504. 魔物資源活用機構 ~北西支部内祝い
俺が解放されるまで、工房にいてくれ。
執務の騎士に捕まった、伴侶の言い残した言葉に頷いたイーアンは、ダビと一緒に作業した場所を片付けて、最初に出しておいた本をしまう。本を戻しながら、昔のことが書いてある本はないのか、イーアンはそれが気になった。
ダビも手伝ってくれていたので、イーアンはそれをちょっと話すと、ダビは本を全部戻してから、別の書棚へ回って一番下の段を指差し『ここがそうですよ』と教えた。
「イーアンは何が知りたいんです」
「何というか。ここの伝説とか。そういうことです」
ふーん、伝説・・・興味のなさそうな反応で、ダビはしゃがみ込んで調べてくれた。一冊とって、表紙を開ける。それから指で辿って短い分を見つめ『そんな古くない時代の記録で良かったら』と、肘から下くらいの長辺がある本を見せた。
「まとめた時代が、そう昔でもないんですけど。書いてあるのは昔ですよ。お話でしょ?各地の」
そう、と答えて、イーアンは本を受け取る。『総長に読んでもらえば』ダビの言葉に、勿論そうすると大きく頷いた。
それから工房へ戻り、手伝ってもらって終わった強化装備を数え、きちんと100あることを確認してから、蓋を閉じた。
「イーアン。何か祝賀会って話だけど。後でまた話せると良いですね」
「何の祝賀会か。私も分からないけれど、そうですね。時間も早いからゆっくりできるでしょう」
じゃあ、とダビは工房を出て行った。火を入れていない工房で、イーアンは、ダビに手伝ってもらった強化装備の箱を見つめる。
いつ、彼はここを出るのか。そんなことも聞かないで。自分はこれまでどおりに作業をしていたな、と思う。ダビとの時間はもうすぐ終わるのに。でも思い出話もしなければ、今後の話もしなかった。ダビもしなかった。
「良い友達が出来ていたのに。私は全く気がつかないで」
フフ、と小さく笑うイーアンは螺旋の髪をかき上げる。
そして、時計を見てまだ時間がありそうと思い、マブスパールで回収したヘビ系魔物の皮を出して、ベストを作ることにした。袖もないし、3枚切ったら4箇所縫うだけ。裏地もないので、お試し作品。切り出してすぐ、イーアンは縫い始める。
縫いながらダビの回想は続く。彼が最初の友達だったのでは、と今更ながらに思った。
思えば。彼に工房で手伝ってもらう相談をした時。私は彼がいつか結婚するかも、と思ったことがある(※101話)。
ドルドレンから見たら、私の側に置いても安全な男性=ダビ。それは彼が武器にしか関心がないから・・・という理由だけだった。
「当たってるけど」
一人で笑うイーアン。それで思ったのだ。彼がもし結婚しても、相手の女性も武器関連だろうなと。『そうしたらボジェナ』アハハと笑う。本当にそうなっちゃった、と独り言を落とす(※デカイ独り言)。
しみじみ思う。良い友達が、ずっと側にいてくれたんだと。時折、マブダチ扱いする意識はあったけれど。しょっちゅう、思っていたわけでもないし。
知らない間に友達になって、それで気が付けば『職人の道とは』我が事のように嬉しい話。もっと彼のためになるような、そんな動きも出来たのかな、と今になって思った。
イーアンが回想に浸っていると、ドルドレンが迎えに来た。イーアンは縫い物があと少しだったので、寝室に持って上がり、夜、また縫うことにした。
ドルドレンはイーアンを風呂に連れて行き、着替えは後でということで、先に早目のお風呂を済ませた。自分が入っている間に、寝室で着替えてと言われたので、イーアンは寝室。
ドルドレンが戻る前に着替える。『祝賀会だから、春の服。出来れば目立つのが良い』と注文が入っているので、暫く悩んであの服にした。
ドルドレンはお風呂上がり。広間へ行って、いる騎士全員に『祝賀会だ。一応服を調えろ。盛装までしなくて良いが、きちんとな』それを伝え、いない者にも伝えるよう頼んだ。
そして自分も寝室へ上がる。それほどきちんとした衣服に関心がないドルドレンだが、あまり袖を通していないシャツで良いか、と決めて部屋に入った。
「イーアン。その服。それで良いの」
開けるなり、ベッドに腰掛けて待っていたイーアンを見て、ドルドレンは立ち止まる。『ダメかしら』反応が良くないと感じたイーアンは、じっと伴侶を見つめる。
「いや。いや、良いけれども。でもその。上は?何か羽織るか」
イーアンを見ながら、ドルドレンは衣服を着替え始める。『春服だから。これでも大丈夫です。暖炉の側にいれば』答えるイーアンは、やっぱり良くないのかなと気になる。
シャツを着替えて、ズボンを履き替えたドルドレンは横に座り、イーアンを見る。ちょっと赤くなって、とりあえず抱き締めた。
「着替えましょうか。祝賀会には宜しくないかしら」
「違う、そうじゃないのだ。とてもイーアンらしいその服。とても。だけど。この服は、ほら。肩が出て腕も出て、足もほら。脇が。肌が見えるだろう。この前は無事だったが、今回はどうなるやら」
自作魔物服は、露出は多いらしいとイーアンは理解する。
露出・・・こんなの露出に入らないだろうと思う。そんな露出性の高い服など作った気もしない。それに、自分は筋肉質で、胸もなければ(※最近開き直っている)尻も平ら。&ほうれい線や笑いジワを、ダビに指摘される年齢である。自分の知り合いだった外国人女性は、この程度は日常だった。
しかし。ドルドレンから見て露出だと感じるなら、伴侶に反対するのも違うので、着替えましょうと呟いた。
慌てるドルドレンは『そういうつもりじゃない』と止める。『良いのだ。だけどほら。酒が入る席だから、また触られても嫌だろうと思った』それが心配と言う。
「もうちょっとで縫い上がるベストがあります。素っ気無いベストですが。それでも着ておきましょう」
肩くらいは隠れますよと言うので、ドルドレンはそれをお願いした。イーアンはちくちく縫い始め、ドルドレンはその手元を見ながら待つ。
「旅に出たら。君はこうした作業を懐かしく思うのかな」
伴侶は、動く針をじっと見つめて呟いた。イーアンは縫い進める手元を見たまま『針と糸は連れて行きましょう』と答える。
「俺は度々、これからの出発に向けて思うけれど。馬車を借りても、馬車で動けない道もあるし。だが荷物等も多いから、何か手を打ちたいのだ。荷物が運べれば、何かと役に立つし。本当は馬車が良いのだが」
馬車は寝床にもなるから、と小さく溜め息をついた。イーアンは彼が馬車の家族だから、その大事さをひしひし感じているだろうと思う。馬車で通れない道に出くわしたら、それが困るだけで。
縫い終わった糸を切って、イーアンは伴侶にちょっとキスをする。『早めに考えましょう。他の人の案も聞いてみて』ね、と微笑む。ドルドレンも頷いた。
ベストを羽織ったイーアンは立ち上がり、伴侶に見てもらう。『どうでしょう。変ではない?』自分が見ると、もう少し重さがあるほうがとか、ここを絞りたかった等、改善点をすぐ見つける。
ドルドレンはそれは0。じーっと見てから微笑み、イーアンをそっと抱き締めて『魔物の皮とは思えない』良く似合っていると恋してくれた。これで露出がちょびっと減ったので、晴れて二人は部屋を出て、広間へ下りた。
広間は5時半だというのに、素晴らしい盛況振りだった。ヘイズや他厨房担当が頑張って、机に全体慰労会状態の料理が並び、酒も多く、各机脇には桶も多かった(※おえっと用)。早々駆けつけている騎士たちは、酒こそ飲んでいないものの、もう摘まんで食べている姿もある。
「全員いそうだな」
ドルドレンも笑っている。イーアンの肩を抱いて、机の列の合間を歩き、暖炉の側の席に座った。いつものようにザッカリアが横に座って待っていて、今日は殊の外嬉しそうな顔でイーアンを見ていた。
イーアンに話しかけようとしてすぐ、総長が立ち上がり、広間にいた全員が静まる。ザッカリアもギアッチに『しー』と言われて黙った。
「クリーガン・イアルツア。通称、北西の支部、騎士たち諸君。今日は突然の祝賀会に驚いているだろう。メーデ神により導かれ、我々が新しい門出を迎えたこの日を心から祝す。
イーアンが来て、彼女が魔物を使う、様々な武器・防具・道具を生み出したことにより、国に残った職人が協力し、いまや、俺たちの支部は最強となった。この動きは早くから、ハイザンジェル王の目に留まり、魔物に衰退を迫られた王国を建て直す、一つの大きな機会として、国と歩を合わせて進む話にまでなった。
そして本日。『ハイザンジェル王国魔物資源活用機構』を設立した」
一斉に広間が熱を持つ。ワァァァァと喜びの声に合わせて拍手は鳴り、ドルドレンも満足そうに笑顔を浮かべる。横で自分を見上げるイーアンに、腕を伸ばしてその手を握って立たせた。
イーアンは嬉しそう。ドルドレンも嬉しい。イーアンの腕を高々持ち上げ、総長は叫ぶ。
「騎士修道会の、北西支部工房ディアンタ・ドーマンの作り手イーアンだ。魔物資源活用機構を、僅か4ヶ月で作り上げ、今日晴れて王国に登録された。俺たちのこれまでの戦いに、この上ない誇りを与えたこの人に、今日、この日に。全員で祝杯を上げよう」
酒の瓶を持って、イーアンの腕と反対側に高く持ち上げる総長。騎士たちは急いで酒を注いで、一気に酒を手に掲げた。
「これからだ!これからもっと凄くなる。さぁ。俺たちのこれまでを労い、これからを祝おう。クリーガン・イアルツアよ。メーデ神の加護と共に」
『おうっ』の声が天井に響く。同時にわーっと歓声が起こり、広間は興奮と熱狂に沸き返る。
ドルドレンは瓶から豪快に酒を飲み、絶世のイケメン笑顔でイーアンに回す。ひえええっ 寝てないのよ私、と思いつつ。強張る笑顔で受け取って、一応ちょびっと飲んだ。
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