507. イオライセオダでお魚調理
イーアンに硬貨を持たせ、大きい額から手の平に並べてやり、店の値札の数字と硬貨を一つずつ比べて教えた。
『良いか。例えばこの笊を買うだろ。この硬貨だと釣りが来る。そうすると釣りで、手前のこの辺は・・・買えるな。やってみろ』教えてから、一人で買わせる親方。
ちょっと緊張しながら、イーアンは硬貨をじっと見つめ、生の魚をよく見てから硬貨と値札を比べる。分からないと親方を呼んで確認。
お店の人は黙って可笑しそうに見ているが、会話を聞いていると、見慣れない顔立ちの女性が、お金を使う初めての場面かな、とそれは理解できる。暫く温かな目で見守る。
「この魚は白身ですか。どう食べますか」
イーアンはお店の人に訊ねる。おじさんはすぐに来て、焼いたり煮たりするよ、と教える。『脂が少なくて、魚の匂いが結構強いよ。血合いは食べないね」取っちゃってさ、それで料理するんだよと教える。
「大きい魚が良いのかな。これも美味しいよ。脂が多いから焼く方が合ってるけど」
赤い皮に虹色の線が入っていて、鰭が尖っている、南の魚みたいに見える大きな魚。鰭は危ないから切るよ、とおじさんが言ってくれたので、イーアンはそれを2尾もらう。それから白身の脂の少ない魚を2尾買い、ちょっと考えてから貝があるか訊ねると、干したのはあると言う。
「魚4尾ね。干し貝も買うなら60ワパンで良いよ」
干し貝の量を見せてもらうと、糸で縫い繋げた貝の身が1mくらい。粒は3cmほど。これならと思ってお願いした。『貝も食べるのか。じゃあこれも食べてみたら』これはあげるよと、おじさんは篭から干しエビを出した。美味しいんだよと見せるおじさん。
エビだっ!イーアンは食いつく。冷静に、どうやって食べているのかと聞くと、戻して料理に入れて炒めると言う。同じような食べ方と分かり、それも買うと言うと、おじさんは干しエビを紙袋に一杯入れて、全部で70ワパンにしてくれた。
「お姉さんは、海のほうから来たのかな。こんなのすぐに買って食べようとする人、ハイザンジェルは少ないのに。また来なよ」
オラガロがあるか訊ねてみると、おじさんは驚いて笑った。『オラガロ。あれはうちはないよ。でも通りの、見えるかな。あの先の店は干したやつ置いてるよ。そこで買えば良いよ』おじさんの親切にお礼を言って、イーアンと親方はお店を出た。
親方は荷物を持ってやり、嬉しそうなイーアンを覗き込む。
「どうだ。自分で買い物すると自信がつくだろう」
「はい。とっても充実感があります。初めて自分だけで買いました。嬉しいです。それに見て下さい、貝もエビも買えました。これでタンクラッドはもっと喜びます。絶対、美味しいと思うはず」
早く作りたい、と満面の笑顔のイーアンに、親方はほっこり。絶対俺が喜ぶ・・・・・ 何て可愛い妻なんだろう(※妻設定大事)。ちょっとだけ。頬にキスをしようと決定し(※叱られる覚悟を決める)屈みこんでイーアンの頬に近づいた途端。
「ここでオラガロ(※イカタコ)を買いましょう」
いきなり向きを変えられて、空振りした。寂しいような恥ずかしいような親方。そのまま少し身を屈め、上着の埃を払う振りをした(※体裁)。
イーアンはいつものお店(※Myイカタコ用)でイカタコを買う。おじさんはイーアンの再来に喜び、一昨日入荷したと、オラガロの篭を見せてくれた。一篭だけ買うことにしておじさんにお代を渡す。
オラガロ干物30枚で、50ワパンだった。凄い安さだ!イーアンは、お金と物価を実感し、自覚が出来る。タンクラッドは驚いて見ている。『そんなに買うのか』大丈夫かと言われて、支部にも持って帰るとイーアンは笑った。
「今日はお姉さんのツレ、いつものお兄さんじゃないね。今日のお兄さんもまたこりゃ、えらく男前だねぇ。いつものお兄さんも、男前だなぁと思っていたけど。いいねぇ、モテて」
笑うイーアン。『いいえ、モテないですよ。彼らはモテますが。私はたまたま』アハハハと笑い飛ばす。『いや~、しかし男前だよ~』おじさんにしげしげ眺められて、困るタンクラッド。イーアンも大いに頷いて、『本当にねぇ。私と一緒に動いて頂いて、もう有難い限りです~』下町のおばちゃん状態でおじさんに答える。
じゃあ、また~ イーアンはオラガロの篭を持って頭を下げ、店を出た。庶民そのもののイーアンを見ながら、親方は実に彼女は馴染が早いと感心していた。
買い物を終えて町を出る二人。ミンティンを呼んで、荷物があるから別々に乗ろうとなり、親方はイーアンを乗せてやってから、篭を渡す。自分も魚を持って後ろに乗り、晴れてお買い物は終了。イオライセオダに帰る。
「イーアンは。元の世界でもああしてよく、店屋で会話をしたのか」
「そうですね。私が知っていることは少ないです。だから伺って」
「イオライセオダの市場でも、すぐに仲良くなったな。お前は人懐こいからか」
どうでしょう・・・イーアンは少し間を置いて微笑む。『昔。私は人嫌いでした。大人になるまで、笑ったこともなかったんですよ。でも笑うように意識して、ようやく』そう話しながら、振り向いて『今じゃ、笑いっぱなしですね』極端だわとケラケラ笑った。
タンクラッドはそんなイーアンを見つめ、少しずつ自分に過去を打ち明けているのかな、と思い、微笑んだ。
「帰ったらすぐ、料理するか。バニザットの剣は、金属部分は終えた。お前が柄を作るから、その前に」
イーアンが頷いたので、親方はそのまま料理の話を続けた。どんなふうに料理したいのか、保存するのかとか。イーアンが笑顔でいられるように、好きな話題だけを選んだ。
昔なんか思い出さなくても良い。そう言ってあげたかったが、それを言うよりも、今自分と一緒にいる時間を笑顔で過ごさせれば良い。
そう思う親方は、この後ずっとイーアンの笑顔を見ながら、イオライセオダへ着いた。時間はまだ早く9時前だった。
中へ入って、イーアンは生魚から調理。魚屋のおじさんがワタを抜いてくれたので、後は楽なものである。
タンクラッドに長いナイフがあるか訊いて、一本出してもらう。『これで大丈夫か』30cmほどの刃渡りで細身。充分ですとお礼を言って、最初に脂の少ない白身魚から下ろす。切れ味が最高!さすが剣職人のナイフと喜びながら、イーアンは、さっさか、さっさか3枚に下ろした。
「近くで見ている。手伝えたら良いが、邪魔になりそうだ」
親方に笑うイーアンは、側で見ていてとお願いし、ボウルや食材を出してもらうことだけ頼んだ。下ろした魚の皮を引いて、腹の骨を削いで切り取り、血合いを除いた。血合いは別ニンニク(※辛くて匂いの強いやつ)と塩と酒で漬ける。
「それ。赤黒いが、食べるのか」
「きっとタンクラッドなら、美味しいと仰って下さいます」
ニコッと笑うイーアン。心の中でコロッとやられた親方。撫でたいが、ナイフを使っているので我慢する。
イーアンは身を取っておいて、皮と骨、頭を別に分けた。それから赤い魚も下ろし、こちらは皮をつけたままにした。腹骨を取り外して、腹骨と背骨のある真ん中部分を全部、酒に漬ける。
頭は縦半分に割って、沸かした湯の中に入れる。湯には他にも香りのきつい野菜の捨てるような部分が入り、酒も入った。その光景にタンクラッドは凝視。『それ。食べる気か』つい訊いちゃう。イーアンは親方を見上げて『お出汁です』と一言。さも当然のように、次の作業へ入る。
見事なまでに、丸ごとの魚は分解されて、次々に調理されていく。イーアンは解体をするが(←魔物)こうした日常の食事で覚えたのか。ちょっと驚きながらも、親方は面白いなと思って見守っていた。
一番見応えがあったのは、イーアンが2本のナイフを欲しがったこと。同じナイフが2本ないかと言われ、大きくはないがある、と渡してやったら、嬉しそうにしている。
見ていると、板の上に白身魚の身を置いて、見る見るうちに、両手に持った2本のナイフで、細切れにしていくではないか。
目を丸くして見入る親方。横に広がる身をナイフでさっと寄せては繰り返す。そこに香味野菜と粉を入れて、ひたすらイーアンは両手のナイフで叩いた。
「何だこれは。こうして作るのか。これがつみれ?つみれになるのか?」
「つみれを作るための工程です」
えへっと笑うイーアン。コロッとやられる親方。それからイーアンは一度それを止めて、別の鍋に沸かしていた湯を見て、火を調整すると親方を見上げて言う。『ここからがつみれですよ』見ていて下さいと、ナイフをまた両手に持った。
ナイフを2本、器用に円を描いては刻んだ魚を取り分けて、あっという間に胡桃大の塊に纏め上げて、湯に落とした。纏める時に、ナイフがチャンチャン、チャンチャン、すべり重なる音がする。ちらっと親方を見て『刃は傷んでいません』心配要らないと教えて、そのチャンチャンの後には刃先に丸められた身が乗っていた。
「そんなことが出来るのか。お前は凄いな」
どんどん湯に身ダネを落とすイーアンに、親方は笑う。本当に凄いと思って、笑いながら背中を撫でた。イーアンも笑顔で『こんなところで誉められるとは』と有難がっていた。ある程度、鍋に浮いて来ると、今度はそれを掬い上げて、皿に取る。
見つめる親方に、イーアンは匙に乗せたつみれを差し出した。『はいどうぞ』待っていたんだなと思って笑う。嬉しそうな親方は湯気立つ、つみれをぱくっと食べて、わふわふ熱がっていた。
「美味い。美味いぞ。これだ、この前食べさせてもらったつみれ。俺はこれが好きだ」
市場のも美味かったが、これはとても魚らしいと、親方は眉を寄せて呻いていた。親方試食は合格なので、残る分もイーアンは湯で上げる。それから、頭を煮ていた鍋をボウルを置いた笊に返し、ボウルに落とした湯を濯いだ鍋に戻した。
「これも飲んで下さい」
今や言われるまま。親方は差し出されるものは、確実に美味いはずと信頼し切って、魚頭の入った湯を匙から飲む。ビックリして目を開ける。イーアン嬉しそう。『美味しいでしょう』ね、と笑う。
飲み込んでから、嫌がられても良い。一瞬湧き上がる情熱を、イーアンを抱き締め、頬にキスして昇華する。
ちゅーーーーー・・・・・ イーアン仏頂面。親方は満喫して、はーっ、と大きく息を吐き出してメロっていた。
「これほど美味しいとは。魚はほぼ食べない人生だったが悔やまれる」
「まだこれからがあります。死にそうな雰囲気を言葉にしてはいけません」
それからイーアンはさらに、赤い魚を大量の塩に漬け、一枚だけ炙り焼いて、塩とティッティリャの実を絞って、タンクラッドに食べさせた。
親方は、もう自分は今、死んでも良いかも知れない、と思えた。
鍋に油を多めに引いて、イーアンは骨を丁寧にゆっくり熱し、それを取り上げてから、皮も水気を落として同じように丁寧に時間をかけて熱し、皿に取る。
「これ。骨だろう。皮と。これも食べれるのか」
「私は食べます。そう言えば、エンディミオンにも作りました。彼は即食べました」
ジジイ?!タンクラッドはエンディミオンが躊躇なく食べたと知り、俺も食べると一番大きい骨を取って齧った。『ああ。これは何だ。骨なのに』美味しい、気が遠くなる、と親方は悶える。
セクシー・・・イーアンはじっと眺める。親方はさっきから試食でセクシー。せっせと試食させて、せっせとセクシーな親方を眺める。美しいというのは、あらゆる場面で人を頑張らせるのだ。有難くセクシーな親方に感謝して、皮も食べさせた。案の定、想像以上のセクシーさだった。
多分、親方が女の人でも自分は料理したとイーアンは思う。骨と皮を食べ続けるセクシー親方に、野菜も食べさせないとと思い、つみれを茹でた鍋に香味野菜を大振りに切って入れ、香菜と刻んだ木の実と油を混ぜたソースを作り、野菜と一緒に親方に出した。
「これが。昼なのか。しかし昼には早いが。いや、でも。今食べたい」
連続で食べて勿体ない、と呻く親方の悩む姿もまた、イーアンには有難く映る。どうぞ食べてとやんわり促し、食べている間に洗い物と片づけをした(※悶えて食べるから完食までが遅い)。
イーアンは、ラグスに持っていく分を分け、親方の家のお鍋を一つ借りて、お出汁も運ぶことにした。親方はずっと悶えていた。




