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魔物資源活用機構  作者: Ichen
空と地下と中間の地
509/2951

509. ミレイオの教え方

 

 龍に乗ってアードキー地区へ向かうイーアン。独り言を呟く。


「私が人殺し。だから『嫌い』って顔だったのね」


 ふー。息を吐いて、青空を眺める。『人殺し。人じゃなくても、いつでも殺している世界です。いろいろあるなぁ』青空の向こうにいた、銀色の彼の言葉を思い出す。


 ファドゥは言っていた。感情が悪いわけではないことを。奪う地に生きている以上、常に奪い続けると。


「だからって、人殺しはありとか、そうは思いませんけれど。人か動物か、植物か、空気中や水中の微生物か、何をか私のみならず、誰もが常にその生きる時間を断ちながら、自然体で生き続けている」


 求めるのは命のこと・・・そう、ファドゥは話していた。善悪なんか学ぶ場所じゃない。そのことさえ理解していない、と。あれこれ思い馳せるイーアン。


「ミンティンは全部知っているのね。そして知っていて、こうしていつも一緒に」


 有難う、イーアンは背鰭を抱き締めて微笑む。ミンティンが少し振り返って、小さい鈴を鳴らすような声を出した。『お前の声はとても綺麗』いいなぁと笑ったイーアンに、ミンティンはゆらゆら首を揺らした。



 アードキーの上まで来て、ミンティンに降りてもらおうとすると、なぜかミンティンはいつもの場所で降りない。『どうしましたか。ミレイオの家に行きます』首をぺちぺち叩いて、イーアンはミンティンにお願いする。


 振り向いて、金色の目が自分を見つめる。何か言いたそうにも思える目つき。『何かあるの』真下がミレイオの家。青い龍は首を下に向けて、大きな声を出した。


 ビックリして、イーアンは急いで背鰭を片腕でぎゅっと押さえる。『どうしたの。何があったの』ミンティンが何か昂ぶったのかと、驚いて話しかけた。イーアンが理由を聞こうとしたら、ミレイオの家の扉が開き、顔が上を見上げた。


「イーアン。どうしたの、何かあるの?」


「申し訳ありません。分からないの」


 分からないのです、と言おうとして、ミンティンは真っ逆さまに突然滑空する。わあああああっっっ!!イーアンが掴まる手を、ぶんっと振り払い、青い龍はイーアンを落とした。驚くミレイオが急いで、落ちてきたイーアンをキャッチ。『何よ。何かしたの?』青い龍はびゅーっと天へ帰って行く。


「お世話をかけます。あの仔なりに。もしかすると、私を直にここへ届けようとしたのか」


「どうしたの?何で落とされたの。大丈夫?」


 イーアンを抱きかかえたミレイオは、イーアンの格好をさっと見渡して、怪我はないからと、とりあえず家に入れた。


「あの仔は度々。ああして私を落とすことがあります。下に誰か、受け止めて下さる方がいる場合ですが」


 ミレイオは困ったような顔でイーアンを見つめ、『それって。あんたがコケるから?』言いにくいことをざっくり。イーアン俯く。ちょっと笑ったミレイオは、何度か頷いて、長椅子に座るように背中を押す。


「龍も心配なのね。イーアンが転ぶの」


「転ぶ場合だけじゃありません」


 ぶすっとするイーアンに笑いながら、ミレイオはお茶を出してくれて、イーアンの顔を撫でた。『むくれないの。いいじゃない。愛されてて』よしよし、と頬を撫でる。


「今日。私はお代を届けに来ました。これがそうです」


 咳払いして、イーアンは箱を出す。ミレイオは箱を見てからイーアンを見て微笑んだ。『律儀ねぇ』有難うと言ってイーアンの額にキスをした。イーアンはミレイオには普通の顔(※この人は男性ではないと認識)。うん、と頷く。


「どれ。あら本当。書類なんか要らないのに。まぁそういう場所か」


 ちょいちょいとお金を数えて、ミレイオは箱を閉じ、箱を棚の上に置いた。そして振り返り『盾。見る?』ニコッと笑ってイーアンに腕を差し出す。わぁ!と嬉しくなるイーアン。ミレイオの手を握って、一緒に階下の部屋へ移動した。


「ほら。5枚あるでしょ。これ、あれよ。魔物のなんだっけ。殻とか翅とか何かそういうのよ」


 材料については適当らしいが、感性で仕上がった盾は5枚とも素晴らしく美しかった。深い毛皮を敷いた上に立てかけられた盾は、ミレイオでなければこうは使わないだろうと思えた。


 組み合わせ方が半端じゃなく上手。魔物の色はそれほど多くないのに、何とも色とりどりに鏤められたようだった。ミレイオは説明する。熱を入れて最高に硬くした部分と、その手前の硬さに留めた材料。それを組んであるという。


「裏に緩衝材を入れたから、攻撃を受けても、直に打撃の全てを受けることはないでしょうね。裏ってあれよ。中ね。内側はほら。あれ張ってみたの。羽を抜いて張ると凄くない?」



 四つん這い状態で、床に置かれた盾を見つめるイーアンの横に、ミレイオは寝そべって指差しながら教える。

『こんな形になるなんて』もう、ずっと見ていたい、と呟くイーアン。ミレイオは笑って、イーアンの腰をポンポン叩き、寝そべるように床を指差す。


 ちょっと抵抗があるものの。イーアンは従う。ミレイオの横によいしょとお腹を下に寝そべり『お邪魔しているのに、こんな格好で申し訳ない』と謝る。


「あんたは真面目ね。良いじゃない、別に。ねぇ、これどうした。何で上着こんななの」


 横に寝そべる前から気になっていた、とミレイオが言う。イーアンは左側にいるミレイオを見て、自分の左の肩の噛まれた場所を指差し、魔物退治で魔物に噛まれたことを話した。

 機構の話もして、それで本部に出かけたら魔物が出てきて。退治したけれど、熱を持っている魔物だったと話す。それを話しながら、イーアンは今日のことを思い出して、少し黙った。



「どうしたの。何かあったでしょ。魔物退治は分かるけど、それじゃなくて」


 おいで、とミレイオは片腕を伸ばして、イーアンを抱え込む。黙るイーアンの難しそうな顔を見つめ、くるくるした黒髪をちょっとずらして、もう一度訊ねた。


『何かあったのね』そうじゃない?と顔を覗き込む。横向きに抱き合うような形で、ミレイオは下になった方の腕を支えに、頭を乗せる。もう片腕をイーアンの背中に回し、自分に寄せてから、髪を何度か撫でてやった。


「どうした。嫌なこと、何かあったくらい分かるわよ。話してみな」


 嫌なことではないが、と呟いて。イーアンは今日の話をした。それから、この際だからと思って、空に行った話もする。掻い摘んで、ファドゥの話と、ちょっと話は逸れるけれど男龍の話もした。ミレイオは驚いていそうな顔をしたが、静かに話を聞いていてくれた。


「そうなの。だから困惑中。んー・・・・・ その本部のバカ共は別に。私が怒鳴ってやっても良いんだけどさ。どうせ出てこないと思うけど。でも、ションだっけ。彼はちゃんと理解してるから、まぁ。


 空の方ね。びっくりする話がぼこぼこ出るわねぇ。あんたといると日常が幅広いわ。

 うーむ。そのファドゥ。彼の言うことって、極端にも聞こえるけど、確かにそうかなと思えなくもない。

 で、男の龍か。見てみたいような。だけどあんたが狙われてると思うと、そんな暢気なことも言ってられないわね。

 イーアンは、この短い間にいろいろあり過ぎちゃって、一気に疲れてる感じね。無理もないわよ」


「そうですね。ミレイオの家にフォラヴを迎えに来た日が。ファドゥに会った日です」


「で、次の日の夜に攫われて。朝に戻って、その足で、機構の決定と魔物退治でしょ。夜が祝賀会。これ昨日ね?」


 笑いながらミレイオがイーアンをもう一度抱き寄せる。『しっちゃかめっちゃかじゃない』そりゃ疲れるわよ、と。イーアンも苦笑いして頷き、今日は・・・と、さっきまでのことを話す。


「今日は朝から、東の市場でタンクラッドと魚買ったのね。料理して、仲間の剣を後で預かりに行く約束して。昼に本部に行ったらヤナ奴がってことか。休みなさいよ」


 はい、とミレイオを見ないで頷く。顔はちょっと笑みの浮かぶものの、イーアンは元気がない。ミレイオは頬を撫でてイーアンに囁く。


「あのね。急いだって良いことないのよ。体一つで動くんだから、休まなきゃ。また倒れたらどうするの。別の誰かにやらせれば良いじゃない」


「卵」


「それは、あんたじゃないとダメなんだろうけどさ。何よ、本部の連中より卵に頭が一杯?」


 本部の、人殺しイーアン説も嫌ですけれど・・・ ぼそぼそ言うイーアン。


 ミレイオは何となく理解する。この子はいつもこうして、全部を混ぜ込んで、重荷にして溜め続けてたのかも、と。あまりにいっぺんに詰め込まれると、どれもこれも同じ重さで抱え込む。


 そうすると、良いことや嬉しいことも、同じ天秤に乗せ始めて、折角の嬉しい出来事も、比重の重い厄介な方に負けて消えてしまうような。

 でも。これを言葉で伝えても、きっと頭でしか理解出来ないだろうからなー、というのも分かる。もう癖づいてるだろうから。



 ちょっと考えて。ミレイオは、『適度な加減』を頭の中でリハーサル。まぁこんなくらいなら大丈夫かな、と思ってから、よいしょと体を起こした。イーアンは転がったままで、まだ、ぼそぼそ言っている。


 ミレイオは溜め息を一つついてから、上着を脱いだ。それから上着をその辺に放って、シャツもがばっと脱ぐ。刺青だらけの筋肉質な上半身がむき出し。さすがにイーアンは音を聞いて振り向き、目をまん丸にして凝視する。


「ど。ど、どう。どうされました。何か」


 ミレイオ上半身裸。突然に、筋肉がっちり付いた刺青だらけの逆三角形の肉体が露わ。ビックリし過ぎて言葉が続かないイーアン。ちょっと笑ったミレイオはベルトを引き抜いた。


 ええええっっっ!!!それの意味は何ですか、と聞きたいけど聞くのが怖い。ビビるイーアンに、ミレイオは笑顔のままで被さった。ひえーーーーーーーっっっ これは一体ーーーーーーーーっっ


 真上のミレイオの顔が笑っている。いつも通りの優しい顔で、少し困ったように笑顔。強張る体を固めるイーアンは、この事態に頭がついていかない。ミレイオは可笑しくなったようで、くすっと笑う。


「驚いてる?」


 うんうんうんうん、頷く必死なイーアン。どうして良いのか分からない。『もし。もしよ。私がこのまま、あんたのこと脱がせたらどう思う?』ミレイオの言葉に固まる。 ぐへっ なぜ。『な。な。なぜ』恐る恐る聞いてみると。


「うん?なんで脱がすか?脱がせたいからって、答えたらどうなの」


 目的が全く分からないイーアンは、一応せっせと首を振る。『だって。脱がせたって。その』それに意味あるんですかと聞いて、『ある』と言われても困るので言いかけて止めた。


「脱がせたら抱くだけよ。違うの?私は男でも女でも抱いちゃうわよ。好きなら」


 両刀だーーーーーーーっっっ!!! ←今更知ったけど、まさか自分が食われそうだとは。最近、不思議な人たちに狙われる~ そんなフェロモン出してないはずーーー イーアンはウサギの心臓。どうするべきか分からない。ミレイオはいい人だから、攻撃もしたくない。どうしよう~



 目をむいて、自分を不安そうに見つめるイーアンの顔に、ミレイオはとうとう、たまらずに笑い出した。


「そろそろ止めとくか。ホントに警戒されてもね」


 アハハハ、と笑いながら、イーアンの上からどいたミレイオは、横に座ってイーアンの腕を取って起き上がらせる。

 それから抱き寄せて、目を見て質問する。『どうだった』顔中ピアスのミレイオに聞かれ、イーアンは何が何だか分からず頭を振る。ちょっと警戒中。


「今。私のことで驚いて、何にも他のこと思い出さなかったでしょ」


「はい?はい。え?」


「そうなの。そういうもの。驚いたら忘れちゃうことで、頭が一杯だったのよ。

 じゃあさ。卵とか人殺しとか、龍とか、魚の買い物とか、今の私の行動。よーく考えてご覧」


 ミレイオの言うことが分からないイーアンは、何が言いたいのかと首を少し傾けて、視線で訊ねる。ミレイオはイーアンの髪を指先でちょっとずらし、真面目な顔で頷いた。


「順番つけてみなさい。どれが一番心に残るの。頭じゃなくてよ、心に残る順番。一番印象的なのから、一番どうでもいいことまで。並べてみて」


 上半身裸のミレイオに包まれて、イーアンは少し考える。ちらっと見て刺青の絵が気になる。もうちょっとちゃんと見て、絵がまるで物語みたいで、もっと気になる。

 見上げると、ミレイオが答えを待っているので、急いで順序を決めてとりあえず伝えた。


「一番は。龍になったことです。次は今の・・・ミレイオです。あの、心に残ったという意味で。次がええっと。そのう。ミレイオのこの刺青の絵で。後は卵の話と、お魚の買出し」


「人殺しは?」


「あ。そうですね、それはでも、心に残ったかと聞かれたら、そうじゃないから」


 ミレイオはニコッと笑った。イーアンをぎゅっと抱き締めて、その頭に自分の頬を乗せる。『そういうことよ』目を閉じて微笑む刺青パンク。


「分かる?全部同じ重さではないの。嬉しいこと。喜びや、誰かを好意的に意識すること。これが心は一番強いのよ。心にどっしり残るのね。

 否定的な出来事は、心には重くないはずなの。自分に不要と判断して、否定の感情が生まれるからよ。避ければ良いものは、重くないの。

 感情と出来事は、それぞれ別の存在で、繋げちゃダメ。感情は、ただ自分が選ぶものを告げるだけ。要るものに強く重く、要らないものをはじくの。出来事を対処するのは心じゃないの、それは知識や経験に任せるの」


 ミレイオの言葉は。言い方は違うし、内容も違うはずなのに、ファドゥの言葉を思い出した。刺青パンクは話を続ける。


「あんたは。龍が好き。だから龍になったのが一番重く残るの。次が私。私を好きなのね。刺青も。嬉しいわ。それから卵の意味。これは大きな意味があるからよね。魚の買出しは純粋に楽しかったからでしょ?」


 イーアンの頭に頬を乗せたまま、ミレイオは教える。


「もう分かるわね。一度に全部、同じ場所に突っ込んじゃダメよ。それじゃ、実は嬉しかった、そんなことも屑箱に入れるようなものでしょ。

 いろんなことが一度に起こっても、次からは並べて見てご覧。そうすると必然的に、大事なものだけが輝き始めるから。どうでも良いことって、どうでも良いのよ。

 これが出来ると、軽くなるでしょ?困り事が自分を縛り付けていないって、分かるようになるの」



 抱き締められた腕をそのまま、イーアンはミレイオの胸に、力を抜いて頭を(もた)せかけた。この人は凄いなぁと思いながら、反芻する。反芻しながら、こうじゃなかったと止めた。頭で考えない、心で。


 ミレイオは静かだった。イーアンが何かを言うまで待っている。


「あなたは。言葉以外でも、教える方法を知っているのですね。人の心の動きを」


「うん。そうかも。だって言葉って足りないでしょ、いつだって。足りないから、抱き締めたりキスしたり。逆だと、引っ叩いたりとかね。

 生きてる間しか、私たちって温度がないと思わない?だから結局、温度が一番伝えやすいのよ。今もさ」


 抱き締める腕を覗き込むミレイオ。優しい笑顔でイーアンを見つめる。『こうしてると楽でしょ』ね、と微笑む。

 イーアンもニッコリ笑って頷く。『あなたは私の大切な師です』心に響く、お師匠さん。呟くイーアンに、ミレイオは頬を撫でた。


「このこと。ドルドレンに話すんだろうけど。あんまり端折らないでね、私が手を出したと思われるから」


 ハハハと笑うミレイオに、イーアンも笑って『ちゃんと説明します』と約束した。それから、ミレイオはイーアンに刺青の話をしてくれた。

 胸と背中を見せ、ヨライデの神話だと教えて、下半身にも続きがあると言うと、二人で笑った。


「見たいけれど。場所が場所」


「私は良いんだけどね。イーアンは困るかもね」


 イーアンの刺青の意味も訊かれ、イーアンはシャツの両肩を脱いで見せた。ミレイオが相手だと平気なのは、さっきの今でも変わらないんだな、と自分でも少し驚いた。


「力強い線だなと思ってたの。変わった刺青。これは龍ね。真ん中の何?脇の小さいのと」


 植物のつもりだったけど・・・イーアンはそう言って、少し考える。『今は違うのかもと思います』真ん中のはアオファみたいですよと、思うことを伝えると、ミレイオも目をちょっと開いて頷いた。


「頭が多い。でも、じゃあこっちじゃないの。この小さいの対になってるでしょ。これも頭みたいよ」


「そうか。なら、この真ん中のはグィード」



 イーアンが落とした言葉に、ミレイオが反応する。『グィード』パンクの繰り返した名前に、イーアンは3頭めの龍が海にいると話す。ミレイオはニヤッと笑い『私はその話なら役に立てるかも』そう呟いた。

お読み頂き有難うございます。

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