477. 雪降る夕べ
王様とセダンカを馬車に乗せ、ヨドクスの隊の5人が付く。騎士全員でお見送り。ドルドレンもウィアドに乗って同行。とりあえず、鎧の無事なクローハルも渋々護衛で同行。
「イーアン。笛を借りるか。ミンティンは呼ばないが」
そうですねとイーアンは笛を渡す。ドルドレンは微笑んで『まだ明るいから早く戻る』と約束した。
馬車といっても。騎士修道会の馬車は荷馬車なので、王様とセダンカ荷物状態。これは予想していなかったらしく、初体験・荷台の乗車に王様もセダンカも苦笑いだった。
「こうした体験も外ならではだな」
王様の言葉にセダンカも笑いながら、首を傾げ『そう捉えることにします』と答えた。宿へ戻る王様たちに、イーアンは挨拶する。
「今日は雪の中を有難うございました。どうぞお気をつけてお帰り下さい」
「イーアンにまた会いたい。次は本部で会おう。それともし良ければ菓子を」
「いや、それはダメだろう」
イーアンの横から剣職人が出てきて、イーアンの後ろから肩を抱き寄せる。驚く王様とセダンカに『イーアンが作りたい時に作るもんだ』そう・・・エラそうに続けた。
「だよな」
ニコッと笑って、イーアンに確認するタンクラッドに、イーアンは困って苦笑しながら『それが一番ですけれどね』と答える。この場で言わなくても・・・イーアンは申し訳ない気持ちで王様に頭を下げた。
タンクラッド離れろ!前から総長が叫び、反応したクローハルが『イーアンに触るな』と怒っていた。剣職人は前の煩いのを無視して、イーアンを抱き寄せたまま荷台の二人に『また会おう』となぜか高飛車な挨拶をして、イーアンを引っ張って行ってしまった。
「あの男は。親方と言っていたが。本当に恐れ知らずのようだな」
横で『しびれる、カッコイイ~』と悶えているセダンカに眉根を寄せて、フェイドリッドは呟いた。イーアンを好む男は皆、優男はいないと知る。気丈なイーアンだからなのか(※豹変に付いてこれる人限定)。
「私は最下位かもしれないか」
もう少し鍛えるかな、と独り言を溜息混じりに落とすフェイドリッド。セダンカは、業種の違いも魅力なのか、男らしさ全開の彼らに憧れを隠せない様子(※悶えて笑顔)。
馬車が揺れ、王様とセダンカは宿屋に向かって、支部を後にした。
「タンクラッドは御用はもう済みましたか」
支部の広間に、皆と一緒に戻ったイーアンは、タンクラッドに訊ねる。タンクラッドはイーアンをじっと見つめて『一緒にイオライセオダに帰るか』と聞いた。固まるイーアンは親方を見つめ、首を振る。
「あのなぁ。あっさり嫌がるな。傷つくだろう」
「だって。曖昧な返事なんて出来ませんでしょう。理由もありません。シャンガマックはそこにいますから、イオライセオダで考えなくてもここで質問して解決します。本も工房にあります。行く理由が」
「イーアン。バカ。そうじゃないだろ」
バカって言わないで、と悲しそうに見上げるイーアンに、親方は慌てて謝る。『違う、バカじゃない。お前は賢い。そういう意味じゃない。悪かった、そうじゃない』しょげるイーアンを慰めて謝り、タンクラッドはとにかくイーアンの機嫌を取る。
イーアンは、親方に時々『バカ』と言われることが悲しかった。彼から見ればそうかもしれないから、思っても良いけれど・・・口にしないでほしい。
「総長がいないから。だから言ってみた。それだけだ。お前を連れて帰りたいのは分かってるだろう。言葉の綾で。ほら、俺はいつも、お前は賢いって言うじゃないか」
「分かりますが・・・でも何気にバカって」
『だから。それは悪かったって』一生懸命謝る剣職人とイーアンの様子を、周囲の騎士は見守る。
イーアンを好きなんだろうと分かるものの。イーアンを知っていて『バカ』と言えてしまう人は、そう、ない気がする。
『可哀相だな』『バカって。傷つくよ』『彼女がバカと思える要素がない』『イーアンは誰にもそんなこと言わないのに』『上から目線なんだろう』『いつも言ってるんじゃないのか。だから普通に言うんだ』他多数。
・・・・・ひそひそとした騎士たちの声が、タンクラッドの耳に届く。
まずい、敵が増えている。時々うっかり言ってしまうが、これは俺の悪い癖だ。しかしこれほどしょげられると、『ちょっと言っちゃっただけ』が全く言い訳にならない。
焦るタンクラッドに、周囲の観客はドラマを見ているように、無関係な感想をびしびし言い続ける。
「可哀相に。これほど機知に富んだ能力で、私たちを助け続けたというのに。すげない言葉で傷ついて」
イーアンが顔を上げると、妖精の騎士が微笑んでいる。睨みつけるタンクラッドに、博愛の人フォラヴは涼しい眼差しを向けた。真っ直ぐに、その厳しい鳶色の瞳を見つめ、はっきり告げる。
「あなたの技術も知恵も、全く以って恐るべきほどのもの。素晴らしい方と存じています。ですが、私の愛する人をいたずらに悲しませるような発言は、慎んで頂きましょう。あなただけが彼女を大切にしているのではないのです」
恐れ知らずはフォラヴの方・・・相手が総長でも誰でも、言うべきことは言いますとした姿勢は拍手物。不愉快なタンクラッドは目を細めて若輩に咳払いする。周囲は連ドラを見てる気分でハラハラする。
「いいだろう。お前の気持ちも分かる。だが『いたずらに』とは言い過ぎだ。俺は思い余って言葉にした結果、イーアンを困らせてしまった。自覚はあるぞ」
「その自覚が次の学びに活きますように。イオライセオダは雪の中。どうぞお気をつけてお戻り下さい」
するする言葉を口に上らせる落ち着いた妖精の騎士に、タンクラッドは不愉快100%。ふーっと大きく息を吐いて、イーアンに向き直り『後で連絡する』と伝え、頭を一撫ですると、大股で裏庭口へ立ち去った。
イーアンが見送りに行こうとすると、フォラヴが止めて『そっとしておきましょう』コロコロと笑う。
「いろいろ疲れた一日でしたでしょう。イーアンは少し休まれた方が良いです」
フォラヴはそう言うと、ニコッと笑ってイーアンの肩を撫でて会釈し、自分も廊下へ歩いて行った。騎士たちのハラハラ場面は終了し、残されたイーアンは、見守る皆さんを向いて苦笑い。騎士の皆さんも笑って、なぜか拍手をしてくれた。
イーアンは工房へ戻る。今日はフェイドリッドの話を聞けて良かったなと思いながら、自分が想像していない方向へ物事が運んでいる気もした。
そもそも『機構ってどんなことするのだろう』この程度の認識だった。魔物のあれこれ産物が、将来、国の役に立つように国家が何かする・・・それは漠然としていて、ちっとも影も形もなかった。それが今回、目の前にイメージとして現れたのだ。
「あれは土台なのかしら。実際はもっと細かいことがたくさんあったり、いろんな規則やいろんな仕事の分担があるのよね」
大雑把な骨組みをこちら側に合わせてもらえたことは、とても大きいと思う。骨組みは大事。肉付きは変化しても、骨は芯だからそんなに変わってしまうことはない。
「私が思う形よりも、本当はもっと規模が大きかったのね。でもそれがたくさんの人たちの思いで、ちゃんと一つの方向を目指して動くなら。それはとても素晴らしいことです」
独り言を落とし、イーアンは棚に並べた本を一冊取り出した。シャンガマックの剣を探す。道具の本であるかなぁと思いつつ、もしかすると、武器の本をディアンタに探しに行った方が良いのかとか。
「ない。ありません。古代の武器とか、そうした本もあるかもしれない。ディアンタに行けたら探しましょう」
シャンガマックにも、後で聞いてみようと思う。それから椅子に座り、一人ちょっとボーっとした。ふと、腰袋に熱がこもる気がして、腰袋に触れると暖かい。
どうしたのかと蓋を開けると、珠が光っている。その色は黄色。『あらオーリン』急いで珠を取り出すと、親方とは違う珠の雰囲気。なぜ暖かいのかと不思議に思って手の平に乗せると。
『タンクラッド?じゃないな。イーアンか』
オーリンの声が頭に響いた。『オーリン。私です、イーアンです。タンクラッドがあなたと連絡を取れと持たせて下さいました』イーアンは龍の話をしないといけない。
『へぇ。素直に従うとは思わなかった。ハハハ。でもそうか。良かったよ。腸詰どうだ』
『話が逸れますが、大変美味しく頂きました。皆さんに少しずつ配って、ちゃんと全員で美味しく頂いて。本当に有難う』
『マジかよ。あの量をその支部で分けたのか?それじゃ、君は殆ど食べれなかっただろう。親切にも程があるな』
『うん、でも。だけど皆さんは、とても喜んで』
『しょうがないな。俺んところ来い。イーアンだけだぞ。次に来たら、たらふく食わせてやるよ』
『きゃーーーっっ!!!』
頭の中の会話でも叫んでしまう喜びのイーアン。顔はめちゃめちゃ喜んでいるが、傍目には実に静かな状態。オーリンも笑っているのか、頭の中に彼の笑う声が入る。
『嬉しいのか。待ってろよ、動けなくなるまで食べれるからな。それでさ、腸詰も良いんだけど。直に相談したいことがあるんだよ』
腸詰の山積みを想像して、ぽーっと頬を染めていたイーアンは、ハッとして我に帰る。そうだった。私も用事がある。それを思えば筒抜け。
『なんだ、イーアンもあるのか。じゃあ良いよ。明日来れるか?俺が行くと腸詰食べれないから、こっち来てもらうことになる』
『分かりました。明日、雪が降っていなければ。各委託工房に、この前の西の魔物の材料を配る予定です。お昼前に伺います』
『凄いな。時間限定で、それも昼前。よっぽど食いたいんだな。あんまり急ぐなよ、君はちょっと鈍くて危ないから』
『失礼な。少し鈍いかもしれませんが、危なくはありません。でも気をつけます。有難う腸詰。違った、有難うオーリン』
『俺は腸詰か。こんなに腸詰で話題が続いたことは、過去にないけど。改めて考えると面白いな。それじゃ明日な。雪だったらやめとけよ。我慢するんだぞ』
はーい。イーアンは笑顔で返事をして、珠をそっと机に置く。珠の中の光が静まり、熱も引いていった。なぜオーリンの珠は暖かいのか分からないが、珠の種類もあるのかなと思うことにする。とにかく明日は美味しい日。
イーアンは明日運ぶ材料をせっせと綺麗に拭いて、丁寧にしっかりと綱で巻いて、スムースに配れるように準備する。ドルドレンが帰って来るまでの間、イーアンは、あの腸詰に合う野菜を買わなければと、献立を考え、一人、うふうふ喜びながら、準備を進めた。
*****
戻っても、難しい顔をしたまま、片付け仕事を再開するタンクラッドの夜。あと少しで、もう一本の剣も仕上がる。夕食も摂らず、黙々と作業を続けるが、頭の中に白金の髪の男がちらつく。
工具を脇に置いて、一度休憩。午前中にイーアンが作ってくれた、酒の飲み物の残りを温めて、それを飲みながら椅子に腰掛ける。
「フォラヴ。先祖が妖精のとか何とか。あいつは妙に態度が」
一見すると、線も細くて顔も優しい、女っぽい印象の騎士のくせに。『何だ、あの目は』こぼれ髪をかき上げて、炉を睨む剣職人。
「俺を相手に、恐れもなく。ふざけもせず。真正面から。イーアンを、自分の愛する人と言いやがった。俺を追い返すとは」
まだ若造のくせにと舌打ちして、タンクラッドは気の抜けた酒を飲む。負けた気分でちょっと不愉快。フォラヴも旅の仲間だから、今後も一緒に回るんだろう。それを思うと、押さえておかないといけない一人に感じる。
やり返すことが出来ないわけではないが。『純粋過ぎる』あの濁りのない目。全く不純物のない眼差しが、あの時、自分を下がらせた。あれが人間以外の血の成せるものなのかと首を傾げる。
「あんな目を見たことがない。あいつだって、人並みに喜怒哀楽もあるだろうに。若いが、あの年であんなに真っ直ぐな目を保てるものだろうか」
濁りを超えた目は度々見る。自分もそう。イーアンもそう。ミレイオも、最近知り合ったオーリンもそう見える。総長も・・・そう思う。
ジジイは濁りっぱなしだ(※多分パパも漏れなく)。あいつは濁ることを恐れていない。濁りを楽しんで、それも全て自分で良しと思えている・・・ある意味、究極の楽観だ。あれも珍しいが、真似したくはない(※人としてダメになる気がする、キビシイ選択)。
「濁りを隠した目。それを抱えて、共に歩む目の持ち主は、幾らもいる。多くの人間はそうだ。時に寂しそうに見える眼差しを向ける。
自分の中の悲しみや恥を手放すことも出来ず、愛することも出来ずに、一生抱えることを選んだ目の人々」
だが、超える人間もいる。開き直りとは違う、自分が誰なのかを探求して手に入れた時。『濁りを超える目を持つ』そんな目を向ける人間は数少ない。
が。『フォラヴは、濁りさえない』それ以前だ、と再び首を傾げた。あんなやつ見たことないな、と呟く。『あいつは俺にとって面倒な相手か』バニザットも純粋な目を向けるが、バニザットは可愛いもんだ。親父と知り合いだったのが良かったのか・・・悩む親方。
「上手く付き合えば、良いヤツなんだろうけれど。普段は見守るに徹して、何か小さなことでも見つければすぐ反応する、そんなイーアンの取り巻きとなると。面倒だな」
今は離れているから気にならないが。旅で同行したら、逐一チクチク。チクチク逐一。『ああ、面倒』やだやだ、と親方は頭を振った。苦手意識の生まれる相手が、まさか若輩の優男とは。
手にした容器の中身を飲み干して、親方は立ち上がる。もう今日の分はあと少しだからと、続きを行うことにした。
窓の外を見ると、雪は小降りになっていた。まだ降ってはいるが『夜中に止むかな』曇る窓をぎゅっと手で拭いたところから見える、白い粒は疎らに黒い背景を滑り落ちていく。
明日晴れたら、イーアンを呼んで。王の持ってきた話を聞かせてもらおうと、考えるタンクラッド。後でイーアンに連絡してみよう(※毎晩電話かけるタイプ)。
それを聞いて、バニザットの剣を一緒に作ろう。楽しいことだけ考えて、親方は今日の敗北感を頭から消し去り、作業に打ち込んだ。
お読み頂き有難うございます。




