454. 西・援護遠征カングート戦始まり
じゃれていた二人は(※オーリンが一方的に)気がつけば谷の上まで来たことを知り、上空から騎士と魔物の戦闘場面を見つけた。
「イーアン。あれだ。何だあれ」
上から見ると、植物の疎らな岩山が並ぶ場所で、雪も残っている。しかし周囲、奥に比べるとこの谷は雪が少ない。岩山の斜面に赤や青、緑色のような『クモ?カニ?』イーアンは目を凝らす。それがわさわさといるのだが、対戦する騎士 ――人間と比べると。
「まぁ。何て大きいの。もうちょっと高度を下げて頂けますか」
「ガルホブラフ。ぎりぎりで飛べ。騎士に射掛けられるとイヤだから、矢より早く」
龍はふらっと体を傾け、長い尾をビュッと振って突然加速した。イーアンがしがみ付く腕を、オーリンも上から片手で押さえる。
『斜めになるから気をつけろ』オーリンの注意に、イーアンは鐙が欲しいと心から思った。ずり落ちそうで、内腿の筋肉を目一杯使う。今夜は内転筋群が筋肉痛だ!と覚悟。ミンティンは背鰭でお腹を巻いてくれるから、こんな苦労はない・・・・・ ミンティン様々を今ひしひし思う。
ガルホブラフの滑空で、魔物の群れに一気に近づく。騎士たちが驚いて弓引きが弓を構えるのが見えた。
「射るな!味方だ」
オーリンが叫び、イーアンはその間にすぐ近くの魔物を目に焼きつける。『こんな場所に』魔物は何でもありかと呟いてすぐ、龍は飛び去った。
「見たか?分かった?」
「あの、この奥へ飛びましょう。魔物が下りてきた山の向こう側です」
分かったとオーリンが答え、龍に命じて向きを変える。そのまま山を越えて向こう側へ出ると浅い谷が見えた。谷には湯気が見え、そこには同じ種類と思われる魔物が集まっていた。
「ここから来てるのか」
「近づいて下さい。さっきみたいに出来ますか」
イーアンに言われ、オーリンはすぐにガルホブラフを、魔物の群れと湯気のある場所へ飛ばす。『一瞬だぞ。よく見てくれ』何されるか分からないからな、とオーリンが言う。イーアンも頷いてしっかり下を見つめた。
急降下する背中から見る、魔物の群れ。そしてその色、形、質感、形状の違い、湯気の立つ場所。群れの様子を5秒ほどで頭に叩き込む。ガルホブラフが通り過ぎ、魔物がざわめく音が後ろに遠のく。
「どうだ。分かったか」
「大体です。でもこれから考えます。急いで」
「見て何か分かるのか?イオライのも、そうだったみたいだが」
「ちょっと待って下さい。分かったことからお話します」
イーアンは必死に何かを思い出し、いろんなことを考えては『違う』『でも』『だとすると』ぶつぶつと独り言を言いながら、自分と相談しているようだった。オーリンは龍を飛ばしながら、イーアンに話しかけるのを止め、総長たちのいる元の谷へ向かった。
イーアンは悩む。さっきの姿を見て、思い出すのは甲殻類。こんな山奥にいるとは・・・と、否定を思うが、魔物だし何かのきっかけでいるだけとする。否定したらそもそも、魔物自体がヘンなのだから、もう何でも有りである。
そして湯気のある場所には形の違う、でもおそらく同じ種類の魔物がいた。あれはどこかで見たような。暫く考えて一つしか思い浮かばないので、それとする。関連付けようとすると無理があるので、『何でも有り』を唱えて先へ進む。仮定だが、出来るだけ早く、可能性の高いものを選ぶ。
うーんうーん悩む、背中のイーアンを振り返り。『どうする?総長たちと合流するか?』オーリンは一応、許可を取る。
ハッとしてイーアンが顔を上げると、オーリンが下を指差す。下には既に、北西支部と今日の西の支部の隊がいる。馬を走らせて、加勢しようとしているところだった。
前方には、大きさが牛並みの甲殻類(※仮決定)。体の半分はあるような太い腕に鋏が付いている。胴体真っ二つ系の恐ろしさ。
「関節というかさ。何か隙間があるだろ。あそこに剣を入れたら、動かなくなるって言ってたよな」
「体節ですか。あの形だと、腹部と頭胸部の間でしょう。有効な場所は」
「どこ」
オーリンに、魔物の胴体のくっ付いている前後を示す。『あの部分を攻撃します』でも暫くは動くでしょうねと、付け加えた。オーリンはイーアンを見つめ『よく知ってる』と誉めてくれた。
「一度ドルドレンのところへ降ろして下さい」
うんと頷き、オーリンはイーアンを、ドルドレンの駆ける馬の上に連れて行く。イーアンに気が付いたドルドレンは両腕を広げ『おいで』と呼んだ。この声でイーアンは即、飛び降りる。あっさり飛んでしまったイーアンにオーリンは驚く。
「スゴイ信頼だ」
あの運動神経の鈍さで、とオーリンに呟かれているが、イーアンには聞こえない。
飛び降りたイーアンを、ドルドレンはひょいと跳んでキャッチ(※イーアンが運動能力鈍いのは熟知の上)。再び馬に戻り、笑顔の二人。『お帰り』『ただいま帰りました』走る馬の上で、イーアンはドルドレンにどうするかを教える。
「でもそれ。ちょっと難しくないか」
「私も突然はどうかと思いますから、最初は毒を塗って頂いて。それでね、白い皮の魔物みたいに」
あ、そうしよう、とドルドレンは納得。一旦、駆ける馬を返し、続いて走ってきた騎士たちに号令をかけて集めた。
「交代する西の騎士たちも、一回集めた方が良い」
総長が近くにいたオズカンに言うと、オズカンは頷いて知らせに行った。セフェイが『でも』と総長に意見する。
「今、山を降りてきてる魔物はどうするんですか。すぐ来ちゃいますよ」
「そうだな。ちょっと待て」
ドルドレンはオーリンを呼ぶ。龍で降りてきたオーリンに大声で叫んだ。『一度騎士を集める。その間、魔物を』総長の言葉を途中まで聞いて、オーリンは笑いながら空へ戻った。
「任せよう」
オーリンに止めておいてもらう間に、ドルドレンは、イーアンが腰袋から出した毒を、最初に集まった全員の剣と鏃に急いで塗らせた。『足りるか』毒が少ない気がする。イーアンはちょっと考えて『取りに行って参りましょう』と答えた。
「少しの間は使えます。以前もそうでした。一度使って消えるとは思えないので、気をつけて的確に」
「どうすれば良いと思う」
「ドルドレンは上に乗れますね。あの魔物の背中と言いましょうか。出来ればそれが早いでしょう。背中に乗って、前後に大きく分かれていますので、その繋ぎ目に突き刺して逃げて下さい」
「俺は出来るが、他の者は」
「ドルドレン、クローハルも出来るでしょう。ロゼールにも剣を持たせて下さい。シャンガマック、フォラヴも、背中に乗れる跳躍の出来る方は、その役目を。
おそらく突き刺して離れれば、毒が効けばですけれど。魔物は止まるか、動きが悪くなります。他の方は鈍くなった魔物の足を落として下さい」
「足が下から生えている」
「ショーリがいます。ショーリに引っ叩いて頂いて。ひっくり返してもらって下さい。元気なうちにそれをやると、鋏で攻撃されますでしょうから、必ず痙攣が始まって動けなくなってからです」
「後は。弓は」
「殻の継ぎ目に鏃が入れば、それが一番ですが。動く相手に難しいでしょうから、鏃にはとりあえず毒を塗っておいて。出来ればショーリと同じ役目を」
矢に綱をつけて飛ばして、動きの悪くなった足を絡ませてとイーアンは言う。『引き千切られないか』コーニスが戸惑う。イーアンは急いで『綱はありますか』と誰かに答えを問うと、西の騎士が持っている綱を渡してくれた。
イーアンは馬を下りて綱を3mほどの長さに切り、両端に子供の頭くらいの石をくくり付けた。綱の長さは結んで短くなった分2m弱。時間にして2分。それを。『ショーリ』ショーリを呼んで持ってもらう。
「端を持って、もう片方を振り回して下さい。そしてあの、一番手前に見える魔物の足に向けて、投げてくれますか」
「初めての試みだ。失敗するかもしれないぞ」
「そうしたら、ドルドレンに倒してもらいますから」
え、俺。総長は突然振られ、眉を寄せる。
ショーリも、まあ良いかといった具合で頷き、馬を走らせながら、石の付いた縄をぶんぶん振り回し、魔物の足に向けて投げた。仕方ないので、ドルドレンも後から馬を走らせて、予備でついて行った。
「うおっ」
巨漢と総長の後ろで見ていた騎士たちが、驚いて目を丸くする。ショーリの投げた石付き縄が、魔物の片側の足2本に絡んで、魔物の体が倒れた。
「こうなると、俺が倒さないとダメか」
ドルドレンは走って行った序に近くで跳躍し、剣を抜いて転がる魔物の胴に降りて、目一杯突き刺し、暴れる鋏が振り下ろされる前に飛び退く。魔物の体がすぐに、ぶるっと大きく震えてグラグラ揺れて横倒しのまま、小刻みに痙攣し始めた。
それを見たドルドレンはもう一度、魔物の体に跳躍して乗り、横倒しの脇から、長剣で大きな鋏の付いた前足を叩き斬った。その後ろの足が、ドルドレンの真横から動いてぶつかったが、ドルドレンは体が揺れただけで、次の瞬間跳躍し、戻ってきたウィアドにひらっと跨って戻ってきた。
笑って後ろで見守る巨漢と一緒に、イーアンたちのいる場所まで戻り『一頭だけな』と報告。『足がぶつかったようでしたが』イーアンに心配そうに聞かれ、ドルドレンは微笑む。
「すごい鎧だ。びくともしない。俺は衝撃で揺れたが、特に傷みも何も。鎧には損傷もない」
良かった、とイーアンも笑顔。そして倒してもらったお礼を言う。綱を使った様子を見せたことで、コーニスに振り返り、きっと大丈夫ですと頷いた。
「痙攣したら、きっともっと綱が掛かりやすくなると思います。矢で綱を飛ばして下さい。魔物の動きが鈍くなってからです。足に掛かったら、綱の端まで移動し、それを持って馬で引き倒すことが出来るはずです」
「分かった。やってみよう」
コーニスもちょっと安心したようにイーアンに約束する。目の前で見た綱の様子で、コーニスと部下たちは自分たちの役目を理解した。
上を見ると、オーリンが矢を射掛けて魔物を攻撃していた。魔物は飛べないので射掛けられると、奇妙な動きで一度大きく反応し、止まる。当たり所が良いのか、その後の動きが悪くなっているのが見て分かる。
交代する西の騎士たちが集まってきた所で、ドルドレンは一連を話す。『だがもう交代で戻るなら、それはそれで』と促すと、騎士たちはちょっと話し合って、自分たちも一緒に戦うと言った。
「では。ドルドレン。少しの間、私は戻ります。毒を取って戻りますので、その間。毒を塗った剣で」
「分かった。先ほど言われたようにしよう。毒を塗っていない騎士たちは、痙攣後の魔物を対処してもらう」
イーアンはそれを聞いてお願いし、オーリンを呼ぶ。オーリンは何度か矢を放った後、降りてきてイーアンに腕を差し出した。イーアンも腕を伸ばし、掴んでもらって乗せてもらう。
「行ってきます。皆さん、お気をつけて」
龍の背から叫ぶイーアンの声に、ドルドレンは手を振った。うちの奥さんは。他の男の腰に掴まって・・・そこまで思って頭をブンブン振り、余計なことを考えないように頑張る。近くで見ているドルドレンの隊の騎士たちは、ちょっと気の毒そうに総長を見守っていた。




