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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
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46. ツィーレインの町へ

 

 翌朝。

 夜明け前にイーアンは起き出して、イオライセオダで購入した小さい容器をもう一つ机に出した。昨日のガス入り着火石(イーアン命名)の一つをそのまま移し、元の容器に残ったもう一つの石には傷を付け、殻が割れたのを確認してすぐに蓋を閉めた。


 この傷を付けた石から液体が全部出たら、殻を取り除いてまた蓋を閉め、液体の様子を見るつもりだった。もう一つのそのままの石は、6日後に壊れるかどうかを確かめようと思った。

 昨晩、何の衝撃もなく割れた最初の石がもし壊れることを意味しているなら、採りに行くどころか、イーアンの計画自体も振り出しに戻る。そうなったらそれは仕方ないけれど、でもなぜか、イーアンには魔物の体が使える気がしてならなかった。



「いろんな手を試して頑張ろう」



 イーアンは、失敗しても諦めないよう、前向きに取り組むことを意識した。


 科学のことは知識でしか知らない。以前の世界で、イーアンは本を読むのが好きで覚えたが、学校へ通うことができない家庭だったので、実際には中学校までの学習しかしていない。

 同級生が学校へ通う中、早くから仕事をしていたイーアンは、生活費以外で使える分は本を買っていた。本を読んで様々な知識を知るのが新鮮で楽しかった。それで覚えた知識の中に科学があるだけで、自分が覚えていることが、どこまで通じるのかは知らないままだった。


 もっと読んでおけば良かったな、と思うが、それを今言っても仕方ない。イーアンは覚えている知識を出来るだけ実験して、記録を取って、一つ一つちゃんと形にしようと思った。



 とりあえず。クローハルに買ってもらった紙に、今回の実験のことを簡潔に書いた。

 書き終わって、まだまだ時間があると思い、続けて魔物戦の印象的なことを書いた。それと、ドルドレンが教えてくれた鎧の話も、できるだけドルドレンの表現のまま紙に書いた。


 そこまで書いたとき、廊下を誰かが歩いてくる音がして、ドルドレンの部屋の扉がノックされた。



 ドルドレンはまるでさっきから起きていたように、さっと扉へ行って(チュニック着用済み)鍵を外して廊下の誰かと言葉を交わしていた。2分ほど話したところで扉を閉めたが、ドルドレンは頭を掻きながら戸の前で止まっている。



「ドルドレン」


 イーアンが声をかけると、ビクッとしたようにドルドレンは振り返った。


「起きていたのか」 「何かあったのですか」 


「 ・・・・・うむ。援護要請が入った」 「いつからですか」


「これからだ」 「今すぐ?」


 頷いて返事をするドルドレンは、イーアンの顔を悲しそうに見た。


 今回は全体で向かうのではなく、一部隊だけで向かうこと。内容はそのまま『援護』で、北の支部の部隊がいる現場へ行くらしい。部隊で死傷者が出たから、人数が減って魔物との戦いが長引いているという。北の支部の他部隊が別の場所へ遠征に出ており、現場から近い北西の支部で援護部隊を出してくれ、といった内容だ。


「そこへは何日行くのですか」 「一度近くまで行ったことがあるが、その時は到着まで1日だった。帰るまでの日数は・・・戦闘状況によるだろう。」


「馬車は連れて行きますか」 「一応、今回は援護という形なので馬車も連れて行く。予定以上に滞在が長引いているらしいから、食料と水を、彼らの分も乗せていく」


 ドルドレンは言葉を切った。イーアンに近寄り、柔らかな手つきで髪の毛を撫でる。


「もしかしてドルドレンは、死傷者が出たことを自分の責にしていますか」


 何も言わずに長い睫を伏せ、頷きも否定もしない。悲しげな瞳だけが、それを答えている。イーアンはドルドレンの手を握って、悲しさを堪える目を見つめた。


「総長の立場が、責任を感じるのですね。でもあなただって、一人の人間です。自分の体が一つだけであることは皆と同じ条件です。

 一つしかない体で出来る以上のことを果たして、背負える限界以上の重荷をさらに積もうとしています」


 イーアンはそこで黙った。灰色の瞳が苦しそうな色を浮かべて見つめている。



「全部が。 総長だとはいえ、自分が所属していない支部の出来事全部が、ドルドレンの責任であるとは、私には決して思えません。でももし、騎士という生き方がそうした無償の愛と犠牲的な精神を生きるものであるなら、私は何も言えません。

 だから私―― ドルドレンの側で、自分のやり方でドルドレンを支えます」


 灰色の瞳がすっと大きくなる。イーアンはそれ以上、何も言わない。握った手を離さないで、鳶色の瞳で自分を見つめるドルドレンの心の奥へ訴える。


「ありがとう・・・・・ 」


 黒い髪をばさっと顔にかけて俯いたドルドレンは、泣くのを堪えているようだった。イーアンはドルドレンの背中に腕を回して抱き締めて『用意しましょう』と言った。ドルドレンは抱き締め返した。




 部屋に報告が入ってから10分後。二人は荷造りをして部屋を出た。イーアンの荷物が少し増え、イオライセオダの金属容器も持っていく。広間で、武器と防具を身につけたドルドレンと同行する騎士たちは、援護内容を確認し、裏庭へ出た。


 裏庭には、馬車が一台用意されてあり、食料と水、調理器具他テントや寝具などを他の騎士たちが積んでいる最中だった。イーアンは、石鹸と包帯、針と糸と布を荷物と一緒に積んでほしいと願うと、それはすぐに馬車へ詰まれた。

 現場へ向かう人数は、ドルドレンとイーアン、ドルドレンの隊の騎士6名と馬車の2名、計10名。


 全ての準備が済んだ時。ドルドレンが、支部に残っている騎士たちの指示をポドリックに伝えるということで、イーアンと他の騎士たちは裏庭で待つことにした。

『決してイーアンに触るな、探るな』と忠告されたので、騎士たちはイーアンからは少し距離を置いて立っていた。イーアンも彼らの身の安全のために?会釈して『宜しくお願いします』と挨拶した後は、ウィアドの横にいた。


 間もなくドルドレンが戻ってきた。部下の位置とイーアンの位置を確認して、問題なしと判断した。ウィアドにイーアンを乗せ、自分も後ろにひらりと跨ると『行くぞ』と全員に号令をかけた。




 一行が最初に向かう先は、北の町『ツィーレイン』。遥か昔から学問の町と呼ばれてきた場所。


 古い言葉が残り、学者も多く、蔵書も国土一所蔵していると名高い小さな町。

 ツィーレインの町は森の始まりにあり、その森を抜けて北へ進んだ一つめの山を越えた谷の奥で、今回の魔物戦が繰り広げられているという。

 道案内役として北の支部の一人と待ち合わせた場所が、経過地のツィーレインの町だ。



「ツィーレインという町は、もう一つの顔があってな」


 ドルドレン自身はその先に行ったことがないそうだが、ツィーレインの町から山を越えて谷に出ると、広い川が山に沿って流れているらしく、その川は海へ続いて、貿易の国・アイエラダハッド国と繋がっている話。ツィーレインは昔から、アイエラダハッドの商人が山を越えて中継地として扱っている町でもあり、小さい町ながらも、そうした経緯で異国情緒漂う、見応えある場所。


「 ・・・・・らしい」 「私たちはその町を通過するのですね?」


「イーアンは少し停まりたいか」 「いいえ。事態が深刻ですから、そんなことは」


 すると、斜め後ろにいた、臙脂色の鎧を着けた騎士が進み出てきた。



「失礼します。何かのお役に立つと思い、報告します。ツィーレインには、自分の叔父夫婦が暮らしています。彼らは食べ処と民宿を営んでいるので、帰りに時間があれば、食事をそこで摂るのはどうでしょうか。

 以前に話した時、近年の世情で客が減ったことを寂しがっていましたので。もし宜しければ」



 臙脂色の鎧の騎士――スウィーニー・ハン――は、年齢が30前半で、焦げ茶色の髪と整えられた顎髭、鋭い黒い瞳を持ち、鷲鼻とがっちりした顎が目立つ顔で、しっかりした体躯の男だ。大きな黒い馬に跨り、堂々としているので、何となく騎士よりも、若い王様のような風貌である。



「スウィーニーはツィーレインに暮らしたことは」 「幼少時に学問のため、幾度か預けられて、月日にして数ヶ月くらい生活したことはあります。学校を出て騎士修道会へ入ってからは、通りがかりに挨拶する程度です」


「イーアン。町案内は頼めそうにないが、ツィーレインの独特な郷土料理は楽しめそうだ。スウィーニーの叔父夫婦の店に、帰り道に立ち寄るのは賛成か?」


 ドルドレンは優しく微笑んで覗き込む。イーアンがスウィーニーと呼ばれた騎士を見ると、スウィーニーは『叔父夫婦に会いに行く用事がないので宜しければ』と促してくれた。


「行きたいです。良いでしょうか」 「ありがとうございます。町に着いたら早速知らせておきましょう」


 スウィーニーが笑顔で頷き、馬を戻した。イーアンの楽しみそうな笑顔が見れたドルドレンは、今朝の重い苦しさが少し減った気がした。





お読み頂きありがとうございます。

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