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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
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49. 使者フォイル

 

 1階の食堂に降りた、スウィーニーとドルドレンは、今回の現場から来た北の支部の騎士と面会した。イーアンは『泣いたから顔が』とすぐに部屋から出るのを嫌がり、後から来ることになっていた。


 受付と階段の間の扉を入ったところにある食堂は広く、机は8人掛けの長机が4つ、少人数用の正方形の机が4つある。スウィーニーに案内された奥の8人掛けの席に、汚れたクロークに身を包んだ男が一人座っていた。男は、入り口を入ってきたドルドレンの姿を見ると、立ち上がって会釈をした。



「北の支部、弓部隊のダン・フォイルです。この度は」 「立たなくて良い。疲れているだろう」


 ドルドレンは目の前の男の様子に、哀れみの目を向けずにいられなかった。穴が開き、端々が千切れたクロークと顔には濡れた土が跳ね、青い目は疲労と不安で疲れている。生気を失った表情と、所々傷ついた頬が森の中で魔物に追われたことを物語っている。仲間が死に、傷ついて、助けを呼びにここまで来る道で魔物にも追われ。ドルドレンには、その気持ちが痛いほど伝わる。

 座るように促されたフォイルは『ありがとうございます』とへたり込むように腰を下ろした。



「ダヴァート総長にお越し頂いてまで、援護要請をお願いしたことをお詫び申し上げます。

 昨日出発した時点での被害状況は、死者2名・負傷者14名です。今回の遠征出向人数は36名で、他、北の支部の部隊は3日前から別地域の救援申請に応じ、遠征に出ている状況です」



 そのため、自分たちの支部からは援護派遣が出来なかったことをフォイルは伝えた。

 スウィーニーとドルドレンが労いの言葉をかけ、夜間の移動は危険だから今晩はここで休み、翌朝出発することを話すと、フォイルは『気持ちはすぐにでも飛んで帰りたいが、夜間の魔物との遭遇は避けねばいけない、と自分も思う』と身を震わせて同意した。


 フォイルの汚れ方と疲労の状態から、スウィーニーは食事までの間に風呂へ入るように提案した。馬車にある着替えを貸すことと、部屋を用意しておくから、と言うと、フォイルは深く頭を下げて受け入れた。



 スウィーニーは、叔父のいる厨房へフォイルを連れて行き、そのまま風呂場へ案内した。同時に台所から出てきた叔母さんが『食事ですよ』と、食堂、宿泊部屋に元気な声をかけて回った。


 食卓には人数分の皿と、大皿の料理が並ぶ。足つきの皿に盛られた美しい果物も、各食卓に均等に並べられた。叔父さんはスウィーニーに『皆さん体が大きいから、食卓を2つ使って、ゆとりを持って6名ずつくらいで座ると良い』と言ってくれた。

 呼ばれた騎士たちは食堂に入ってくると、スウィーニーの案内で、2つの食卓のそれぞれ好きな席について話し始める。

 ドルドレンはイーアンを迎えに行き、机の端に二人並んで腰掛けた。風呂を上ったフォイルも遅れて食堂へ入り、ドルドレンたちとは別の食卓に座った。宿泊客はもともと5名ほどしかいなかったようなので、一気に11人加わり、食堂は賑やかな夕食の時間になった。



 全員が食事を開始してしばらくすると、叔母さんが小さな白い鉢と変わった道具を乗せた盆を持って、イーアンに近づいてきた。太った優しげな年配の女性が横に来て、イーアンはその女性をじっと見つめる。


「女なのに遠征について行くんだね。これ食べなさい。見たことないかもしれないけど美味しいんだよ」


 盆をイーアンの前に置いて、叔母さんは木製の長方形の道具を手に持ち、道具の後ろに出ている棒を白い鉢の上で押した。すると鉢には透明に光るゼリー状のものが毛糸くらいの太さで押し出された。


 イーアンはそれを見て、嬉しいのと驚いたので思わず『わぁ!』と笑顔になって胸の前で手を打った。心太(ところてん)みたい、と思い出したのだ。


 叔母さんは、予想以上に喜んだイーアンに満足した様子で、『綺麗でしょう。これに樹蜜と牛の乳をかけるの』と言いながら小さな瓶を二つ傾け、透明なきらきらした食材にソースを満たす。可愛らしい白い容器に甘味が出来上がった。

 彼女は盆に乗った小さな突き匙をイーアンに渡し、『絡めて食べてね』と。イーアンはお礼を何度も言い、叔母さんは『元気出して、気をつけて行くのよ』と微笑むと台所へ下がった。



 ドルドレンも横で見ていて『へぇ』と声を漏らした。イーアンは突き匙で器用にクルクル絡め、長めゼリー(頭の中では心太(ところてん))を食べた。爽やかでひんやりしていて、とても美味しい。ソースから香辛料のような良い香りもする。久しぶりに甘い物を食べた気がしてホッとする。叔母さんの優しい気遣いが嬉しくて、じんわりと心が温まるのを嬉しく感じた。


 横で見ているドルドレンにも一口どうか、と見上げると『食べても良いかい?』と嬉しそうだったので、突き匙に絡めて食べさせる(あーん行為)。初めて味わう味なのに、ちょっとも考え込まず、素直に美味しいと驚いていた。周囲が、若干羨ましそうなチラ見をしていたが、ドルドレンはイーアンにまた余計な気を使わせたくないので、イーアンにしきりに喋りかけて周囲を視界から外すように努力した。



 そんな一連のやり取りを、北の支部のフォイルは不思議そうな目で別の食卓から眺めていた。


「騎士修道会に女性がいるとは。それも遠征で。いつからですか」


 フォイルの向かいに座ったスウィーニーが、フォイルに簡単にイーアンのことを説明した。

『彼女は保護された女性で、その2日後に遠征があり、保護した当日に彼女が支部内で怖い目に遭いかけたのが理由となって、総長が遠征に同行させた』と。


 フォイルの横に座って食事をするロゼールは、『女の人だけど、戦略が奇抜ですごかったんだよ』そうスウィーニーの話の続きを拾って、驚いているフォイルに笑いかけた。



「戦略・・・・・ あの人はどこかで戦っていたのですか」


「いいや。そういう感じではないな。ただ、イーアンは保護されてからまだ日数も少ないし、彼女のことは誰もよく知らないだけで、実際は何かしらの攻略の勉強を積んだ人かもしれないな」



 スウィーニーは、郷土料理の肉巻きを豆のソースに絡めて頬張る。フォイルは、スウィーニーから不思議な女性に視線を戻して、『見たことのない顔つきですね』と呟いた。



「ちょっと風変わりなだけだ。怪しい人物ではない」


 長身で細身、精悍な顔立ちに、淡い茶色の髪と黒い瞳を持った赤い肌の騎士――バニザット・ヤンガ・シャンガマック――がフォイルの目を捉えて伝えた。切れ長の鋭い目が『それ以上詮索するな』とばかりに見つめる。


「イーアンは魔物に怯えないし、負傷者の世話も進んで行なう。その上、頭も良く、総長のためなら戦闘の只中でも、ど真ん中へ飛び込んでくる恐れ知らずだ」


 シャンガマックは自分のよく通る声の音量を落として、平練り焼きの主食に果実と薄切りの炙り肉を包みながら続けた。『部隊長全員が、会議満場一致で迎え入れた北西支部の一員でもある』それを伝えると、形の良い口を大きく開いて、美味しそうな包みにかじり付いた。



 これだけ聞けば充分だろう、と言うような、そこから先は何も喋らないシャンガマックに、フォイルは黙って頷いた。『総長のため・・・・・ って部分は気になりますが』ボソッと呟いたフォイルに、同じ食卓の騎士たちは吹き出し、顔を見合わせ苦笑した。


「でも誰にでも優しいよ。保護してくれたことを恩に感じて、どうにか俺たちの役に立とうとしてるんだよ。総長には特に(・・)、というだけで」


 ロゼールが、あはは、と笑う。総長がイーアン大事すぎるのもあるし、とちょっと付け加えて。



 そうして夕食の時間は過ぎ、遠征中にご馳走をたらふく食べた騎士たちは、それぞれ風呂や就寝に向けて食堂を後にした。イーアンは叔母さんにもう一度お礼を伝え、『帰りに寄れたら、またお菓子をあげるからね』と温かい言葉をもらった。


 2階に上がったところで、フォイルが部屋の中に入ろうとしていたのをドルドレンが声をかけた。翌朝は5時にここを出る、と伝え、短い時間だが良く休むようにと労った。フォイルは有難そうに目を瞑り、『険しい道のりですが、どうぞ宜しくお願いします』と答えた。



 ドルドレンはイーアンと一緒に部屋へ入り、イーアンの方を向いて『眠る時、どうする』と質問した。何のことか分からないイーアンは、ベッドのどちらで寝ても変わらないと思い、『どちらでも私は構わない』と答えた。


「じゃあ」


 そう言ってドルドレンがイーアンを抱き締めて、片方のベッドに倒れこんだ。ビックリして『これは何を意味しているの?』と目を向けたイーアンに、いたずらっぽく灰色の瞳を光らせたドルドレンは『見てのままだよ』と笑った。


「一緒に寝ようと思う」



 突然の展開に、抱き締められた胸に顔を突っ伏したイーアンは、笑いながら『嬉しいですが』と丁重にお断りして起き上がる。ドルドレンは顔から笑顔が引いて、何とも無念そうな目でイーアンに向け、『どちらでも良い、って言ったから』と粘った。


「私は、どちらのベッドで眠っても良い、と言ったつもりでした」


 イーアンが笑いながら自分の思ったことを言うと、ドルドレンは溜息をついて『初夜いつなんだろう・・・』と小さな声で呟いた。イーアンは額に手を当てて、もう笑いが止まらなかった。黒髪をかき上げ、自分の横で笑い続ける愛する女性を、切なげに見つめるドルドレン。


「ドルドレン」 「何」


「大丈夫です。そのうち初夜は来ますから」 「いつ?」


「そのうちです」 「早いほうが良いと思う。出来るだけ外野が少ない時とか」


「だからって今晩ではないでしょう」 「じゃあ、いつ?」


 ふてくされながら粘る黒髪の美丈夫の姿が、可愛いやら、おかしいやら。すっかり甘えん坊になっている。イーアンは咳払いをしてどうにか笑うのを止め、彼に向き直る。もう一度咳払いして『ちゃんと答えよう』と。


「無事に帰ったら。遅いですか?」 「本当か」


「本当か、って。こういうことは、がっつくのは宜しくないですよ」 「だって」


「ただ、無事に帰っても、外野はどうしても避けられない環境ですね」 「どうにかする」


「焦らなくても、ずっと側にいますよ」 「そうだけど。そうじゃないと困る」



 一緒にいますから、とイーアンは微笑んで自分のベッドに移る。ドルドレンは名残惜しそうに、自分をすり抜けるその手に腕を伸ばした。


「明日から悪路のようですね。ご迷惑にならないように気をつけます。とりあえず早めに寝ることにして」


 自分が午後の馬上で昼寝をしていたことを思い出し、イーアンは上掛けの中で衣服を緩めた。

 寂しそうに無念そうに、それを見つめるドルドレン。ベッドから立ち上がって、イーアンのベッドに屈みこみ、額にキスをした。


「おやすみ。イーアン」


「おやすみなさい。ドルドレン」


 ドルドレンがイーアンの側を離れない。何かを訴えるような目で灰色の宝石が蝋燭の明かりに煌く。

 イーアンは、ああ、そういうこと・・・と理解して、美丈夫の額にかかる艶やかな黒と白の髪を指でずらし、その額にキスを返した。


「おやすみなさい。ドルドレン」


 微笑んでもう一度言うと、ドルドレンも微笑み返して『嬉しい』と少し頬を赤らめた。さっき、もっと凄いことしようとしていた人なのに、とイーアンは言いたかったが、それとこれは違うんだなと思うようにした。


 蝋燭の炎を消して暗くなった部屋に、二人は溶け込むように眠りに落ちた。




お読み頂きありがとうございます。

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