461. カングート民話の宝
龍は岸壁に近い、木の少ない場所を選んで降りる。3人は一枚岩の近くへ歩き、周囲の異様さに警戒した。
針葉樹の陰に隠れて見えなかったが、木の生えている間、地面からたくさんの人間くらいの大きさの石が突出していた。
イーアンは思い出す。以前の世界のイギリスに、こうした場所があったなと。メンヒルが立ち並ぶ不思議な地域は、ヨーロッパ各地にあるけれど。印象的だった写真を思い浮かべた。ただここの場合は。
「これは本当に石だったのでしょうか」
呟くイーアン。荒削りに彫られたような人の姿の石。タンクラッドはイーアンの肩を抱き寄せ『近づくな』と警戒した。オーリンもイーアンの近くへ来て『何があるか分からないから』そう注意する。
そして一枚岩の前に立ち、3人ともその大きさを考えた。『これは人の力で動くか?』オーリンの言葉に他の二人も悩む。タンクラッドは前に出て、石を調べ始めた。
「民話だと。王は、石の扉で封印したんだったな」
じっくり観察してからタンクラッドは屈みこみ、岩に生えた苔を取る。それを見てから、人の背丈くらいの場所を念入りに調べ、ゆっくりと指を滑らせた。『あった』呟いた声が笑みを浮かべていると分かる声。
タンクラッドは岩の正面に片手をあて、もう片手を岩の側面から裏に入る場所へ当てて、力を込める。何度か繰り返した後、岩はズズズと土を擦り、右に向かって動いた。
「動いた。あんた何て力なんだ」
オーリンが目を丸くする。イーアンも驚いて、タンクラッドの背中と大岩を見比べる。軽く親方の2倍はある高さの岩を、彼は一人で動かしている。
タンクラッドはそのまま力を込めた状態で、岩を右へ向かってずらし続けた。岩が土を削り、溜まった土が盛り上がって岩を止めるまで、タンクラッドは岩を動かした。
「こんなところで通れるだろう」
両手を打ち払って、タンクラッドは振り返った。イーアンとオーリンが口を開けたまま、じっと見ている。
ちょっと笑って手招きし、二人に石を見せた。『見てみろ。仕掛けがあった』タンクラッドが左手を添えた場所に、岩が抉れた箇所がある。
「ここにな。今は裏が見えるから分かりやすいだろう。押すと奥へ倒れる、石の棒らしきものがあった。それが鍵だったんだろうな。仕掛けはちゃんと分からないが、それが恐らく突っ支い棒だ。だからほら。地面はこの岩が動いた時のため、滑るように敷石も入っている」
人の手の当たる場所は苔が少ないだろ、と指差すタンクラッドは、そこだけ誰かが掴んだからだと教えた。
「その王とやらは。老体に鞭打ったか知らんが、何度かここへ通って、この仕掛けを作ったのかもな。もしくは誰かが残したこれに気付いたか。いずれにしても大した努力だ」
「あんた。頭良いなって思ってたけど。ホントにこういう人いると驚くよ」
「タンクラッドがいると、物事が早く進みます」
呆れるオーリンに、イーアンはちゃんと『お世話になっている』ことを伝える。タンクラッドは笑って『いいから中へ入るぞ』と促した。
中は暗く、湿っぽい臭いがしたが、奥は深くなかった。土を削った階段が5段ほどあり、それを下がると人が立てるくらいの狭い場所があった。
タンクラッドは火打石を使って、先ほどの苔に火をつける。小さな炎に映し出された石の箱に、3人は近づいた。『何か描いてあります』絵があるような気がする、とイーアンが覗き込む。
「そうだな。これは・・・・・ 魔物の姿だろうか。いや、違うか。何かの生き物か」
石の箱の蓋は所々削れていたり、苔が付いていて、はっきりと絵は見えない。とにかくオーリンとタンクラッドで、この石の蓋をずらすことにした。
「イーアン。もし何かが出てきたら剣で」
はい、と了解し、イーアンは剣を抜く。燃した苔の炎が消えかけている中、二人は石の蓋を両手で掴んで持ち上げた。
「何も出てきません。有難いことです。でも」
「何だ、重い。早く言え」
「真ん中に見えるこれが宝でしょうか。ちょっと突いてみますね」
「え!剣で突くのか。イーアン、よせ。壊れるかも」
タンクラッドが止めるのも間に合わず。えい、と気の抜けた掛け声と共に、イーアンは箱の中に剣を刺しこみ、それを突いた。男二人が目を丸くして驚いた時、石の箱の中でジュッと音がした。
「あらやっぱり。これで良かったのですね」
「何したんだ、イーアン。何が良かったんだ」
「その蓋は重そうです。ちょっとその辺に置かれても宜しいでしょう」
緊張のない指図に困惑しながらも、オーリンと目を見合わせたタンクラッドは、顎で示して箱の蓋を傾けて箱に横向きに掛かるように置く。ずらした蓋の間から見た箱の中には、丸い珠が連結する輪があった。
丸い珠は透明で、少しずつ色が異なる。大きさは一粒が直径3cm程度。よく見ると、透明の中に色が付いていて、色は静かに動いている。珠の数は数えて26個。
イーアンは手を伸ばした。オーリンが驚いてイーアンの腕を掴む。『直に触っちゃダメだろ』慌てて注意した。タンクラッドもイーアンを止める。『何かあったらどうする』困ったようにちょっと叱った。
「聖別しました。恐らく大丈夫です」
男2人は、聖別の言葉にイーアンの目を見る。手を放したオーリンに、イーアンは頷いて珠を指差す。『剣で触れる前。ちらっと見たこれは、黒かったのです。すぐに剣で触った方が良いと思いました』だから剣で突いたら、こうなりました・・・・・ イーアンは説明し、改めて腕を伸ばした。
「誰かと一瞬、目が合ったような気持ちになりました。嫌だったので、剣で触れたのです。正しい判断です」
珠をそっと持ち上げて、イーアンはすぐにそれを両腕に抱えた。『糸が脆くて千切れます』タンクラッドとオーリンに、崩れかけた糸と外れる珠の様子を教える。
「一旦、外に出よう」
燃した苔の炎は消えかけていた。3人は石の蓋をそのままに、暗がりに残されるよりはと急いで表へ出た。
3人が石の扉をくぐったすぐ、後ろで何かが動いた音がして、振り向くと地上の光を受けた、奥に見える石の箱の蓋が独りでに戻っていた。目をむいて凝視する3人の前で、続いて岩の扉もまた、何の力も受けずに元の位置に戻った。
タンクラッドは凝視しながらも、固まるイーアンをゆっくり抱き寄せ、しっかり両腕に包んだ。オーリンも側に来て、なぜかタンクラッドにしがみ付いた。それを知ったタンクラッドは眉根を寄せながらも、そっと弓職人を見たが、弓職人はビックリし過ぎて、岩の扉を見たままだった。
「何、今の」
ようやく口を開いたオーリンに、イーアンも緊張したまま首を振る。『誰かがいたようには思えません』が、と続け、すぐ黙った。
くっ付いた3人は暫く岩の扉を見ていたが、答えを知ろうにも埒が明かないので、とりあえず龍の待つ場所へ戻ることにした。珠を腕に抱えるイーアンに、親方は少し心配する。
「イーアン。それは腕が痛いとか、そうしたことはないか」
「大丈夫です。異変はないです。ちょっと温もりを感じますけれど、悪い感じはしません」
その答えに、タンクラッドはふと、イーアンは自分の股間の上でも温もりだけ感じて、悪いふうに感じないと良いなと思った(※大きな問題と誤解ある思考)。それを伝えようかと思ったが、オーリンもいるから止めた(※正しい判断)。
「な。それ俺が触っても大丈夫かな」
2頭の龍のもとに着いて、オーリンはイーアンの腕の中の珠を指差す。『大丈夫でしょう』イーアンも頷いて両腕を組んだ中に入れた珠を、背中を仰け反らせて、どうぞと見せた(※胸がないから出来る行為)。
「糸で繋がってるってことは、首飾りみたいな感じだったのか」
オーリンが一つを触ると、繋がれていた糸は崩れ切れて、珠はオーリンの指に納まった。『これ、何かに似てる』摘まんだ珠を目の前に見つめ、弓職人はガルホブラフの目みたいだと思った。
「ガルホブラフの目ですか」
イーアンは彼がそう言ったのを聞いて、頷いた。『そうですね。この仔の目みたい』そう言うと、オーリンは目を見開いてイーアンを見つめる。
「なぜ。俺は何も言っていない」
「あら。言いましたでしょう」
オーリンは黙る。何で思っただけのことを彼女は知ったんだ?じっと見つめるイーアンは瞬きし、驚いたふうに弓職人に答えた。
「思っただけのことを私が知る?なぜですか。聴こえています」
その答えにオーリンは急いで珠を離した。『これだ。これのせいだ』地面に落ちた珠は転がり、すぐに止まった。イーアンもわけが分からず、珠とオーリンを交互に見る。
この二人のやり取りを見て、タンクラッドはそっと落ちた珠を拾い上げる。そして珠を手に握り、イーアンを見つめて『俺の声が聞こえるか』と考えた。イーアンはすぐにタンクラッドを見て『はい』と返事をした。
「もう一回だ」
タンクラッドは真顔で、持っていた珠をイーアンの腕に戻し、別の珠を摘み上げて握り『俺の言うとおりに、すぐ同じ言葉を繰り返せ』と考えた。こっちを向いたイーアンは頷く。まだ気がついていない様子。タンクラッドはそれを知りながら、ゆっくり言葉を頭に浮かべる。
剣職人を見つめたまま、イーアンは言葉を繰り返して呟いた。
「私は。あなたを。愛してい えっ」
そこまで言ってイーアンは慌てて口を閉ざした。タンクラッドが笑う。イーアンが垂れ目で怒った顔をする。『何てことを言わせるの』剣職人に抗議するが、横で聞いていたオーリンは笑っておらず、口を挟んだ。
「俺には聴こえていないぞ。イーアンはタンクラッドを愛してるみたいなこと、言いかけたけど」
「そんなわけないでしょう」
がっかりするタンクラッド。そんなにはっきり、即行拒否しなくても。凹むタンクラッドに、オーリンは自分の聞きたいことを急いで訊いた。
「タンクラッド。もしかしてその珠は、言葉にしなくても考えていることが伝わるのか?そういうことか?」
「ああ・・・・・ そうだ。その通り。きっと魔物の道具だったのだろうな。これで操ったり命令したり、そんな使い方をされていたのかも知れない。聖別した今、魔物は関わっていなさそうだが」
疲労した親方は、頷きながら思うところを説明した。
腕に抱える26個の珠を見つめ、イーアンはそれで今の出来事がと理解した。電話よりも優れている。でも思ったことが即伝わるのも大変そう。それは気になった。
この不思議な宝について、少しこの場で話し合った結果。この宝物の話は、そう誰にでも言えないとした結論になり、3人はとりあえず帰ることにした。オーリンは自宅に戻る。タンクラッドはイーアンが送り、イーアンは西の支部へ行くことなった。
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登場人物と同じページに、地名を加えました。下へ進むと地名一覧です。国の方位で、どのあたりにある地域という具合で載せています。漏れている地名もあるかもしれませんから、そうしたものは見つけ次第、載せようと思います。




