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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
483/2947

483. ディアンタ僧院 ~治癒場の在り処

 

 親方が机に置いた本は2冊。


「これは地図だ。こっちが。世界を旅した僧侶が残した地名だ。一人では難しい作業だったのだろう。複数名が世代で行った仕事らしいな」



 イーアンが思い出すのは伊能忠敬。素晴らしい伊能さん(※尊敬する人物の一人)のお陰で、かつて暮らした母国は、正確な地図が出来たのだ。きっとディアンタ僧院の僧侶の皆さんも、何十年とかけて地名を記録したのだろう。


 感慨にふけるイーアンは、首を振り振り『いやぁ素晴らしい』と一人呟く。そんなイーアンを見つめ、時々ちょっと分からないなと思う親方は、とりあえずイーアンの感想を無視して話を続けた(※仕事)。


「地図を。これだな。そして俺が持っている、印を付けた地図。と言っても、これもここから借りている地図だが。これを並べる」


「地形は同じですね。字形や色の差し方は違いますけれど」


「そうだな。そして、各地の名前だ。当時の・・・と思うが。手記だからな、こうした類は。同じ時代と分かる、共通の年号が書かれている書物ばかりでもない。恐らくそうだろう、という範囲で調べると」


 タンクラッドの長い指が地図を滑るように走り、目元は手記のような地名の本を見つめ、少し眉が寄るような印象もあるが、その手は止まることなく、静かに全ての地点を指がなぞった。


「うむ。うん・・・困る」


「どうでしたか」


 悩む親方を見て、イーアンはやっぱり違うのかなと思って訊ねる。それは当たりのようで、タンクラッドはイーアンの目を見て、大きく溜め息をつく。


「どれも馬車歌のものと違う。地図にある昔の呼び名は同じだが。馬車歌で歌われている『名前』とは別だ。文字に置き換えてみても共通点がない。発音かとも思ったがそれも違う。地名ではないな、馬車歌のものは。


 しかし、地図に印を付けた地域の名称は辿れる。その当時の地名を記して、現在の地名と合わせよう。馬車歌はもしかすると、治癒場の何か・・・印象的なものなのか。彼ら馬車の民に共通する呼び名かも」


 それはある、とイーアンは思った。ふと、ハルテッドが東の地域の話をしたことを思い出す。海だと思った場所は、東の川のことを歌っていた。それをタンクラッドに伝えると、タンクラッドも目を開いて頷いた。



「だとすると。総長が無反応だったのは理解できるぞ。彼にとっては、当たり前の呼び名だったんだ。長い年月、馬車から離れた暮らしを続けていても、きっと彼の子供心に覚えた歌は。総長は馬車の民の言葉を喋れるな?」


「はい。話します。彼らの言葉は混合と。いろんな場所の言葉が混ざって出来ていると言い、訳すのが難しいと言っていました」


「それだ。彼にとって、父親が翻訳した馬車歌の中にある『呼び名』は、その単語のままで充分意味が通じている。だからイーアンに確認されても、流したのだ。それは、彼にとって()()()()()()()()だったから」


「でも、そうだとすると。ドルドレンは既に場所を知っていてもおかしくありません。国外は知らないにしても、この国の地名に置き換えることは出来るのでは」


「例えばだぞ。例えば、抽象的ならどうだ。大きな地域として紹介しているとか。昔の馬車歌の内容と、彼が子供の時代に巡った風景が違うとか。馬車歌は、遥か昔から引き継がれているのだろう?だとすると、大まかな場所は分かるにしても、特定された・・・このディアンタのような」


「ディアンタのどこかまでは分からない、ということ。でしょうか」


「その可能性はある。ディアンタ、と仮に名称が付いていて、この僧院を思い浮かべたら。あの川の向こう岸の上にある、木々の群れの中まで足を伸ばして探そうと思うか?」


「おも・・・思えない。かもしれませんね」


「そういうことかも知れん。だから総長は、俺が場所を絞ったと思ったのかも。だな。彼は大まかには分かっているんだ。だがその範囲は、彼の様子から察するに見つけに行くには広いのだろう」


 親方素敵~ イーアンは拍手。すごい、この方がいれば、クイズの殆どが正解する気がする(※クイズは知識なので違う)。拍手されて、タンクラッドもちょっと嬉しそうに微笑む。


「戻ったら。総長に聞いてみると良い。確認がてら、俺が書いて渡すから、その場所を彼がどう知っているのか。別の話も聞けるかもしれないぞ」


 ということで。



 親方とイーアンは本をまた何冊か借りることにして、荷袋にしまい、僧院を出ることにした。通り抜ける部屋の中、石像の前だけは少し立ち止まり、それから廊下へ出た。ミンティンは外で待っていてくれた。


「治癒場を探すのですか」


「上から見える程度な。大体の場所を見に行こう。地図を見た限りだと、すぐそこの治癒場以外で一箇所だ。もう一つの場所は、現在は別の国の国境向こう。そっちは後日にして、残りの一箇所を見に行こう」


「どこですか」


 タンクラッドに抱き上げられて、あっさりミンティンの背中に乗ると、イーアンは親方座席に落ち着いて訊ねる(※気にしないことにした)。親方はイーアンを見ずに口端を少し上げて、ミンティンに伝える。


「ミンティン。バーヌビーへ行くぞ。昔の言い方だとベンネヴェヤだ」


 ミンティンは振り向く。親方を見て、沢山の鈴が鳴るような声を出した。イーアンは驚く。前にもミンティンが、タンクラッドにこうした声を上げたことがあったが、何か彼を認めるような反応に思えた。


 青い龍はフワーッと浮いて。すんなり進路をとる。そして真っ直ぐに西南西を目指して飛んだ。



「タンクラッド。バーヌビーと言いましたか。そこはどんな場所ですか」


「俺も特別立ち止まったことはない。さっき調べた時、古い言葉で書いてあった地名を読んで、昔どこかで聴いたなと。そんな程度だ。確か今はバーヌビーだと思う」


「町がありますか。村とか」


「それも分からん。近くの道は通ったことがあるかも知れないが。記憶に僅かにしかないとなると、特に俺にとって、目ぼしい物がなかった場所だろう」


 王都を越えて、龍は真っ直ぐに飛ぶ。何度か見たような風景を見つけ、イーアンは『ここは南西の支部の範囲では』と呟く。タンクラッドはよく聞いていなかったので、もう一度言うように言う。


 イーアンは背鰭に掴まり、ちょっと腰を浮かせ、遠くの風景の全貌を見渡す。『やっぱりそうです。これは南西の支部のアラゴブレー奥、谷の方面』アジーズの落ちた谷の方角だと知る。



 片や親方は。腰を浮かせたイーアンが危なくて怖い。


 落ちたら大変なので、イーアンの腰を掴むと、ちらっとイーアンに見られた。『危ないだろ』と言い訳するものの、腰を持つ手に『いやらしい』的な眼差しを受けて目を逸らす。


 確かに思ってもない機会だが。危ないには危ないので、どうしようと思うが・・・とにかくがっちり、いやらしくないアピールとして腰骨を押さえつけた。


 でも。ちょっと嬉しい。堂々と保護を目的に、腰骨に触れていることを満喫する。上着の上からでも腰の形は分かる。掴んだ手の親指はイーアンのお尻当たり。柔らかさが分かるので、これは最高だと思いつつ。親方は少しにやける。


「もう大丈夫です」


 突然イーアンから冷たい声を浴びせられ、ハッとすると、垂れ目で軽蔑するような目つきを向けられている。そして彼女はとっくに座っていた。

 にやけた顔を見られた親方は、真顔に戻り『危ないから気をつけろ』と一応伝えておいた。手を離さないでいると、黙ったままのイーアンに、丁寧に手を取り除かれた。


「ミンティンの速度が落ちました。そろそろです」


 言い方が冷え切っているので、タンクラッドは少々機嫌を取ることに。『確認したら、どこかで何か食べて行くか』どうだ、と顔を覗き込む。イーアン無視。親方は無視はキライ。『こら。無視するな』腕のうちのイーアンにびしっと注意すると、垂れ目で怒ってる。


「タンクラッドは先ほど。顔がにやけていました。いやらしい」


 うっ。これでは尻を触った時のオーリンと同じ扱いじゃないか。しかし俺の場合はどうすれば。あいつは分かってなさそうだが、俺は自覚がある(※認めてる)。


「何か食べさせて、お尻触ったのをチャラにしようなんて。親方にあるまじき行為です」


 つーん。イーアンは、つーん。ぷいっと顔を背けられた。親方は固まる。


 なぜだろう・・・・・ 抱き締めたり、撫でたり。股間の上にも座ってくれるのに(※頼み倒した結果であることを忘れている)。どうして、尻に・・・ちょっと指がかかっただけで怒るのか。ちょっとだ。ちょっと。だと思う。ぎゅっとはしていない。したかったけど。


 そうこうしている内に、ミンティンは高度を下げ、谷の続く場所をゆっくり、ウロウロと旋回し始めた。


「この辺りがバーヌビーではありませんか」


 温度も抑揚もない、イーアンの低い地声。いつもの温もりと優しい音階がない、業務一本のお知らせ『この辺だろうから早く見つけろ』的な言い方に、親方は黙って下を見つめる(※凹)。


「う。ぬう。ミンティン。もう少し低い場所で飛べるか。ぐるーっと」


 青い龍はさらに高度を下げてバーヌビーの一帯を回る。範囲はかなりあるものの、特に民家もない場所らしいので、目に付く人工物があれば分かりそうな雰囲気。



「あ。あら、あれ。人の姿では」


 イーアンは谷の影を指差した。ミンティンが少し反応してイーアンを振り向く。『お前知っているの?私と同じような像はここにありますか』ティヤーの島・パッカルハンを思い出し、イーアンは急いで龍に訊ねる。


 途端にミンティンがずずっと降下し、イーアンが指差した、谷の岸壁が奥に入り込んだ影へ向かった。


「ミンティンは知っているのか。もしかすると、治癒場全てに、お前か・・・何か関わりのある像があるのかも知れない」


 親方が呟くと、イーアンは無言で頷いた。寂しい親方。後で詳細を聞いて、どうしたら機嫌が良くなるのか聞いてみることにした。



 ミンティンが連れてきてくれた場所は、まさしく治癒場と分かる。『ディアンタの治癒の洞と似ている』大きな石像が谷の岸壁に彫刻されて、背中半分が埋まっているような形。

 その足元に奥へ進める洞窟がある。入り口は大きい自然の形状のままで、中へ入るとすぐに狭くなった。そのまま進むと、強い角度で屈折した道になっており、奥からぼんやりした青白い光が差している。


「あれです。同じです」


 屈折した道の先からは大きく部屋のように広がり、洞窟はそこで終わっていた。そして部屋の奥にやはり祭壇があり、その後ろに小さなくぼみと青い光が揺らいでいる。


「ここだ。こんな場所にあったとは」


「誰もここへは辿り着かないような。あまりにも人里が遠く、道もありません」


 親方は祭壇の手前まで進んで、荷袋から地図を出す。そして、大きく拡大された地域のページを探して、この位置を暫く考え、薄く印を付けた。『もう一度空から確認して。それでしっかり印をつける』多分ここだ、と印を付けた場所を見つめてから青い光を見つめた。


 イーアンは祭壇の後ろへ回り、祭壇を調べていた。そして見つける。祭壇の天板の下にある棚板に、平たいものがあった。


 そっと取り出すと、それは1m近い長さと幅は30cmくらい。全体が白く、オムレツがぺたんこになったような形だった。縁が持ち上がっていて、大きなお皿にも見える。やたらゴージャスなお皿で、びっしりと彫刻がされている。それに『これは何を通すのかしら』持ち上がった縁に4箇所楕円の孔がある。


「イーアン。それは」


「何でしょうか。一枚だけです。ここにありました」


 タンクラッドはその板を受け取って見つめる。『文字ではない』絵のようにも見えるがと呟く。全部が白くて絵もよく分からない。


「劣化しているわけではないな。あまりに細か過ぎて分からないだけだ。明るい場所で陰影を付けて見れば、絵もはっきりするかもしれない」


 後ろに揺らぐ青い煙を振り返るイーアン。ここもまた、もしかしたらドルドレンが来たら、別の場所へ動くのか。このお皿みたいな板の使い方も分かるのか。



 タンクラッドは他も調べ、特に何もないと分かったので、二人はこの場所から出ることにした。イーアンは板を受け取り、自分の工房で調べると話したので、タンクラッドは了承した(※ホントは自分が調べたいけど我慢)。


 表へ出て、枯れた川の谷底に待つミンティンに乗る。親方が躊躇いながら、イーアンを抱えようとすると、イーアンは無反応。そーっと抱えてぴょんと飛び乗り、いちいちドキドキ反応を見ながら、自分の上に座らせると、ちらりと見られた。


「一人で座りたいか」


「この前、上に座ってほしいと言われましたから」


 親方は何も言えず。イーアンはじーっと親方を見たものの。また、ぷいっと前を向いてしまった。悲しい親方はそのまんま。『オーリンへの報告は後にしましょう』今日は帰りましょ、と冷たく言われ、龍はイオライセオダを目指して飛んだ。

お読み頂き有難うございます。

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