469. 夜明けの色の花びらを ~南西・南・鎧工房・南東
晴れた雪の景色はどこまでも綺麗だった。ハイザンジェル全体に降ったのかどうか。雪の薄い場所も見える南西が視界に入った。そう時間も掛からず、南西支部へ到着する二人。
ここは苦手な人がいないので、二人で龍を降りて支部に入る。人数が少し疎らで、隊長の誰かを呼んでもらうに当たり、暫く時間がかかった。
ちょっとしてから統括のステファニクが来て、ドルドレンの用を聞く。『なんと。それは助かります』心強いですねと袋を覗き込んだ。
すぐに南西用の量を別の入れ物に移して、ドルドレンが使い方をもう一度話すと、ステファニクは総長の目を見たまま頷いて『今使ってみます』と言う。
「今。どこかに魔物がいるか」
「そうです。ここからちょっと先に出ていまして。朝、そうですね。1時間くらい前ですけれど、レッテとサトルトゥムが向かったんですよ」
持って行ってみますかとステファニクに言われ、ドルドレンはイーアンを振り向く。『どうだろう』その質問の意味がピンと来ないイーアンは、『良い機会です』と了承する。
「じゃ。総長の馬を用意しますから、少々お待ち下さい」
ステファニクが厩へ行こうとしたので、イーアンは止めた。ドルドレンは『なぜだ』と分からなさそうに言う。『ミンティンで行くと思ったから』イーアンが答えると、あ~・・・総長は頷いた。
「ステファニク。お前だけ連れて行く」
「え。まさかあの龍で」
ステアファニクの目が怯える。イーアンは微笑んで、大丈夫ですよと安全を保障した。断れないステファニクは仕方なし、総長とイーアンに導かれながら花びらを握り締めて、青い龍に乗った。
「ここから本当にすぐです。馬でも30分くらいの場所で、魔物が」
指で示された方角へ、ミンティンを向かわせるイーアン。すぐに伴侶に振り向いて『さっきのは』と訊ねた。伴侶も質問の意味を理解していて『俺は、馬で向かうと時間がかかるけれど良いか、と言ったつもりだった』と説明した。
「私は頭っからミンティンだと思い込んでいました」
ハハハとイーアンは笑って、ステファニクに下方を指差す。『ステファニクさん。あそこですか』イーアンが示した場所には騎士たちが20名ほど集まっていた。ドルドレンは近くに降ろすように言い、木々の少ない草むらに龍は降りた。
「隊長に話してきますから、お待ち下さい」
そそくさ龍を降りたステファニクは、こちらを見ている騎士たちに走って行って、あれこれ話しているようだった。すぐにサトルトゥムが一緒に来て、笑顔で挨拶。余裕そうなので、相手の魔物の様子をドルドレンが訊ねると。
「魔物ですが、以前にも退治したものです。また出てきたらしく、数はいますが・・・まとまっているため、全員で対処すると倒せます」
イーアンがちょっと様子を見たいと思う前に、ドルドレンとステファニクは、一緒に騎士たちの場所へ歩いて行ってしまった。なのでここは、イーアンは龍で待機することにした。
「イーアンは行きませんか」
笑顔のサトルトゥムに訊かれ、イーアンは『魔物を見ると、回収したい部分が見つかるかもしれない』今回の目的ではないので、遠慮すると伝えた。サトルトゥムは亜麻色の髪をかき上げて笑った。
「頼もしいイーアン。あなたがいたら、私たちは遠征も遣り甲斐がありますね。北西から動かないのは残念です」
誉められているのか、微妙なラインであるが、ちょっと恥ずかしいイーアンはお礼を言った。その時、騎士たちの方で声が上がる。驚いて振り向いたサトルトゥムは目を丸くした。
「始まりましたよ。でもすぐ終わるかもしれないから、近くで見て下さい」
イーアンが声をかけると、サトルトゥムは頷いて駆け出した。
ミンティンとイーアンは、目の前で繰り広げられる様子を眺める。『アオファの鱗は攻撃もしますね』とイーアンが言うと、ミンティンもちょっと首を揺らした。自分のはしません・・・と、そんなふうに見えた。
少しすると青紫色の龍のような風は治まり、拍手喝采が起こる。ドルドレンが戻ってきて笑顔で龍に乗った。『早くに理解してもらえて良かった』次へ行こうと早々、龍を浮上させた。
お見送りの騎士たちが手を振ってくれる。ステファニクが『民間人に配ります、有難うございます』と叫んで手を振った。サトルトゥムも『イーアン、また会いましょう』そう言って両手を振っていた。レッテはなぜか『ハルテッドに宜しく』と(※恋愛)。とにかく他の騎士の皆さんにも見送られ、龍は次なる南へ飛んだ。
次の南支部も、あっさり到着。ここは雪が薄かった。『湿度も高いから』川を見ながら、伴侶は龍を降りる。『イーアンは』伴侶に訊かれて、イーアンはミンティンと一緒にいると答えた。
ドルドレンが一人で支部の中に入ったので、イーアンは龍の背鰭に凭れ掛かって、ちょっと休んだ。
「少し。疲れたかもしれません。こういう時はじっとした方が良いですね」
まだ治って間もないと思うと、無理をしないで休める時は休む方が良い。人と会うのはそれほど疲れないが、分かっていない部分で疲れも溜まると、今回の腹痛で思い知ったイーアンは、自分を労わる癖をつけようと決めていた。
「年も年だし。医者に『うんちが黒い』とか言われるのも嫌です」
ミンティンがちらっとイーアンを見て、何となく同情的な視線を送る。優しいミンティンを撫でて、日向ぼっこする時間は少しホッとした。
イーアンがボケッとしていると、支部の玄関側から背の高い男が出てきて手を上げた。『イーアン。こっちでしたか』あら、とイーアンが手を振り返す(※条件反射)。
「バリー。お元気そうで何よりです」
「あなたはそうじゃなさそうですね。お疲れかな」
ザッカリアの大人版を見ているような気持ちになる、ザッカリアご親戚のバリー。優しい笑顔で青い龍を撫でて『君も久しぶり』と挨拶している。
「総長が鱗を持ってきました。この龍のですか」
ミンティンは金色の目でバリーを見る。取るな剥がすな剥くんじゃないと、ちょっと目で距離を開けている様子に、イーアンはミンティンを撫でて首を振った。『この仔ではなくて、もう一頭の仔から頂いたのです』色が違いますね、とイーアンが教えると、バリーも納得した。
「もう一頭。報告書に、もしかするとイオライ戦でしょうか。この前の北西が大変そうだった、あの」
「そうです。あの時はこの仔たちがいてくれたから、どうにかなりましたが。本当に必死でした。もう一頭の仔は北西支部にいます。大きい体なので、あまり動かせません」
バリーはちょっと笑って頷く。『イーアンは別の世界から来たから、龍も集まるのかな』明るい瞳が何も含みなく輝いた。
止まるイーアン。笑顔が戻り、目の前の男を見つめる。『何て仰いました』この人に話していないはずと思い、自分からは何も言わずに答えを待つ。
「そう思ったからです。あなたは違う世界から守りに来てくれた人だ。私たちを、ハイザンジェルに留まらず、私たちのこの場所を」
バリーの優しい笑顔に、イーアンは答えられない。固まるイーアンの反応が全てのように、バリーは笑顔のまま目を伏せて小さく息を吐いた。
「ザッカリアが。神殿にいたでしょう。彼のような能力ではないですけれど、私にも幾分かは備わっています。ただ、普通に暮らせていますし、勘が良い程度の範囲でしょう。あなたは特別だ。私は何となくそう感じ続けています」
それだけですよと、深い茶色の肌を陽光に晒して、龍の上に座るイーアンをバリーは見つめた。イーアンは何て答えて良いのか分からず、少し戸惑いながら頷いていた。
話しても良いだろうが、自分に深く関わる気がする相手ならいざ知らず。バリーはそうした感じもない。その様子に気が付いたバリーは、龍の背に垂れるイーアンの足にそっと触れた。
「何も仰らなくて結構です。でも。テイワグナ海沿い地域の民間伝承にも、あなたのように龍と生きた女性の話があります。もしご関心がありましたら、いつでもお話します。それでは」
バリーは微笑むと後ろを振り向いた。支部の中から出てきた総長が、バリーを発見して急いで走ってくる。『おい、こら。バリー、どこにいるかと思えば』油断も隙もない、と騒いでいる。総長はバリーよりも年下なので、若造に一歩も引かないバリーは笑顔で対応。
「総長の贈り物の話をしたのです。またどうぞいらして下さい。弓部隊のスコープは大変活躍していますし、その話も」
「業務的な。ザッカリアの話じゃないのか」
「彼は安全でしょう。信頼してお任せしましたので、何も心配はありません。大きくなって何より」
総長とイーアンが固まる。バリーはニッコリ笑って『どうぞまた。夜をご一緒に』そう挨拶して、支部へ戻って行った。
顔を見合わせてイーアンとドルドレンは、とにかく急いで龍で浮上する。次なる場所は鎧工房ルシャー・ブラタ。南支部から少し戻る方向で飛び、すぐに着くので、バリーの話は後にした。
ちょっと行くと、下方に見えてくる鎧工房。『オークロイには、ポドリックの鎧の話をしないと』体格が体格だからとイーアンが言うと、ドルドレンは、それは自分が話そうと言ってくれた。
裏庭にミンティンを降ろし、イーアンが扉を叩く。オークロイに『さん』付けで呼ぶと、昼時は出てこないと笑って、『オークロイ』と呼びかけると、すぐに扉が開いた。
「お。総長も一緒か。鎧はどうだ」
「俺の鎧の礼も言いたかった。とんでもない鎧を有難う。あんなの作れる男がこの国にいるのかと、心底魂消た。マスクも脛当も腕覆いも、部下皆に羨ましがられた」
そうか、良かったと髭を揺らして笑ったオークロイに、イーアンから受け取った寄せ書きを渡す。『これは今回の鎧の礼を皆が』総長がオークロイに紙を渡す。ガニエールも出てきて、父親の手に渡された寄せ書きを覗き込む。
「何だか子供みたいな連中だな。じいさんにこんなことしたら、もっと何かしてやりたくなるだろう」
嬉しそうに笑うオークロイに、ガニエールも笑顔で頷く。『嬉しいね。こっちも努力して仕事した甲斐があるよ』有難うと、総長は逆にお礼を言われた。
「それとな。体格の良いヤツがいて。その者の鎧を作るにはどうしたら良いか。連れてきた方が良いか」
「総長の鎧だって規格外だぞ。いつも作っている鎧を、幾らか大きくしたり調整するのは大体出来る」
とんでもなくデカイとか小さいとかじゃなければ、とオークロイに聞き、総長はポドリックの体の特徴と大方の寸法を伝える。ガニエールがそれを紙に書き留めてくれた。
「肩と胸の厚い男だな。こりゃ肋骨もでかそうだ。金額が普通の倍近くなるから、それは承知してくれ」
「問題ない。他の男は規格内だと思う。鎧は取り合いだったぞ、見せたかった。2時間近く揉めた」
ハハハと声を立てて、親子は『次は卸に行くよ』是非その現場を見たいと笑った。お礼を改めて伝え、イーアンとドルドレンは龍に乗る。親子が見送ってくれる地上に手を振って、次の南東支部へ向かった。
南東の支部へ向かう間。イーアンは、さっきのバリーの発言について、ドルドレンに意見を求めた。自分と話した時のことも合わせて伝えると、伴侶は眉根を寄せて考えている。
「バリー、テイワグナと言っているだろう?出身地が。俺はそれを聞いて、いつも引っかかることがあったのだ」
ドルドレンは、テイワグナの人間を何人か知っているという。『だけどあそこまで特徴的じゃないのだ。確かに皮膚の色も濃い方だが、あんなにはっきり濃い色ではなかった。目の色もそうだ。対照的な明るさだろう?
テイワグナ国は広いし、いろんな特徴の人間がいると思うが。だが、海辺は日差しの強い地域だし、あれほど目の色が薄いというのも不思議だ』彼はテイワグナでも、何か特別な出身ではないかという、伴侶の意見。
「一致するか分かりませんが。言われてみますと、私も出身は海に囲まれた島国です。私の地にはよその民族も入っているようですが、でもほとんどは島国の民族特徴の体なのです。
私と同じ目の色の人はとても多く、もっと色が黒く見える人もいました。色の薄い目の人もいるでしょうが、知り合いの外国人でも、純粋に島や海の近い場所の民族は目の色が濃い人が多かったような。
青い目も緑の目もいましたが、先祖代々定着した民族は瞳が濃いようでしたね」
「別の世界でもそうなんだな。光や人の体の仕組みが似通うな。日焼けしている者は海沿いに多いが、如何せん、バリーは普段ハイザンジェルにいる。あの肌の色はもともとだ。ザッカリアもそうだが」
バリーもザッカリアも、何かしら特別な家系かなと・・・二人は話し合った。能力も備えているし、見た目も少し気になるからというところで、話は終了。丘陵地帯をぐるっと回った先に、丘陵から流れる平たい川に囲まれた南東の支部が見えてきた。
「あれが南東の支部だ」
「街道沿いかと思いましたが。微妙に離れています」
そうだねと伴侶も頷いて、下降する龍の背から支部を指して『ここは初めてか』とイーアンに言う。イーアンは、南東の隊長には会ったけれどと答えた。
ミンティンは広い敷地の建物裏に降りる。二人が龍を降りてすぐ、騎士が来て挨拶してくれた。『珍しい!総長ですか』何かやらかしたかな、と笑う騎士2人。朗らかな若い騎士に、イーアンも微笑む。
「あれ。あなたは。北西のイーアンでしょう。噂では聞いていたけど、本当だ。変わった顔してる」
凹むイーアン。急いでドルドレンが羽毛クロークに包み、若い騎士を睨みつける。『イーアンに顔が変わっていると言うな』直の言葉を繰り返され、イーアンはクロークの中で悲しさに震える。
せっせとよしよししながら、戸惑う二人に言いつけて、隊長を誰でもいいから連れてくるように、ドルドレンは命じた。
騎士の一人は、羽毛のクロークの隙間にちょっと話しかけ『ごめんなさい。悪い意味じゃない』と謝った。もう一人も、支部に行く前に羽毛クロークに向かって『変な顔ではないですよ』と間違えた謝り方をした。クロークの中でふるふるしているイーアンを抱き締め、『早く行け!』と総長は追っ払った。
二人の騎士が隊長を呼びに走って行った後、ドルドレンは悲しむ愛妻(※未婚)を覗き込んで『イーアン』と心配そうに声をかける。
「変な顔」
「違う、違う。変な意味ではない、と彼らは伝えたかったのだ。そこだけ短縮するな」
「だって。変わった顔って。噂って」
「イーアン、こっちを見なさい。俺が一度でもそういったことがあるか?君は綺麗だ。可愛い顔だと、数え切れないくらい言っている。あんな言葉の使い方を知らない若者に傷つくな」
困ったもんだなとドルドレンは悩む。イーアンの顔はこの世界にいないから、それで目立つし、本人もしょっちゅう気にするが。それを直に言うヤツがあるかと、部下の気遣いの少なさに溜め息をついた。
イーアンはちょっとだけすすり泣いたらしく、ドルドレンの小脇に納まって出てこなかった。『気に入って下さる方もいるけれど』ぼそっと呟く。愛妻の呟きを聞き漏らさないように、ドルドレンも頭を屈めて聞く。
「見る人から見たら、口に出さずにいられない顔って。どうなんでしょう」
「イーアン。後ろ向きに捉えるな。君を好きだという男はたくさんいる。言いたくないけど。君の顔が大好きな男も。いや。本当に言いたくないな、これ。でも真実だ。綺麗だとタンクラッドも。もういいや、言わない。でもそうなんだ、ああ。何だか苦しくなってきた。ダメだ、真実を言うと俺が死ぬかも」
息切れする伴侶に慌て、イーアンは小脇を出て、今度はイーアンが苦しむ伴侶を励ます。ドルドレン、頑張って!と胸を押さえて跪く伴侶を励ましていると、支部から隊長3人が出てきて遠くから声をかけてきた。
「どうしました。総長?おや、イーアンかな」
「おお、来たか。もう死にかけていたが。どうにか業務に切り替えて立ち直れそうだ」
「何があったんです」
いや、良いんだと、弱々しく返事をして立ち上がる総長に、隊長3人は戸惑っている。イーアンは伴侶を支えて、初対面の挨拶をした。
「こんにちは。イーアン。総長。二人とも随分と目立つ格好で。お出かけにしてはここはちょっと、何もありませんが」
「そうではない。この上着はイーアンが作った魔物の皮製だ。派手だが、製品の一つと思え。今日は大事な用があって来たのだ」
『なかなか斬新な服です』南支部の援護遠征で一緒だった、剣隊長ヴェダスト・ワイドが笑顔で頷いた。この人は普通の人、と覚えていたイーアンも笑顔で返す。
総長は袋に入った鱗を見せて、これを南東の管轄の町村集落に配ることを話した。3人とも目を丸くして話を聞き入っていた。
他二人の隊長は、それぞれ、剣隊長のジャムシド・メフメドと、弓部隊長のイブン・ラッシュ・アルカザリと名乗った。彼らは年が高く、ワイドも50近い年齢だが、同じくらいの年代に見えた。落ち着いていて、きちんとした礼儀正しい印象の騎士である。
イーアンは以前、南の支部の慰労会で会った『ハミルカル・イパーガ』が、この場にいないことに少し安心していた。彼は各支部の貴重な存在と聞いていたし、良い印象がないのも会いたくない理由にあった。
総長の説明に驚いて、また感心した3人の隊長は、分け与えられた鱗を別の袋に移して『すぐに配ります』と約束した。
「用はこれだけだ。またな」
総長とイーアンは龍に乗り、彼らに手を振ってお別れした。隊長3人は頭を下げたり、片手を上げたりして、礼儀正しいお別れの挨拶をしてくれた。
「イパーガの姿がなくて良かったです」
ぽろっと本音を言うイーアンに、ドルドレンが笑って『あいつは違う支部だ』と答えた。その答えに振り向くと、伴侶は笑みを浮かべたまま『次の支部にいる』と困ったように続けた。
お読み頂き有難うございます。




