470. 夜明けの色の花びらを ~東・商隊休憩地・北東
東の支部にイパーガがいると知り、イーアンは龍で待っていることにした。ドルドレンは、早めに用を済ませて戻ると言ったが、ちょっと難しいのも分かっていた。
「あのね。東で遠征地へ同行するとこの前、話しただろう。恐らくその話も出る」
「そうですね。私も気になっていますが、体調を整えてからにしたいです」
「それは大事だ。話が出たら、もう少し待ってもらうように伝える」
降りなくて良いからねと、ドルドレンは愛妻の腕(※未婚)を撫でる。もう昼を回ったので、そろそろ昼食も食べないといけない。東の用が済んだら、北東に行く前にどこかで食事をしようと話した。
川の幅が広がり始め、どんどん川が増えていく景色に入ると、東の支部が視界に入る。キラキラしている雪の名残と川の流れ。雪は少なかったのか、それとも消えたのか。山から流れる雪解け水も加わって、川は広く見えた。
龍を降ろして、ドルドレンは支部に入る。イーアンはお留守番。東は少し暖かい。南も暖かいと思ったが、海が近いからなのか、東の支部はもう春が近いような雰囲気。
「え、龍。ってことは」
誰かがイーアンを見つけて近寄ってきた。ミンティンは大きいから見つかりやすくて当然だが(※見えない方がおかしい)あっさり騎士に捕まることに、イーアンは笑った。
振り向くと、会議室で質問をしたホブ・ミッジという名の騎士だった。『あら』イーアンは笑顔で手を上げる。ミッジも笑顔で足元に来た。
「間近で見ると、とても大きいですね。今日はどうしたんですか。北西は寒いでしょう」
「今日はドルドレンが、各支部を回っています。皆さんに役に立てるものをお持ちしました。東は暖かいですね」
ミッジは昼食を終えたばかりと話し、まだ1時前だから食事も残っているだろうし、イーアンと総長も食べて行ったらと言ってくれた。『急いでいなければ、是非』親切なミッジは笑顔で促す。
「まだ残りの支部と訪問先の工房があって。今日はこのまま行きます」
「そう。残念ですね。でも龍だと早いのでしょうから、どうぞまた来て下さい。遠征地もご一緒できるのを楽しみにしています」
その話をしなければと、イーアンは最近体調を崩したことと、もう少し休んでから来ることを話した。ミッジは驚いて、無理はしないでほしいとすぐに言ってくれた。
外で話していると、ドルドレンと東支部統括のアミスが出てきて、彼らも遠征地の話をしたらしかった。アミスはイーアンを心配してくれて『寒かったら。こちらで療養しても』と違う方向で労いの提案。
「いや。北西にいる方がイーアンは幸せなのだ。俺もだが」
「知っていますが、ここはイーアンの体のために。あっちは寒い。男は我慢です」
ええ~ 総長は嫌がる。アミスが大真面目に『男は我慢だぞ』と言うので(※アミスのが年上)ドルドレンは困る。『最近。我慢続きだ。俺が倒れる』やめてくれとアミスに懇願し、笑うアミスとミッジは『総長も来れば良い』と粘っていた。
逃げるようにしてドルドレンは龍に乗り『元気になったら来るから。鱗を民間に回すように』と大切なことを告げて、さっさとミンティンに上がってもらった。
「待っていますよ。元気にならなかったら、どうぞこちらへ。部屋を用意しておきます」
「イーアン、一緒に遠征地へ。良かったら次の遠征にいらして下さい。テントを用意します」
アミスとミッジが、最後の最後まで粘りながら叫ぶ声に送られる龍。イーアンは手を振って『宜しくお願いします』と返した。背中でドルドレンが『お願いしてどうすんの』と答えが間違えていることを指摘していた。
「今の。絶対、了承されたと思ってるよ。間違えてるよ」
「あら。そうですね、言われてみれば。私は遠征のことで『お願いします』と答えたつもりで。でもテントまで用意して下さるなら。部屋もあるって言うし」
「旅行じゃないんだよ。療養と遠征だから。イーアンは緊張感が足りない」
いやあねぇと笑うイーアンは、次は北東だと話を変えた。困り顔の伴侶は溜め息をつき、北東の前に食事・・・ということで、道中のどこかで食事を買うことにした。
「もう少し先に進むと、行商が休む休憩地がある。そこには大体いつも、何か売ってるからそこで」
伴侶に聞いた場所は、東の川岸にある町から、マブスパール経由の王都への道上にある。ミンティンに道の上を飛んでもらって、東の支部からティヤーを見る方面に向かうと、間もなく隊商が幾つか見えた。
「あれだ。行商もいるな。隊商が出ているというと、もうそんな時期か」
「隊商ですか。あれは商人だけではないと仰ってるの」
「そうだ。貿易で大量の何かが入ったんだろう。大体はティヤーとテイワグナからだ。東の町に時期で入ってくる。それを王都へ運ぶのが普通だが、王都までの距離で賊も出るし、魔物もここ2年で出るからと隊商が付くようになったな」
賊なんているのと、イーアンが驚くと『昔からいるけれど、そんなに凶悪ではない』と伴侶から答えが返ってきた。せいぜい荷物を奪われて終わりらしく、それは凶悪の範囲ではない見方だった。
「命が危ういのは魔物だ。魔物退治は民間でも行う。隊商は高価な金属や嗜好品を運ぶ商人の中で、護衛を雇えるくらいの商人頭が、隊に加わる他の商人に少し出資してもらって隊長になる。戦うのは護衛だな」
ドルドレンの説明を聞いていると、すぐにもう行商の休憩地上に来た。彼らは大きな龍に驚いて悲鳴を上げたので、ドルドレンが『騎士修道会だ』と大声で何度か叫んだ。矢を番えられたので、彼らが弓を下ろすまで待って、手招きされた所で降りた。
「驚かせたな。騎士修道会の者だ。ただ、昼食に食べ物を買いに寄っただけで、すぐに立つ」
ドルドレンは行商の食べ物売りに話しかけ、すぐに食べられるものを交渉し、皮の袋に燻した干し魚と甘い果肉の入った焼き生地、それから水で薄めた酒の水筒を購入した。
龍に驚いている商人と隊の人たちの中にも、人懐こい人たちは寄ってきて、イーアンに話しかけていた。『初めて見た』『あなたが持ち主なの』『騎士修道会は龍がいるんだな』おじさんたちは面白そうに煙草をふかしながら、龍の近くで観察して質問した。
「女の人が乗るんだね。あの騎士の人の龍かな」
「彼も乗ります。私も乗ります」
「すごいな。こんな龍に乗っている人なんて、ティヤーで見たことない。強いだろうね」
「お姉さんはどこの人なの。ちょっと見慣れないから、遠くから来たのかな」
イーアンへの質問がフレンドリーになってきた時、伴侶が戻ってきておじさんたちを往なし、龍に飛び乗る。『それでは気をつけてな』ドルドレンがそう言い、イーアンがミンティンを浮上させると、おじさんたちは離れた。
「また寄ってくれ。次はもっと話を聞かせて」
おじさんたちに手を振られ、イーアンも振り返す。馬上昼食ならぬ龍上昼食で、二人で魚と焼き生地を分け、次の支部・北東へ向かった。
思わぬ美味しい昼食に、イーアンは喜んだ。購入した所がまた素敵。行商の休憩地なんて、響きがロマン~
伴侶も、思ったより愛妻が喜んでいる様子に嬉しい。大体、イーアンが好きそうなものを選ぶと、100発100中で当たるのは、ドルドレンの自慢の一つだった。
一日がかりで回れば、今日中に全ての支部に安全対策の鱗が配れる。職人にもお礼の言葉を伝えられる。そう思うと、休んでいる時間も惜しい二人。
空の上で昼食を取って、ちょっとだけお酒の入った水を飲み、北東の支部へ向かう。イーアンはお酒の入った水で少し体の中が温かくなった。北東へ入ると風が冷たく感じる。山も近いから、と上着を寄せた。
「もう着く。あの。白い山の手前に見えるか。あれだ、周囲に幾つも小屋がある、あの真ん中」
ドルドレンが指差した場所は雪の中。午後の太陽に煌く白い地面に支部と思しき建物があり、その周囲には繋がるように小屋が配置されている。後ろに山を背負い、手前の道はすでに雪で見えない。
「寒そう」
「そう。北東は寒い。北も寒いが、北東は山が近いから、もうすぐ山の影が覆う。冬場は午後2時まで陽が差すことはない。日照時間はおそらく6時間未満だろう」
それで雪が解けないんだよ、と教わる。連結するような小屋は、雪かき道具と厩だそうで、普通の倉庫の3倍近い数があった。
そしてミンティンは、どこが敷地かも分からない雪の上に降りる。寒くないのかと思うが、ミンティンは普通。ドルドレンはイーアンを降ろして『外で待つと冷える』そう言って、一緒に中へ行くように肩を抱き寄せた。
表は誰も出ておらず、中に全員入っていると知り、そのまま玄関をくぐる二人。門番が玄関側にいて、珍しい来訪者に挨拶した。
「久しぶりです。って言っても、この前は有難うございました。僕一緒にいたんですけれど、覚えてますか」
「勿論だ。ワンチュク・ギャッソ。お前は頑張っていた」
嬉しそうに笑う、無害そうな若い騎士は、総長をすぐに広間に連れて行った。後ろを歩くイーアンにも一礼したが、それ以上はなく、あっさりしている性格のようだった。
突然、変な顔扱いされるなら、このくらいあっさりされる方が気楽・・・イーアンはギャッソの対応に有難く思った。
玄関から少し廊下を抜けた後に出た広間は、昼が終わった後なのに、騎士たちが集っていた。暖炉があるから、この場所が一番溜まりやすいらしく、雪で動けない日は、彼らの日常は地理の勉強と、装備の手入れが主という話だった。
ドルドレンはギャッソに『アルドマではない隊長を』と小声で頼んだ。ギャッソはすぐに頷いて、一番近くにいた背の高い男に声をかけて連れてきた。
「おお。総長。どうしたんだ、こんな雪の中を。そちらは彼女か。有名なイーアンだね」
人の好さそうな笑顔で挨拶した騎士は、剣隊長ガワン・ロブサンと名乗った。年はイーアンよりも上と分かる。
背はドルドレンよりも低いが、しっかりとした肩幅や、筋肉質な感じはドルドレンと似ていた。顔つきはシャンガマックのように精悍で、少し肌の色が赤く、切れ長の目は深い黒い瞳。束ねた明るい茶色の髪も、どことなくシャンガマックを思い出させる。
ドルドレンと握手したロブサンは、用でやって来た・・・と、前置きした総長の手にある、袋の中身と使い方を聞かされて、何度も『信じられない』と呟いては笑っていた。
「この鱗は、イーアンの龍だね。ハイザンジェルを助けに来てくれて、恩恵に感謝の限りだよ」
気を利かせてくれるロブサンは、イーアンにも笑顔でちょくちょく話を振ってくれる。良い人そう・・・イーアンはこういう大人な人は好きである。会話に入りながら、イーアンも訊かれることにはちゃんと説明した。
「総長とイーアンが折角持ってきてくれたんだ。ちょっと無理してでも、遠くの集落に早く配ってくるか」
「いや。雪深いから、そう無理しないでも良いと思うが。あまりにも行く道が困難であれば、俺たちが回ろう」
「こちらで出来るだけ回るが、頼むその時は、早馬で連絡したほうが良いか。お願いする地域を」
そうしてくれ、と総長は頷いて、北東の分を別の袋に移し替えた。残った分が北西の町村集落分。『そう言えば。ショーリはどうしているかな』ロブサンは、異動した部下の様子を聞く。元気だし、あいつの好きにしているよと笑う総長に、ロブサンも笑って頷き、ショーリのいなくなった後のことを話した。
ロブサンが総長に話をしている間、イーアンは後ろで鱗の入った袋の口を縛り、荷袋の中の荷物を確認していた。『こんな場所で会うなんて』椅子に掛けているイーアンに声がかかり、顔を上げる。
「あ。あなた。どうしてここに」
「覚えていてくれたのか。南東から北東だから、寒くて仕方ないよ。でも会えて嬉しいね」
どうしてか。イパーガがいた。東に移ったのではなかったか、とイーアンは伴侶の言葉を思い返す。イパーガはイーアンの両肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。驚いたイーアンが顔をすっと後ろに引くと、ジゴロ独特のタイミングで微笑む。
「君がどうしたのかと思うよ。以前、総長を怒らせたから、もう会わせてもらえないと諦めていた。あの後、南東から東へ異動して、なぜかすぐに北東へ行かされた。考えてみたら、北東から北西のほうが近いな」
一人でよく喋るイパーガ。イーアンは両肩に置かれた手が気になって、ちょっと体を動かした。がっちり掴まれる。『酷いことを言ってしまった。あの時。総長が独り占めしてるから、からかったつもりだった』ごめんねと顔を寄せられた。
「何にも。全く気にしていません。問題ありませんので、どうぞお気遣いされませんよう」
あまりよく顔を見ていなかったが(※抽象的にしか記憶してない)イパーガは、自分と同じくらいの年齢に思えた。
ジゴロらしい表情多発である。彼も顔は良い方だと思うが、この世界は美形が普通らしいので、その基準値で見るとイパーガも普通枠のような。
伴侶は絶世だからか。親方も超絶だからか。お子たまも極上だからか。オーリンもミレイオも独特の美形であるからか。思えば・・・フォラヴもシャンガマックも、トゥートリクスもハルテッドも(一応クローハルも、モデル並み)。私の周りは美形が粒揃い!!!だから見慣れたのかっ
イーアンは、慣れって恐ろしいなとつくづく思った。イパーガは一人喋っているが、耳に入らない。
とりあえず。彼の微笑み攻撃に、全く心臓を打ち抜かれずに済む訓練の賜物(伴侶他)に感謝した。きっと初めて見たなら、それなりに顔を観察したであろうが、それも必要ない現在。北西の支部の皆さん。親方、オーリン、ミレイオ、いつも美しさを有難う。
「お前ッ」
イーアンが心の中で感謝を捧げていると、伴侶の怒号が降ってきた。と同時に、イパーガが飛び退く。『イーアン。今度は北東にも来てくれ』去り際に一言残し、ジゴロは走り去った。
ドルドレンがイーアンの肩をぱっぱっと払って『呼びなさい』と困り顔で言う。イパーガは東に回された後、しょっちゅう町へ行ってしまうから、山の支部へ(※町がえらい遠い支部)異動させられていたと聞いた。
用が済んだからと、二人は荷物を持って外へ出た。イーアンは、まさかイパーガがここにいると思わなかったこと、それから、あれこれ喋られていたが特に気にならなかったことを話した。
「イーアンは慣れたのだ。四六時中、どこかの誰かに口説かれ、抱きつかれ、触られ、撫でられしてるから。でもあれはジゴロだから気をつけないと」
「妙な解説されないで下さい。慣れたのはそっちではありません。あなたと居て目が肥えましたから、それで何を誉められても気にもならず、です。お陰様です」
そうかねぇと、ドルドレンはイーアンを龍に乗せ、何か言いたそうにして黙る。自分も龍に乗って出発。次はオーリン宅へ飛ぶ。
ジゴロジゴロと言っているけれど。ヒモになろうにも、町に行かなきゃ女性がいない環境では、ジゴロ生活も半減なのか。ふと、イーアンは一人そんなことを思う。
騎士修道会は支部に暮らすから、たまに町に出て女性を誑しこんでも、続きが。支部に戻ってこなければいけないわけで。
そう思うと、騎士修道会のジゴロは、それほど有害でもない気がしてきた。伴侶にそれを話すと、『何言ってるんだ』と驚かれた。
「イーアン。女性をたぶからして、生活の世話をさせるような男は男ではないぞ。騎士修道会で生活の工面が出来ているからって、性質がジゴロでは、行き当たりばったりで女性の敵になるのだ」
有害な性質である・・・『怪しからん』と伴侶はイパーガに怒っていた。イーアンは、クローハルが最初の頃に、いろいろ買ってくれたり、食べ物をくれたのを思い出していた。今更だが、果たしてクローハルはジゴロなのか。私がお金を持っていなかったからか。でも後から、せびられてもいない。
ジゴロたる生き方を正されているが、敢えてジゴロを選び続ける、貴重な騎士修道会産ジゴロ(?)はそれはそれで在りなのだろうか・・・この世界における第一ジゴロの立場に、思いふけるイーアン。
「おかしな方向で、理解を深めないように」
伴侶に注意され、イーアンは頷く。伴侶は『イーアンは、人をより良く理解しようとする部分が、良くも悪くも影響するのだ』と困ったようにぼやいていた。
龍の背で、ジゴロについて語り合っていると、眼下にオーリンのいる山が見えてきた。オーリンの工房らしき場所からは、一筋の煙が立ち上っていた。
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