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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
49/2938

48. ツィーレインの民宿

 

 トゥートリクスの言葉は、誰かがいつかは言うであろうと。どこかで思っていた言葉だった。


「そうした推測はやめておけ」


 スウィーニーが小さく溜息をついて話を終わらせた。二人はそれ以上は何も言わなかった。



 その後は、一行は誰も特に喋らず、黙々と道を進んだ。

 実に一頭の魔物にも出くわすことなく、のどかと言っても良いくらいの晴れた午後の林道を通り抜けた。


 分かれ道で右へ曲がって、日差しの入る林の中を延々と馬を進めていくと、空が夕焼けになる頃には周囲の木々の種類が変わってきていた。広葉樹の林の中に針葉樹が増え、その比率が逆転しはじめ、背の高く立派な針葉樹ばかりに囲まれた頃。真っ直ぐな道の前方に、針葉樹の森に囲まれた人工物らしき壁が見えた。


 赤いレンガが積まれた高い壁に深い緑色の蔦が絵のように這う。小さく美しい町、ツィーレインがすぐそこにあるのだった。



「イーアン、今日は中で休めると良いな」


 ドルドレンが自分のクロークにすっぽり包んだイーアンに、驚かせないよう静かに話しかけた。


 実はイーアンは、午後の道のりが暖かくて気持ちよくて眠くて仕方なく、転寝(うたたね)をして何度かぐらっと体が揺れた。気付いたドルドレンが『寒いだろう』と言ってクロークに包み、イーアンの眠りを他の騎士たちに見えないようにしてくれた。


 自分一人だけ眠るなんて、とイーアンは情けなくも申し訳なかったが、イーアンを覗き込んだ灰色の宝石が優しく微笑みを湛え『慣れない馬の道だ。少しお休み』と言ってくれたので、すまないと思いつつ、ちょっと眠らせてもらっていたのだった。




 町の壁に近づくと壁はかなり高く、5mほどの高さでレンガが積まれていた。入り口に憲兵らしき男が二人いて、ドルドレンが馬上から旅の用事を告げると、あっさり中へ通された。『もうすぐ閉門します。朝は5時以降にならないとここは通れません』と憲兵は言いながら、許可証を渡した。



「総長。叔父の店へ先に行かせて下さい。返事を持って帰って来るまで、そこの軽食屋で待っていて下さい。馬は真横の店の間に繋ぐ所があります」


 スウィーニーが馬を寄せて、ドルドレンに店を指差した。町へ入ってすぐのところに、看板が出ている小奇麗な店が見えた。夜になるというのに、いくつかの店は屋根から張り出す布製の簡易屋根を付け、ランタンをたくさん吊るして、石畳の美しい、一風変わった通りを眺めて食事や酒が楽しめるように、表に客席を出してあった。


 ドルドレンは了解し、スウィーニーは馬でそのまま暗がりへ消えた。一行に声をかけ、ドルドレンたちはスウィーニーに紹介された軽食屋で待つことにした。



 軽食屋で人数分の硬貨を出したドルドレンは、馬を繋いだ後、スウィーニーが見易い表の席に全員腰を下ろした。


 従業員の若い綺麗な女性が愛想良く飲み物(皆同じ)を運んできて、ドルドレンの前にきた時、顔を真っ赤にしてもたついた。

『あの、この町は初めていらしたんですか?』と赤い顔で聞く女性に、ドルドレンは無視した。女性は一生懸命ドルドレンに話しかけようとして、『こんな夜にお仕事ですか?』とか『どこからいらしたんですか?』と訊ね続けた。ドルドレンは相変わらず無視をして、目の前に何もないように振舞う。イーアンは彼女が必死で少し可哀相な気がした。


「あの。彼女が質問をしています。お返事をされたら」 「イーアン。何を言っている。寒くないか」


 ドルドレンはイーアンの声にすぐに答え、ここぞとばかりになのか美しい悩ましげな表情でイーアンの肩を撫でた。従業員の女性の顔つきが色を失う。イーアンは何となく悪役の気持ちになり、『だいじょうぶです』と棒読みで力なく答える。

 周囲の騎士も憐れみと同情を、二人の女性に眼差しで懸命にかけ続ける。『頑張れ』としか声なき声が聞こえない。誰も救いの手を伸ばさない。イーアンは横を向いて俯いた。



「イーアン。もう少しでスウィーニーが戻るだろう。俺と一緒の部屋で休めば元気になる」


 ドルドレンはイーアンの髪の毛を、艶めいた仕草で耳にかけてやる。甘く優しい、胸を毟る暴言が立ち尽くした従業員の女性の耳に入る。女性は何も言わず、肩で息をしながら、足音も大きく店の中へ戻って行った。



「無礼な従業員だ。あれを豪胆な下心と言う」



 女性の立ち去る後姿に、ドルドレンの一言は重く冷たい槍のように放たれた。周囲の騎士は溜息をつき、見て見ぬ振りを決め込む。内心、あの従業員の子が自分に言い寄れば良かったのに、と思いながら、女性の後姿を名残惜しそうにチラチラ見て。



「私はいろんな意味で、皆さんの害になっていそうな・・・・・ 」



 イーアンは騎士たちの、従業員の綺麗な女性に向ける視線に何ともいえない申し訳なさをひしひし感じ、真下を向いて胸中を暗く低い声で呟く。

 ドルドレンが眉根を寄せてイーアンの肩を抱き寄せる。


「何てことを言うんだ。どうしてそんなふうに思う?後で二人になった時に聞くから、元気をお出し」


 もうイーアンには、頷く以外の答える言葉が出てこなかった。

 自分を好きでいてくれるドルドレンの想いの強さに有難いのと、周囲から見たらものすごくどうでも良い(というか邪魔な)自分の存在のギャップに悩む。


 そんな中。 スウィーニーが戻ってきた。



 スウィーニーは表に座り込んだ仲間の、微妙な空気感に不審な何かを感じたが、誰も何も言わないのでとりあえず真っ先に伝える。

『叔父の店に聞いてみたら、今日は全員泊れそうです』と嬉しそうに言うと、イーアンがすぐに立ち上がり、『お茶をご馳走様でした』と物憂げな消え入りそうな声で呟き、ウィアドの繋がれている側へ逃げるように進んだ。


 他の者も、イーアンの行動に唖然としたものの、『ああ・・・』と言いながら立ち上がり、自分たちの馬に戻った。ドルドレンはイーアンをすぐに追いかけたが、イーアンは自力でウィアドに跨っていて、なぜか沈み込んで話が続かないので、心配ながらも『宿に着くまで』と決めてウィアドに乗った。




 スウィーニーの叔父夫婦は宿の表で待っていてくれた。敷地が広いので馬車と馬を余裕を持って繋ぐことが出来た。叔父夫婦に招かれ、一行は民宿へ入った。もう外はすっかり冷え込み、暗かった。


 急いで食事を作っているから、もう1時間ほど待っていて、とスウィーニーの叔母さんが、それぞれに部屋の鍵を渡し『お風呂は沸いてるからね、そこの廊下の突き当りですよ』と皆に教えていた。

 全員鍵を受け取り、銘々の荷物を持って2階へ上がる。



「彼女と同室だ」


 自分の後ろにいる女性の肩を抱き寄せ、ドルドレンが言い切ったので、『あ、そうなの』とベッドが二つある部屋の鍵を渡した。


 イーアンは沈んでいるが、ドルドレンはそれに気付かないようにして部屋へ向かった。叔母さんは心配そうにスウィーニーに『あの人、彼女さんと大丈夫なの』と聞いた。『多分』とスウィーニーは困ったように首を傾げた。そして『あの二人は出会ったのが最近で、保護者と被保護者の関係なんだよ』と教えると、叔母さんは、一緒の部屋で良いのか?!といきり立っていた。スウィーニーが慌てて『総長は普通の男より真面目だから』となだめた。


『あの子は見かけない顔だけど、なんだか独特な綺麗さだねぇ』と叔母さんは、まぁ仕方ないか、と言う感じでドルドレンの後姿を苦笑して見ていた。スウィーニーはその言葉に引っかかって『叔母さんはイーアンをそう思うのかい』と聞いてみた。彼女は呆れたように甥っ子を見上げ、『あんた目()いてる?』と聞き返した。そして『やだやだ、女を見た目だけで見る男になっちゃって!』と台所へ行ってしまった。



 入った部屋は綺麗で、ベッドが二つあり、手入れの行き届いたすっきりしている空間だった。イーアンはベッドの片方に腰を下ろし、溜息をつく。その様子にドルドレンは胸が痛んで、横に座って理由を聞いた。

 イーアンは、ぽつぽつと先ほどのことを説明する。


「あの女の人はドルドレンの格好良さに一目ぼれしていた様子でした。ドルドレンが私を大事にしてくれたので、彼女は怒ったのか立ち去りましたが、騎士の皆さんは、彼女がとても綺麗な若い女性であることに惜しく思っていた様子を感じ、私さえいなかったら・・・と思ってしまいました」


「馬鹿馬鹿しい」


 ドルドレンは怒っているのか、荒く息を吐き出した。そしてイーアンの顔に手を添えて、自分の方を向かせると、少し怒っているような顔で見つめた。イーアンは何とも言えなくて少し泣きそうになった。



『イーアン。君は自分の見た目を気にしているのか』



 最初の日に、イーアンにかけた言葉をドルドレンは思い出した。イーアンはその時、『それなりには』と。今と同じように俯いて答えた。

 あの時のまま。イーアンは自分の顔つきや外見を、迷惑だと捉えている。ドルドレンには掛け替えない存在だというのに。ドルドレンは胸が締め付けられるように苦しくなった。他人なんかどうだっていいだろう、と思う。俺とイーアンが愛し合っていれば・・・・・ 愛し、合う?


 ドルドレンの中で、はたと何かが立ち止まった。自分はイーアンを愛しているんだ。まだ知り合って一週間なのに、好きなだけではなくて、彼女の痛みが辛くなる自分がいる。それに気が付いて、ドルドレンは目の前に背を屈めて俯くイーアンに手を伸ばす。彼女を愛しているんだ、と気が付いた自分が取る行動が何も思わなくても自然に出来る。


 イーアンをゆっくり抱き寄せ、顔を上向かせて額に口付けした。元気を出してほしい、と思って。腕の中のイーアンは大人しい。そっと唇を離してイーアンを見ると、涙を浮かべていた。『ごめんなさい』と謝るイーアン。

 首を横に振ってドルドレンは、イーアンの涙を湛えた目元に口付けした。ペロンと舐めるとイーアンが驚いて瞬きした。それが可愛いのでドルドレンは思わず笑顔になってしまった。


「イーアン。笑って」


 ドルドレンは少し寂しげな表情で笑う。イーアンは涙が溢れそうな鳶色の目で自分を見つめている。


「君が泣いていても、笑っていても、どっちの顔も好きだ。でも笑ってくれないか。じゃないと押し倒しそうだ」


 ドルドレンの言葉に、イーアンが涙を浮かべたまま笑い出す。ドルドレンはイーアンの笑顔に嬉しくなり『笑っていても押し倒す気はあるよ』と顔を覗き込む。

 イーアンは涙を拭きながら笑って、ドルドレンに寄りかかった。自分の肩に寄りかかる、大事な大事な女性にドルドレンは幸せを感じながら、イーアンのクルクルと螺旋を描く髪に口付けした。



 その時、扉の前に誰かが立った。すぐに扉をノックする。座ったままドルドレンが『誰だ』と問うと、スウィーニーの声で『北の支部の者が到着しました』と伝えた。



お読み頂きありがとうございます。

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