460. タンクラッドの過去
イーアンは、回収した包みを北西支部へ龍で運ぶ。タンクラッドは後ろの席。これが一番しっくり来ると、イーアンは思う。
先に親方が乗っている状態だと、いつもの自分の席が親方に座られているため、イーアンは乗れない。後ろに乗せてくれれば、まだ良いけれど。なぜか親方は自分の股の上にイーアンを乗せる(※これがイヤ)ので、どうにも落ち着かない(※絶対、親方のアレがあるはず)。
「でも。それを言うのもね。何か意識してるみたいに思われても困るし。そう。困るわよねぇ」
ぼそっと呟いて、難しいと悩む。後ろにいる地獄耳の親方は『何か困るか』と質問。急いで振り向いて『いいえ。ちょっと考え事で』とイーアンは、はぐらかした。
そんなこんなで見えてきた北西支部。工房前に降りてもらって、テントの包みを解く。テントは畳んで、帰りに返却するため、持って行くことにした。
「行くか。魔物の守る宝」
親方がイーアンに笑いかける。『そうですね』イーアンはちょっと心配はあるものの、やはり気になるので頷く。オーリンは龍から降りないままで『じゃ、戻ろう』と促した。
親方が先に乗りそうだったので、イーアンは急いでミンティンに乗せてもらった(※ミンティンも親方は後ろが良い)。親方はちょっと気づいたようで『お前。何か今、俺を阻んでいただろう』不審そうに言いながら、後ろに乗った。
「阻む?そんなことありません」
さあ、ミンティン行きますよと切り替えて、イーアンは青い龍をカングートへ向けた。オーリンたちは既に前を飛んでいる。何となく不満そうな親方。
「イーアン。お前は俺に触られるのがイヤか」
ダイレクトにそれを訊く親方に、イーアンは溜め息をつく。触られるのがイヤとかじゃないのです、と言いたい。お股が付くのが困るの・・・と。
でもそんなこと言ったら、それこそ意識していると思われそうで言えない。この年で、こんな場面に遭遇するとは。若い子じゃあるまいし。中年でも出くわす悩みと覚える(※相手が天然だと生じる)。
「こら。返事をしろ。俺に触られたくないのか」
「そうではありません。そんなこと仰らないで下さい。言うに言えないこともあります」
「あのな。お前を触るったって、俺なりにちゃんと考えてるんだぞ。オーリンは気楽そうだが。ずっと我慢してるが、お前のその服だって。本当だったら、側できちんと眺めたいし、出来れば触りたいし。だが、そうも行かんだろう。考えて触っていないんだから(※えばる事じゃない)避けるな」
ちらっと親方を振り向くイーアン。分かるけど。それならば、なぜ股間に座らせるのか。それは良いのか。訊けない・・・・・ 『何だ。何か言いたそうな目だ』親方が眉を寄せる。
イーアンは仕方なし。毛布に包むくらいの表現で、タンクラッドに『その部分の上に座る』ことに抵抗がある・・・と伝える。言いにくそうに、ちょっと赤くなっているイーアンを、親方はじーっと見つめる。
「何を言われるかと思えば。そんなこと気にしていたのか。何だ。股の上はイヤか」
当たり前ですとは思うが、タンクラッドには言えない。小さく頷いて、どうぞ理解してもらえるよう祈る。
「そうか。俺はあまり気にしなかったが。お前は俺のチン○が当たるから、それが気になるんだな」
はっきり言わないで下さいよ!!ビックリしたイーアンは、さすがにそれは注意した。親方は笑って『そうか。女だからな』と。今更のことを理解したように頷く。
『分かった。お前が感じるなら、止めておこう』と笑顔で了解してくれたが。その言い方もイヤ・・・イーアンは項垂れた(※伴侶が倒れる)。
項垂れつつも、とりあえず問題は解決したので、気を取り直してカングートの谷へ向かう。龍だとすぐなので、途中でドルドレン率いる、北西&西の騎士一行を下方に見つけた。
向こうも気が付いて手を振ったので、イーアンも手を振る。顔は見えないけれど、伴侶は一緒に行きたがっていたから、きっと寂しく見つめているだろう。そう思うと、頑張って収穫を得て、早めに帰ろうと決める。
「見えてきたぞ。カングートの奥か。名前があるのかどうか。何があるのやら」
親方の言葉に、イーアンもじっと向かう先を見つめる。その宝があるのかどうかも分からない。もしあっても、宝とは名ばかりの真逆の存在かもしれない。でもとにかく、気になる理由は欲ではないことは確かだった。
「私たちの旅の、何かに関連しているように思います」
イーアンが呟くと、ミンティンの高度が下がった。オーリンの龍は、既に昨日の湯気立つ場所の奥へ向かっている。イーアンたちも後ろに続き、昨日の谷の先へ飛んだ。
谷の続きを進んでいる2頭の龍。真下を見ると、昨日倒した魔物が埋め尽くしている。『あれは回収する気にならんな』タンクラッドは不快そうに言う。イーアンも同意する。『使える部分があっても、何か嫌です』気分が悪いとぼやくイーアンに、タンクラッドは手を伸ばして髪を撫でた。
「お前が助けてくれた」
「いいえ。私では」
「俺はな。お前に話しておこうと思う。もう乗り越えたから話すが。そしてお前なら、きっと受け入れてくれると信じている」
イーアンはタンクラッドの目を見つめた。彼が昨日苦しんでいた理由のような気がする。
「俺は昔な。人を殺したことがある。殺す気はなかった、と言えたら違うんだろうが。殺す気で殺したんだ」
イーアンは黙って話を聞く。タンクラッドが若い時、自分の作った剣を売った相手が、犯罪を重ねていると知った。それを知って、相手を止めないといけないと出かけて行ったらしい。
「そうしたらな。捜し出して見つけた現場が、俺の作った剣がそいつの手に握られて、見知らぬ誰かを斬っている最中だった」
それを見て、自分は気が付いたらそいつを殺していた、とタンクラッドは続けた。
「そいつと同じことをしたんだ。馬鹿だよなぁ。
・・・剣は何かの命を奪うためにある。『何か』なのか『誰か』なのか。傷つけるためだけに生まれた存在だ。分かっていたはずなのに、自分の剣が人殺しの道具になるなんて、考えていなかった。序に言えば、意味ある人殺しもないはずだ。それなのに。
俺は二つの現実に打ちのめされた。そうした道具を作る意味と・・・許せなかったとは言え、結果的にその男と同じ行為を選んだ自分の意味と」
「でも。タンクラッドは剣を作ることを選んだのですね」
「そうだ。俺は殺した後、そこから逃げなかった。その現場で取り押さえられたが、状況を説明した後、俺は数ヶ月の裁判で無罪とされた。犯罪者は凶悪だったからという理由で。俺は釈放されたが、自分の中ではそいつと同じだと思い続けた。
剣を作ることも、ずっと悩んだ。鉱石を探しに行った旅の話があるだろ?俺は旅先のテイワグナで、その事件を起こし、テイワグナで裁かれた。その後もずっと旅した。旅をしながら。石を探しながら。自分を探した。随分経ってから、自分はやはり剣を作ろうと決心した。使う人間を選ぼうと思ったんだ」
イーアンはタンクラッドを見つめる。悲しそうな瞳が少し微笑んで、イーアンに向けられた。
「怖いか」
「いいえ。ちっとも」
悲しそうなタンクラッドに、イーアンは腕を伸ばす。真後ろには難しいけれど、イーアンの手を親方は受け取って握る。その手を自分の頬に当てて目を閉じた。イーアンは親方の気持ちがよく分かる気がした。
「あなたに会えて。私は幸せだとこの前言いました。今も言います。あなたと会えて、私は幸せです」
「イーアン。有難う。俺もお前と会えてどれほど幸せか」
「話して下さったことを大切にします。苦しかったでしょう。お話して下さって有難うございました。私は誰にも言いません。安心して下さい」
「俺は。昨日それに苛まれた。あの歌で思い出したのは、その現場だった。歌声が聞こえてきた部屋を見に行ったら、歌が止まった。扉を開けたら、歌っていた女が斬られているその瞬間だった。俺は剣を抜いて、殺した男を殺したんだ。それを思い出した。
こんな俺が、これから人助けをするのかと心が訊ねる。こんな男が正邪の剣を持って、まるで正義のように剣を振るって、素知らぬ顔で平気でいられるのかと自問自答が始まった。
だが、お前の俺を呼ぶ声を何度も聞き、お前を助けたいと、それだけが残った。その時、俺は断ち切った。俺は充分に痛みを理解したことを。それは決してまやかしではないことも」
タンクラッドの目は涙は見えなかったが、声は震えていた。イーアンは先に行くオーリンをちょっと見てから、ミンティンに山の上に一旦降りるようにお願いした。
「どうした」
すぐに近くの山の上に降りたミンティンに、親方は驚く。イーアンはミンティンを降り、タンクラッドに手を伸ばした。
「必要です」
何が、と親方が躊躇いながら降りると、イーアンは親方の胴体に腕を回して抱き寄せた。『タンクラッドは自分を超えました。痛みと苦しみを理解して、正しい力に向けて立ち上がったのです。でも深い傷痕です。まだ痛いでしょう』イーアンはそう呟いて、タンクラッドの背中をぎゅーっと抱き、撫でる。
「お前は。お前って女は」
タンクラッドもイーアンを抱き締める。その優しさに感謝して、タンクラッドは絶対にイーアンを守ろうと誓う。イーアンは頭を起こし、タンクラッドの目を見上げて言う。
「私は過去を話しません。私はとてもじゃないですけれど、人に話せるような過去ではないのです。あなたは話して下さいました。でもいつか。もしかしたらお話しするかも。私は酷い人間でした」
「俺はな。お前がどんなに酷いやつでも。今、ここにいるお前が、全てを持っていると知っている。どんな過去があろうと、俺はお前を」
愛していると言いたかったが、止めた。タンクラッドはイーアンの髪を撫で、そっと頭にキスしてから、ミンティンに乗せた。『オーリンが待ってる』そう言って微笑み、自分も龍に乗った。
ミンティンが再び浮上して飛ぶと、オーリンが引き返してきた。『見つけたけど、どうした。来ないから』心配そうだったので、イーアンは謝って、すぐに行きましょうと答える。
「あったんだ。『石の扉』とユーリが話していただろ。あれ、そうだぞ」
ガルホブラフの高度を下げ、谷の奥に続いた針葉樹の森へ入る。森の手前には、幾つもの空き地のような場所があり、その先に急傾斜で岸壁が現れた。岸壁の下に、一際大きな一枚岩が不自然に寄りかかっていた。
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