492. 日帰り天空の感想
ミンティンに道はお任せで、イヌァエル・テレンを後にしたイーアンは、ファドゥの話していた意味を知った。
ミンティンが加速し、空に見えた霧霞を突き抜けた時、イーアンは喉を誰かに締められるような息苦しさを覚えた。『おえっ』思わず呻き声も漏れ、歯を食いしばって苦しさに耐える。
そのまま飛び続けると、少しずつ、重い体の確かな形と、苦しかった固形物のような空気に、いつもの馴染みを感じた。
「このことでしたか。これはキツイ。なるほど、ファドゥたちのように、イヌァエル・テレンから出たことがないとなると。これを食らったら吐くかも知れません」
吐いて済めば良いですけれどと、別の不安も想像して(※龍の子が、地上のばっちさに苦しんでいる様子)それは気の毒と頷く。『パパやお祖父さんみたいなのが(←汚してる人たち代表)ウヨウヨしていますからね』地上は耐久力が必要、と認める。
ミレイオの家の近くの空に出た龍は、イーアンが咽ているので少しゆっくり飛んでくれた。イーアンはこの短い時間で、話をあれこれ思い出す。
・・・・・龍の子・ファドゥが説明した、『生む・産んだ』の意味は、どうも大きな意味なのかもしれない。生まれる、産む、そのことは、卵が孵ることをさしている。
卵を産むのは男だと言い、それも、体のああいった場所(※見当をつけて下さい)から、プリッと産まれるわけではない(※それは食べるのイヤ)。
集めた気なのか、気体なのかを、物質化したそれを『卵』とすれば、漢字で書くところの『生む』方が状態は近いのだ。
そして『女龍が生まれることはない』という部分は。孵った時点で、見るからに特徴があるから違うのか、それとも最初は皆本当に同じで、成長につれ能力が見えてから違うと判断するのか。女の龍は別物くらいの存在のよう。
「ファドゥは、彼にとって当然のことを説明して下さっているから、結構分かりにくかったです」
女の龍に成りそうだった、龍の子の女の人は『やっぱ違った』的な話だったので、きっと女龍は、本当に遠い存在なのだろう。
女龍が孵した子でも、その子が龍の子以上の能力を持つかどうか、それは約束できない様子。『でも。ファドゥはズィーリーのお子さんだから、ミンティンと同じくらい大きかったのか』ファドゥの龍の時、体の大きさはかなりのものだった。
「龍の子でも、お母さんが女龍だと、もしかすると男龍に近くなるのかも知れません」
そしてイーアンは思う。男の龍。会っていないな、と。
「そうですよ。私、会話中に何度も『男の龍』について伺っていたのです。だけど『いる』とは答えるものの、ファドゥは紹介しようとしませんでした。どうしてかしら。遠くにいるのかしら」
イーアンが呟くと、ミンティンは首をぐっと曲げてイーアンを見た。そして小さく首を揺らす。何となく、ミンティンの言いたいことが分かる気がするイーアン。
「お前。彼らに会うことが良くないような、そう言っていますか」
ミンティンはじっとイーアンを見つめてから、瞬きを一度して前を向いた。何かあるのかなと思うものの、この話を続けるのはここで止めた。
下方には既にミレイオの家が見えている。夕方の日差しを受けて、影の伸びる針葉樹ときらめく雪、岩山を背負う場所は、とても絵になる風景に見えた。
「ミレイオの家です。降りますよ」
ミンティンに降りてもらって、イーアンは雪の坂道を上がる。1回転んで、雪を払い、ぶつくさ言いながら(※態度悪い)どうにかミレイオの玄関に辿り着いた。戸を叩くと、ミレイオが出てきてイーアンを見るなり苦笑いする。
「雪のある時は、下に来たら呼んで。迎えに行くから」
「大丈夫です」
意地張らないのと笑われて、くるくる髪に乗っている雪を払われた。こけたとバレている。仏頂面のイーアンを覗き込んで、笑ったままのミレイオが『分かった?』と訊ね、イーアンは不承不承頷いた(※恥ずかしい)。
「迎えが来たわよ。フォラヴ」
ミレイオに呼ばれ、フォラヴが裏にでも出ていたのか、奥の部屋から出てきた。ニッコリ笑ったフォラヴは、荷物を持ってイーアンに挨拶する。
「では。戻りましょう」
「また来ても良いのよ。ここで出来ることなら」
ミレイオに促されて、フォラヴは頷く。『そうします。支部の周りでは危ないかも知れません』宜しく・・・と頭を下げて、ミレイオによしよしと白金の髪を撫でられた。
「じゃあね。イーアンも近いうちにいらっしゃい。盾がそろそろ出来るから」
「今日はお世話になりました。有難うございました。また数日後に来ます」
「素晴らしい作品に心から敬意を込めて。ミレイオに感謝します」
3人はお別れの挨拶をしてから、帰り道は危ないというミレイオの助言に従い、フォラヴがイーアンを抱えて龍のいる場所まで飛んでくれた(※お世話様)。
龍に乗ってミレイオに手を振り、二人は北西の支部へ戻った。フォラヴはミレイオに全く抵抗がないらしく『ミレイオはとても頼りになる素晴らしい才能を持っている』・・・と終始、褒め称えていた。
イーアンは新しい武器を見てみたかったが、フォラヴに最初に釘を刺されて、その話題は消えた(※使いこなせるようになってから紹介、の理由)。
「ですが。きっと楽しみにして頂くだけの相手ではあります。それは約束します」
フォラヴはとても満足そうだった。ミレイオとも普通に会話できる貴重なフォラヴ。伴侶の子猫のような怯えっぷりを思い出すと、少しでも、フォラヴみたいに仲良くなれたらなとイーアンは思った。
裏庭に降りた時には既に、夕方の終わりかけ。イーアンが戻ると、伴侶が走って出てきて抱きつく。
フォラヴは笑って『ではお先に』と中へ入った。ドルドレンがせっせと頬ずりしながら『冷たいから』と寂しそうに何度も言うので、イーアンは『何がですか』と訊ねる。
どうやら、珠で会話したかったのに途絶えたことが辛かったらしい。二人は中へ入って、一度、寝室で話すことにした。
「夕食後でも良いのですが。お風呂と夕食まで微妙な時間がありますから、話せることは話します」
「ぬう。イーアンは業務的だ。さっきも思ったけど。もうちょっと情緒を持ってくれ」
「情緒って。報告に情緒はどう含ませるのです。努力はしましょう。では話しますよ」
「業務的だ~」
腰に貼り付く伴侶の背中を撫でて笑うイーアンは、オーリンと一緒に向かった、空の島『イヌァエル・テレン』の話をした。
最初に粗筋。ざあーっと流れを掻い摘んで伝え、それから肉付けの詳細へ。話そうとすると、詳細の手前でドルドレンが質問。
「言葉通じたの」 「そうですね。何も不自由はないです。言われてみますと・・・通じていました」
「そこ。何だっけ名前」 「はい。イヌァエル・テレンです。そう呼んでいました」
「それ。空中の大陸だろう。意味が」 「なぜご存知なの。そのようです」
「俺たちの言葉だ。馬車の家族の言葉で、名前が付いている。何で空の上で俺たちの言葉が、と思ったから、言葉が通じたのだろうかと思った」
へえ~・・・・・ イーアンも驚く。そうなのか。それは不思議。『会話はいつもどおりでした。名前だけです』イーアンの答えに、伴侶も『ふうん』といった感じ。そして先を促される。
最初は、ファドゥの話。彼は、以前ここへ来た女性の息子さん。ファドゥは休眠を繰り返して何百年も生きている、龍の子。彼が龍の姿になると、ミンティンくらいの大きさで銀色。
イーアンが自己紹介してもピンと来ない様子で、龍と思える過去を聞きたがった。イヤだったけど、正直に過去の状況と感覚を伝えると、彼はとても喜んでいた。それで、後一歩で龍になるところだと話した。
「ファドゥ。何百年も。彼もまた龍の子なのか。でもイーアンの過去で喜ぶというのは、何か俺たちにはない感覚で共通点でも見つけたのだろうな」
「そういう感じでした。オーリンはその感覚は理解するようで、二人で笑顔なの。私は自分のことですけれど過去に良い感情がないので、とても複雑でした」
「そうだろうな。イーアンは辛いと思っているから。で。そのファドゥはお爺ちゃんなのか」
「いいえ。見た目は私たちくらいの年齢に見えます。大人ですね。銀色の髪と金の目。あなたと同じくらいか、それ以上の背の男性です」
「イーアン。一応訊きたいんだけど。その人に抱きついたか」
「それはどうでも良いでしょう。息子さんですよ」
答えがはぐらかされた時点で、伴侶は胡散臭そうな目でイーアンを見つめた。笑うイーアンは『ちょっと最後まで聞いて』と頼んだ。ドルドレンは分かっていた。絶対この人抱きついたと(※当)。『その人。カッコイイの』しつこく聞いたら『話を聞いて』と叱られた。イーアン咳払い。
それから、お食事を頂いたけれど。ここで、いろいろと空の世界について知ることが出来た、と話した。
まず料理がきっかけで、彼らは何の命も取らずに食事を摂っていること。伴侶が反応。
「何の命も取らない。そんなこと出来るのか」
「次元がちょっと違う感じです。大体、時間の流れは同じらしいですけれど、あの場所では、肉体に負担が少ないとか。休眠すると、時間の影響も受けないと話していました。長寿なの。皆さん」
「何を食べたの」
それを言うのか~と思いながら、苦笑いしてイーアンは灰色の瞳を見つめた。嫌そうな顔のドルドレンは何かを察する。『とても不穏な予感だ』苦い唾を飲み込んでいる。イーアンはちゃんと最後まで話を聞いてくれ、と言い聞かせてから教えた。しかしすぐに約束は破られる。
「な。なん。何て?何て言った?男の夢精卵、食べたのか?剥けた皮も?白い汁って」
「落ち着いて、ドルドレン。私もオーリンも慌てましたが、説明されました」
「いや。何でそんな穏やかに言えるんだ。おかしいよ、イーアン。男の、よその男の金玉だか剥けた皮だか、汁って!なんだと、うちの奥さんに白い汁飲ませるヤツなんか殺してやる!」
どうか落ち着いて~と、イーアンは本当に最後まで聞くように頼む。
『剥けたのは皮じゃなくて、膜です。龍の翼の膜なんですって。脱皮みたいなものだと思いますが』急いで言うと、伴侶がちょっと黙る。『龍の膜』ぼそっと呟いて、荒い息を整えるドルドレン。
「それでね。よその旦那さんの金玉なんて食べていません」
「イーアン。俺がつい言ったからだろうが、イーアンは金玉と言ってはいけない。かなり心臓に悪い」
「あら。そうですね。でも私も聞いた時は、そうかと思って怖かったです。知らなかったと言えども、よその旦那さんのタマタマを齧ったのかと思うと。急いで飲み下しましたが」
「息切れが。息切れする。やめてくれ。玉を齧るとか、飲み下すとか」
「それで。夢精卵ですね。これ実は男性が生む卵で、孵らなかったら食べちゃうそうです」
「やっぱり!やっぱりアソコから出てるんじゃないか!それも巨大!一粒が巨大(※いっぱい出てると思ってる)!!それを飲みくだ・・・あああああ」
ドルドレンしっかり!倒れる伴侶を励ますイーアン。『アソコから出ていません。手の平に気体を集めて、物質になると卵完成と言っていました。その後、女性が抱っこして精気を与えても、受け取れない卵は食べると』だからアソコではなく・・・イーアンが続けようとすると、ドルドレンはぜーぜー言いながら、手でイーアンの口を塞いだ。
「良いのだ。もう言ってはいけない。俺は今夜がヤマかもしれない」
「縁起でもないことを言わないで下さい。これから旅に出る勇者でしょう」
びしっと励まし、イーアンは二度ほど咳払いして、ちょっと訊ねる。今の伴侶の言い方を聞くと、どうやら男性の液体について、何やら正確な知識が備わっている様子。脱線するが、この際なので確認する。
「ドルドレン。一粒が巨大。その意味は」
「え。言うのか。イーアンの世界では習うのか。あれだ、あの。その、液体中には俺の命の粒みたいなのが入ってて・・・凄い数で。無論その。なんと言うか。イーアンの体にも、待ち受けてるイーアンの命があって。でもそっちは1個とか2個なのだろう?だから、ファドゥたちは龍だからか、液体どころか粒がデカイやつで出るのかと」
恥ずかしそうに下を向いて、ぼそぼそ教えてくれる伴侶。
この世界は中世頃の印象だったけれど、保健体育がきちんとしていそうな知識に(※ここだけ)イーアンは少し驚いた。誰が調べたんだろうとは思うものの。
イーアンが想像した『どこぞの旦那さんのタマタマ夢精卵』は、膜料理=脱皮膜~話の続きだったから、つい、旦那さんのタマタマも脱玉でもするのかと思った。にしては、エミュー卵大のタマタマだったが(※あんなの2つも下がってたら、重くて仕方ない&ぶつかって歩けない)。
そして、伴侶に脱線したお詫びを言い、最後の『汁』について、正体を告げる。
先にお話の女龍について説明し、それからその樹液であると教えると、伴侶はようやく起き上がって、疲れたように顔を拭った。
「女の汁って、オーリンが先走って言いました。彼は赤くなって困っていました」
「あのね。女の汁とか、そういうこと言わないの。イーアンは。俺の奥さんは、そういう発言をしてはいけない」
「ファドゥは『汁は女の』と言いかけて。女の木と呼ばれているので、オーリンは勘違いしました」
オーリンじゃなくたって勘違いする。ドルドレンは頭痛でこめかみを押さえる。そして、疲労した脳味噌でどうやら食物に関して、彼の言いたかった意味を理解した(※必死)。
この流れから、イーアンはファドゥに質問したことを話した。龍と、龍の子、龍の民の説明については、ちゃんと分かるまで何度も混乱したと言うと、伴侶もそれは無害な話らしくて、真面目に頷いて聞いてくれた。
「それ。彼らにとっては普通なのだろうな。こっちは、龍と龍とって言われてもな。
人の姿形が変わって龍になる意味も、ミンティンたち龍の意味も、俺たちより区別しやすい何かがあるのかも」
「はい。ですので、オーリンが違いを教えてくれたことで、ようやく。私もファドゥも先へ進めました」
「ようは、人の姿を取れる3種族がいて、さらに龍だけの形の生き物・・・ミンティンたちがいるわけだ。
3種族のうちの龍の民だけは、人間の姿のまま。残りの2種族は、龍の姿に成れて、それも生まれてから分かれる族の違いだな?」
「そのくらい簡潔に説明して頂けたら、きっと1時間は早く戻れました」
「龍の子と龍族は、卵の時点で同じだから、能力差で龍族になるってことは、雲泥に近い能力差かな。顕著に違いが出るから、族まで変わるのだろうか」
「聞いているとそういった具合です。男の龍すら少ないようです。龍族は男性の性質が強く、女性はいないのですって。外から連れてくるのみで。一方、龍の子には女性もいて、でも彼女たちが女の龍に進むことはかつてなかったと」
ドルドレンは首を捻る。何か決定的な差があるのだろうが、それは何なのか。
「どれくらい何が違うの」
「龍の子の皆さんは、体が龍に変わります。全員です。だけどそれは、龍族の範囲に及ばないような。男の龍の力は相当と話していましたが、陰が薄かったですね。女の龍が最強と言っていました」
「イーアン最強」
ドルドレンの丸くした目を向けられ、それやめて、とイーアンは笑う。
『母系社会なのかも。男の龍も強いようですけれど、今思えば不自然なくらい。彼らの説明は少なかったです。女の龍一押しでした』いないからかしらね、と呟くイーアン。
そして。自分の過去や躊躇する気持ちについての、ファドゥの意見。精霊が選んだことが全てと、言われたことを話す。ドルドレンはそれについて、暫く感慨深げに頷きを繰り返していた。
オーリンの質問で、自分が龍になるために必要なことが分かったこと。お手伝いさん役が龍の民である理由。これからも龍が3頭、側にいる理由。それらも話した。
「つまり。龍の子は地上へは来ない。のだな?彼らの体に負担があるから」
「だそうです。ここは、ばっちいのでしょうね。だから丈夫な龍の民と、それに左右されない神聖なミンティンたち・龍。で」
「女の龍のイーアンか。イーアンは泥の中でも生きれる気がする」
どんな印象なのよと笑って、伴侶の背中を叩く。『肌が荒れます』もう、と笑って怒る愛妻(※未婚)に、『肌が荒れるだけで済む』と思っていることを指摘したかったドルドレンは黙った。
「待てよ。女の龍が最強だからか。それとも人間として、この世界に来たから大丈夫なのか。では、男の龍は地上に来ないのか?彼らも、オーリンや龍の力を増幅出来るのだろう。ファドゥの話だと」
「それも。あっさり流れたお話です。少し言いかけて止めたようですね。手伝い役としても『彼らには無理』という感じでした」
気になるドルドレン。龍の子と、龍族。この違いはどうも能力の振り幅以外にも、別の能力も備えていることが決定打のようだが、同じ龍族の男と女の違いは何か。
何となく厄介な相手のような気もする。男龍の話は、ファドゥも触れようとしない。それはどうしてだろうか。気質や習性もあるのか。単に能力に影響される特徴でも面倒なのか。
ドルドレンは、相手が全く異なる種族として捉えるため、先入観を挟まないように考えているが、どうにも想像が付かないままだった。
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