453. 西・援護遠征カングート戦 サフィチャシシ地域
西の支部に到着し、そこからさらに奥の現地へ進むという話。
昼前に寄って、今日遠征地へ向かう西の班と合流予定だった北西支部の一行。西の支部の迎えに、時間も時間だと昼食に誘われたので、一旦馬を下りて全員、支部の建物の中へ入る。
オーリンとイーアンも龍を降りて、龍は一旦、空に帰した。『ガルホブラフも空に帰るのですか』イーアンが初めて会った龍を見送りながら言うと、オーリンも『そうだな。ミンティンと同じ所かな』と答えた。
追々さ、これから確かめようぜ・・・笑うオーリンに、イーアンも焦らずにいようと頷いた。そして全員、西の支部の広間へ集う。
西の騎士たちは、何となくのんびりしている。その様子に、北西の支部の面々は違和感を感じる。援護遠征で気合を入れてきた分、西の『お昼食べてから行きましょう』の言葉に、肩透かしを食らった気持ちだったが、顔を見ると余計に思う。何だか普通。切羽詰っている雰囲気ではない。
「大丈夫なのか。状況は」
ゆっくり食べるのも気が引ける。総長は、迎えてくれた西の隊長 ――剣隊長3班ティムル・セフェイ。うねる黒髪で短髪、青い目。180cmくらいの痩せ型、31歳。ちょっとベル似の、風来坊的な無精ひげ。 ―― に、これまでの流れと現状を訊ねる。
全員の食事を机に並べ終えて、一緒に着席したセフェイは総長の横に座って、どんな感じなのかを丁寧に説明。総長他、北西の騎士たちは何となく・・・西の支部のやり方に問題があるような気がする。
「こんな具合ですからね。なかなか終わらないで、帰り道とかも疲れちゃって、落馬する騎士もいて。現地でも、魔物の手に引っ掛けられて、何名か殺されかけたりしましたが、どうにか逃げてはまた戦うような感じですよ」
「それは。セフェイ以外の隊長も同じような動きで、現地で戦っているのだろうか。今も」
「ああ、それはもう。だってそれしか出来ないんですよ。大きいし、多いし。たまに上からも来るし。皆同じですね。この前話した時も、することは一緒って言うか」
「まぁ、その時で少しずつ変わるだろうが。基本は、『やってきた魔物を迎え討ち、やつらが戻るまで戦う』わけだな?戻る時間が決まっていないにしても、追い払えば、そこから下に・・・こちら側には降りてこないと。そういうことだな?それを、もうどれくらい繰り返してる」
ええっとね。セフェイは視線を上に向け、ぶつぶつ数えながら指を畳み、指を開き。その繰り返しを、北西支部の全員(※ザッカリアとオーリンを除く)が不安そうに見つめる。
「そうだなぁ。終わったと思うと来るんで、大体1ヶ月じゃないですか?でもあれですよ。何回か終わったと思って報告書出してます。だからー・・・そうだな。今回で3度目?あれ?4度目?そんくらいですね」
固まる総長。眉根が寄ったまま、セフェイをじっと見る。セフェイは『え?』と一言。総長の困った様子を見て、首を捻り、他の北西の騎士たちの顔も同様であるのを見て、『ん?』で終わらせた。
「ちょっと。一つ教えてくれ、セフェイ。俺も報告書を見ていて分からないままだが、その魔物の形ってどうなんだ。何かはっきり姿が掴めないんだ。今も『上からも来る』と言っただろ?」
食べながら、クローハルが匙をセフェイに向けて質問すると、セフェイは髪をかき上げてブレズを頬張り、もぐもぐしながら答える。
「うん、それ。何か分からないですよね。俺たちもよく分からなくって。だって形、違うから。似てるけど違うやつが2~3種類と、上からのはもう、矢で追い払うだけで落としてないんで。見えないですね。声が変で、あいつが来るとやる気失せますよ~」
この気の抜け方は何だ。総長は悩む。セフェイはあまり固い騎士ではないが、負傷者も出ているのに。これはないだろうと思う。目の前でもぐもぐしながら『あー、今日から2日間かー』と面倒そうに言う姿は。
ちらっとクローハルやコーニスを見ると、二人と目が合った。同じように困惑している。ドルドレンはイーアンに視線を動かす。横で食べているイーアンは、ずっと伴侶をちらちら見ていたので、すぐ目が合い、仕方なさそうに微笑んだ。ドルドレンも苦笑。だが笑っている場合ではない。
「セフェイ。今日はお前と誰が行くのだ」
「あの、俺と。あっちで食べてますけど、オズカンと、あと。もう出ちゃったかな。アリマグシですね」
「オズカンとアリマグシ。待て、弓はどうした。全員剣隊だろう」
「え?ああ。ケイハノフとシムザノフは今、現地なんで。アリマグシの隊にも弓引き分けましたから、彼の弓引き3人いますよ」
コーニスがそれを聞いて顔をしかめた。空からの敵がいて、なぜ弓引き3人。コーニスに浮かぶ嫌悪の色を総長はさっと見て、小さく首を振る。
「うちの支部から。コーニスの部隊は連れてきたが。コーニスの隊だって11人だ。コーニスを入れて12人。飛ぶ魔物がいるなら、西も弓部隊を分けたほうが良かっただろうに」
「あの、さっき言いましたけど、飛ぶヤツってあんまり出てこないんですよ。たまにって感じで」
だからそんな、気にしなくても・・・頭を掻きながら、西の剣隊長は総長を見る。『心配しないで』そんな感じの言い方。セフェイはさーっと皆を見渡して、自分に向けられた疑惑の眼差しに失笑する。
「何か皆さん。俺たちの戦法に疑問がありそうですけれど。でもホント、地上の方がマズイって感じですよ。空より。山下りて来る魔物はでかいし、硬いし、意外に動き早いし、鋏みたいな手だし。
切って切れないことないですけど、かなり剣やられるんで。あっちが先ですね。俺たちもどうにか倒してるけど、増えるんですよ。関節切ればね、どうにか動かなくなるけど、それもホントに大変」
「ってことはだぞ?今・・・この2日間か。出ている剣隊は、弓部隊2つ、丸ごとくっ付けてるから、剣が少ないって意味だろ?大丈夫か?」
胡桃色の瞳を通して、セフェイに疑惑をなみなみ注ぐクローハル。言ってることが噛み合ってない。
「大丈夫ですよ。剣はラーターとサンガレが一緒なんで。で、弓部隊が2つ入ってます。今日。昼ぐらいに北西が来るって早馬でもらってたから、俺たちも丁度良かったかなって」
考えているのか、どうなのか。いや、絶対そんな考えてない、とクローハルは言葉を失う。俺だってもう少しちゃんと考えるのに・・・・・ イーアンを見るクローハル。
イーアンは黙って食事を進めていた。オーリンも普通にガツガツ食べている。ショーリも横で3人分くらい食べている(※人様の支部)。他の騎士たちも・・・沈黙のうちに食べている。
とりあえず食べておくかと、クローハルは溜め息をついて、食事を済ませることにした。総長を見ると、セフェイに『分かった』と小さく答えて、食事の続きを食べていた。
食事を終えて。口数も少ないまま、北西の騎士たちは馬に乗る。イーアンはちょっとドルドレンに相談。
「私は戦わないですが、鎧を着てきました。でも戦力外なら、鎧は外した方が良いでしょうか」
「うん?どうして」
「あの。先ほどのセフェイさんの言葉を聞いていますと。私が鎧を着ていると、私にも振りそうです」
あ~それはあるね、と伴侶も目が据わる。彼女は今回出ないと言っても、聞いてなさそう。『そうだね。当てにされても困るから。鎧は外して、向こうでテントに預けよう』そっちの方が確かだねと決定。
「今日はこちらの支部に私たちは戻るのですよね。野営地でテントではなく」
「そう。ここから遠く離れているわけではないからな。西の支部は見張りも兼ねて、現地でテントを張っているらしいし。援護組は夜は戻ると伝えてある」
「では、鎧もこちらに預けましょうか」
うーんと考えて『それでもいいか』とドルドレンが返事をしたと同時に、セフェイと他の隊長が話しかけてきた。イーアンは会釈してドルドレンに『またあとで』と口ぱくで伝える。ドルドレンも微笑んで頷いた。
中へ戻って、イーアンは西の支部の騎士に事情を話し、夜戻ってくるから部屋に置かせてほしいと言うと、すぐに案内してもらった。『ここどうぞ。こちらに鎧を置いて』真面目そうな若い騎士は、2階の一室をイーアンに見せて、イーアンに鍵を渡してくれた。
お礼を言って、イーアンは鎧をそそくさ外す。青い布を羽織り、羽毛の上着と剣と腰袋のベルトだけにして、急いで表へ戻った。
表へ出ると、全員出発した後で最後尾が見えていた。オーリンが待っていて『行くか』と声を掛けてくれた。
オーリンが笛を吹くと、ガルホブラフがすぐに来て、弓職人はさっと龍に乗る。イーアンは毎度の如く、よじ登るしかないので困る。ちらっと見たオーリンは笑いながら降りて、イーアンを抱えて乗ってくれた。
「お世話かけます」
「良いよ。イーアンは乗せてもらう専門だから」
何それ、ちょっと笑って怒るイーアン。オーリンはちょっと振り向いて、イーアンの上着の中の服に目を留めた(※鈍くて遅い)。じーっと見てから、イーアンの顔を見て『おい』と一言。
「はい」
「さっき。鎧だったろ。鎧どうした」
セフェイの様子から、鎧を着ていると戦闘可能と判断されそうだから、鎧は部屋に置いてきたと話すと、オーリンは頷いて『それもそうだ』と納得。でもまたイーアンの服を見つめて、イーアンの瞳をロックオン。
「何ですか。行きましょう。皆さん、もう行ってしまいました」
「この服って。イーアンの世界の服?」
良いから早く、とイーアンは眉根を寄せて急かす。『飛びながら話しましょう』もう、とイーアンが言うと、オーリンはちょっと笑って『分かったよ』とガルホブラフを飛び立たせた。『先に着いちゃいそうだけどな』そう呟いて、下方に見える騎士たちの姿を見た。
「そのさ。服。変わってるなと思った。君らしい感じだ。上着を脱いで見せてもらいたいよ」
前を向きながらオーリンが言う。背鰭がないガルホブラフなので、オーリンの腰に掴まるイーアンは、弓職人を覗き込んで『自分で作りました』と伝えた。でも、上着を脱いだら寒いからイヤだと断った。
「その格好だと、上着が掛かってない部分は寒そうに見えるぞ。肌見えてるだろ」
「これは魔物の皮です。肌が出ている部分は少し寒いかな、くらいです。服のある部分は熱いくらいですから大丈夫。この羽毛上着の羽を抜いた皮で、上半身の服は作りました。ズボンは、私の鎧の白い皮。あれの内皮ですから、寒くないです」
「触って良い?」
ダメ、と一瞬で断られたオーリン。振り向いて、ニヤッと笑ってイーアンの腿に手を置く。イーアンがべしっと叩く。『ダメ』垂れ目顔が怒ってる。オーリンは笑って、編み目の上半身の服をちょっと引っ張った。カチンときたイーアンが、その手を叩こうとして空振り。手を引っ込められる。
「ちょっとくらい良いだろ?触っても」
「いやらしい。何ですか、失礼な」
「見てると触りたくなるんだよ。魔物製だし。珍しいし。怒ると面白いし」
小学生じゃないんだから、と思うイーアンは呆れて笑う。『あなた何歳なの!お尻触るのと変わらないですよ』呆れながらもぴしっと注意するが、オーリンは後ろを向いてにやけたまま、さわさわあちこちに手を出す。
「ダメって言ってるでしょ!これ!」
「いいじゃん。ちょっと触っても怒ることじゃないだろ」
笑いながら二人で、べしべし叩いたり、さわさわ撫でたりしながら上空を飛ぶ。
「楽しそうだな」
地上から見上げるクローハルが、額に手をかざして空から聞こえるアハハハ、ウフフフ・・・(※実際はもうちょっと小学生的)に寂しげな呟きを漏らす。
「いちゃついてるな。あれはイーアンと誰?」
西の騎士に聞かれて、総長はブスーッとした顔で『弓職人』と名前も言わない。『へえ。弓職人付きなんだ。イーアンは龍に乗るって聞いていたけど』職人つながりなんだね、と適当に終わらせる騎士。
「込み入った事情があるのだ。どうにもならん」
総長は不愉快100%なので、ちょっと先に馬を進め、一人孤独に先頭を進む(※道知らない)。そんな総長の気持ちなど知らない西の騎士たちは、『そういえば』と話題を変えて、北西の騎士たちに話しかける。
内容は、鎧。まずその鎧に話題が盛り上がる。
『クロークの隙間から見えて』『凄い色してる』『初めて見たけど迫力が違うよ』口々に鎧を褒め上げる西の騎士たちに、新調したクローハルやコーニス他、シャンガマックとザッカリアも誇らしげ。
シャンガマックの鎧は、全身イーアン手作りセット(※お歳暮みたい)。褒めちぎられ、照れてどうしていいか分からず、俯くシャンガマック。
ザッカリアも群がる西の騎士に、覗きこまれて誉めそやされ、ちょっと突かれたり、撫でられたりして大人気。ザッカリアも嬉しくて少し赤くなり、えへっと笑ってお礼を言う。
ギアッチも嬉しそうに目を細め『凄いでしょう。この子にイーアンが作ったんですよ。本当によく似合ってるでしょ?この子は何を着ても格好良くて、顔も良いし、最近は大きくなって(※急)すっかり立派で。鎧もこんな豪華なのに、すんなり似合うんだから、大した子ですよ。顔も見た目も良いけど、まず中身が違う。盾もね』ここで、ザッカリアに止められた。
「剣もそうじゃないですか?剣これ。それにずっと気になってたんですけど、盾は北西の支部は皆違うんですか?やたら派手で、美術品みたいな盾ですよね。アードキー地区にミレイオっているんですけど」
一人の騎士が、フォラヴの後ろに回って、盾を見ながらミレイオの名前を出した。微笑む博愛の人フォラヴ。
「そうです。あの方の盾です。私たちはあの方から作品を購入させて頂いて、それぞれが違うのです。とても美しいでしょう?剣も魔物製です」
「弓もだよ。私の弓も、私の部下たちの弓も、オーリンが作って持って来てくれたんだ」
フォラヴの横にコーニスが並び、自分の部下たちの弓が、全部違う模様や色であることを見せる。『龍で来て、弓を運んでくれたんだよ』とコーニスが嬉しそうに言うのを聞いて、西の騎士は羨ましいと笑顔で頷いた。
「凄いですよ。こんな騎士修道会の一行。ハイザンジェルの自慢になりますよ!皆さん、カッコイイです。いつかは私たちも買えるのかな。いつかなぁ」
西の騎士の、羨ましそうな笑顔に、フォラヴも笑顔で返す。『大丈夫です。騎士修道会全員が、こうして格好良く決まる日が来ます。それはそう遠くありません』コロコロと笑う妖精の騎士の言葉に、西の騎士たちも喜んだ。
空ではきゃっきゃ、きゃっきゃ。後ろではわぁわぁ、やんや、やんや・・・・・ 総長は不機嫌だった。道は知らないけど、一本道を上がって行くだけだからと、このまま先頭にいるが。誰も俺のことを気にしない。
道間違えても知らないからなっ(※勝手に先頭にいる)。つまらない~ ドルドレンは苦虫を噛み潰し顔。イーアンが元気なのは助かるが、条件がオーリン同伴。むきーっ ・・・・・しかしこの気持ちは誰にも届かない。
畜生と思いながら、黙々とぽくぽくとウィアドを進める山道。山の傾斜が急に上がり、そこを越えたところで、眼下に急傾斜で削れ落ちる谷を見た。よく見ると、ギリギリで真横に流れるような岩の道がある。馬車が一台通れる幅。
後ろを振り返り、『ここか』とドルドレンがセフェイに声をかけると、セフェイとオズカンの二人の隊長がすぐ来て『ここです。下りますよ』と促した。谷へ下りていく道へ入り、進んで行くと。川の水の少ない谷の続きから、金属のぶつかる音と人の声がする。
「やってますね」
気の抜けたセフェイが後ろで呟いた。ドルドレンはちょっと振り返り、『急ぐぞ』と注意がてら、合図してウィアドを走らせた。
ここは。西の山脈手前の地域サフィチャシシ。谷と川の名前をカングート。かつて世捨て人と、宝の守主が暮らしていたと民話の残る場所。
お読み頂き有難うございます。




