495. 親方の忠告
夕方が近くなり、イーアンは帰り支度を始める。パワーギアも10個以上作れたし、金属工程の剣は親方任せ。その次の段階で自分の作業と言われているので、今日はここまでかなと立ち上がる。
「タンクラッドに預かってもらっている、珠。朝にお話したファドゥの求めもあり、2つ譲って下さいませんか」
タンクラッドはそれを聞いて、珠の入った箱を開けて見せる。『どれだろうな』じっと見つめ、イーアンに訊ね、イーアンが選んだ金色の光の珠を取り出した。
「これをファドゥに渡します。きっと喜んでくれます」
「その話だがな。明日にでもしようかと思っていたが。今日、先に思うことを伝えておくことにする」
親方は作業に戻り、手を止めないで話を始める。大事な話の時は、面と向かって話す人という印象だけに、イーアンはこの親方の態度に不思議な感じがした。意味があるような。
「ちょっとな。引っかかることが幾つかあった。確認させてほしいが、俺の聞くことに正直に答えてくれ」
イーアンは、はいと返事をして、側に立って作業を見ながら答えることにする。
「天から戻って。お前はこの話を誰にした」
ドルドレンと親方だと答える。『俺と総長だけか』再確認に、イーアンは考えて『ミンティンにも言いましたが、一方的に私が話しているだけです』そう答えると親方は頷いた。
「総長は何も言わなかったのか」
「そのう。幾つかほら。ファドゥの行動が理解しづらいため、それは騒ぎました」
「それは分かる。俺だって発狂しそうだった。だがそれじゃない、全部を聞いた上でだ」
それはないとイーアンが言うと、親方は少し間を置いてから『同席にオーリンがいたな』と言う。いましたと答えると『オーリンは何も言わなかったのか』と訊く。イーアンが首を振ると、親方は頷く。
「手っ取り早く、伝える。俺はそのファドゥの話が見えない。迎えに来たはずの彼の目的は、一切語られていない。これが一つめだ、まだ質問するなよ。
次に、お前が天に来た理由を訊ねていない。お前は骨を求めて、また、オーリンに誘われて故郷らしき場所を見に行こうとした。しかしそれについて、彼は会話に出していない。これが2つめ。
それから、旅の話を出していない。どうやら最後の別れ際に『旅に出るから命を大事に』と言ったようだが、それを知っていて会話中に、重要なはずの旅の話が登場していない。女の龍の子に、イーアンが天にいる理由を訊かれた時、ファドゥは制したと言ったが、それも奇妙だ。これが3つめ。
最後に、彼が最も会いたがっていた、母ズィーリーと相手の男龍について、あまりにも話さなさ過ぎる。お前もオーリンも、なぜこれに不審を持たなかったのか。それも気になる」
タンクラッドは作業の手を動かしながら、イーアンの反応を待つ。イーアンはそんな捉え方をしなかったから、戸惑っていた。『でも。その、オーリンも手伝ってくれましたけど』思い出して話し出す。
「訊きたいこと。彼の目的と言いましょうか。それは思うに、私が龍になるかどうかだったような。オーリンも、それを彼が聞きたがっていると言っていたし」
「それはオーリンが先に言ったんだろう。ファドゥが言ったわけじゃない。興味を強く示したようだが、目的なら、最初から質問するもんだ」
「でも。私の過去とか気持ちの本音を話したら満足して、それで食事をと切り替わって。だから」
「分からないらしいな。惑わされたか。それは流れで聞き出せただけの、彼の好奇心を満たすに充分なものだ。だからそれはそれで終わっただけだと思う」
少し考え、イーアンは最初の会話を細かく話す。それほど不自然ではなかったような・・・・・
「タンクラッド。ファドゥは最初に私たちに、まるで全て知っているかのように。過去を覚えている相手に話すようにして、唐突に話し始めました。それをオーリンが遮り、自分たちは知らないから、先に説明させてくれと頼みました。そしてオーリンと私の話を話したのです」
「で。食事があって。天に誰が住んでいるかを教わり、一通りの性質や繁殖の様子を説明され、剣の材料の相談に乗ってもらい、善悪正邪の話題で自己納得し、龍に変化する方法と手伝い役の意味を聞いた。そうだな?」
そうです。頷くイーアン。少しだけ、親方が言いたいことを理解し始める。親方はイーアンの声が変わったことに気がついて、すっとその目を見た。それから作業していた手を止めて、体を向ける。
「タンクラッドはもしかして。会話を操られているような印象を受けていますか」
探るようなイーアンの言葉に、頷いて答える親方。
「やっと理解したか。細かい部分にはぐらかされ過ぎている。聞いていれば、確かに惑わされる性格のようだ。それにどうも価値観もかなり異なる。次元が違うと言ったのは、間違いでもなさそうだ。
だがそれだけだ。俺が思った『間違いでもない』と思う部分は。後は間違いだらけだぞ。ほとんどのことを伏せて終わっている。彼が話せる内容しかないだろう、その会話は。
お前の目的はたまたま叶っただけ。すぐそこに飛んでいた、この骨があったから。これだって近くになかったら、あっという間に別の話題行きだったと思うぞ」
「ファドゥはズィーリーの子供で、何百歳というのも間違いとか・・・そうですか?」
「イーアン。言ったばかりだ。そうじゃないんだ、細かい部分を指摘してるんじゃない。俺が言っているのは、細かい部分は真実だろうが、全体を並べた時に奇妙だと言っているんだ。森全体を見ろ、森の中に立ってないで」
「でもオーリンも」
「オーリンは、実際に同行する旅の仲間じゃないぞ。お前と近い存在としても。あいつは龍の民だったと確定したし、あいつの空への目的は自分探しだ。お前の助力にはなるが、目的が違う。お前を好んでいる理由も、お前がこの地上において、唯一の感覚的仲間意識を持てる相手だったからだろう。
オーリンの質問や、話の引継ぎは、的外れというには気の毒かもしれないが、自分の気になっていることしか彼は質問していない。意図的に話を逸らしたわけじゃなく、お前と求めるものが根本的に違ったからだ」
イーアンは戸惑いが増えていくのを感じる。どうしてなんだろう。どうして親方は、ファドゥの話からそんなふうに思うのか。まるでファドゥが、私を騙そうとしているみたいに聞こえる。
そんなイーアンの顔を見て、親方はイーアンの片手を取り、指を絡ませて繋ぐ。『しっかりしろ。お前も自分探しが入っただけだ。だが、世界を左右する情報を得ることも出来た時間だった』違うか?と鳶色の瞳同士がぴたりと合う。
「そう。そうです。聞けるはずだったのに」
「分かったな。ということだ。お前が今日この珠を受け取って、次にいつ天へ行くのか分からない。俺も行けたら良いが、俺は入れないと言う。心配が募る」
「ただ、ファドゥは悪い人ではないから。きっと話せば理解して下さると思います」
「お前を母親に重ねながら喋る。情に厚いお前も意識を攫われる。
オーリンと一緒だ。意図的じゃないが、彼の目的は、旅の話でも世界の危機でもない。お前の目的を満たすことが、彼の目的を満たすことと逆の場合もある。それに気がついていたら、その話は避けられる」
黙るイーアン。自分が天に行ったのは、何の為だったのだろう。それを思うと、剣の材料は手に入ったものの・・・自分が龍になる体験もしたけれど・・・次に行ったら何をするべきかと思う。
「あのな、イーアン。俺が説明したことと、お前が見てきたファドゥの様子を重ねて考えるんだ。お前の視点で考えると混乱するぞ。第三者の俺が気付いたのはなぜか。それを照らし合わせろ。
俺はこう思う。
ファドゥは、お前が母ではないとはっきり知った時点で、お前を天に置こうと考えただろう。母親は地上の男のもとへ行った・・・それはお前に正直に伝えたが、そんなこと言わなくたって、天に閉じ込めたらいつかイーアンから言われるから、先に話しただけだ。
お前の口からもオーリンからも、手伝い役とか何とか聞くだけで、実際の旅の様子も魔物の状況も語られていないとなれば、ファドゥはそれを大事には思わない。彼らの性格上、恐らく地上がどうなろうが気にならない気もする。となれば、自分から聞くこともしない。言われたら少しは答えるだろうが、実際よく知らないだろう。関心がなさそうだからな。
それに旅の話を全く知らないわけではないとも思う。しかし、お前の関心を引くために言うようなこともない。ある意味ファドゥにとっては、世界の危機もお前の旅も、できればないほうが良いものだ。折角やって来た母親の生き写しが出かけて、どうなるか分からないのだから。
男龍には。俺が思うに、会わせたくないんだ。何か厄介なやつらだろうな。ファドゥが苦手なのかもしれない。男龍に敵わない何かがあるから、迂闊にお前を会わせたくない。
ということで、はっきり言える俺の見解は。お前は天で子育てを所望されているってことだな。彼らの卵を孵し、子作りに励んでほしいように思う。
地上のことを忘れて、もし思い出して出かけて行っても、天に帰って来るようにしたい。『今度こそは』だ。ズィーリーは、外に行ったきり戻らなかったんだ。今度こそ、イーアンはと思うだろう。
考えてみろ。遥々遠い世界からやって来た、何百年前と同じ姿の恋しい母親が、生きた姿で自分の前に立っているわけだ。母かと思えば違い、落胆するものの。知らずに来たなら、引き込めると気付く。
それも話を聞いてみたら、最強の力と期待できるほどの龍と想像し、その日の帰りがけにあっさり龍に成ってしまった。その姿を見たら、もう龍の世界で閉じ込めて、満喫することしか考えないだろう。特にファドゥはな」
「満喫。子育て」 「子作りだ」
えええ~・・・ イーアンは怯える。子作りの言葉から連想するものがキビシイ。イーアンの嫌がる顔を見て、タンクラッドは静かに頷く。
「子作りだな。龍の子の、男全員分。思うにファドゥは、自分の卵も孵してほしがるだろう。他人といえば他人だが、微妙な間柄だ」
「そ。そ、それ。それはちょっと。言い方に誤解が。仮にそれを求められても、私の担当する人口(※卵)が多過ぎます。それに、お母さんと思われている相手の」
「俺の思い過ぎではないぞ。ウソだと思うなら訊いてみろ。笑顔で抱きつかれて、頷かれるのがオチだ」
親方を見つめたまま、眉根を寄せて固まるイーアン。親方もその目を見つめ返しながら、小さく溜め息を吐き出す。
「で。どうする。旅の話も気にしない。世界の危機も他人事。女龍が何百年振りで登場したことだけが重要で、居合わせた自分の愛情を満たしたい男が、お前に子作りを」
「いえいえいえいえいえいえ。無理ですよ、無理。私はそんな。皆さんと魔物を倒す旅に出るために、必死に今、準備してるし。ドルドレンだって」
「総長だけじゃない。俺もだ。俺も入れておけ。悲しむどころの騒ぎじゃない。お前が天で子作りに励む選択の陰で、見捨てられた男は地上に置き去り、魔物相手に空しく戦うしかないとはな」
しませんよ、そんな置き去りなんて!イーアンは大声で否定する。親方の両腕を掴んで、絶対にそんなことしないと、一生懸命約束する。
タンクラッドは悲しそうな目でイーアンを見つめ、『お前が子作りとは』としつこく畳み掛けた(※子作りの言葉に密かに想い寄せ中)。せめて俺と子作りなら良いようなものの、とか間違った方向で寂しがっている。
「よく理解しました。分かりました。男龍については謎のままですが、ファドゥにどう接して、何を聞かなければいけないか。ちゃんと理解しましたから、次はそうします」
「そうか。まぁとにかくな。今日はもう帰って、この話を総長にもしろ。明日は早くから市場だぞ」
時間を見ればもう夕方。親方はイーアンを撫でて、市場へ行くからなと念を押して送り出した。イーアンは複雑そうな表情のまま、『また明日』と元気なく挨拶して支部へ戻って行った。
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