489. イヌァエル・テレンの世界説明1
食事をする部屋へ案内されて、大きな白く美しい部屋に、ぽつんと3人で昼食。長い机は他の人も座るからなのか。椅子もたくさんあるのに、なぜか3人だけだった。
昼食の話をしておいたか、部屋に入ると既に料理が並んでいた。ファドゥが向かい合うように座り、オーリンとイーアンは並んで座る。寝室と違うのは、置かれた家具と室内の大きさくらいで、どこもこんな部屋かもしれないとイーアンは思う。
彫刻はどこにでもあるので、そういう意味ではゴージャス。だけど派手派手しい装飾もないし、色がふんだんに使われることもなさそう。白がほとんどで、どこまでも清潔な雰囲気である。そして。
「誰もいらっしゃらないようです」
目の前の料理を見つめてから、イーアンはファドゥに言う。料理は湯気が立っているから、運んでくれた人がいるはずだし、廊下を歩いている距離もあったわけで、誰かとすれ違っても良いのにと。
「食事は自由だから。誰もが普段は外にいる」
それだけ言うと、彼は静かに料理を食べ始める。よく見ると手づかみ。料理は、お粥みたいなとろんとしたスープと、茹で玉子のちょっと大きいものと、ロールケーキくらいの太さの焼いた肉があった。が、これは肉ではないと知る。
お粥は皿を持って飲んでいる。玉子は齧って、その肉的なものも、一本しっかり掴んで食べているファドゥ。イーアンも倣って食べる。オーリンはちょっと抵抗があるようだった。
「美味しいです。これは何でしょうか」
肉に見えるのに、味は肉ではない。焼いてあるため香ばしいけれど、噛むと弾力のある歯応えで、匂いや味は鮭の皮みたい。うっすら塩味。
この食材に似たものが、全く想像付かないので訊ねると『膜だ』と言われた。ちょっと気になる、何の膜って? え、膜。膜?!
「時々、剥けるから」
ええええっっっ!! 何のどこが、どこが剥けた膜?! 口に頬張ったは良いものの、戦くイーアンとオーリンは、目を丸くしてファドゥを見つめる(※想像が卑猥)。
「何を驚いているのか。ガルホブラフは剥けないのか。翼の膜が入れ替わるだろう。あれだ」
オーリンは口に『丸めた膜料理』が入ったまま、飲むに飲めず固まっている。イーアンは、くちゃくちゃ噛んで、眉根を寄せたまま食感を観察(?)。『ああ~・・・膜。と言われれば。そうとも』ふうんと呟いて、ごくっと飲み込んだ。
「ここの食事は回っている。どこから採集するわけでもないし、何を奪うこともない。・・・ここの話を誰かに聞いたことはないか。では、これも知らないか、この玉子は『男の夢精卵』だ」
次なる皿の玉子を齧ったばかりのイーアンは止まる。それは。もしやタマタマ?
えええっ! どこぞの旦那さんのタマタマを私は今、頬張って・・・・・ ドルドレンごめんなさい!浮気してないけど、知らない旦那さんのタマタマを私は~ 帰ったら話すのに失神される~(※話さなくて良い)
イーアンに凝視されて、ファドゥが困惑している。『話しながら食べたほうが良いか?』仕組みそのものが分かっていないと判断された様子。『本当に誰にも、ここについて何も聞いたことはないのか』それも・・・と不思議そう。
オーリンは『膜』で固まったまま、『男の夢精卵』を見つめて眉を寄せている。イーアンもタマタマを口に入れて、とりあえず大雑把に噛んで飲み込んだ(※一応食べ切る)。
咳払いしたファドゥは、まず聞くようにと前置きしてから、3つの皿の食材を教えた。
①男の夢精卵
②膜
③汁
汁が一番気になる、イーアン。何の汁だろう・・・・・ 白い汁って(※妄想で壊れそう)。
膜も食べちゃうし、誰かのタマタマ(※タマに決定)も出てきて、オマケに『汁』とは。この汁もまた、私は飲み干して、ドルドレンに言い訳がつくのか(※想像が一つ)?! もう半分飲んじゃった。ああすみません!不埒な私だけど知らなかったのよ~
うんうん唸って頭を抱えるイーアンに、ファドゥは怪訝そうに『大丈夫か』と訊ねるが、オーリンは真横で苦しむ、イーアンの胸中と想像は手に取るように分かった。
「何を思って苦しんでいるのか。膜は、先ほど話したとおりだ。翼がある龍の剥けた膜は、食べる。古い膜は食べた方が力に成る。
男の夢精卵は、男が卵を産むだろう。それの、孵すことのない卵だ。精気を受けない卵は、色が変わるからすぐ分かる。それは食べる。汁は、女の」
「何?女の汁?」
そこで反応したオーリンは赤くなって、つい遮った。イーアンは無言で俯く。ファドゥは、椅子から腰を浮かせたオーリンに、座るように手を下へ振って落ち着かせ『どうした、座れ』分からないな、という具合に頭を振る。
「女の木の賜物だ。枝を伝って川に注ぎ込み、ここの海を満たす。川に入る前の、枝から落ちる汁だ」
イーアンはちょっとだけ理解し始める(※オーリンが今度はモヤモヤ中)。恐らくだけど、ここでいう男と女は『龍』のことで、男の龍は卵を産むのだ。そして女の木というのは、きっと龍とは別の、植物か何か。
ファドゥに詳しく質問すると、大体遠からずと分かった。
そもそもここには、龍の子・龍の民・龍の3種族が暮らしていて、卵を産むのは、龍と龍の子の、♂(※男)。龍の民は人間に近いので卵なし(←彼らは営み繁栄)。
この卵は、ちょくちょく生まれる。♂の両手指を向かい合わせると、手の平の間に丸く気体が集まって、それが形になると卵。♂は、この卵産み作業を毎日していて、自分の状態を調整することに繋がっている。
物質化した気体由来の卵は、精気を受けないと孵らないため、受けなかった卵は食材行き。精気はどう受けるのかというと、♀(※女)が抱っこすることで、♀の精気を受けるらしい。
で、全部の卵が受けるわけではなくて、精気は強いから、耐えられる卵のみが孵るとか。つまり、精気に負けたら食材。運よく勝てば、晴れてお子様。何とも壮絶である。強い者が生き残るのね~とイーアンは頷く。
女の木については、これは少し感じ入るものがある話。実はこの女の木は、女の龍のお墓から伸びている大樹。
ここでは、女の龍のポジションは一番上。男の龍はその次。この場所で、最初の龍は女の龍だった。連れて来られた女の龍は空の世界を与えられて、せっせと毎日、次々に他の龍を生み出したのが始まり。
最初の女の龍が寿命を終える間際、海を眺める丘の上に龍は飛んで、そこでそのまま力尽きた。
体は丘に吸い込まれて、丘には一本の木が生えたと。幼木はあっという間に大きくなって、大振りな枝を張り、枝という枝を白い樹液が伝って流れ出し、それは川を作り、海へ流れ込むまでになった。
「それは一度も絶えたことがない。枝から落ちる汁を受け取り、こうして我々が日々健やかに生きることが出来ている」
「最初の女の龍は、いつまでも皆さんを愛しているのですね」
「そうだ。深く重く、それは決して枯れない愛だ」
ファドゥは優しい微笑みを浮かべて、笑顔のイーアンに頷く。二人の会話を黙って聞いていたオーリンは、ちょっと安心したように息を小さく吐き出し、そっと『汁』を飲んだ。
「それで『何も奪わない・採取しない』と仰ったのですか」
「中間の地ではそうは行かないだろう?命を奪うことで全てが回る。奪い奪われて生き、永遠に答えのない愛を捜し出す命の場所。
イヌァエル・テレンに生きる者は、回るだけだ。自分たちが生み出したものを受け取って生きる」
名詞が出たような、とイーアンは気付く。もう一度『どこに生きる者?』と小さい声で訊ねると、ファドゥは『イヌァエル・テレン。ここだ』と教えてくれた。
イヌァエル・テレンと呼ぶこの場所。空気中の場所、大気中の陸といったような意味であるそうで。島よりも、ずっと広い場所を示しているらしかった。
空も、地上の呼ぶ『空』とは別で、空の遥か上、しかし空の中とした・・・空の区分けが幾つもある様子だった。
「ふうん。そう呼ぶのですか。あのう、幾つか知りたいことがあります。質問しても宜しい?」
「構わない。私が答えられることなら何でも」
「はい。最初の質問です。先ほどあなたは、寿命があると仰いました。女の木の話です。女の龍は寿命で力尽きたのですね。
そしてファドゥは、何百年も生きているようなお話を最初にしていました。龍や龍の子は長生きですか」
「イヌァエル・テレンに居れば。私たちは休眠する。龍に変わる者は休眠が出来るが、龍の民は出来ない。休眠すると、その時間はこの体に影響されない。しかし元々、長寿の類かも知れない」
「ミンティンやアオファも長生きですか」
「彼らは特別だろうな。もう一頭いるだろう、グィードが。あの3頭は特別な龍だ。外にいる時間が長くても、さほど彼らの生命に影響はないはずだ」
「え。じゃあガルホブラフは?その言い方だと、この空に居ない以上は、寿命が短いみたいじゃないか」
ハッとしたオーリンが眉根を寄せて訊く。心配しているのか、とても困っているような表情でファドゥを見つめる。
「ガルホブラフはここへ戻っている時に、短い休眠を持つ。他の龍に比べれば分からないが、ずっと外にいるわけでなければ、心配には及ばない」
「あのう。そうしますと、オーリンは。そもそも彼は龍の民でしょうか?彼はずっとこの人生を」
イーアンの質問に、ファドゥの金色の目がオーリンを見た。じっと見てから、笑顔のない冷えた顔つきで頷く。
「随分。それなりに年を重ねたな。オーリンは自分から外へ出てしまったまま、戻って来れなかった。中間の地で生きれば、体は人間の性質・習性が強くなる。備えた能力は役に立ったかもしれないが、体は人並みに年を取っただろう」
「俺の寿命か。まぁそれは良いよ。あんまり長生きするのも考えたことないし。それより、俺はやっぱり龍の民だったんだな」
「もちろんだ。子供の頃にガルホブラフと外の道へ突っ込んで、そのまま突き抜けたか。戻って来たのはガルホブラフだけだった。オーリンの親はとても寂しそうだった」
「親。俺の。俺の家族」
「そうだ。会いたければ会えるが。少し、その風体だと驚くかもな」
「何だよ。変なカッコか。そんなこと気にする親かよ」
「オーリン。実の親よりも自分が老けていたら。それをどう感じる」
え・・・オーリンの声が漏れて落ちる。イーアンもすっとオーリンを見つめ、そういうことかと理解する。浦島太郎状態なのだ。彼はここに居れば、年齢はさておき年若く見えたのだ。でも地上にいたから。
「だが。私が会わせるかどうかは、関係ないか。オーリンとイーアンが来た時点で、多くの者は感じている。親も確実にお前の魂を感じている」
溜め息をつくファドゥに、イーアンはもう少し詳しく訊ねる。
「あのですね。年月というべきか。そうした時間はここでも同じように流れていますか。あなたはさっき、休眠時には、時間の影響を体が受けないような話をされていました。
察するに、時間は外と同じように流れていて、この場所自体が特別な環境である、という意味でしょうか」
「そう。正しい理解だ。時間は同じだろう。同じように年月を経るが、ここにいる分には、龍も龍の民も、我々龍の子も、ほぼ体に影響を受けないために長寿に思える」
オーリンは黙っている。どうしようか考えているようだった。悲しそうでもなく、辛そうでもないが、読めない表情で一点を見つめていた。
「ファドゥのお母さんもまた、ここに居たのですね。でもその時、太陽の民の男性と既に一緒では」
「彼はここへは来ていない。彼は入れない。母だけがここへ来た。ここで私たち龍の子を産み、外へ戻ってしまった。彼の元へ戻り、龍としてではなく、人間として生きることを選んだのだ」
イーアンは彼女の気持ちが分かる。どうしてここへ彼女が来たのかは知らなくても、戻って愛する人と年を取って暮らす方を選ぶのは、自然な気がした。
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