466. 雪の休日
慰労会の後、寝室へ戻ったイーアンとドルドレンは、疲れもあってすぐにベッドへ入る。ドルドレンはちょっと手を出したかったが、ベッドに潜ったと同時くらいでイーアンが寝た。
よほど眠かったのかと思い、しっかり抱いてドルドレンも眠ることにする。股間が勝手に勘違いして元気だったのは仕方ないため、ちょっと押し付けて我慢するのみ。押し付けていると、眠っているのになぜかイーアンに嫌がられたようで寝返りされた。
寂しいものの。それも仕方なし。ドルドレンは背中からイーアンを抱き締めて、愛妻(※未婚)のお尻にアレを押し付けて眠った(※これも間もなく隙間を作られた)。
健全な朝。清々しい朝。だと思ったら。寒くて起きたイーアンは窓の外を見て驚いた。
「雪が降っています」
これは寒い、と布団を引っ張って丸くなる。そそくさ伴侶にくっ付いて暖を取りながら、窓の外で降り落ちていく白い雪を見つめた。一日降るのか。積もりそうな雪の感じ。
ドルドレンはまだ眠っている。イーアンがくっ付いたので、無意識でよっこらせと両腕に抱き締めてくれた。が、寝てる。
伴侶は温かい。恐らく伴侶は、この雪の中で素っ裸でも、きっと鳥肌も立たない(※それはない)。
しかし私は。この冷えでは室内でも凍死する自信がある。今日は冬服を着なければと、イーアンは頭の中で今日の衣服を考えた。
万が一寒いと可哀相なので、下に敷いているシーツを引っ張って、伴侶をシーツ端で包んでから(←体半分だけ)着替えるために布団を巻きつけたイーアンは自室に行く。
結構シワになってしまっているが、それでも上着を羽織れるなら、下に着る服のシワはどうにか隠れる。この前少し作り足した棚(※板に穴開けて棒掛けただけ)に下げた衣服は、シワも伸びて着られそう。
沢山ある衣服の山を探しながら、出来るだけ厚めの生地を選んで重ね着すると、布団はもう不要。布団を伴侶にかけてから、イーアンは散らかした衣服を片付けた。
ふと、腰袋の下がったベルトを手にして気が付いた。隙間から何か光が漏れている。袋を明けると珠が光っていた。
すぐに光る珠を手に取ると『イーアン』と親方の声が聞こえる。『起きていたか』続けて聞こえるので、イーアンもご挨拶。さっき起きて、雪が降っていて驚いたこと。厚着に着替えたことを伝えると、親方は笑っていた。
『寒いだろう。お前はここに来て初めての雪だろうからと思って、どうしているかと思った』
『以前の世界では雪もありました。だけどハイザンジェルの雪は初めてで驚きました。ずっと冷える気がします』
『西の山脈から吹いてくるからだ。山脈はこの前見たよりも真っ白だ。イオライは寒い。今日はこっちへ来るなよ。お前は寒がりだ』
優しい親方に嬉しいイーアンはお礼を言う。もし何か用があれば、雪が止んでから向かうと伝えると、タンクラッドは『その用だが』と言う。
『アオファの鱗があるだろ?あれを各地に配るのは、早いほうが良いと思った。ジジイにも渡しておけば、しばらく煩くなさそうだしな。配るのは騎士修道会が良いだろう。総長に伝えておいてくれ』
ああ、それは大切。イーアンは了解しましたと答える。『それとな』親方伝言は続く。
『オーリンから連絡が来た。弓の材料が欲しいそうだ。あいつが使っていたのは、お前が作った弓だったんだろ?中身に使ったものと、外側の皮を要求したぞ。使い方を理解したんだろうな』
『そうでしたか。分かりました。雪が止んだらすぐに行きましょう。もしオーリンがまた連絡してきたらそう伝えて下さい』
『分かった。お前も今日は支部にいろ。まだ具合が良くないかもしれ』
「イーアン!!」
親方の言葉のすぐ後、目覚めて愛妻を見失ったドルドレンが叫ぶ声が響いた(※子供と一緒)。『はい、大丈夫よ。こっちです』イーアンは急いで伴侶に答える。タンクラッド無言。
「休みなんだから、もっと寝てて良いのに。朝からいないと心配になる。いないとやだ~」
イーアンの部屋に来て腰に貼りつくドルドレン。イヤイヤしてる甘えん坊状態の総長(※36才)の声は、タンクラッドに届いているのかどうか・・・ちょっと不安なイーアンは、よしよし撫でる。
「すぐいなくなる。またタンクラッドのところでも行ったかと思った。今日は一日休みだよ。もう着替えてるし。朝からしても良いと思う」
「タンクラッドのところは雪で行けませんでしょう。着替えたのは寒いからです。朝からなんて、してはいけません。明るい時間はダメって言っています」
この会話を聞かれているのか。しかし電話とは違うから大丈夫か。ちょっと心配になってきて、イーアンは伴侶をさぁさぁと部屋へ促す。『服を片付けたら行きます。そちらで待ってらして下さい』ちょっと落ち着いたドルドレンは素直に部屋へ戻った。
急いで握っている珠を見ると、まだ光っている。『すみませんでした』イーアンが心の声で謝る。無言。あれ?と思って『もう終わったのかしら』と考えると『終わってない』の即答。
『俺と会話中に、失神しそうな内容を話すな』
『あら。聞こえたのですか。でも彼とは声で話していて、声は聞こえるものでもなさそう』
『何だか知らんが、総長が来たんだろう。お前の返答自体は丸聞こえだ。朝っぱらから気分が悪い』
『察しが良いのも困りものですね。でも私たちは愛し合ってますから、そういうものです。とはいえ、失礼しました』
『俺と脳内の会話中にそういうことを言うなっ もういい。また何かあったら連絡するから。珠を持ってろよ』
親方の命令が終わると、珠の中の色がふっと落ち着いた。電話が切れた状態なのねとイーアンは思う。しかし、これは使い方を知らないと行く行く面倒であることを知る。珠を一度、離すのが良いのか。試してみないと分からないことが多い。
とにかく服を片付けて、伴侶の包まっているベッドへ行き、腰掛けてナデナデする。そしてタンクラッドから連絡が来たことを話すと、瞬間で伴侶は目を閉じた。
「アオファの鱗ですよ。あれを国民の皆さんにって」
「タンクラッドが朝から連絡なんて。アオファの鱗が何なの。なんで国民にあげるの」
ん?イーアンは考える。それから思い出して、もしかして話していなかったかと気が付いた。それで、遠征で爆風を起こした話を聞かせた。伴侶はぴくっと反応し、ちらっとイーアンを見る。
「ああ。そう言えば。イーアンはあの時『あれはアオファの効力』と。あれのこと?」
「そうです。話す時間がありませんでしたね。あの意味をお話します」
タンクラッドがアオファの鱗をもらって聖別したら、鱗は魔物を見つけて攻撃する風に変わったと。
「じゃ、俺たちが見たあの青紫色の花は。近くまで行ったら、風が生き物のように飛び交って、魔物を攻撃しているのを見た」
「それです。あの時、タンクラッドは一握りの花びら。アオファの鱗です、それを撒いたのです。するとあんなふうになって」
伴侶もぶーたれていたのが直り、ベッドに体を起こして意外な感じで聞いていた。『あれじゃ凄いぞ。民間でも使えるだろう』危険はないのかと続けてイーアンに聞く。
「ないと思うのですが。魔物に向かって飛びかかって行きますから、きっと人間や動物に反応しないのでは。もしそうであれば、各町村集落に配れます」
それは素晴らしく助かるよ・・・伴侶はイーアンを抱き寄せて、いろいろ考えるように灰色の瞳を動かす。『騎士修道会が間に合わなくても、かなり心強い』是非配ろうと頷いた。
それとね、とイーアンは続けた。オーリンが弓を作ると連絡してきたらしいから、材料も東に運ぶこと。帰りにダビも迎えに行くことを話すと、ドルドレンは何度か頷いて『雪が止んだら』と。
「雪が止んですぐに行こう。アオファの鱗も新しくもらって、聖別をしたらその足で各支部を回ろう。
順番が逆だが、北のディアンタで聖別して⇒北の支部⇒西の支部⇒南西⇒南⇒南東⇒東⇒北東の順番で巡れば。最後にオーリンに材料を届けて、帰りにダビを連れてくれば良い」
伴侶がすぐに対応する案を出してくれたので、イーアンは微笑む。正義感の強い優しい伴侶に有難く思う。
二人はこの後、ちょっと雑談してから朝食へ。朝食を食べながら、東に行ったらイカタコも買わなければ、と話し合う。『東の用が増えるな』笑うドルドレンに、イーアンは思い出したことを話した。
「ティグラスにも会いましょう。ハルテッドやベルが会いに行きたがっています。ティグラスも龍に乗せると約束したし」
「そうか。じゃ、大人数だ。アオファが良いのか」
アオファはオーリンの工房にもサグラガンの工房にも入れない。うーんと唸って、東への買い物とティグラスに会いに行くのは次回にした。『マムベトは、アオファが降りれる広さはある。
アオファで行った時、馬で魚を買いに行けば』それならベルたちも預けていけるからね、と伴侶は提案。
イーアンもそれが良いと頷いて、東の用は2回に分けることに決めた。
朝食の後、雪がずっと降っているので、表に出してある魔物の体が心配になるイーアン。工房に入りきる量ではない。ドルドレンが『倉庫にも置いて良い』と言ってくれて、二人で工房と倉庫に運び始めた。
ドルドレンは元気そうな騎士を捕まえて、一緒に運ぶように言う。皆さんが手伝ってくれて、魔物の材料は工房と倉庫に早々分けられた。寒い中を有難うとイーアンがお礼を言うと、騎士の皆さんは『今日は雪で仕事がない』と笑っていた。
「雪が降るとな。授業のない年齢の者は、肉体の鍛練に時間を使えない。屋内では限られた動きしか出来ないしな」
だから暇なんだよと伴侶が教えてくれた。雪はあまり降らない北西支部と聞いていたが、イーアンは雪の日は学校お休み状態を思い出す。騎士の皆さんものんびりしていた。
工房に入って暖炉の火を熾し、イーアンは運び込んだ魔物の殻を拭く。体が温まったところで、表の倉庫の魔物の殻も拭きに行った。青い布のお陰で、凍るような寒さでもそこまで寒くない。ちゃんと倉庫の方も作業は続けられた。
途中、ドルドレンが来て一緒に拭くのを手伝ってくれた。その間で、イーアンは聞きたかったことを訊く。
「ふむ。俺があの歌に勝った理由。そうだな」
ドルドレンはイーアンを見て、『イーアンは辛かったか』と聞き返す。イーアンは不安に囚われていたが、オーリンが不安になるなと言ったことから、魔物への意識に変わったと話した。ドルドレンは頷いて『似ているかな』と言う。
「奇妙だと思った途端。心が掴まりざわめいた。だけどすぐに、別の歌が頭に流れた。それは馬車歌だった。最近。よく馬車歌を聴いただろう?
親父もジジイも。ハルテッドもよく歌うし。自分でもティグラスを呼ぶ時に歌った。それでなのか。あの魔物の歌を聴いた時、なぜか馬車歌をすぐに思い出したのだ。それで頭の中には、馬車歌しか聴こえなくなった」
ちょっと微笑んだ伴侶を見つめ、彼の血が彼を守ってくれたのかもとイーアンは思った。『あなたは勇者なのね』ニコッと笑って伴侶に呟く。ドルドレンも笑顔で頭を振って『俺はまだまだ』と答えた。
「俺はね。あの時。ミンティンの背にいて、タンクラッドが参っていて。こいつらどれだけいるんだろうと、魔物を見て考えた。そうしたら、後ろから追いついたイーアンのタンクラッドを呼ぶ声で、少し安心した。変だろう?俺の名前じゃないけれど、何か安心したのだ。
その後。一度イーアンたちが下へ飛んで、再び上がってきた時。俺は本当に驚いた。君も、オーリンも、ガルホブラフも。ミンティンも。全員が真っ白い光を纏って、その中に自分がいることに。そしてタンクラッドが言った『自分は勝った』と。彼はすぐにあの・・・『時の剣』で魔物を倒し始めた。
君も含め、俺は皆に守られていると。それもただの人間じゃない皆に、守られていると知った。あの震えは忘れない」
だから俺は、これからもさらにそうした旅の仲間が増えるから、もっと自覚しないと。そうドルドレンは笑った。
「あなたなら大丈夫です。皆があなたを信じてついていきます」
イーアンは微笑み、伴侶の頬を撫でた。ドルドレンもその手に自分の手を重ねて頷いた。『頼もしいよ』そう言ってニッコリ微笑み頷いた。
二人はこの後、昼食を食べ、昼以降は工房にいた。今日は執務の皆さんも、ドルドレンを迎えに来なかった。
イーアンは谷の奥で見た、奇妙なメンヒルの話をし、そして石の箱にあった彫刻の生き物の話もした。ドルドレンは黙ってそれを訊いていて、二人は思う所が同じと感じた。奇妙な石については、きっと連れ去られた人々かもしれないと。
いつかは元の姿に、人間に戻れるのか。それも分からないが、もし連れ去られた人々なら。いつかは戻るようにと祈った。
箱の蓋に彫られた生き物は、何の手がかりも今はなかった。西の騎士のユーリが教えてくれた、石碑や家にあるあの飛ぶ魔物。その姿かと思えなくもなかったが、それとも違うような気がしたと、イーアンは思うことを伝える。
「忘れた頃に。もしかすると全てが見えるのかもしれない。今全てが分かるわけではなくても」
ドルドレンは工房のベッドに横になりながら、イーアンを引っ張り寄せて片腕に抱いた。イーアンも頷きながら『謎がとても多い』と呟いた。
「謎か」
ぼそっと呟いた伴侶が小さく笑ったので、イーアンが見上げると灰色の瞳が見つめていた。『イーアン。君は謎だらけだ』何を突然と思って視線で問い返す。
「さっき見たけれど。これ。いつ描いたの」
伴侶が作業机に置いてあった紙をちょっと引っ張った。『これ』ほら、と見せる。
「ああ。お絵描き」
イーアンが笑うと、ドルドレンはイーアンの背中から両腕を回した状態で、絵を何枚かめくって指差しながら『これは俺だろう』とか『これはフォラヴ?』とか笑顔で訊いてくる。
「タンクラッドまでいる」
ちょっと不愉快そうに言う伴侶に笑うイーアン。『アティクとスウィーニーは』聞かれて気が付く、忘れていた。『タンクラッドよりあいつらは下か』意地悪い質問で困ったように笑うドルドレンに、イーアンは『そんなことはない』と笑い返す。
「思いつくままに描いていました。することがなかったのです。でもアティクとスウィーニーは忘れていました。申し訳ない。ダビもですね」
「ヘイズとショーリはいるのに。ベルもハイルもいるし。うちの隊の3人がいないとは」
嘆かわしいと冗談めかしてドルドレンがイーアンを覗きこむ。口端が笑っているので、イーアンはちょっとキスして『後から描きます』と約束する。
「イーアンはいろんなことが出来る。こんなに多才だと、その人生の年数のどこに、これだけの学びの時間があったのかと。時々不思議になるよ」
だから君は謎だらけだ、とドルドレンは絵を机に戻しながら言った。『広く浅くでしょう?そんなに大して謎でもありません』伴侶に抱きついてイーアンは答える。『あなたの方がずっと謎ですよ』ニコッと笑い、見上げた。
「こんなに格好良くて、素晴らしい人なのに。なぜ私を選んだのかと思います。それは私にとって謎」
「君が一番だ。イーアンだから選んだ。俺が格好良いかどうかは置いといて、これは俺の気持ちだ」
愛してるよ、愛しています。お互いに伝え合ってしっかり抱き締め合う、雪の日の午後。静かな休日は暖かい暖炉の工房で過ぎていく。
午後の窓の外も。雪はしんしんと降り続く。ふと。雪が好きだと話していたザッカリアを思い出す。この雪はザッカリアが嬉しいかなと思いながら、でもその嬉しさが、ショーリと一緒に書き換えられた、新しい嬉しさであるようにと、イーアンは願った。
この日の夜。夕食の時間にブラスケッドが来て、ドルドレンとイーアンが食事をしている所に座り、昨晩の騎士たちの話をした。
そして、鎧・剣・弓・盾の職人宛に書いた礼と、別に添えた『相談』の紙を渡した。剣については、イーアンとダビでそれぞれの工房に相談してほしいという内容だった。
それだけ言うとブラスケッドは少し笑って『皆の感謝だ』と一言残して去った。
ドルドレンとイーアンはその紙を部屋に戻ってから読み、昨日の彼らの流れをドルドレンが推察し、ちょっと笑いながらも『これは支部を回る時にでも、職人に届けよう』となった。
雪が止まない一日。二人はベッドに入っていちゃいちゃしながら、決して布団を捲ることなく(※捲ると隙間が出来て、寒いと注意される)営みに満足して眠った。ドルドレンは実に一週間振りで、無理は出来ないにしても心身共にとっても満足だった。
お読み頂き有難うございます。




