475. 練り直した案
広間で昼食の時間。他の騎士たちもいる中で、王とセダンカ、護衛の騎士も食事を摂る。護衛の騎士は貴族なので、あまりに簡素な食事を前にして顔をしかめていた。
セダンカは以前も来て、ここの食事はなかなか好きだと分かり、食事以外は緊張するものの、昼食は謹んで頂く。王様も普段の食事とは違うもの、と意識のある状態なので、昼食に礼を伝えた。
ヘイズの腕は良いので、王様は前回同様。ここの料理番はとても良い味覚だと誉めた。セダンカは王都の食事処の利用もするので、そういう気分で楽しむ。ケチをつけたそうな顔の護衛は終始無言だった。
「イーアンはいつも。こうして美味しい食事を食べているのだな」
王様の言葉に、イーアンはニッコリ笑って頷く。『皆さんは大変、食材を丁寧に扱います。無駄もなく、いつも最大限の美味しさを惜しみなく振舞って下さいます』ね、と伴侶に振ると、ドルドレンも笑顔で頷いた。
食事の時間は食事の話題のみ。王様は、またイーアンのお菓子を食べたいと呟いて、軽くねだってみる。イーアンはちょっと目を合わせてから『近いうちに』と答えた。
伴侶は王様を見ずに食事を口に運びながら『体調が良くなってからだな』と。王にか、イーアンにか。双方に伝わる言い方で釘を刺す。
総長の機嫌を損ねるわけに行かない今回。王様とセダンカはそこからは黙って食事を続け、頂いた昼食全て食べ切った。
「イーアン、食事の後は工房へ行きたいと思ったのだが。少し広間で過ごしても良いだろうか」
王様はずっと気になっている鎧を見て、イーアンに訊ねる。イーアンは頷き、了解した。ドルドレンが側にいるから大丈夫。提案書どおりの内容が運ぶと約束したのも信じて、一緒に鎧と剣のある壁際へ行った。
「総長の鎧。剣、もまた魔物製とこの前話していたが。こんな色の魔物がいるのか」
ドルドレンは着用中。セダンカもじっと総長の装備を見つめ、静かに首を振った。『これは人の手では作れないだろう』その比類なき様子に形容する言葉が見つからない。
「魔物の回収をした後、加工して色が変わることもあります。そのままの色の場合もありますし、同系色の変化も。別の色に変わる場合もあります」
並ぶ鎧の中には、まだデナハ・デアラ工房から買ったまま、現時点で使用されているものも並んでいる。それは魔物製の鎧と同じ列にあると、全く別物のように見えた。
「人の業もその道の極みだと思うが。こうして見ると一目瞭然なのだな。放つ雰囲気が既に違う」
剣も見たがったので、最近届いた剣を抜いて、ドルドレンは王様とセダンカに見せた。後ろの護衛も、興味半分・羨み半分の複雑そうな表情を向けて見ている。
「なぜ黒いのか。しかし禍々しい風合いではない。こちらの剣は黒に近い青。それは赤が混じるのか。何とも異様だ、金属の剣をこうは加工できないな」
「出来ません。石と魔物は違うのです。魔物の体を使った剣は、時として金属の剣よりも遥かに強度を上回り、その命たる切れ味も比較にならないものは多く在ります」
セダンカはちょっと後ずさる。総長の大きな手に握られた剣は、もうこの世の産物ではない。
怖い・・・・・ こんなの腰にくっ付けてる人たちの集団の中にいるとは。甘ちゃんは(←王)経験値がなさ過ぎて、分からないのかも知れない。しかし。
ちらっと周囲に目を向ければ、剣を見ている成金軍団に見えていそうな私たちに、彼らの視線は冷たいと感じる。触ったら怒鳴られるか、引っ叩かれるか。引ん剥かれて雪の外に放られるか(※盗賊設定)。
ふらふらする頭を押さえ、机に掴まりながらセダンカは、紫色の唇に悩みを呟く(※『早く帰りたい』『私は無関係』)。声は聞こえるものの、何か具合でも悪いのか、とイーアンはセダンカの様子が気になった。
そんなセダンカを放っておく王様は、ドルドレンの剣も見たいと言う。『先ほど抜いたであろう。あんな剣は初めて見た。これらも初めてだが、総長の剣はまた異なる』拝見したいと言われ、総長は嫌だけど抜いてやった(※セダンカ、椅子にへたる)。
「これはまた。どのようにして。かくも、こう・・・美しくも恐ろしい剣が生まれるのか」
「これは特別です。イーアンは俺にこれを持たせるため、魔物の材料を集め、どう使うかを職人たちと相談し、彼らが叶えてくれた剣です」
「それは幾らだ」
突然、後ろの護衛の騎士の一人が指差して、値段を聞いた。セダンカの目が飛び出んばかりにむかれ、王も驚いて振り返った。総長の蔑んだ視線がその男に注がれる。
護衛の騎士は睨み付けられて、少し止まったが、おかしなことは言っていないと呟いて『値段を聞いただけだろう』と続けた。
「お前の質問に答えはない」
「職人に作らせたなら、材料を持ち込めば出来るのか。騎士修道会が買える額なら売れるだろう」
総長の目が怒りを含む。イーアンもその男に嫌そうな視線を投げた。王は振り向いて、護衛の騎士に静かに言い渡す。
「マウラード。戻れ。私はお前を護衛にしたのを恥ずかしく思う。今すぐ戻れ」
王に突き放された言葉を言われ、マウラードと呼ばれた男は驚いた。残りの2人の騎士も戸惑い『恐れながら』と前置きし、マウラードの言葉には、会話としての意味しかないことを補足をし、王の対処を和らげるように求めた。
「お前たちも帰りたいのか。戻って良い。私はこちらで馬車を借りて戻る。私が城に戻り次第、お前たちの職務を解くから、そのつもりで待て」
顔色一つ変えずにフェイドリッドは、護衛の騎士に告げると、セダンカを見て頷いた。生きた心地のしなかったセダンカも、甘ちゃん王の言葉に同意して頷く(※保身)。
ドルドレンとイーアンは、目だけを動かしてお互いの目を合わせ、その場で黙っていた。ドルドレンは剣をしまい、イーアンの肩を引き寄せ、王の次の発言を待つ。
護衛の騎士が何かを言おうとして、フェイドリッドは背中を向けた。解任に変更がないと分かり、護衛の騎士3人は困惑した顔で立ちすくむ。
フェイドリッドはすぐに総長を見て、『失礼をした』と謝った。そしてイーアンにも悲しそうな目を向けて『悪かった』と伝える。イーアンは微笑んで首を振った。総長は護衛の騎士をちらっと見て、扉を指差した。
「さっき通った扉から出るといい。鍵は開いている」
それだけ告げると、もうその場に彼らがいないように無視した。イーアンは彼らを見たくなかったので、壁にかかる剣を見つめるだけ。暫くして、失礼しますと小声が聞こえ、男3人が戻っていく足音を聞いた。
「フェイドリッド。お気遣いに感謝します。でも彼らは解任されても問題ないでしょうか」
ちょっと気になって、イーアンは質問した。余計なことを口出すのも、とは思ったが。フェイドリッドは少しだけ微笑んで『そなたが思い遣ることではない』短く答えてその話を終えた。
それから王様は弓と盾も説明を求めた。魔物製とは雰囲気が異なるけれど、これもまた特異な風合いを持つ、と総長に言う。
「それは職人のものです。彼らが自身の作品として、作り溜めていたものを譲ってくれたからでしょう」
「きっとこれもまた。とても強く、素晴らしいものだろうな」
「はい。最高です」
総長の言い切りに、毎度心が溶けるセダンカ。カッコイイ~ 私もあんなふうに言えたら。そう思いながらも、恐れと憧れを抱いて、一人うんうん頷いていた。
一通りの説明を聞いた後、王様とセダンカは、イーアンの工房へ移動した。ドルドレンも一緒に来て、4人は工房の椅子に掛ける。
セダンカの提案書をもう一度机に置き、話の続きをしようと王は言う。『先ほどはイーアンがいなかった』当事者の許可がないといけないと言われ、総長もゆっくり頷いた。
イーアンはお茶を淹れてから話を聞く。セダンカの提案と、王の了承、ドルドレンの確認をそれぞれ聞きながら、イーアンは質問をまとめた。
「それでは。只今のお話ですと、実質は・・・騎士修道会が稼動させている機構と映りますが。その解釈で正しいでしょうか」
「その通りだ。我々は管理をするにしても、王城に回ってきた書類を片付ける程度だ。機構自体が魔物製物質を売買する状況はまずない。あるにしてもそれは未来の話であり、売買の現場を受け持つこともない。それは機構とは別に、これまでどおり騎士修道会が管理する工房ディアンタ・ドーマンの仕事だ」
「この機構自体の目的はどこにあるのでしょうか」
「ハイザンジェルで定着した魔物製品を、ハイザンジェルの所有として保護することと、国外へ輸出入する際に介する場所として準備しておきたい」
「今。フェイドリッドは『輸出入』と仰いました。輸入の可能性は何を示していますか」
「イーアン。そなたは目の付け所が良い。恐らく、他の国にも魔物は現れるであろう。その時に、ハイザンジェルの工房が材料を加工する術を今後も多くの工房に育てていれば。輸入して、対応することも出来る」
その可能性は。ヨライデに出始めたと、この前話していたことを前提にしているのか、とイーアンは思う。他の国の脅威を収入源として引き込むのか。それもどうなんだろう、と考える。
イーアンの表情から察したドルドレンは、ちょっと顔を覗き込んで教えた。『助けることにも繋がる』そうした動きもあるよと囁いた。イーアンが伴侶を見ると、伴侶は頷く。
「心配要らない。もし魔物が出始めた国が出てきたら。その国で職人を一から育てるのは、時間もかかって大変だ。ハイザンジェルは、2年も何も手付かずだった。それを今。手探りでここまで来たのだ。イーアンや、腕の良い職人に恵まれていたからこそ、この早さだったのかもしれない。
しかし。魔物を退治することにまず追われると思われる、他の国の魔物との合戦の状況で、すぐに対処できるほどの装備を作るため、資金はあるにしても、職人をすぐに育てることは出来ない。こちらから指導に送ることが出来たとしても、それも即戦力の対処には届かない」
イーアンはそれを聞いて、思い出した。バリーが南の慰労会で話していた『テイワグナ共和国に騎士がいない』話。そうした国もあるのだ。
「では。よその国が倒した魔物を、ハイザンジェルが輸入して。ハイザンジェルで加工して輸出するような・・・そうしたことが、相手にとっても良いということでしょうか」
「もしだよ。もしイーアンがいなかったら。考えたくもないが。例えばだ。
それで既に国外で、優れた魔物製の武器や防具が作られているとして。そんなのがあると知ったら、俺は恐らく、それを購入してでも、騎士たちの戦闘の役に立てたいと思っただろう」
「武器や防具を人数に足りる分、輸入できなくても。材料を渡して加工してもらえるなら、それは救いになるだろう。私が総長にその話を相談されたら、私はそうするように促す」
ドルドレンの言葉に、セダンカが付け加えた。フェイドリッドはイーアンを見つめる。自分が勘違いしていたことと、今ここで話されている内容の違いを、イーアンの反応で確認したかった。
イーアンは少し考えて、ドルドレンを見上げる。ドルドレンは何も言わずに微笑んだ。
「分かりました。この機構は、よその国のためでもあるのですね。ハイザンジェルが最初に襲われましたが、次の国があるかもしれない可能性を考えれば。
その国の・・・魔物による負担の軽減のために、騎士修道会が管理する魔物製品に関わる全般。販売も輸出入も、技術の指導者の派遣も。仲介に立って執り行うという」
「有難う。イーアン」
フェイドリッドはイーアンの答えに安堵した。そして立ち上がって机越しに手を伸ばし、イーアンの手を握る。ドルドレンの目が据わる。
「そなたの理解が全てだ。その範囲を逸脱しない。機構はまず、魔物製品の保護もあると話したが、それは誤った利用の仕方を制御するためだ。
私も誤った利用方法を考えていた。そしてそなたと総長の意向を汲めなかったのだ。私はずっと間違えていたし、勘違いも甚だしかった。だが、私なりに・・・国民にすぐ役立てるよう、動きたかった気持ちは、邪悪な源からではないと信じてほしい」
「信じています。大丈夫ですよ。フェイドリッドは邪悪なものなどありません。だけど私たちの道のりを、この前まで、ご理解頂けていると思えませんでした。それは私の悩みでもありました。
ですが。この形での魔物資源活用機構とされるのであれば、私は賛成できます。ドルドレンも賛成します」
そうですね、と伴侶を見ると、ドルドレンはイーアンの肩を抱き寄せて頷いた。
「では。これを議会で発表しても良いだろうか」
「まだ他にも細かい部分があります。それはどのような案が出ているのでしょうか」
ここから先は、セダンカの提案(※丸投げ案)のままで伝えられた。騎士修道会本部に、機構を稼動する場を設けること。
所有は国で、管理権限は騎士修道会であること。輸出入等の動きが出てきた場合、資金の動きや税金の扱いは国を通すこと。
大型の輸出入には、国の印と製造番号・管理番号をつけて、騎士修道会と国の両方で把握すること。この場合の書類の原本は国が管理すること。
「国内での魔物製品の売買については、特に関与しない。資金の動きや在庫等は、記録をとってもらうことになるが、それはいざ、輸出入が開始された時に必要な参考資料だ。機構が把握していれば、話が早いとした意味で」
セダンカの説明を聞いていて、機構自体の予算は取ったらしくても、どうやって回すのかなと思うイーアン。
その不思議そうな顔を見て、セダンカは微笑む。『イーアン。問題ない。輸出や輸入の際に税金は発生する。それは国の取り分だ』実際に魔物製品の価格が、機構に影響する設定ではないよ、と教える。
そうなんだーと納得。こういうことをよく知らないイーアンだが、きっと税金を至るところで掛けてしまって、それを儲けにする(※聞こえが悪い)手段なのかと理解した。
お読み頂き有難うございます。




