い時期で、辺りはまだ夜の名残があるため、夜目の利くトゥートリクスが先頭を進む。



「遠くても良いから、お前の勘が働いたら教えてくれ」


 スウィーニーが声をかける。トゥートリクスのすぐ後ろには、スウィーニーとフォラヴがついている。トゥートリクスは肩越しに『遠くて良いなら今教えますよ』と困ったように笑いかけた。トゥートリクスが言うには、この先の道沿いの木々に6頭くらいいるらしい。


 隊の真ん中に移動して進むドルドレンとイーアンは、自分たちの前を進む3人のやり取りを聞いていた。


「こんなに暗い中、あの先頭の方は見えるのですね」


 イーアンが感心したようにドルドレンに囁く。ドルドレンはちょっと考えて、『やっぱり紹介しておくか』と独り言をこぼした。


「イーアンに紹介するほどのこともない、と思っていたんだが」


 ドルドレンの一言に周囲の騎士が一斉に、総長を見る。ドルドレンは小さく咳払いし、眉根を寄せた。


「一度には覚えられないだろう。覚えられるだけで良いし、覚えても適当で良い。忘れても良い」


 この言葉に再び周囲の冷たい視線が飛ぶ。イーアンはその視線を避けるように俯きながら、ドルドレンの説明を待った。



「先頭を行く者は、ウィス・トゥートリクスだ。彼はまだ若いが、その特殊な能力のためか、無駄な動きがなく重宝な人物だ。やや奇妙な特技がある。夜目が利くこともその一つだが、いろいろと人間離れした潜在能力があるため、魔物探しにはうってつけである」


「いろいろと人間離れって」


 トゥートリクスが失笑し、体を捻ってイーアンにちょっと片手を上げ、挨拶した。イーアンも頭を下げた。


「前の二人は、大きい方がスウィーニー・ハン、すましている方はドーナル・フォラヴだ。

 スウィーニーはこう見えて、知識人で見識も礼儀も一流だ。交渉ごとには実に都合が良い男だ。そして見た目どおりの力強い戦い方をするので頼りがいがある」


「総長。お褒め頂いて光栄ですが、『こう見えて・・・』は語弊があります。『大きい方』もですが」


 イーアンは両手に顔を埋めて笑うのを必死に堪えた。『大きい方』でツボに入ってしまった。スウィーニーも、これではイーアンの反応は仕方ないと、寂しそうに笑う。『名でも姓でも、良い方で呼んで頂いて結構です。以後お見知りおきを』と会釈した。


「うむ。それでな・・・」スウィーニーの挨拶をさらっと()なして、ドルドレンは真面目な顔で続ける。


「隣のすましているドーナル・フォラヴは、いつでもあんな感じだ」


「それだけですか」フォラヴが驚いて後ろを振り向く。「私は活躍しておりませんか?」


「いや。充分に活躍している。フォラヴはしかし、人間ではない」 「人間ですよ!」


 もう、イーアンは笑って良いのか悪いのか分からなかった。ひたすら声に出さないように笑うのを堪えているが、お腹が痛くなりそうだった。周囲も笑いを堪えている。


「違う。人間ではない」 「そこで切らないで下さい。イーアンが誤解します」


「面倒くさい奴だ。イーアン。フォラヴは先祖に妖精が混ざっているらしいのだ。

 そのためか、羽が生えたような跳躍をし、森林を駆ける時は鹿のように走る。森林限定だ。動物と心を通じるという子供に大人気な能力も備えている。 な?人間ではない」


「素敵な能力です・・・・・ その方はちゃんと人間ではないですか」 


 ドルドレンの説明は真面目なはずなのに、おかしすぎて、笑うのを我慢しつつイーアンは小声で答えた。


 フォラヴは『総長の説明は、何かが非常に間違えている気がします』と頭を振って、紹介内容を嫌がっていた。『でも、私のことはフォラヴと呼んで、以後、怖れずにお付き合い頂けますよう』と辛そうな笑顔で挨拶した。イーアンは涙目で頷いた。


「そして俺たちの横を歩く、こっち(左)が、バニザット・ヤンガ・シャンガマックだ。こちら(右)は今回の現地へ案内してくれる北の支部のダン・フォイルだ」


 フォイルはイーアンの真横に馬を少し進めて『ダン・フォイルです。ご迷惑をお掛けしますがご協力をお願いします』と頭を下げた。イーアンも『私はイーアンです。宜しくお願いします』と短く挨拶した。



「総長」 「何だ」


「『こっち』とだけでは。フォラヴ以下ですよ」 「そうか」


 フォラヴが普段の飄々とした顔を崩して、渋い顔でシャンガマックを見る。イーアンは目を閉じておく。


「イーアン。彼は長い名前だ」 「そうじゃないです」


「・・・・・彼の言語能力は異様に高いので、恐らくこの世界の全ての言葉と方言を使えるだろう。そして古の占術にも長けているので天候を読む。そしてよく分からないが、植物が大好きだ」 


「終わりの方の、適当で面倒くさい感じの表現はどうにかなりませんか」


 シャンガマックが『もういいです』と溜息をついて、イーアンの横に馬を近づけた。『イーアン。俺はシャンガマックだ。植物と占術は、強い繋がりがあるので植物にも詳しい。よく分からない(・・・・・・・)ほどのことではない』

 イーアンは『はい。大丈夫です。理解できます』と笑わないように目を伏せながら会釈した。


「後ろの二人は、あっち(左)がミリヴォイ・ダビ。そっち(右)がパウロージ・アティクだ。

 ダビは普段は剣を使うが、大弓の作り手でもあり、引き手でもある。彼は武器が好きで武器系は多芸なのだ」


「武器が好きとだけの紹介は、怖がられそうです。」 「皆いちいちケチをつけるな」


「イーアン。私の名はミリヴォイ・ダビです。私は基本的な武器の性能を高める、金属や構造を常日頃から研究しては作っていて、修理なども担当しています」


 ダビがドルドレンの説明を待たずに、自己紹介した。それを聞いてイーアンの目が輝く。


 後ろから聞こえてくるのでその顔を確認できないが、後で教えてもらえるかもしれない、とイーアンは思った。ドルドレンがイーアンのちょっとした変化に気がつき、『イーアン。乗り出すな、危ない』と腕の幅を狭めた。――いかん。イーアンに『ものづくり』の話は危険だ。話を変えねば。



「ダビはもういいだろう。そっち(右)側のアティクは生まれが世界最北の氷の大地で、非常に変わった経験を積んでいる。彼は何もないところで生き抜く、知恵と技能と強い精神力を持つ男だ。普段は普通だ」


「普段は普通のアティクです」


 イーアンは危うくツボに入りそうになったが、どうにか堪えて会釈をする。やはり後ろの人は、顔が確認できない。アティクは無口なのかも知れず、それほどドルドレンの斜めな紹介に異議を持たない様子だった。


「馬車にいる2名は、一人は知っているな。ロゼール・リビジェスカヤと、ヴェリミル・ギアッチだ。

 ロゼールは異常である。あれも人間とは思えない。ギアッチは」


「そんな紹介ないですよ。そのまま飛ばさないで下さい」


 ロゼールの失笑が聞こえる。ドルドレンは面倒そうに小さく溜息をつき、『もういいじゃないか』とぼやいた。


「ロゼールの身体能力は、何か別の動物が入っている。この世の生き物ではないかもしれない。フォラヴとはまた異なる異常性だ。詳しくはいつか見れば分かる」


「何の説明にもなっていない上に、人を何だと思っているんです」 


「うるさい。お前が戦ったら分かる話だ」


『ひどい話だ』と言いつつ、ロゼールが『イーアン。美味しい食事を期待していますよ』と声をかけた。ドルドレンが振り返って睨みつけるが、暗いからよく見えなくて怖くはない。


「イーアン。ギアッチは昔、別の国の教師だった変り種だ。博識で支部では若い騎士の教育を受け持つ。異国の、『ソカ』という長い武器の名手で、彼はほとんどその武器一つで戦い続ける。」


 周囲で『ギアッチだけまともだ』と不満の声が漏れている中、馬車から『私はヴェリミル・ギアッチです。雑学に関心がありましたらどうぞ』と気さくな声が聞こえた。馬車まで見えていないかも、と思いつつ、馬車の二人にイーアンは会釈した。



「ドルドレンの隊の人たちは、素晴らしい能力の持ち主が集まっているのですね」


 イーアンは感動した。ドルドレンは(若干適当だが)部下をよく知っているし、部下もドルドレンを慕っているのが分かる。それぞれが突出したスキルの持ち主なのに、そんな彼らがドルドレンについてくることが、彼らの絆や信頼の強さを感じさせた。



「さて、全員の紹介が済んだみたいですから、戦いますか?ずっとついてきて(・・・・・)いるので」


 先頭のトゥートリクスが後ろを向いた。


「襲ってきそうか?」 「けしかければ」 「何頭いるんだ」 「さっきと同じです。6頭で」


 ドルドレンは数秒考えたようだったが、すっと息を吸って『トゥートリクス。それらを集めろ』と命じた。トゥートリクスは、肩越しにドルドレンを見て口角を上げて頷く。右横のフォイルの表情が硬くなる。彼はこの道で昨晩、魔物に追われたのだ。


「気をつけて下さい。群れです。暗くてよく見えなかったけれど、恐ろしく鋭い爪を持つ四足歩行の」


「そうですね。まるで大きなネコみたいだ」


 トゥートリクスが大きな目をきらりと光らせて、フォイルを振り返った。『フォイルさんは、ここにいて下さい』トゥートリクスが突然、馬を走らせ一人で道の先へ駆け抜けていった。


「ではイーアン。俺がいない間は、ウィアドから決して降りないように」


 イーアンが振り向くと、ドルドレンはニッコリ笑ってイーアンの額にキスしてから『ちょっと行ってくるよ』と姿を消した。暗がりの中、ドルドレンが木から木へと枝を踏み台にして跳び移る音がする。



 イーアンの前を進んでいたフォラヴが、肩越しに『総長の方が、人間離れしていると思いませんか』と言って笑った。


 ウィアドの横に馬を寄せたシャンガマックが、イーアンの持つ手綱に手を伸ばした。イーアンは、イオライでディドンが自分を誘導したことを思い出し、シャンガマックを見た。


「ウィアドは賢いが、念のため」



 シャンガマックの言葉が終わる前に、前方から激しい咆哮が響いた。森の空に無数の鳥が鳴き声を上げて飛び立つ。スウィーニーが、一行の足を止める指示を出す。


 前方で雄叫びが次々に上がり、しばらくするとまた静かになった。一行は誰も口を利かないまま、ただ目の前に広がる暗闇を見つめていた。フォイルが心配そうに唾を飲み込み、暗さの中に二人の騎士の姿を探す。そのまま何分か過ぎた時、フォラヴがふと左側の木々を見上げた。



「いますよ」



 フォラヴに気配を取られた魔物が、左側の木の上からどさっと降りた。


 大きさは馬の半分ほどだが、耳のない、ネコや犬のような体つき。足が6本。円錐形の細い尻尾が一本。暗い中で、なぜか体がぼんやり紫色に発光し始めた。


 魔物は、筋肉質で首も足も長く、爪の生えた指はさらに長い。頭・肩から胸、そして手足は、鎧でも付けているように黒光りしている。背中から下は、緑と黒の渦模様が見える毛がある。頭が小さく、無表情で、パッと見はその小さな顔がネコを思わせる。だがネコとも違う。目に卵の殻でもついているみたいに盛り上がっていて、その眼はどこを見ているか分からない。口を開けるともっと種類が分からない。口が上下に開いていない。門が横に開くような、奇妙な横向きのくちばしが付いている。


「なかなか印象的な見た目だな」


 スウィーニーとシャンガマックが、魔物と真向かいに馬を向ける。その横にダビが並んだ。フォラヴが小さな溜息をついて、イーアンの横に来てウィアドの手綱を握る。『イーアン。下がりましょう。まだいるようです』

 イーアンがフォラヴを振り返ると、フォラヴは静かな薄水色の目で方向を促す。



「朝なのに。朝から汗だくは嫌ですね」



 魔物の後ろに黒い影が動き、その影は紫色の光りにぼんやりと包まれて姿を現す。



「3頭ですね」




お読み頂きありがとうございます。

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