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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
467/2950

467. セダンカの提案

 

 フェイドリッドの朝。王都の騎士修道会本部で、総長とイーアンに会ったあの日から、王様は食が細くなっていた。



 お世話する侍女たちが心配するものの、王様はいつも食べ残す(※残してはいけない)。『料理は美味しいと思う。だがどうにも』静かに謝る王様に、侍女たちは悩む。料理長も気遣って、少量でも栄養のある料理を作るこの頃だった。


 そんな王様は体調が宜しくないということで、休める時間を作る。どうしても出なければいけない用事には顔を出すが、それもあまり長い時間はいない。


 王様の元気のない日々が長引くと、周囲に影響があるため(派閥の権力移行とか立身出世とか)大臣やら何やらが、見舞いに来ては『殿下の体調を皆が心配しております』と。早く元気になれよお前、こっちが困るんだよ、くらいの意味を含んで、同じことを言い続ける日が続いた。



 フェイドリッドは見舞いも鬱陶しくなって、断るようになる。こんな王様の対処に、お手上げということで、とうとう切り札セダンカへ話が回った。

 セダンカは呼びつけられて『おそらく機構の悩みだろうから』と、無理やり王様説得・元気回復を命じられた。


「殿下に、午後の一番で約束を取り付けたから、その時間に話しに行ってもらいたい。良いか」


 上の人に言われ、『嫌ですよ』とは言えない立場。苦渋の決断を涼やかな風のような微笑に託し、次の一秒で頷く。『殿下のご心労を減らすよう努力いたします』では・・・と上司に軽く頭を下げ、セダンカは廊下へ出た。



 ――セダンカの胸中はざわめく。あいつ嫌い~ 上司だからって、甘ちゃんの世話を私に押し付けるなんて。

 私があちこちと口裏を合わせて、『出張中で不在』としていたのを、あっさり自分(上司)都合で取り去ってしまった。王城でも、極力、目に付かない場所に引っ込んで、身動きが制限されるのを頑張りながら、仕事をしていたこれまでがパァだ。『出張不在』が年間で何度使える手なのか。今後が厳しい。


 上司なら無能ではなく、有能を自慢するよう立ち回れ!と思うが。堂々と『私は無能だからね』と部下に見られるとも分からず、胸を張って用件を押し付ける人間に、何を言っても無駄である。


 私はまた。あの甘ちゃん(←王)の尻の世話をするのか(※語弊がある)。いつまでピヨピヨひな鳥気分なのだ、王よ。

 誰かに尻を引っ叩いてもらわないと、立ち上がることさえ出来ないとは。引っ叩けるものなら、引っ叩いてやりたいが、さすがにその後、私の人生が終わるから出来ない(※解雇で済まない)。


 ああ。面倒臭い。どうせあれだ。イーアンだ。自分より10以上も離れた女性に横恋慕。タチが悪い。それも相手はイーアン。総長の女だというのに、ピヨピヨは(←王)何で怖くないんだ。


 イーアンだって怖い。最近、本部の報告書を見ているだけで、ぐんぐん逞しくなっている様子が文章からでも伝わる。一人で魔物退治をするとか、信じられない。この前のは確か、戦闘方法で『素手』って書いてあった・・・・・ 素手で魔物殺す女なんか、近づきたくもない。おお、私の繊細で穏やかな胃腸が震え怯えている。


 彼女は、私とそう変わらない年齢だと思ったが。うちの奥さんと同じだったか。


 普通にしていれば、垂れ目でニコニコしているし、髪もくるくるフカフカしてるから、ちょっと変わった顔のワンちゃんみたいで(※ここでも犬チック)可愛いねぇ、何歳ですか?あ、もうおばちゃんなの~ 種類は何?(※既に人間以外の設定)と撫でられるが。


 一度、牙をむけば剣を振り翳して、猛烈な勢いで襲ってくる。剣がなくても、強烈な拳で私を殴り殺しに来るのかと思うと(※自分が被害者設定)おお・・・もう想像しただけで全身の力が抜ける。体温が下がってしまった。医務室へ行かねば。


 想像だけで死にかねないとは。だが王は、猛犬イーアンに自分が見合うと思う当たり、甘ちゃん中の甘ちゃんだ。キング・オブ・甘ちゃん(実際、キングだから手に負えない)。


 イーアンと話すだけでも、私の精神が憔悴するのに、絶対、総長がついてくる。総長なんてもっと嫌だ。怒ると怖すぎる。目が灰色。ギラッて光ると剣のようだ。目でさえ、剣の男。騎士修道会一の強さを誇る、死線を潜り抜けた男・総長に、怪我一つしたことない温か坊やが『彼女くれない?』と・・・・・ 


 本当にどうぞ、勝手にやってくれと思う。私は無関係だっ! 私は妻もいるし、へそくりもこの前使い果たして(※342話)妻の機嫌をとることさえ出来ない現状。次に下手したら、絶対離婚される。


 最初は総長も、私に敬語でちょっとは気を遣ってくれていたが、甘王の登場で、すっかり私まで見下されてしまった。一気に見下された気がする。もう、あんたとかお前とか、そんな具合だろう。すっかり上から目線だった。


 またあんな場所(※北西支部)に連れて行かれることになったら、私はどうすれば良いのか。どうにかして、甘ちゃんを押さえつけなければ。もしくはあの問題の(※セダンカにとって)機構を、騎士修道会に丸投げしてしまわねば・・・・・


 ん。ん? ・・・・・騎士修道会に⇒機構を投げる。


 待てよ、セダンカ。考えるんだ。私は自分を救うことが出来る思いつきをしたかもしれない。


 騎士修道会に、実際の管理権限を回してしまえば良いのではないか?所有が国で。どうせ意味の分からないくらいの大金は、今年度予算で取っているのだ。金に問題なければ、本部だって断らないだろう。


 王城の中に場所は作ったが、そんなもの本部のどこかに増築させて、そこに移せば良いだけ。

 名称などは実の意味などもない。『ハイザンジェル王国・魔物資源活用機構』の名前で、実際は王城ではなく、王都内の騎士修道会本部に増設された施設でも良いのだ(※例:東京デ○ズニーランド=実際、千葉)。


 資金の出所は違うし、通常の金の動きは、国を通すように紙に付ければ問題ないだろう。物品の扱いが生じるなら、それは流用がないように管理することも出来る。製造番号を国の印と一緒につけて、こっちが原本を持つだけだ。

 王は工芸品の枠で考えているのだし、モノが管理できているなら、別に王城じゃなくたって、機構を動かすことは出来る。

 外交は口先で充分。緊張感0の貴族連中にでも噂させていれば、勝手にそこかしこ、国外にだって広がる。各国合同の会議で見せることも出来るし、話題が異様な魔物なのだ。特異性は勝手に広まるだろう。


 それに。使いもしない連中に、防具や武器を売り渡す必要はない。総長の怒りに触れるのはごめんだ。


 騎士修道会全体に広がるまで待つ。思うに、騎士たち全員に行き渡る間にも、民間に回すことも起こる。騎士修道会が権限を持って、販売対象の優先順位を選ぶのを見守るのだ。それで国民にじわじわ浸透して、信頼と共感を得たら。


 そこを押さえてから、徐々にだ。国外に出すなり、貴族連中に見せてやるなり。地に足つけた確固たる物語があってこそ、工芸品の技術や見かけ以上の価値が付く。これだ。ここまで来れば、国益として出しても胸を張れる。



 王は単に。イーアンを王城に来させる理由が欲しいのである。そしてこの、人口の減った滅亡寸前(※言い過ぎ)の王国の稼ぎと名物になりそうなモノが欲しいとな。


 そんな程度の意識が出発点では、大金投与の機構もあっさり尻すぼみになるのは目に見えている。食器や嗜好品が相手なら、ちょびっと戦うくらいでも戦った気になっている、金に物言わせてるような貴族に、あてがうのが丁度良いだろうが。


 実用必須の命を守る装備で、国益出そうと関わる気なら。本物(騎士修道会)が牛耳らなきゃ、説得力も迫力もへったくれもない。もとが修道会なんだから、彼らの精神に任せながら、王国は手綱をちょいちょい引くのが一番だ。


 イーアンだって、無理やり王城に呼ぶから嫌がるわけで、本部であれば来るだろう。王城からも近いし、会いたければイーアンが来る日に、王が一人ひょこひょこ行けば良いのだ(※ひな鳥)。機構は本部で稼動。


 ・・・・・これなら丸く収まるではないか! いける、いけるぞ、セダンカ!!



 ここまで考えて、セダンカはちらっと時間を確認。午後一の約束まで、昼食を入れても後2時間はある。自宅で、奥さんの手料理を誉めて和やかに過ごす前、提案書を作るだけの時間は『あるぞ』。セダンカはぎゅっと拳を握り、我が身の安全のため、急いで書類作りに取り掛かった。



 フェイドリッドはお昼の食事も少なめで終えた。セダンカが来るということで、相談する内容を考える時間も欲しかった。


 総長とイーアンが持ってきていた鎧と剣。あれをセダンカに言いつけて、取り寄せてもらおうと思っていたが、セダンカが長期出張でいなかった(※偽)ため、そのままになっていた。だからまずは、その話からしなければと思う。


「あの仕上がりを見たら、セダンカも驚くだろう。そして積極的に動いてくれる気がする」


 国宝級のものを作らせることも出来る。機構にあてがう人員も選んで、信用の置ける能力の高い貴族に任せれば、国外への交渉には問題ない。人脈もあれば、国外の貴族や王族との親戚がいる者も少なくない。

 輸出が出来るくらいまでに、美術品としてのあれらの量を増やしたい。国外に流れた職人が戻ってくれば、それも専属で出来るのか・・・工芸品より美術品扱いが良いだろう。


 実戦で使っている騎士修道会の彼らは、そのままで良いのだ。彼ら用に作って使う、そうした安価な鎧や剣も大切だ。それらは民間の地方工房の仕事にもなる。どこかの国で魔物が出た際には、これらが輸出対象にすぐに出せるのも魅力だ。魔物はまだまだ尽きはしない。これを使えるだけ使う・・・・・


 何と凄い資源だろう。迷惑と恐怖以外の何物でもなかったのに、こんな展開で国に役立てられるとは。これを見て、騎士修道会の騎士も再び増えるかもしれない。そうすれば彼らも、自分たちの仕事の成果に益々実感を得て、張り切るのでは。



 フェイドリッドが考えていると、扉が叩かれた。『セダンカです』廊下から聞こえた声に、王は入るように促す。


「最近は皆が心配しておりますが。いかがされましたか」


 セダンカは穏やかに挨拶し、近況をちょっと訊いた。王は椅子に掛けるように勧め、侍女に茶の用意をさせる。二人は侍女が入れる茶を見つめている間は、当たり障りのない会話をし、侍女が下がって扉が閉まってから本題に入る。


「魔物資源活用機構の話だ」


 フェイドリッドは、この前見たものの話をした。鎧と剣だけではないだろうが、と言いながら『だがとにかく。あの鎧と剣を一つ二つ、入手してみようと思う』それが最初だと熱っぽく話す。


 そして彼は、魔物の体から出来た防具と武器の素晴らしさを、セダンカを初め、機構に関わらせたい人物に紹介し、それが今後の国にどれほど大きな宝に変わるかを話し合いたいと言った。



 そこには、先ほど自分が思っていたことも付け加えられている。機構を動かす最初の印象も大事であること、それには国宝級の鎧や剣を作らせること。


 それを以って、関係者にふさわしいと選別した貴族階級の者に、出資を願う相談や、人脈を利点に外交に当たってもらう動きに働きかけること。


 最初は、高額な美術品を中心にしたいこと。職人を集めて製造量を増やし、国内外の貴族や王族に購入の道を作ること。数量が増えれば仕事が増える。そうすれば職人も仕事に困らないであろうこと。


 魔物退治は騎士修道会の任務だから、彼らに任せた状況は変えず、専念してもらうこと。これで国益にもなり、民間にも誇らしい思いが生まれてる展開が見せられたら、騎士になろうとする若者も増えるのではないかと・・・・・



「殿下の思想は、恐らく別の形で叶います」


 熱を持って喋り続けるフェイドリッドに、セダンカは微笑まずに一言刺した。『どういう意味か』王は言葉の意味が分からず、目の前で茶を静かに飲む男に訊ねる。


「恐れながら。機構を本気で動かすならば、我々、王城の関係者は手を付けない方が、将来的に明るいでしょう。それは時間がかかるにしても、殿下がお望みになられる姿をいつかは叶えます」


「なぜだ。私の出来ることはしたい。見通しがあれば、貴族も動く。今だって、貴族に出資してもらっている部分は大きい。彼らの協力を得て動かせば、3年5年と待たずに1年もせずに成果が出る」


「それは誰のためですか。国民のためでしょうか」


「もちろんだ。魔物が活用されたこの国ならではの、防具や武器を見せれば。国民は恐れる気持ちも減る。イーアンはそれを望んでいる。

 それも既に美術品の範囲に入るほどのものが、今、着々と出来ているのだ。その材料は魔物だ。倒せば倒すほど作れる上、仕事が増えれば、必然的に国外へ出た職人も戻る。騎士修道会は戦いに専念できるし、誇らしい仕事に憧れて騎士も増えるであろう」


「私には。殿下の言葉が国民のために聞こえないのです。イーアンが望んだと仰いましたが、彼女と違う道を見つめている言葉です」


 セダンカははっきりと切って落とした。フェイドリッドは困惑する。そんなに的外れなことを考えているわけがないのに、なぜセダンカは否定するのか。黙る王に、セダンカは紙の束を出した。


「これは何だ。私が話したこととは違うことが書いてあるのか」


「内容は違います。しかし、(もた)される恩恵は、もしかすると同じか・・・それ以上になる予想です」


 フェイドリッドは眉を寄せ、束を受け取って大きく息を吐き出し、不快そうな表情でそこに書かれていることを読み始めた。



 セダンカは待った。自分で茶を注いでは、フェイドリッドの形良い眉が、ぎゅうぎゅう眉間に寄せられる様子を見つめる。


 どうだ王様。見当違いも良いところだと気が付いたか。無言で送り続ける『思い知ったか甘ちゃんめ』ビームを発し、セダンカは提案書を急いで作ったことに、心から自分を褒め称えた。



「セダンカ・・・・・ そなたは。何とした男であろうか。これはまるで、総長の言葉のようではないか。私は読んでいて、言い聞かされているようだった」


 ほらー。ほらほら。そうなんだよ、ピヨピヨ。ちゃんと分かるじゃないか、ここまでクソ丁寧に書いてやれば。セダンカは胸中、王の頭をナデナデしてる気分で、優しく同情的に微笑んだ。


「これぞ。そうだ。これこそ、騎士修道会の望む先行きだ。彼らは国民を守るために戦い続けている。私はすぐにでも、国民に楽をさせるためにはと思ったが、するべきことは」


「そこにある通りです。私はそれを自信を持って宣言できます。総長に見せてもきっと、受け入れてくれるはずです」



 王は背凭れに体を預け、窓の外の空を見た。今年は雪が遅かったのか、と今更気が付いた。『雪が。見ていなかった』疲れたように首を小さく振る王。部屋の中は暖かい。雪が降るのも気が付かず、悩み続けたことが、外の空と対照的に心の中で今、晴れて行く。


「お疲れでした。殿下は。しかし、心が通じ合えば、イーアンも総長も必ずや。機構を利用し、豊かなハイザンジェルを目指してくれることでしょう」


「セダンカ。礼を言う。私には勿体ない男だ。そなたはとても心の深い男で、私もそうなれればと思う。私は分かっていなかった。分かっているつもりで必死に考えたが、皮肉にも、考えが進むほど彼らとの距離が開いていたのだな。

 この提案書はすぐにでもイーアンに見せよう。権限が騎士修道会に移れば、イーアンも王城に入るより易く、こちらへ足を運ぶであろう。『地に足をつけ進める必要』とな。この言葉に私は感銘を受けた。決して忘れはしまい」


 セダンカは少し目を下に伏せて微笑み、『ご信頼の賜りに感謝いたします』と呟いた。それから提案書を引き取り『近く。会議でこの再提案を話し合いましょう』と王に願った。フェイドリッドは『勿論だ』と答えた。


「必ず。通す。そして騎士修道会と国民と力を合わせ、国も立ち上がるのだ」


 青紫色の瞳は純心で、セダンカは王の目を見つめ、力強く頷いた。『お供します』心にもない発言を笑顔に乗せてセダンカは席を立つ。


 そして提案書を手に退室する。扉を開けて振り返り、優しい眼差しを向け『お食事をされて、元気を取り戻されて下さい。イーアンも元気な殿下にお会いしたいでしょう』どこまでも思いやり溢れる男として、挨拶をした。



「分かった。雪が止んだら、すぐに行こう。北西の支部へ」


 王は、今夜からはしっかり食べて、早く元気にならなければな、と笑った。セダンカは一瞬固まったが、笑顔で扉を閉めた。

お読み頂き有難うございます。

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