451. お見舞い親方の動き
オーリンも帰り、イーアンは再び工房。ドルドレンは明日の支度もあって、書類を作ったり、会議だったり。
お昼の時間は、ドルドレンがいつもどおりイーアンに食事を運んでくれて、会議の内容を話した。『まだ具合がどうかと思うけど』不承不承、イーアンを連れて行くと言った。
オーリン付きで龍と一緒のことを会議で話すと、弓部隊長は『頼もしい』と歓迎していたらしかった。オーリンにも龍がいるのは、あの短い時間で知れ渡ったので、援護遠征に彼が参加することは特別嫌がられなかった。
遠征はドルドレンの隊と、クローハルの隊が剣隊。弓はコーニス隊が入る。西は数日交代で班別行動らしかった。『西も剣隊は多いが。豪腕はいないかもしれない』ドルドレンが思い出しながら溜め息をつく。
ここのところ、騎士の減った支部には、人数を補充した様子の各支部。西も、騎士を集めたような話を聞いた。
「今回は全く魔物の特徴を知りませんね。報告でもはっきり見えてこないのでしょうか」
「そうでもないのだが。ただ初めて見る魔物は、人によって印象が違うから。複数名の報告書が次々来ると、正しい姿が掴みにくいのだ」
「あの、イオライの獣頭人体みたいな」
「ああ、いや。あんなではない。多分、その点に置いては普通だ。魔物に普通と言うのもおかしいが。だが、ああした魔物を表すような報告はないから。それは大丈夫だと思う」
それだけでも少し安心するイーアン。ドルドレンも同じで、イーアンを抱き寄せて『あんなじゃないよ』と髪を撫でた。二人とも、ああした魔物は精神的に苦痛と、身に沁みていた。
この後。ドルドレンは、午後は書類を片付けてから、裏庭で合同演習らしく『ここにいなさい』と愛妻にキスして慌しく出て行った。
それにしても魔物の下見も出来ないとは。『自分の目で確かめられれば、少しは皆さんのお役に立てるかもしれないのに』今回は仕方ないとは言え、イーアンはちょっと溜息をついた。
「明日。オーリンと龍で行くのだろうから。私の支度・・・・・ あまりなさそう」
下見も出来ず。準備も出来ず。支度もこれと言ってなく。午後もお絵描きをすることにしたイーアン。伴侶が忙しそうなのに、私は絵を描いてと思うが。することがないので、紙とペンを持って、ベッドの上で絵を描いた。
「ハルテッド。ベル、ザッカリア。ロゼール、ドルドレンもいるし。シャンガマックでしょ。フォラヴ。トゥートリクスもいて、ギアッチ・・・あまり似てないけど。あとへイズね。ヘイズもロゼール老け顔みたいになっちゃった(※まだ30前半)。で、ショーリね。ショーリは分かりやすい、ハハハ。後、誰が良いかな。あ。タンクラッド。騎士じゃないけど」
ミレイオも良いかも、特徴があるしと、イーアンは親方を描き始める。等身大で描いたら、絶対売れそうな気がする伴侶と親方。だけど、ここは可愛いキャラで描く。伴侶は可愛い顔を幾らも見てるけど・・・
「うーん。タンクラッドは可愛い顔をしません。親方はカッコイイのです。こうやって描くと、怒ってるみたい」
ちっこく描いた親方は、漫画キャラでも可愛いよりは怒り顔。ペンを置いて、両手で紙を持ち、イーアンは目の前に絵を浮かせて悩む。『ふむ。タンクラッドは素敵だけれど、どうしても顔が厳しい。どうしてかしら』良い顔してるのにねぇと呟いて首を傾げる。
「それは俺か。何で小さいんだ」
後ろから声がかかって驚いて振り向くと、親方が見ていた。『お前は絵が上手いな』ちょっと笑って紙を覗き込む。『これは俺だろ。いつもこんな顔してるのか』笑顔で言われて、イーアンは申し訳ない。
「タンクラッドは良いお顔をされていますが。どうも可愛い顔に描けませんでした」
「俺が可愛い。47のおっさんに何を言ってるんだ」
ハハハと笑ったタンクラッドは椅子を引いて腰掛けた。『具合は』笑顔で訊かれて、イーアンは体調は良好であることと、午前にオーリンが弓を持ってきたことなど、ざっくり話して遠征のことも話した。
「援護遠征?お前が行くのか?まだ明日も休むはずだぞ」
「それをオーリンが補佐してくれるようです」
タンクラッドは自分が言ったことに少し後悔した。早々、自分の存在を確認し始めたオーリンの動きは早い。それが病み上がりのイーアンを引っ張り出すことになるとは。
「ミンティンで行くのか」
「多分、オーリンの龍です。自分で乗ってきて、私を乗せてくれるのだと思いますが、確認していません」
「俺は今日、ミンティンで家に戻るが。明日お前が遠征で出るなら、暫く工房にいよう。だがムリはするなよ。絶対に。オーリンがいようが何だろうが、お前を癒してくれた騎士のことも考えて」
「分かりました。それを大切に守ります。実戦には出ないようにしようと思います」
私は思いつく方法を皆さんに伝える側に、とイーアンが言うので、親方も『それが良い』と頷いた。
「ところでな。お前の所にまだ魔物の材料はあるか。サージが作る時間があるから、材料があればと言っていた」
あります、とイーアンは壁を指して、立てかけてある殻と翅を見せた。『角は残り少ないのですが』でもある分は持って行って下さいと譲る。
「有難う。鎧工房と盾の分は。弓は分からんが」
「面積の広い使用の分は、あの壁際のものを分けて。弓はそれほど面積がありませんので、小さい素材を取り分けます」
「他にも何かあるか」
「剣用ではないです。この前回収したものは柔らかい皮でした。あれは防具で、貼るようにして使うものです」
そうか、とタンクラッドも了解する。イーアンは机の上に残った端材の、紫と黒の皮を差して『それを今回の弓に使って頂きました』と教えた。タンクラッドは背中側の机に腕を伸ばして、皮を引き寄せてじっくり見た。
「確かに柔らかいな。薄いし。これなら鞘も作れるだろう」
「鞘。木型があれば鞘も良いですね」
親方は皮を観察し『これは俺も受け取っていいか』と訊ねた。端材だからどうぞとイーアンは答え、『もっと大きいものもある』それを持って行くように勧めたが、親方は『これで良い』と微笑んだ。
「あとな。ボジェナから伝言だ。いや、ボジェナの母親だな。次にダビを連れてくる時、イーアンと料理をしたいと。気に入られたな」
「そうですか。嬉しいです。是非伺います」
「そうしてやれ。ボジェナの母親はイーアンと歳が近い。再婚だから、実の母娘ではないが、姉妹のように仲が良いんだ。旦那にも娘にも、慕われるように努力している。良い機会を増やすだろう」
「そうなのですね。分かりました。私との料理の時間が、彼女の楽しみであることを嬉しく思います」
腕を伸ばしてイーアンを撫でる親方。『お前は多くの人間に愛される』よしよし、と撫でる。イーアンは嬉しい。『皆さんが、分け隔てないからです』お礼しかないと答えた。
少し黙ってイーアンを見つめてから、タンクラッドは訊ねる。
「地図はあるか。明日行く場所を聞いたか」
「地図はここにはないです。古い地図はタンクラッドの家ですし」
あ、そうかと思い出す。『今度もって来る』曖昧な約束をして、地図を借りたままの状態を謝る。『明日行く場所は』ともう一度聞いたが、イーアンは知らないと答えた。
「西の地区でも随分な山際のようです。名称はあるのかもしれませんが、何も聞いていません。もう結構な日数を西の支部は戦っているようですが」
「そうか。怪我人も出ているだろう。心配だ」
親方は立ち上がり、イーアンを少し抱き寄せてから『これから仕事だから』と帰ることを伝える。イーアンは頷いて、伝言とお見舞いのお礼を言った。
「オーリンと一緒だというが、気をつけるんだぞ」
扉を開けて振り向いた親方はそう言うと、すぐにいなくなった。イーアンはさよならと言う暇もなかった。『珍しいような』いつもは去り際、もっと延ばし延ばし。こうした時は、何か謎解きやら、別に作りたいものが出ている時。
「タンクラッドは、何かをしようとしているのかも知れません」
閉じた扉を見つめ、イーアンは呟いた。早い時間で親方がいなくなったので、イーアンは再び絵を描く時間に戻った。以前、絵の具を買った時にドルドレンに提案された『魔物の絵』も、思い出せる限り丁寧に描き、色も塗った。この日はそれくらい、滅多にない時間が使えた。
タンクラッドはイーアンの工房を出てから、裏庭口へ行き、それからその外へ出る。演習をしている騎士たちに気を遣わせないように、出来るだけ影になる場所を通って、アオファの前に行った。
「でかいな。こうして見ると、生き物というよりは山のようだ」
アオファを真下から眺め、少し近づいてその肌を見た。自分がイーアンからもらった魔物の皮と、少し似た様態だと思った。
「これほど大きい体でも。こんなに細かい粒のような鱗なんだな」
タンクラッドが観察していると、一本の首がぐーっと動いて、タンクラッドの前に出てきた。かなり驚いたが、唾を飲んでその場に踏みとどまる。アオファが自分を見ているので、話しかけることにした。
結果。
親方はアオファに、ちょっとしたものを貰うことができた。アオファに相談したら、少し考えたように首を揺らしてから、アオファは自分の前脚の指を、何度か上下に動かして擦り合わせた。
そしてタンクラッドが受け取った後、アオファの首は再び高い背中の上に戻って行って、他の首の上に重なって眠り始めた。
「こんなに」
タンクラッドは上着を脱いで、アオファがくれたものを上着の中に集めた。そして取り残しがないことを確認して、お礼を言って上着を丸めた。ミンティンを呼び、親方は次なる目的地へ飛んだ。
着いた場所はディアンタの洞。
「俺もこうなると、止まらんな」
やめられない、止まらないって感じだなと呟きながら(※どこかの有名な言葉)ミンティンを待たせて治癒の洞へ降りる。
そしてすたすたと青い光の中へ入った。上着に包んだアオファの鱗。これがどうなるかと思いながら、立ち上る銀色の煙に包まれて・・・『って。あれ。金色だ』銀じゃないのかと、煙を見て意外な様子に驚いた。
煙が穏やかに収まったところで、親方は上着と一緒に青い光の場所を出て、軽く会釈してから上着を広げる。
「やっぱりな」
ニヤッと笑って、上着の中の青紫色の花びらを両手で掬った。反り返った本物の花びらのように見えるそれは硬さがあり、でも薄くて、大きくても5cmほど。小さいと3cmくらいの大きさで、タンクラッドの大きな上着にどっさり山積みになってキラキラしていた。
「アオファに貰った時よりも、薄くなった。それに湾曲している。色も少し透き通ったな」
聖獣のものが聖別されると金色の煙が出るのか、と理解した。今度ミンティンでもやってみよう(※ミンティンいい迷惑)。
収穫ありの親方は、ジジイの答えにとりあえず満足する。『あいつもふざけたヤツだが、まぁ読みは悪くないな』偶々かなと言いながら、外へ出てミンティンに跨る。
「これを使って試すのは。そうだな。西の魔物が良いかな」
ハハハハと笑って、親方は仕事をしに自宅へ戻った。明日は西でちょっと良いトコロでも見せるか、と思うと満足な想像が止まらなかった。
お読み頂き有難うございます。




