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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
496/2949

496. 親方、お祖父ちゃん訪問

 

 親方はイーアンが帰った後。やりかけの作業を続ける。それから時間を見て切り上げ、夕暮れも近い時間に上着を羽織った。

『これも持ってってやるか』革の袋に、アオファの鱗の花びらを一握り分、さらっと入れて腰袋にしまう。それから暫く、珠の入った箱を眺めてから2つの珠を取り出し、それも腰袋に入れた。それから剣を背負い、外へ出る。



「もうイーアンは出かけないだろう」


 独り言を呟いて、親方はミンティンを呼ぶ。夕暮れの空がふんわり明るくなり、ミンティンがやって来た。親方は龍に乗って行き先を告げる。龍は浮かび上がって東へ向かった。


 龍の背で『お前も疲れてるのかな。悪いな、乗り回して』ちょっと労う親方。ミンティンは首を少し揺らした。フフッと笑った親方は、ぺちぺち青い首を叩くと『お前がいなかったら何も進まない』と呟いた。


 ミンティンは分かっているようで、何も反応せずに、ゆったりと星の輝き始める空を飛ぶ。


「行けないと。分かっているが。しかし俺も天の・・・お前のいる場所へ行けたらな。天に行くイーアンが心配だ。守るヤツがオーリンじゃ、当てにならない。お前くらい聞き分けの良い相手ばかりだと良いのだが」


 親方の呟きを聞きながら、青い龍は何かを考えているように何度も瞬きをした。それからちょっと振り返り、親方を見る。タンクラッドは気がついて『何だ』と声をかけた。

 ミンティンは親方を観察した後、また前方に向き直って飛び続けた。今のは何だったのかと気になったが、親方はそのまま黙って、天の様子を頭に思い巡らせた。



 そうしてイオライセオダから40分。速めに飛んでもらった飛行時間により、下方に眩い町が見えてきた。『全く。イオライセオダと同じくらいの大きさというのに』夜の町だな、ありゃ・・・と仕方なさそうに親方は呟く。


 ミンティンを壁の外に降ろし、タンクラッドは龍を帰してから町の中へ入った。歩いていると、まぁ本当に煩いと言うか。知り合いなんか一人しかいないというのに、歩いているだけで声をかけられて鬱陶しい。


「俺に用はない。放っておいてくれ」


 勝手に腕に触られるのも、服を掴まれて引っ張られるのも、大声で叫びながら店へ誘われるのも、面倒で仕方ないタンクラッド。夜の方が人が多い気もするこの町に、くさくさしながら首を振って、足早に目的地へ向かった。


 通りのテントは出しっぱなし。商品は布をかけてあるだけ。『盗られると思ってないのか』身内ばかりだからか、と思いながら、白いテントの奥に続く道を入る。建物には明かりが見えた。


「あのジジイのことだからな。女でも引っ張り込んでそうなんだよな」


 イヤだなとぼやきつつ、タンクラッドは扉を叩く。少しして中から声がした。『誰だよ。開いてるよ』戸を開けにも来ない無用心さ。もし扉を開けて女がいたら帰ろう、と決め、タンクラッドは扉を開けた。



「俺だ。お前の主だ」


 どーんと勢いよく開けられた扉に、剣を背負う長身の男。寛いでいたお祖父ちゃんびっくり。台所にでもいたのか、急いで玄関に来て『何でお前が来るんだよ』と帰れ帰れコールをする。


「用だ。お前に用があってわざわざ来てやったんだ。中に誰かいれば帰る」


「来なくて良いのに。俺も行かないけど。中ぁ?ああ、可愛いヤツがいると思ってるのか」


「誰だか知らんが、いれば帰る。どうなんだ」


 お祖父ちゃんは恨めしそうにタンクラッドを睨む。『ちっ。今日に限って断っちゃったよ。ヨシュレに来てもらえば良かった』後で俺が行くって行っちゃったからなーと、愚痴るお祖父ちゃん。


「そうか。じゃ、イヤだが入るぞ」


「イヤなら入らないでいりゃ良いだろ。やめろよ、男臭いのキライなんだよ」


 タンクラッドは面倒臭い会話に、がっちり大きく溜め息をついてから中へ入った。それから以前も座った長椅子に腰掛け、腰袋から革の袋を取り出す。


「エンディミオン。土産だぞ」


「お前の土産?ロクなもんじゃないだろ」


「要らないのか。なら、やらん」


「ちょっと。待て、待てよ。見るだけ見てやるって。何だこれ?おい、これまさか」


「そうだ。良かったな。当たりで」


 お祖父ちゃんは手に取った袋の中身を見てから、信じられないといった表情で、袋の中から花びらを摘まみ上げる。『この色。これは本物か』少し恐れるような目を向け、剣職人に訊ねた。


「紛い物なんか俺が持ってくるか。魔物が出たらそれ一枚吹き飛ばせば、老体に鞭打たなくて済むぞ」


「ホントかよ。東の支部が町に配りに来たのが、いつって言ったかな。でも町長が預かったから、お披露目はまだなんだ。これがそうか。お前、あの歌からこれを探し出したのか?お前が騎士修道会に」


「俺が最初にこれを探し出して用意したが。同時でイーアンも気がついた。騎士修道会に配ったのは、総長とイーアンだ。彼女は具合が悪かったから、気が付いてても動けなかったんだ」


 お祖父ちゃんはその言葉に、さっと心配そうな顔になり、剣職人に背を屈めて急いで訊く。『イーアン。どうなんだ。そこの支部にも来たってことは治ったのか』ジジイの顔がもろに心配そうで、いつも面食らうタンクラッドは頷く。


「よほど心配なんだな。イーアンは回復した。だから俺がここへ来たんだ」


「おいおい、お前さんの言い方はすっ飛ばしすぎだよ。何でイーアンが回復すると、お前が来るんだよ」



 親方は本題に入る。


 イーアンは、龍の民と思われる男と一緒に、先日『空の島』へ行ったことを。そこで何があったのかも、ざっくりと伝える。お祖父ちゃんは真っ直ぐに剣職人の目を見つめながら、一言も聞き漏らすまいとして、耳を傾けていた。


「でな。俺の質問だ。知っていることだけ答えろ。その男は、どうやら地上に降りることはないらしいが、空の島にいても地上の出来事は分かると思うか?」


「俺が知るかよ。行ったこともないのに。でもなぁ。あれ?何かちょっと・・・待てよ。待て、あれそうか」


 タンクラッドは、ジジイが思い出し始めたのを待つ。目の色が沈んで、記憶を探っている目に変わるジジイは、前も見た。困ったことに本当に頭だけは良さそうで、こういう場面を見ると、渋々当てにすることになる。


「あのな。確かな、精霊や空の民は、空の島に来るんだよ。歌の中では。それで龍と話すんだけど。

 頻度とかそんなの知らないが、大事なことがあると、最初に告げに行くのは龍のいる場所のはずだ。だとしたら、魔物が出てるとか。そんなのは知ってるだろうな」


「歌の通りであれば、龍の子や龍の民は情報を得ているという意味だな」


「だろうね。なーんにも知りませんってこたぁないだろう。性格良くなさそうだから、心配してくれそうにないけど」


「イーアンがあんたからもらってきた情報でな。数え歌の一つに、空にも魔物が出るようなの、あっただろう。あれは今回も出ると思うか?」


 お祖父ちゃんは銀色の瞳を剣職人に向けて、ニターっと笑う。


「魔物が出る。あれか。国3つ回って、空行って、地下行って、最後に王様食っちゃうやつだろ。()は、そこまで放置してたからじゃないのか。あれが()()と気がついただけでも上出来だ。坊主」


「あんたに坊主呼ばわりされたくないぞ。ジジイ。余計なことを言うな。どうなんだ、空にも出ると思うか」


「空に飛んでる魔物じゃないよな、話の様子だと。『空の島だけに』ってことだな?放っときゃ出るだろうな。前は出たみたいだから」


「それは」


「お前の言いたいことは分かるぞ。空のやつらが、自分たちの島に出る可能性に対処したり、怖がったりしないかってことか?」


「そうだ。イーアンがその男と会話している内容を拾うと、どうも地上の魔物騒動は他人事のようだと思った」


「もとから彼らは、人のことなんてどうでも良いんだよ。そういう人たちなの。

 ・・・・・って言うかな、龍の民も・・・龍の子?龍の子って比較じゃなかったのか。ホントにそういう分類なんだな。まあ、いい。彼らは怖いことなんか何にもないだろうよ。俺が思うに、地下のやつらも怖がらないだろうね」


 剣職人は黙って続きを待つ。その理由は。種族的なものなのか。フフンと笑うジジイは、少し諦めたように目を細めた。


「あのさぁ。もし自分がだよ。とんでもなく強いヤツに守られてたら。絶対死なないって分かってたら、怖くないだろう?絶対だぞ、死なないって分かってたら。何が来ても平気だろ?」


「彼らがそうだと言うのか」


「俺思うんだけど。空も地下もな。歌の中だと、あっさり魔物撃退してるっぽいんだよね。こんな地上みたいに、大量殺人されてない感じでさ。多分大丈夫なんだろうね。死ななきゃいけないようなこと、なさそうっていうかな」


「その力を。持っているのに、地上には分けない。助けることさえない・・・と。いうようにも取れる」


「だからー。どうでも良ーんだって。その人たちにとって、俺たちの場所がどうなろうが。そういう親切な心のある人たちじゃないんだってば。

 でもそれじゃ世界って意味ないわけよ。空と地上だろ、で、地下な。この3つがあってこそ、ここの世界なわけで。どれかが消えちゃったら、思うに精霊的にはダメなわけだよ。


 それで精霊があれこれ頑張って、お手伝いとか仲間とかで、空やら地下やらから地上に絡ませてさ。地上で頑張んないとダメな俺たちの助力にさせてんだろ。

 だってイーアンだって。もしあれで龍の民みたいな気質だったら、ケロッと上に行っちゃうぜ。優しいからしないと思うけど」


 タンクラッドは黙っていた。イーアンは龍に成れたが、性格は影響を受けていなさそうだった。だからイーアンはきっと、あのままなんだろう。


「あのな。エンディミオン。前も思ったんだが、あんたは龍の民を知ってるような言い方するな。見たことあるのか」


「なんだよ。話聞いてた?いきなり話変えるなよ。いろいろ教えてやってんのにー」


「良いから答えろ。ちゃんと聞いてるだろ、ど真ん前にいるんだから」


「コイツ、ホント可愛くね~ 可愛いおっさんもイヤだけど。ええっとな、おい、怒るなよ。いちいち、顔が怖ええっての。年寄り脅かすんじゃないよ。

 なんだっけ。あれか、龍の民知ってるかってか。知ってるよ、いたんだよ。前。


 んーと・・・俺が馬車長の時だな。うちの馬車に混じっててさ。あれは北の方だ。馬車って逆時計回りなんだよ。東から北の道に入った頃か。何か変な男が来てな、子供連れてんだよ。でも全然似てないから、こいつ攫って来たかと思って話しかけたんだよね。

 そしたらさ。その変な男がガキを売るって言うわけ。売られても困るから、金なんか馬車にねぇよって言ったら」


「子供を?売るだと」


「そう。こーんな小っちゃいヤツ。男の子。そいつは栄養失調なのか倒れちゃって。そしたらうちの女共が走ってきてな。馬車の言葉で男を怒鳴る怒鳴る。まー、えらい剣幕で怒るから、男がガキを置いて逃げてさ。馬車の女、包丁持ってたからなー」


「その男がそうだったのか。龍の民」


「いいーや。ガキの方。絶対コイツそうだなって思った。しょうがねえから育てるじゃん(※優しいから育てちゃう)。怖いのか何なのか。最初、言葉なんかロクすっぽ話さないわけ。でも、馬車にもガキはわんさかいるから、遊んでる間に仲良くなって。そしたら本性がねぇ。

 その辺で大人が獲物捕まえるだろ、食事用の。あっさり殺しちゃうんだよ、そのガキ。何にも抵抗ないの。それで皮も平気で剥いちゃうしさ。どこかでそういう暮らしだったのかなと思ったけど、食べたらしょんぼりしてて『この動物が俺を生かした』って。泣いてんだよ。お前殺したろってなるだろ?」


「それはその後もか」


「そうだよ、何でもそう。極端でね。怒ったと思ったらいきなり笑ってるし。優しいなぁって感じると、子供の割に残酷だったりする。一日中それ。言うことも何だか普通じゃなくてさ。

 時々だけど、馬車の上にデカイ鳥みたいのが飛んでることもあって。尻尾あるんだよ。あれ、龍かなってふと思ったら、もう、そのガキが龍の民にしか思えなかったね」


「子供は。その後はどうしたんだ」


「北に抜ける道で、アイエラダハッドとハイザンジェル行き来する遊牧のやつらがいたんだけど。そいつらが連れて行った。ガキを見るなり、きっと自分たちの仲間だとか言って。ガキも寂しそうでもなかったし」


 こんなことでさ。とエンディミオンは、自分用のお茶を飲む。あのガキは龍の民だったと今も疑ってないと言った。

 親方はそれを聞いていて、確認する。


「彼は何歳だった」 「え。年。知らないねぇ。雰囲気、うちの孫よりは全然年上だったろうな。でも背は小さかったからガキって感じ」


「容姿を覚えているか」 


「ああ、あれ?顔とかってこと。顔は可愛い顔してたんじゃないかな。子供は皆、可愛い顔だよ。あのガキは髪が黒くて、目がな。ちょっときつい目だったけど。猫みたいで黄色くって、痩せててな。笑った時が一番印象的だった。すごい愉快そうに笑うんだよ。泣いても怒っても、すぐ笑うんだ」


 タンクラッドは頷いた。そして、立ち上がり『分かった。また用があったら来る』と伝えて玄関へ向かった。


 エンディミオンはいきなり用済みにされて、追いかけて行って文句を言う。扉を開けて、煩いジジイに溜め息をついた親方は、振り向いて面倒そうに言った。


「帰ってほしかったんだろ。煩く言うな」


「お前ホント、やなヤツ~。ちょっとは礼でも言えよ。あれこれ喋らせて、用が済んだみたいなの、すごいムカつくんだけど」


「ジジイのムカつく具合なんか知らん。あんたは俺の(しもべ)だろう。はー・・・連絡方法でもくれてやろうかと思ったが。この調子じゃ無理だな」


 お祖父ちゃん、髪をかき上げてピタッと止まる。『なんつった』じーっと親方を見て返事を待つ。


(しもべ)


「それじゃないよ。(しもべ)って言うな。俺何才だと思ってんだ!手伝ってるだけ!運命で、しょうがないから。そっちじゃない、連絡方法だよ」


「ああ。ジジイのくせに耳が良いな。誉めてやる。連絡方法はあるが、まともな使い方をしない気がする」


「もったいぶるなよ、出せ。その言い方だと今あるんだろ」


 タンクラッドは条件を付けて、渡してやることにした。タンクラッドとしても、この小賢しい男に渡すのは賭け。腰袋から珠を一つ取り出し、目の前にかざす。お祖父ちゃん、引っ手繰ろうとする。親方、阻止。


「くれよ」


「条件がある。万が一、これを他人に触らせてみろ。あんたの翌日の命は消えるぞ。なぜなら俺が、断ちに来るからだ」


 うううっ。お祖父ちゃんは怯む。この剣職人が、ウソをついてくれる気がしない。もらったらすぐ、女に自慢しようと、話のネタ行きを考えていただけに、お祖父ちゃんは頷きにくい。


「どうする。俺としか交信できない。もし俺が受ける交信に、あんた以外の声が届いたら、翌日まであんたは生きられない」


 剣職人の左手に小さな珠。右手が背中の剣の柄を握って、大きな剣がずずずと鞘を滑り、お祖父ちゃんの見てる前で黄金の剣身を晒し始める。


 ビビるお祖父ちゃん。金もないのに殺される~ 特に不親切だったわけでもないのに~ 引き換え条件が『絶対に他人に触れさせるな』って(※そんな難しくないはず)。

 それもコイツの目。めちゃめちゃ殺す気満々だよ~ 孫より融通利かない感じがする。冗談通じないヤツ、キライ~ 


 うーんうーん唸って、悩むお祖父ちゃん。時間が勿体ないタンクラッドは、フンッと息を吐いて剣をしまい、珠も腰袋に戻した。『あ、しまうなよ』お祖父ちゃんは慌てる。


「長い。遅い。またな」


「ええ~っ お前、何でそんな気が短いんだよ。ちょっと悩ませろよ。『明日殺しますよ』って言われてるんだよ、こっちは。老い先短い老人に、明日殺しますって酷いだろう、それ。悩むよ」


「知るか。とにかく答えを出しておけ。じゃあな」


 タンクラッドは止めるお祖父ちゃんを無視して、ざくざく歩いて町の外へ向かった。後ろでわぁわぁ騒いでいるが、無視に限る。

 そして門の外でミンティンをすぐに呼んで乗ると、何を言われたか、後から追いかけてきた町の男たちが、驚いて見上げていた。よく聞こえないが、どうもエンディミオンに誑し込まれた人間は、龍に乗る自分を見て『従う人間を間違えた』と判断したようだった(※お祖父ちゃん負け)。


「青い花びらで魔物を追い出せよ」


 タンクラッドは、小さくなっていく町の人に叫んだ。それからイオライセオダの工房へ戻った。明日、イーアンと一緒に魚を買いに行くのは・・・もしかすると東でも良いかもなと思いつつ。

お読み頂き有難うございます。

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