472. 腸詰おかずと白い封筒
戻った二人は、荷物を片付けて冷えた体を風呂で癒す。タンクラッドの怒りを煽ったものの、イーアンと一緒に入ることはないドルドレン。
ああは言ったけれど。家建てないと一緒になんか入れないな、脱衣所外でイーアンの入浴の番をする。タンクラッドの怒り方は尋常ではなかった。憤怒の表情が恐ろしいったらない。
「イケメン職人め。年の功か。横恋慕のくせに堂々とし過ぎだ」
ああ~白髪が増える~ 嘆くドルドレンは、今後も旅で剣職人が一緒であることに心配が尽きなかった。イーアンが風呂から出てきて、交代でドルドレンが風呂に入る。イーアンは、楽しみの腸詰を持って厨房へ行った。
ドルドレンが風呂上りに厨房へ行くと、大忙しの厨房の片隅で、イーアンはヘイズと一緒に、もらった腸詰をせっせと焼いていた。その幸せそうな顔。横のヘイズの嬉しそうな語りかけに、イーアンも上気した頬(腸詰愛)で答えている・・・・・
――肉。肉か。ヘイズも微妙だ。料理とくればヘイズ。あいつは30代だが、俺よりは下。イーアンと10以上違うと思うが。
俺も人のことは言えないが、10も離れてて慕うって、もう『ママ好き状態』じゃないのか(※自分は8つ離れなので、ぎりぎり違うと思ってる)。ロゼールは『年の離れたお姉ちゃん』みたいな感じと分かるから構わんが。
ヘイズのあの感じ。絶対違う要素が入っている。どこかで見たような・・・・・ はっ! シャンガマックだ。あいつもこんなだ。ぬっ! フォラヴなんか、まだぎりぎり20代だが、あいつもこうじゃないか。
うぬぅっ。年下を手駒に、違った。イーアンが手駒に取っているような感じに映るが、違う。あいつらが年上イーアンにほだされてるのだ。男所帯だからとはいえ、いくら何でも的中率が高い。ううっ、大人の女の包容力が、男連中にはたまらんのか。俺もたまらんけど。
しかし肉焼いてるだけなのに、何だヘイズのあの嬉しそうな顔はーっ 厨房のおばさんになんかなったら、どうなっちゃうんだ。44であれじゃ、45でも46でも変わらないんじゃないのか(※変わる)。
タンクラッドでもきついのに。オーリンは天然ヤロウだからまず脅威ではないにしても。ドルドレンは悩む。イーアンの人柄もあるのだと分かっているが、浸透すればするほど、やけに取り巻きが分厚くなっている気がする。
そんな悩む伴侶に気付いたイーアンは、焼き立ての腸詰を持ってきた。『ちょっと小さく切りました』食べて食べて、と笑顔で差し出す。
可愛いよ。君は。本当になんて可愛い奥さんなんだろう。寂しい灰色の瞳で、口元に微笑を湛えながら頷き、ドルドレンは一口カットの腸詰を食べる。ああ、美味しい・・・・・ オーリン有難う。でもイヤ。
「さすがにこの味は。肉が違うからですけれど、いつもの腸詰では出せないですね」
興奮気味のヘイズも、笑顔が止まらない状態でもぐもぐしている。『いやぁ、これは買わないと』忙しい夕食直前の厨房担当たちももぐもぐしながら、悩ましげに腸詰に感動して話し合う。
「騎士全員となると、本当にちょっとずつですけれどね。でも折角だし、切って分けましょう」
ヘイズは、焼いて少し置いてから、肉汁が落ち着いた腸詰を出すと話した。イーアンもお礼を言って、ドルドレンと一緒に夕食にした。鹿肉腸詰は一口サイズが2つずつ。でも、滋味溢れる野生の豊かな味に、充分満足した。
「一人でたくさん食べても良かったんじゃないのか」
ドルドレンはちょっとイーアンに訊ねた。イーアンはニコッと笑って『それは最高ですけれど』でも一緒に食べて、皆さんも美味しい方が良いです、と答える。そんな愛妻(※未婚)にドルドレンは思う。
こういう部分が、きっと男共の『じゃあ自分も何かしたい』と・・・そういう気持ちに響くのかなと。
イーアンが頑張るから、俺も何かしてあげたい。いつもせっせと、笑顔であれこれ動く姿に、何かしたいと思わせる。それが取り巻き増加に繋がっているのだろうか。
そう思えば。女性に何でも平気でやらせて『自分がされて当たり前』と思うバカが、北西支部にいなくて良かった、と・・・そこまで思ってミレイオの言葉が過ぎる。自分も、そのバカになりかけたと思い出した。
気をつけないといけないなー・・・ イーアンの笑顔に、おんぶに抱っこのバカな男にならないよう。部下たちも慣れてそうならないよう。この響く気持ちをいつでも大事にしなきゃなとドルドレンは思った。
しみじみ食べる様子のドルドレンに、イーアンは嬉しかった。自分が腸詰をたくさん作れる時間が出来たら、こうして伴侶や皆さんに食べてもらう回数も増やせる。早く平和になるように。早く厨房のおばさんで頑張れる日が来るように。
イーアンもニコニコしながら、オーリンのくれた美味しい腸詰を、ちびちび食べて味わった(※自分で作ればもっと量食べれる)。
この夜。
遅い時間に支部に早馬が着いた。夜8時を過ぎたあたりで、門番も玄関脇に移動したところだった。
早馬の手紙を受け取って、雪もあるし、夜は危険だから泊まるかと門番が入れてやった。早馬の使いは朝に戻るということで、臨時の部屋に泊まる。
手紙を受け取った門番は、見慣れない高価そうな封筒を総長に届けた。総長は寝室で寛いでいる最中。まだお楽しみに突入していなかったので、普通の顔で受け取った。
「この時間に来るなんて。早馬使いが戻るのも危ないので泊めてあげたいと思います」
「そうしろ。雪の上に魔物が出たら大変だ。しかしこんな時間に早馬を出してまでとは。届ける者のことを思えば遠慮しそうなものだが。よほど危急の用事か」
門番に下がって良いことと、使いの者に食事を与えるように指示し、ドルドレンは扉を閉める。イーアンの腰掛けるベッドの横に戻り、ドルドレンは白い封筒を見せる。
「これ。見覚えが」
「イーアンもそう思うか。俺も同じだ。こんな封筒出す者は一人しか知らない」
目を見合わせて困る二人。宛名に『騎士修道会北西支部 総長ドルドレン・ダヴァート』としか書いていない。『開けたら最後って感じがする』嫌そうに封を開けるドルドレン。横で見守るイーアン。
「ほらー・・・やっぱり」
「あらー・・・そうでしたかー」
残念賞のように二人は肩を落とす。広げた便箋には流麗な文字で、王様から、つらつらとお手紙が書かれていた。
「よりによって。こんな雪の積もっている中、よくまぁ夜間に、自分の都合で手紙を出そうと思うもんだ。魔物もいる地域だというのに。
しかも書いてある内容が、さらに気に食わないぞ。知りたくなかった」
「何が書いてあるの」
「イーアンが字を読めていたら、きっと見なかったことにする」
「何かとても不吉な予感がします」
「そうだ。とても不吉だ。すぐ近くにいるのだ。近くまで来て夜になったから、体のいい宿で一泊してから、明日にこちらへ来るという」
なぜなの・・・・・ 伴侶に凭れ掛かるイーアン。頭を撫でるドルドレンは『うーん』と呻いて『機構の話だそうだ』と。さらに凹む用事を教える。
「もう良いではないですか。勝手にやってれば」
「投げやりなイーアン。俺も投げたい。だがすぐそこまで来ているのだ。追い払うにも難しい」
「私は明日、親方の所へ行かないと。すっぽかしでもしたら、どんな処罰が待っているか。考えると恐ろしい」
「ちなみに。気になったから質問するが。これまでタンクラッドに怒られたことはあるか」
今日のお怒り剣職人は怖かった。あんなふうにイーアンが怒られてるとは思えないが、怒る所は怒る・・・そういう印象の男だけに、彼女の嫌がり方を見て、ドルドレンはふと、怒られたことが過去にあるのか心配になった。
「あります。今日の鬼のような顔ではありませんが。でも怒られます」
「どうして。どういう感じなの」
「私が言いわけすると怒ります。質問に対して、きちんと答えなかったり、正論ではない場合は叱られています。こうやってね、頬を摘ままれて」
ふるふると自分の頬を摘まんで揺らすイーアン。その垂れ目が悲しそう。可哀相にと、ドルドレンはそれだけで同情する。
『それで。怖いから目を逸らしますと、間近に来て、目を合わせろと命じられ、怒った顔で『こらっ』て言われます』そこから説教です・・・ちょっと思い出して涙ぐむ愛妻(※未婚)に、ドルドレンは可哀相になり抱き寄せて頭を撫でた。
「酷いことを。正論かどうかなんて、人それぞれ違うじゃないか。立場も状況もあるのだ」
「タンクラッドは推察した内容で、合っているかどうかをまず確認します。それで私が認めますと『なぜそれを分かっていて行動しないのか』と詰めます。ちょっと反抗すると、先ほどのように摘ままれ」
「摘まむなんて。可哀相に。伸びたらどうするんだ(※そうじゃない)」
伸びるの・・・寂しそうに俯く愛妻を、ドルドレンは気の毒で慰める。『俺の奥さんに何てことするんだ、あいつ』注意しなければと怒る。
「ですからね。明日行かなかったら。恐らく連絡が来ますでしょう、珠もありますし。それで言いわけとタンクラッドが判断したら、きっとミンティンを使って、意地でもこちらに乗り込んでくる気がします」
「怖いな。怖過ぎる。俺まで摘ままれかねない。いや、摘ままれて済むなら良いが、思うにそうはしてくれないような。横恋慕のくせに、やけに強気だからタチが悪い。あの剣を振るわれたら最後、支部の2階も吹っ飛ぶ気がする」
可哀相な愛妻は弟子状態なので、行かざるを得ない。今日の帰り際の命じ方は怖かった。確かにあれを無下にしたら、絶対乗り込んでくる。支部を壊される可能性さえある(※民間人に破壊される)。
止むを得ないので、イーアンは明日タンクラッドの工房へ、朝から行かせることに。イーアンはサージの工房にも材料を届けるから、と話した。
「王は俺が話を聞いておこう。突然来る方が悪い。いつまでいるか知らんが、どの道ここに泊まることは無理だから、夕方には宿に帰るだろう」
「タンクラッドにもそれを伝えておきます。早めに帰れるようにしましょう」
「どっちが良いやら。タンクラッドにイーアンが絞られるのも嫌だし・・・ここへ早く戻って、あの甘ったれ(←王様)に勘違いを擦り付けられるのも嫌だし。悩む」
私はドルドレンの側が良いです、とイーアンはくっ付く。ドルドレンは微笑んで愛妻にキスしてから、とにかく今日はもう休むことにした。
部屋の明かりを消して、ベッドに入り込んでいちゃいちゃを丹念に行った後、二人はぐっすり眠った。翌日の慌しさに備えるように、ぐっすりと。
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