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魔物資源活用機構  作者: Ichen
空と地下と中間の地
508/2952

508. つみれと噂と剣と

 

「それを持って行くのか。俺も一緒に行こう」


 ラグスに運ぶつみれとお鍋を用意した時、悶えながらも、ようやく食べ終わった親方が気が付く。『鍋も運ぶとなると。こぼすと面倒だろう』親方が鍋を持ってくれるそうで、剣職人が鍋を持って町を歩く姿を思うと、イーアンはどうなのかと疑問を持った。


 親方に一応、その疑問を打ち明けてみる。タンクラッドは天然さんな部分があるので、今後の職人人生に、不名誉に映ってはいけない場面もあるだろう。お返事は『別に』で終わった。


「俺が鍋を持って、セルメ(※ラグスのご主人)の家に一人で行けば大問題だろうが。お前と一緒なら何もおかしくない」


「でも。印象ってありますでしょう。ブラスケッドが昨日、あなたは人を殆ど寄せつけないと話していました」


「そうだ。だがそれと、鍋を運ぶのは別の話だ。印象は俺が決めることじゃない。俺が何を望んだ所で、他人が決める」


 親方カッコイイ~ イーアン納得。『分かりました。では行きましょう』お鍋満タンに、お出汁を入れたわけではないが、ゆっくり歩こうと注意してラグスの家へ向かう。



 思ったとおりで、剣職人が普通の顔で鍋を運んでいる様子に、近所の人たちは、ちょっと立ち止まって見ていた。話しかける気にはならないようだけど、明らかに気にしている。イーアンが横にいるので、そっちもちらちら見ている。


 とりあえず親方は普通なので、イーアンも普通にする。ラグスの家まではそれほど遠くもなく、親方は裏道を通ったのもあって、5分もしないうちに着いた。


 ラグスの家の扉を叩いて、中から声が聞こえたので、イーアンは名乗る。すぐに扉が開いて、ラグスは『わっ』と後ろへ仰け反った。


「えっ。タンクラッドさんも来たの。あらやだ、イーアンだけだと思ったら」


「俺は関係ない」


 怯えるように目を丸くするラグスに、イーアンは簡単に事情を話して、つみれとお鍋を渡す。『えー!わざわざ、出汁まで持ってきてくれたの?』ちょっと待って!と台所へ走ったラグスは、すぐに空鍋を持ってきた。


「こっち、移して。ごめんね。タンクラッドさんの鍋で、持ってきてもらっちゃって」


 今度うちの鍋貸しとくから、と(?)次はうちの鍋に入れて持って来いと、ラグスは真剣に言った。『つみれも作ってくれたの?』いや~うまそ~ お母さんにあるまじき言葉遣いで、つみれを一つ食べるラグス。


「うぉ。これは美味い。やばいわよ。何よ、これ。どう作ったの。この前と違うじゃない」


 ラグスの壊れかけにタンクラッドの眉が寄る。イーアンは笑って、今日、東の市場に魚を買いに行ったことを話す。

『名前は知らないですが、生の魚を使いました。だから、ラグスにも食べてほしかったです』イーアン笑顔。ラグスはイーアンをじーっと見つめて、頭を振り、抱き締めて頬にキスをする。親方の目が据わる。


「あのね。この前もつみれで、お父さんが喜んでいたのよ。ボジェナも作りたいって。今日こんな美味しいつみれをもらったって知ったら、きっと・・・うちに住めってなるわ。うん、今、住め」


「イーアンは俺の家にも住まない。無理を言うな」


 黙ってろとばかりの目つきで、じろっと剣職人を睨み、ラグスは抱き締めたままのイーアンに、真剣に交渉する。

『衣食住。安定させるから、うちに来なさい。面倒見る(←生活費用面倒見るのはお父さん)』任せろと、男らしい約束をするお母さんに、イーアンは丁寧にお礼を言ってお断りした。


 なんでよ~ 駄々を捏ねるラグスに、イーアンは『こんなにつみれで喜ばれて本望』充分です、とお礼を言って立ち去る。タンクラッドは、ラグスからイーアンを奪い返し、片手に鍋、片手をイーアンの背中に添えて離れないように歩いた。



 タンクラッドの家に着いて、イーアンは時間を見る。まだ昼前。微妙な時間だが、タンクラッドはお腹は空いていないはずなので、シャンガマックの剣を見せてもらうことにした。


「絵が。そのまま本物になりました。素晴らしい」


 鳥肌が、わっと全身に立つ。白い顎はある程度整形され、一度抜かれた歯の向きを変えて置いた場所に、金属が流し込まれ、歯と骨の隙間を埋める。全体を合わせた後に、再び熱を入れたと話すタンクラッドの説明を聞きながら、イーアンは隅々まで顔を寄せて魅入った。


「それでな。柄はここからだ。お前の範囲だろう。本の内容に従えば、柄の外芯は木製のようだが、外側は編み目があるが皮だと思う。絵を見る限りではこれしか情報はないが、この大きさと重さを振り回して、その外芯を使って皮を巻いたところで、安定しないでずれる」


「そうですね。これは私が工房で作ります。持ち帰ることは出来ますか」


「出来る。だがまた持ってきてもらう。見えるか、この内芯に入れた部分に溝があるだろう。おれはここに固定の金具を使う。これは最後だ。ここの部分まで、皮をかけるな。この下までで」



 柄頭を見てイーアンは了解。自分の午後の予定で、これから本部へ向かい、ミレイオの盾の代金の残りをもらって、ミレイオの家へ向かうと話す。


「そうか。支部に戻るのは夕方か。これを持ち歩くのも大変だ。ミレイオの家から戻ったら、もう一度うちへ来ると良い」


 また会えるな、と親方は微笑む。イーアンもその方が安全だと思い、夕方にまた来ることにした。魚のあれこれは片付けたし、イカタコ(※正式名称オラガロ)も帰りに持ち帰ることにした。

 タンクラッドに、お昼は、野菜がまだ入っている汁物を飲むように言い、つみれを何個か入れると良いと教えた。


「ドルドレンにも、つみれを3つ持ち帰りたいです。取って置いて下さいますか」


 タンクラッドはイヤ。本当はイヤ。取って置くのは良いけれど、相手が総長なのが何だかイヤ。でも、言いながらイーアンは、既に小皿につみれを3玉取り分けていた。あれを食べたら叱られると分かる。


 それではまた後で、と。イーアンは上着を羽織って龍を呼び、あっさりと空へ旅立った。親方が何を返事する暇もなく、あっという間にいなくなった。



 イーアンは昼時の本部へ向かう。到着する頃には昼休みも後半。『でも。本部まで歩くから、昼休み終わりかけかしら』うーん、と考える時間短縮。本部の上から呼んでも、降りられなかったらお金は受け取れない。


「町の中は狭いから、ミンティンが降りられません」


 王城の入り口は降りられるけれど。フェイドリッドのバルコニーも広いけれど。町は密集しているから、広々なお庭もなければ、通りもない。


 仕方ないので、やはり歩くことにした。壁の外に降ろしてもらって、一度ミンティンを帰し、イーアンは本部へ向かった。町の人たちは相変わらず賑やかで、魔物が落ちた痕跡も、焦げた石畳をちょっとあるくらい。すぐに誰かが片付けたのだろうと分かった。


 イーアンの焦げた羽毛の上着を、すれ違う人は少し見ていたが、特にそれでイーアンが魔物を退治した人だと気がつく人はいなかった。ドルドレンなら一発で捉まると思うと、イーアンはちょっと笑った。



 無事に本部へ着いて、中へ入り、戸口にいる騎士に挨拶する。笑顔で挨拶・・・と思いきや。ギョッとされた。『お待ち下さい。ちょっと、ここで』逃げるように騎士はいなくなり、イーアンは、扉を締めたど真ん前で立ち尽くす。


 もしかして。とても嫌われた可能性がある。それは気がついた。顔つきが嫌がっていた。怖がるというよりも、うわヤダこいつ、的な表情。

『命懸けで剣を抜くのに。感覚が違いすぎる』伴侶の言った言葉が過ぎる。伴侶は美し過ぎて、べた惚れされるが。自分は嫌われるのかと思うと、これは大変だなぁと苦笑いだった。


 暫く待っていたが、誰も来ない。このまま放置はないと思うが、と少し気になり始めた頃、騎士が消えた方向ではなく、反対側の廊下から人が来た。イーアンを見るなり『え』と目を丸くして声を上げる。


「どうしたんですか。イーアンですよね」


 この反応は何か分からないまま、戸惑っても仕方ないので、ゾーリアスを呼んでほしいと目的を告げる。30代くらいの騎士は眉を寄せて『ゾーリアス』呟いて、ああ、と迷惑そうに返事をした。その後に何を言うでもなく、彼も消えた。


 また待たされて、もう今日は戻ろうかと思った時。向こうから複数人の声が聞こえてきた。思うに、お昼休みが終わったからだとイーアンは見当をつけるが、またあの嫌そうな反応を受けるのか。それが気掛かりだった。


 しかし相手はゾーリアスだった。イーアンを見て笑顔で挨拶し、普通に接して、3度目のあの部屋に通された。『今。持ってきます。来て下さって有難う』ゾーリアスはそう言うと、一度引っ込んだ。


 あれこれ考えるのもな、と。イーアンは小さく溜め息をついて、本部の幾人かの騎士にどう思われたのかを考えるのを止めた。


 すぐにゾーリアスは戻り、イーアンにお金を数えて見せた。『これで全部ですね』お金の入った箱と、書類を添えて、ゾーリアスは箱を渡す。そしてイーアンの浮かない顔に気がついて、ちょっと表情を変えた。


「何か気になること。ありますか」


「お金のことではなくて。先ほど」


 最初に会った騎士の態度と、もう一人の人の態度を話すイーアン。何か自分がしただろうかとゾーリアスに訊ねると、ゾーリアスは首を捻る。『私は会計室から出ないから』よく知らないけれど・・・どうかなと呟く。


「気にしないでも良いと思います。目立つ活躍は、何かしら尾鰭も付くので。そういうことかもですよ、一時的と言うか」


 イーアンは頷いて、ゾーリアスにお礼を言って箱を持って外へ出た。『また来て下さい』ゾーリアスに手を振ってもらって、イーアンも笑顔で手を振り返す。少し歩くと、後ろから誰かが追いかけてきて『待って』と呼び止められた。



 振り向くと、50代くらいの男性が自分に向かって走ってきて、すぐ後ろで止まった。背はそこそこあり、肩幅が広く、赤っぽい金髪で緑の目。サッカー選手にでもいそうな、スポーティーな顔つき。誰だろうと思っていると、右手を出された。


「驚かせてごめんよ。コート・ションだ。本部にいる騎士の一人だよ。イーアンに話がある」


 イーアンは握手して、一緒に壁の外へ歩く。ションはすぐに目的を話した。『うちの騎士が失礼をした』その理由を言わないとと思って追いかけたと言う。


「君を。人殺しだと言いふらしたヤツがいた。それを何人かが真に受けて」


「私が人を殺したと」


「俺は思ってない。もちろんそんなウソを信じることもない。だが、魔物の顔を町の人間が見ていて。あの夕方に、町の人間と話した騎士が、人の顔の魔物を大量に倒したイーアンを『以前、人を殺していたから平気なのでは』と」


 イーアンは絶句する。そんなアホな。そういう解釈もあるのかと驚くが、確かな証拠のない場所では、そうした思い込みや噂が人を晒し者にする。


「イーアン。俺は全然そんなこと、思いもしないが。騎士の中には、イーアンが騎士でもないのに、活躍することに妬む奴もいる。女性で、強くて。龍にも乗って、王まで巻き込む。これまでの修道会になかった展開が、イーアンが来てからと、皆知っている。嫉妬だろうが、心に妬みを持つと、そうしたバカな噂でイーアンに攻撃する者も出てくる」


「それは・・・そうですか。そうでしたか。でもあなたまで、私と一緒にいたら」


「だからね。俺は思ってないって。ヴィダルも勿論思わない。外の支部から来た俺たちは、魔物を退治することがどれだけ危険かも知ってる。

 2年以上前に本部に入った騎士は、魔物と戦っていないが、それでも盗賊や獣と、対面したことはあるから、倒すって何か。それくらい知ってるんだ。バカなことを言うのは、剣を刺したことのない奴」


「剣を刺す」


「そう。本気で、剣で相手を切ったことがない奴だけ。切ったら相手が傷つくか死ぬか。それを知らない。切らないといけない自分を、怖がることを知らない。そういう奴が、勝手なことを言う。思い込みで」


 ションはそこまで言うと、一度話を切ってイーアンを見つめる。その鳶色の瞳をちょっと背を屈めて覗き込み、ニコッと笑った。


「イーアンは強い。空から聞こえた声は、男の俺でも怖いくらいだ。でも、こんなに一生懸命、皆のために動く優しい女性だ。君は必死に戦ってくれる。そんなこと、分かってる。だから一部のヤツのために、本部に来ないなんて、そんなことにならないでほしかった」


 思い遣りのある言葉にイーアンは微笑む。お礼を言って、教えてくれたことにも感謝した。『ション。有難うございます。理由が分かって良かったです』頭を下げて、町の外へ出た。


「龍で来たのか」


「はい。あなたが追いかけて下さって、私は誤解しないで戻れます。本当に有難う」


 ションは、お礼を言うイーアンが少し可哀相に感じた。上着を見れば、元は綺麗だっただろう、白銀の羽毛は焦げて汚れ、羽毛も抜けたり切れている。小柄なのに、腰に剣を帯びて。頑張って戦ったのに気の毒に思う。


 肩に手を置いて、ションはイーアンにもう一度伝えた。『君は一生懸命戦う。俺は知ってるから大丈夫』そう言って少し悲しい気持ちを抑え、微笑んだ。


 イーアンもニッコリ笑って頷く。『それが分かっただけでも。また本部に来ることが出来ます』それからイーアンは笛を吹いた。ちらっと振り向いて、ションに笑いかける。


「ションもいつか。龍に乗りましょう」


 笑うションは、『有難う』と答えた。空の向こうから龍が飛んできて、イーアンがションから離れ、龍に背中を向けて片手を広げると(※もう片方の手はお金の箱持ち)青い龍は滑空で突っ込み、ぽんとイーアンを撥ね上げ、首に乗せて舞い上がった。


 ハハハハと笑いながら拍手するションに、笑顔のイーアンも手を振る。


『また来ます』大きな声で叫ぶと、ションも両手で輪を作って、口に当て『待ってる』と叫んでくれた。大きく手を振る彼に、見えなくなるまで手を振って、イーアンはミレイオの家へ向かった。

お読み頂き有難うございます。

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