456. 西・援護遠征カングート戦中半
タンクラッドはミレイオの家にいた。といっても、玄関。『そうか。分かった』用を聞いたタンクラッドは、軽く礼を言って立ち去る。
「あんたも参加するつもりなの」
剣職人の背中に声をかけるミレイオ。タンクラッドは少し振り向いて口角を吊り上げる。そのまま坂を下って消えた。
「物好き。お金にならないことに、首突っ込むやつだとは知ってるけど。剣まで持っちゃって」
私は行かないわよと笑ったミレイオは、家に入って扉を閉めた。
同じ頃。オーリンとイーアンは龍の上で待機中。下方で裏の谷へ進む騎士たちを見ていた。速歩でも距離がある岩棚に、次々に入っていく。幅が狭いので、馬が走りにくそうである。
「大丈夫でしょうか」
ちょっと心配なイーアン。一番気掛かりなのはショーリの馬。大きいし重いし、あの馬が通れるのかどうか。それをオーリンに言うと、オーリンも『あいつの馬。よく分からない大きさだもんな』と頷いた。
「ショーリの馬は、必然的に一番最後みたいですけれど。万が一、通れなかったら」
「そしたら、遠回りするだけだろ。さすがにガルホブラフでは運べないよ。力はあるけど。こいつは足の爪が危ないし」
ガルホブラフは、つーんの状態。聞こえない~といったところ。荷物運びなんて冗談じゃないよと、知らん振りな雰囲気。『イヤだと思う。こいつは結構相手を選ぶから』龍の態度を見て笑うオーリンは、龍の首を撫でた。
「まあな。ショーリがいると心強いから、出来れば待機はさせたくないけど。あれだけ力が強いと3人分くらいは動ける」
イーアンも頷きながら、ショーリの馬が上がる所を見守る。でもやっぱり。『馬が躊躇っています』上から見ていて分かる、馬の足が戻ろうとしている様子。『無理か』オーリンも心配そうに呟く。
「ショーリの馬の幅じゃない。ショーリは回り道で、後から入った方が良いかな。でもそうすると、かなり時間差があるけどね」
仕方ないよ、とオーリンはイーアンに言う。こればかりはどうにも出来ないので、龍にショーリの近くまで降りてもらい、ショーリに、続く先の道から奥へ入るように伝えた。ショーリもどうにもならないから、と了解した。
「俺が後から行くと、総長に伝えてくれ。隊長でも良い」
「分かりました。気をつけて」
龍を浮上させて、皆が通る亀裂の向こう側へ先に向かう。亀裂の出口から、魔物の溜まる場所まで距離がある。ショーリが出てくる出口からだと、さらに。
「どうするんだ。皆が出てきてからやるのか」
「そうですね。山を抜ける亀裂の長さは分からないけれど、皆さんの先頭が見えてからの方が良いような。抜け殻が飛ばされるのを見れると良いですものね」
「飛ばないと。確か君が溶かすって。どうするの?あまり知りたくないけど」
本音が同時に漏れてる、と笑うイーアン。あのねと骨の粉が入った袋を見せる。『時々使うのです。水に反応します』これが・・・と言いかけて、溶けないことに気が付くイーアン。
「あ。違いました。溶けませんでした。あら間違えちゃった」
「え。大丈夫なのか?だってそれ、爆風が起きない時の次の手だろ?」
「そうです。溶けるのはあいつ(※67話)だった。でも大丈夫ですよ。今回の魔物は、自分の殻の中で、きっと蒸し焼きです。溶けませんけれど」
蒸し焼きか~とニコニコするイーアンを見て、オーリンは胸中がざわめく。
この人って何だろう・・・・・ 笑顔だけど、食べれるとでも思っているのか。それに溶けた『あいつ』って誰なんだろう。これまでにない怖さを感じるオーリンは、目を合わせないことにした。
怖いなぁとちょっと思いつつ、オーリンは騎士たちが出てくるのを待とうと下を見たが。ふと、後ろから何か来るのを感じる。ガルホブラフもぐっと首を立ち上げて振り向いた。
「あっ。あれ」
龍と一緒に後ろを向いたオーリンは驚く。蒸し焼きに笑顔だったイーアンも、何事かとつられて振り向いた。
「まぁ。ミンティン」
緊張感がないよ、この人。オーリンの眉根が寄る。それとも青い龍が自由に来るのはいつもなのか。イーアンはミンティンに手を振る。『どうしたの~』嬉しそうに声をかけると、青い龍が加速してあっという間に真横に着いた。
「んまー」
「イーアン。こっちに乗れ」
Myミンティンをぶいぶい乗り回す剣職人登場。少し顔が強張っているのは『何でオーリンに掴まってるんだ』の理由。『掴まらないと落ちます』ほら、と龍の背中を指差して背鰭ナシを見せる。
「全く。ほら、こっち来い」
「いいよ。イーアンは今日戦わないから、俺と一緒なんだ」
「オーリンは側にいるだけで、充分効果絶大だ。半径1㎞でもいいくらいだ。お手伝いとしては問題ない。おい。イーアン、こっちだ」
「危ないって。ここ浮いてるんだから。イーアンは運動神経悪いから引っ張るなよ、落ちるだろ」
「そんなこと分かってる。だからとっとと手を放せ。俺が支えれば危なくない。ほれ。こっち来いって」
空中で取り合われ、イーアンは怖くて仕方ない。やめてー!と一生懸命叫ぶが、腕を引っ張られて落ちそうになる。安全な場所で移動させてー 頑張って交渉するが、鈍い男二人で全く理解してくれない。
ずるっと体がすべり、悲鳴を上げるイーアン。ミンティンが急いでイーアンを摘まむ。どうにか宙ぶらりんで、危機一髪のイーアンは手に汗握るここ一番の恐怖で縮み上がった。親方も慌ててミンティンから受け取り、自分の上に座らせる(※ここは実はイーアンの席)。オーリンもさすがに焦った。
「大丈夫か」
「いいえ。死ぬかと思いました」
可哀相にとナデナデされながら(※親方のせい)イーアンは怖さで震える(※地上から100m)。『もう大丈夫だ。ミンティンも背鰭で固定してるし、俺もお前を離さないからな』ハハハハと快活に笑われて、げんなりするイーアン。
「それで。何でタンクラッドが来たんだ」
イーアンを奪われたので、オーリンがちょっと怒っている。タンクラッドは何てことなさそうな顔で『理由か』と答えた。
「イーアンの願いを叶えに。試すには丁度良いからな。ミレイオに西の遠征地の場所を聞いた。で、魔物ってあれだろ」
剣職人はイーアンを腕の内に抱えながら、下方に見える群れを示す。そうですとイーアンが答えると、現状を訊ねるので、ここまでの流れと、騎士の皆さんがこれから到着次第、取る方法を要所で伝えた。
「そうか。またお前らしいというか。面白い。で?総長たちはまだか。先に吹っ飛ばしても良くないか」
「皆さん、もう少しかもしれませんが。彼らに戦いやすいよう、爆風を起こして見せないと、どれが抜け殻か分からないので」
「それは俺が手を出しても良いか」
え?イーアンは振り返る。親方はニコッと笑って、イーアンの目の前に一枚の花びらを差し出す。『きれい』青紫色の透き通った小さな花びらに、イーアンは思わず笑顔。横で見ているオーリンは無表情。
「綺麗だな。その姿のお前と同じように。だがこの花びらは、綺麗なだけではないかも知れんぞ」
イーアンは誉められているのを特に気にしないで流す。誉められたことよりも気になる言葉は。
「まさかあなたは。これはアオファでは」
タンクラッドはイーアンの頭を撫でた。『お前は賢い。お前も同じことを思っていたか』そう言って、指に摘まんでいた花びらを放した。
花びらは宙に舞い、くるくると落ちながら・・・・・ きらりと一度光って、突然ぶわっと青紫の風に変わる。
ビックリしたイーアンとオーリンは目を丸くする。風は形を持って、まるで龍の化身のように伸び、口を開いて地上の魔物目掛けて滑空し、一頭の魔物を捕らえて砕けた。一瞬の出来事だった。
「『夜明けの色した花びらは、涙の夜を終わらせる。怖い夢には花びらを。土に広げて風に乗せ、闇も涙も追い払え』だそうだ。なるほど。これなら追い払うな」
タンクラッドは目の前で起こった現象に、満足そうに頷いた。イーアンはゆっくり振り向く。親方はこの瞬間が大好き。ひしっと貼り付くイーアンに、これこれと思いながらぎゅうっと抱き締め返した。
イーアンは絶賛。素晴らしいとか、何て早い行動なのとか、ぎゅうぎゅう抱き締めて喜ぶ。親方満足。『いやそんなに。大したことじゃないだろう』とか余裕で言いつつ、イーアンをよしよしする。
「この花びらのほうが正確かも知れません。まだ使えますか。民間の人々に配る分もあるけれど」
「大丈夫だ。アオファに言えばすぐにくれるだろう。あいつの指をちょっと擦ったら、取れる分が落ちた。垢みたいなもんだ」
垢・・・それはちょっと。げっ、と思うイーアンだが、聖獣の垢で要らないって言うなら、活用するべきと思い直す。
「そろそろ出てくるな。あれは総長だろう。全員が揃った時点で、夜明けの色の花びらを撒くか」
ロマンチックな親方発言に、イーアンもニッコリする(※垢)。横で見ていたオーリンは、やれやれと呟いて『知らせてくるよ』と龍を総長に向けて飛ばした。
「総長」
空から響いた声に、ドルドレンは見上げる。そしてオーリンの龍とは違う龍を見つけ、嫌な予感(※勘が良い)。
「タンクラッドが来た。爆風に小細工をするらしいぞ(※ちょっと嫌味)」
「何だと。なぜタンクラッドが。それも参加する気か」
頭の痛い総長は、額に手を当てて『もう帰りたい』とぼやく。ってことは。あのミンティンにイーアンが。オーリンだけでも嫌だったのに、タンクラッドまで来た。こいつら職人のくせに、仕事してない気がする。
「イーアンを呼んでくれ」
笑うオーリンは頷いて『さっきタンクラッドに引っ張られて、落っことしそうになったよ』軽く告げ口して龍で戻った。
・・・・・愛妻が落とされる、愛妻が奪われる、愛妻が他の男と一緒。ドルドレンは激しい頭痛で吐き気がする。もう帰りたい。ああ、俺が何したって言うんだ~ と。嘆いている矢先。
進行方向に、巨大な花のような青紫の風が、放射状にグワッと広がった。驚く騎士たちは一瞬、馬を止めたが、すぐに急いで駆け出した。
「始まったぞ。抜け殻を確認しないと」
ドルドレンが叫ぶ。青紫の花は崩れ、花弁が生き物のように飛び始め、びゅんびゅん何かが唸りを上げて、高速で宙を駆けている。『何だ、あれは』総長の後ろで、誰かの驚きの声が漏れる。誰もその正体の見当など付かない。
近づくと見えてくる。青紫の風は意思でもあるのか、何頭もの生き物のような姿になって飛び交っていた。風は魔物の群れの中を駆け巡り、軽々と飛ばしたり、また食らい付いたりして砕ける。
「あれだ。すぐに飛んでしまう、あれが抜け殻だ。それであの風が当たっているのが、中身のある魔物だ」
総長が指差して振り向き、騎士たちも理解する。『風が治まったら行くぞ』と命令し、魔物を潰し続ける高速の風の治まるのを待った。
「ドルドレン!」
上からイーアンの声が響き、ドルドレンは見上げる。青い龍とイーアン。と、親方・・・・・ 『イーアン、降りなさい!』思わず口にしてしまったが、即『そっちは危ないだろう』と頼もしい親方の低い声で、尤もな答えが降ってきた。総長、歯軋り。
「ドルドレン。すみませんけれど、もうちょっと上にいます。この風は、アオファの効力です。私ではありません。私の持ってきた、爆発するものも使いますので、皆さんちょっと下がっていらして下さい」
イーアンは大声でそれを伝えると『それが済んだら、残った魔物をお願いします』と加えて、再び魔物の群れの奥へ飛んで行った。
青い龍が戻ってすぐ、遠くで何かが落とされたのが見えた。『あそこが湯気のある場所か』横に並んだクローハルが総長に言う。総長が『恐らく』と頷きかけた時、ぼうっと爆風が起こり、すぐに音も続いてドンッと谷に響いた。
爆風を受けた騎士たちは怯んだが、総長の合図で馬を立て直して、一気に魔物の群れの中へ突っ込む。傾れ込んだ群れの中で、軽い抜け殻は谷の端の方に飛ばされ、体が詰まっている魔物はその場にいた。
ドルドレンは、湯のある中心まで馬を走らせる。途中にいる完全体の魔物は、部下に任せた。先ほど同様の方法で跳躍できる騎士がどんどん刺して毒を切り込み、痙攣が始まった後に弓部隊が綱をかけて魔物を横倒し、剣で足を落として腹を裂いた。
湯気のある場所まで来て、ドルドレンは驚く。『小さいのは全滅か』爆発で倒されたのか、完全体の半分よりも小さい魔物が、山のように散り散りに倒れていた。
ここはもう大丈夫と判断し、馬を戻して、部下の戦う完全体の魔物のいる方へドルドレンは急いだ。
「いけそうかな」
タンクラッドが上から見て呟く。イーアンも下を見つめて頷いた。『大きい魔物も損傷があるので、きっと』皆さんの力で全滅できるはず、と答えた。
「 ・・・・・あれは?」
親方は奇妙な音が聞こえて、すっと顔を上げて山脈の連なりを見た。『イーアン。どこからか歌が』山脈のどこからなのか。誰かの声が聞こえ、羽ばたく音がする。
「おい。魔物だろう、あれ」
横にいたオーリンが振り向いて見つけたのは、自分たちの背後。湯気の立つ場所から、さらに谷の奥。岸壁に沿ってこちらに飛んでくる魔物だった。
「魔物。だが奇妙な」
「歌いながら。歌が。あ、セフェイが話していた、やる気が失せる歌をって。あれか」
「あの姿は」
3人が見た魔物は、人の顔と首があり、胸の最初までが人間のようで、腕は黒い翼、下半身はヘビの胴体。顔は女のようで奇怪な表情。黒い翼に黒い髪。胸が出ている女の鳩尾から下は、黒いヘビが付いている。
「歌っている。何だろう、この声は。どこかで、昔聴いたような」
タンクラッドは不気味な魔物が近づいてくるのに、魔物を見つめながら歌の声に囚われている。イーアンも何か気になるが、これを聴き続けてはいけない気がして、ミンティンにドルドレンのもとへ行くよう頼んだ。
ミンティンはすぐにドルドレンの馬のもとへ飛ぶ。気が付けばオーリンも、飛ぶ魔物を振り切るように頭を振って、ガルホブラフを騎士の隊へ飛ばしていた。
「イーアン。おかしい。あの歌は調子が狂う。一緒にいよう」
オーリンの言葉にイーアンは頷く。後ろを見ると、タンクラッドの目がぎゅっと瞑られている。『タンクラッド』名前を呼んでも親方は目を瞑ったままで、イーアンは心配になる。『タンクラッド!』もう一度名前を呼ぶと、親方は頭を少し振って目を開ける。
「大丈夫ですか」
「大丈夫だ。だが記憶が何か揺すられるような」
タンクラッドの不安そうな答えを聞いてすぐ、ミンティンが止まる。『イーアン、どうした』魔物を斬って戻ったドルドレンが、上空の後ろから来る黒い影を見て、眉を寄せる。
「セフェイさんが話していた、飛ぶ魔物です。弓で追い払えると言っていましたが。歌を聴かされると危険です。タンクラッドが」
「どうした?おい、タンクラッド。何だ、何があった」
近づいている魔物の数に焦りながら、ドルドレンは、龍に跨ったまま目を押さえるタンクラッドの足を叩く。タンクラッドは何度か咳き込み、眩暈がすると手で顔を拭う。
「タンクラッドは歌に反応しています。彼を皆さんの所に置いて休ませないと」
イーアンの声に、タンクラッドは頭を振って『いや。ダメだ、大丈夫』と呟くが、何度も顔を手で拭っている。汗が流れる頬を見て、イーアンは『無理してはいけない』とお願いする。
「イーアン。俺が乗る。タンクラッドはそのままでも良い。ミンティンが支えてくれるだろう。イーアンでは何かあった時に、彼の体は大き過ぎて支えられない」
ドルドレンは急いでイーアンを抱き下ろして、『オーリンといるんだ』と命じ、すぐにミンティンに跨った。『タンクラッド、行くぞ。苦しければ耳を塞いでいろ』ドルドレンは親方に大声で聞こえるように伝え、龍を浮上させた。
「俺と乗れ。俺たちも行かないと。総長は一人で、あの魔物を倒す気かもしれない」
飛ぶ魔物に向かう青い龍を見送ったイーアンに、オーリンが手を伸ばす。『でも私は落ちるかもしれないです』掴まることもできず、オーリンに支えてもらっていたらオーリンが攻撃できない。それを言うと、オーリンはすぐに借りたパワーギアを取り出して、『これ。使ってどうにか出来ないか』と差し出した。
「アオファもそうだっただろ。俺と君でも良い。ガルホブラフと君でも良い。これで落ちないように」
ガルホブラフは理解したように一度首を下げて、イーアンを見つめる。イーアンも了解して『ごめんなさいね』と謝りながら、ガルホブラフの首に解いたギアをかけ、背中に回して首元に自分が入る輪を作った。
「苦しい?痛くない?」
首にかけたので心配するイーアンに、ガルホブラフはぐっと長い首を突き上げて空を見た。『乗れってことだ。大丈夫なんだ』オーリンがちょっと笑って腕を伸ばす。イーアンはその腕に引き上げてもらって、ギアの輪の中に自分の胴体をくぐらせた。
「行くぞ。総長はもう、歌のど真ん中だ」
オーリンの黄色い瞳がギラッと光る。地上では騎士たちが残りの魔物を相手に戦い続ける。でももう残り少ない。きっと皆さんも大丈夫、とイーアンも頷いて、オーリンと一緒に飛ぶ魔物へ向かった。




