450. 北西支部準備万端!
総長はオーリンに感謝して、近くで微笑みながら見守っていた門番に弓部隊長を呼ばせた。
「彼らが一番心配していた。泣いて喜ぶだろう」
「勝手に作って、押し売りだと思われそうだ」
「何を言う。俺たちは多分、明日にはもう遠征に出なければいけない。弓が必要そうな地域で、弓なしか、と思うと沈んだ。だがこれがあれば行ける」
「そうだったのか」
オーリンは笑っていた顔が戻る。騎士修道会はすぐに戦闘に出ると知っているが、準備が不十分でも行かないといけない時もあると分かると、自分の取った行動に良かったと思えた。
「俺が泣いたのは大袈裟でも何でもない。誰一人、傷つくのも嫌だし、死ぬなんて冗談じゃないのだ。
俺たちは、装備が間に合わない状況でも、戦闘に向かい合う場合は少なくない。本当なら、そんなことで死傷者を出してはならないのだ。総長なのに、皆を守ることが出来ないと知っていて、戦わせるのは本当に身を切られる思いでしかない。だから装備が万端であることが、如何に大事な基本か」
総長の言葉に、オーリンはしんみり。部下思いと分かっていても、重い言葉は数々の後悔の上に絞り出したもの。それがひしひしと伝わり、静かに頷いた。
「良かった。俺の動きは役に立ちそうだな」
昨日。タンクラッドが家に来て、総長が弓の話をしていたことを教えてくれたと打ち明ける。『俺が作ってるのは誰のためかと』勝手に北西に作ってると答えたら教えてくれたよ、とオーリンは微笑んだ。
「タンクラッドが。行ってくれたのか。そうか、でもオーリンはそれよりも早くずっと」
「見たから。遠征で弓矢がいかれたのを。矢も殆ど使っちゃっただろ。うちにも在庫なんて・・・弓はあるけど、矢はそんなに置いてないから作らないとダメだろうって」
黄色い目を向けて微笑むオーリンに、総長は何度か頷いて『本当に有難う』と礼を言う。そのすぐ後、玄関から悲鳴が聞こえ、振り向くと、怯えて固まるパドリックがいた。
「どうした。来い」
「だって何かいますよ」
総長とオーリンが顔を見合わせて、『ああ』とオーリンが龍の側へ行った。『違う形の龍だから』普通に紹介して終わり。
「次々にいろいろ出過ぎですよ。慣れないといけない私の身にもなって」
情けない弓部隊長の言葉に、総長は笑いながら手招きする。『良いから、来い。今日は弓引きたちの願いが叶ったぞ』ほら、と弓矢を手で示す総長を見て、パドリックはようやく地面に置かれた弓矢を見つけた。
「あ!弓がある!!矢も!そんな、ああ。こんなにあるなんて」
見つけると走り寄って跪き、パドリックは覆い被さるように弓に体を広げた。すぐにコーニスが来て、一連の驚きと紹介と納得を繰り返し、やはり側へ寄って弓矢に言葉を失った。
「新しい弓だ。矢もこんなにあるなんて。オーリン、あなたが」
涙を浮かべて頷くコーニスに、オーリンも総長も微笑んで頷いた。コーニスはオーリンに近寄って、彼の両腕を掴み頭を下げた。
「有難う。有難う、有難うございます。私の部下がこれで。危なくない。有難う、本当に」
鼻をすすりながら泣く男に、オーリンも冗談が言えない。パドリックも横に立って頭を下げる。『オーリンが持ってきてくれるなんて。遠征で危ない目にも遭わせたのに。有難う』すまないねと、腕で涙を拭いた。
総長はオーリンを見て微笑む。『ほらな』と小さく言うと、オーリンも少し笑って『遣り甲斐あるよ』と嬉しそうに答えた。
「中へ運びましょう。部下たちが喜びます。明日、同行する私かコーニスのどちらかが、これを先に使って出ますから」
そう言うと弓部隊長の二人は、オーリンに運んで良いか許可を取り、大切そうに弓と矢を広間へ運んだ。総長はオーリンに請求書を渡すように言い、オーリンから渡された紙を見て『時間があればここで待て』と、執務室が動き次第、用意出来ると話した。
オーリンは龍をそのまま待たせることにして、『寝てていいよ』と声をかけた。ガルホブラフは鳥のように丸くなって、日当たりの良い前庭で眠り始めた。
総長とオーリンは一緒に中へ入る。『イーアン。そう言えば大丈夫か』オーリンが思い出して訊ねると、総長は頷いて、回復していると教えた。工房で起きていると思うから、会って行くかと言うと、オーリンも了解した。
「タンクラッドに昨日、いろいろ詳しいことを聞いてね。その前にもうちに来たけど、その時は肉の話でさ。昨日は真面目に」
「肉。肉って」
工房へ向かう廊下を歩きながら、オーリンはちょっと笑って『彼女が肉が好きって話』と言った。見舞いに、作った腸詰を持たせようと思ったが、腹が悪いから話だけ伝えようとしたこと。でも、話をしたら具合が悪くても来そうだと、二人で笑ったことを話すと、ドルドレンも苦笑いして頷いた。
「それは正しい判断だ。俺は昨日の朝。眠っているイーアンに突然引き寄せられた」
「惚気はよせ」
「引き寄せられた直後、寝言で言われたのは『頂戴、オーリン』だ。俺のショックを考えろ」
「何?俺の名か」
「俺は泣いた。朝一番で奥さんに他の男の名前を呼ばれ、その上『頂戴』と言われたんだ。夢で何してたんだ、と聞くと、イーアンは困って説明し始めた」
「それだけ聞くと。何もしてないけれど、俺が申し訳なくなるな」
ドルドレンは咳払いして、すぐ吹き出した。『理由が。オーリンが腸詰を見せびらかして、分けてと頼んでも、くれない』だから追いかけたらしい・・・そこまで言うと、ドルドレンは思い出して笑った。
オーリンも笑って『夢に見たのか』と呆れた。よっぽど食いたかったんだなと、廊下で二人で大笑い。
「イーアンが必死で説明してくれるが、俺は可笑しくて。指で輪を作って『こんなに太い』とか、腕を広げて『これくらいはあったんだ』と。顔が必死だ。一生懸命、どれほどの腸詰を独り占めされたかと訴えていた」
しゃがみ込んで腹を抱えて笑うオーリン。ドルドレンも壁に寄りかかって笑った。『彼女がうちに弓を見に来た時、腸詰を作ったと話したら目の色が変わったけど。夢でまで』ゲラゲラ笑うオーリンの言葉に、ドルドレンはさらに笑い転げた。『今、療養食だから』それでかも、ということで納得。
涙が出るほど笑った二人は『腹が痛い』とさすりつつ、工房に着いて扉を開けた。ベッドに体を起こしたイーアンが笑顔を向ける。
「オーリン。おはようございます。どうしましたか」
楽しそうな二人の声は聞こえていたが、まさか自分が笑われているとは知らず。イーアンはニコニコしながら来客に挨拶する。オーリンはイーアンを見て、ちょっと笑ってから咳払い。頬を掻いて『元気になってきたか』と短く挨拶。
「今日はな。オーリンが弓を持ってきてくれた。矢も。鏃はダビが作ったという。矢軸もダビが手伝ったそうだ。明日は俺たちは遠征に出るから、間に合ったのだ」
イーアンはオーリンを見て、心からお礼を言う。それからやっぱり、腕を広げて笑顔。
ちらっと総長を見たものの、とりあえずオーリンはそそっと近寄って、抱擁を受けることにした。これは仕方ないと、ドルドレンも仏頂面で見守る(※連日なので諦める、心の広い旦那)。
とりあえず総長に気を遣って、ぎゅーとは抱き締めないものの。ベッドで暖まった、ほんわかイーアンの温度に癒され、オーリンがちょっと長めに貼り付いていると、『長い』と総長に引き剥がされた。
「悪いな。ぽかぽかしてるから」
「その。人の奥さんを暖炉みたいに言うな」
こいつも天然だから・・・総長はちょっと笑う。イーアンも笑って『外はまだ寒いですね』と流していた。そしてイーアンは笑顔を少し引っ込めて、伴侶に質問する。
「遠征は明日からなのですか」
心配そうな鳶色の瞳に、ドルドレンも悲しそうに頷く。『もう行かないと。負傷者が続いている』こればかりはね、と愛妻(※未婚)の頬を撫で『イーアンは、ここで休んでいないといけない』伴侶の言葉にイーアンは俯いた。
ドルドレンはオーリンに、一昨日の夜から昨日の話をする。鎧が届けられたこと。翌朝は剣が届いたこと。そして盾も昼前には到着したというと、オーリンは『じゃ。俺が殿だったか』そう呟いた。
「ここまで揃ったら、後は出るだけだ。援護遠征は何部隊かを選んで行くが、行ける人数分の装備は整った」
弓職人は椅子に腰掛けて、何度か頷きながら考え事をしているようだった。それから顔を上げて総長を見る。
「俺も行こうか」
総長はすぐに首を振る。『外部の者を連れるのは例外だったのだ。イオライが初めてだろう』そう何度もは無理だと教えた。オーリンは、イーアンを見てからもう一度総長を見る。
「でもよ。彼女がいないと困るんだろ?龍とか。戦法とか。イオライの後半は彼女の姿がなかったけど、騎士に聞いたら、イーアンの戦法指導だったって。ああしたこともあるだろうに」
「イーアンは連れて行かない。明日一日は動かす気にならん。翌日もだ。かと言って、オーリンを加えるのも」
「総長。俺の話を少し聞け。時間はあるか」
何だろうと、総長は灰色の瞳を目の前の男に向ける。イーアンも、何かを言おうとする弓職人を見つめた。二人が黙ったので、オーリンは自分の立ち居地について、はっきりと分かりやすく話した。
「タンクラッドが教えてくれた。笛も作ってくれた。それで俺は友達と再会したし、自分が何者かも感じ始めている。俺の役目は、イーアンを手伝うことだ」
ドルドレンは眉根を寄せて、黄色い目の男を見つめる。凄い速度で、自分の思ってもいない方向から、運命が自分を掴んでいるような気持ちだった。
イーアンもそれは同じで、少し戸惑いながらもオーリンと伴侶を見た。オーリンはその視線を捕えて頷く。
「まだ。空の島は確認していない。だが俺はそこに行けると分かっている。信じているんじゃない。知っているんだ、在ることを。記憶にはないが、体の血がそう教える。
昨日。ガルホブラフに乗って空を飛んだ。その時、これを知った。俺には、遥か上に自分の世界があると。でも確認に行くのは、タンクラッドが話したように、俺の武器を作ってからだ」
俺も準備を整えてからだな、とオーリンは少し笑った。そして続ける。
「俺がなぜ。一緒に行こうか、と総長に持ちかけたかって言うとな。俺がイーアンを支えられるからだ。彼女の力を増幅するために、俺がいるとタンクラッドは言った」
「だがそれは、イーアンが、心の底から力を呼び起こして戦う時だろう。通常時ではない」
「最も効果を発揮するのは、もちろん心の闇を表面に出す時だ。だが俺は分かるんだ。俺の存在は、彼女の力を増やせるって。共鳴するんだ。その言葉を聞いて、納得した。共鳴していたんだ、今まで」
「共鳴・・・・・ 」
ドルドレンは弓職人の説明に、頭をついていかせるので必死だった。感覚でなら理解が出来るが、その『手伝い』の存在理由は、自分たちの旅のさらなる危険を伝えられているような気がして、意識が不安に連れて行かれる。
「オーリン。私はあなたと知り合って、普段はそう、他の方と一緒にいるのと変わりありませんでした。ですが、何かちょっとした・・・行動に付き添って頂いた時。意識上では受け入れにくくても、心の奥では、あなたがいることは自然に感じました。
私と一緒に戦って下さった時は特に。私はもう限界で、落ちるだろうと覚悟していましたが、あなたが突然ミンティンに乗ったと分かってすぐ『もう一度、剣を使える』と構えました。何かが無尽蔵に・・・私に注がれているような。私の意識も傷みも関係ない、そんな無限の気力が私を動かしたのです」
黒い螺旋の髪を揺らして、イーアンは何度も首を傾げ、言葉を慎重に選びながら話した。オーリンは黙って聞いていたが、腕を伸ばしてイーアンの肩に触れ『俺もだ』と真剣な眼差しを向ける。
「同じだ。戦った時が一番、鮮烈に記憶に残っている。君が一人で戦い続けているのを下で見ていて『行かなければ』とそれしか思わなかった。一緒に戦いたいと思ってはいたが、あの時はどうにかして側にいなければいけないと駆られた。
どう呼んで良いのか分からないが、青い龍に乗れたらと強く思ったら、青い龍は俺を見つけて降りてきた。それで急いで飛び乗った。
君の後ろを守ろうと思って立つと、突然体が軽くなった。全ての楔が一気に外れたように、力がどんどん沸いてきて。血まみれの君を見て驚いたが、それでも剣を構えた君に、俺は心が震えた。
あの瞬間。自分が誰のために何をするのか、俺の体も精神も知っているような気がした。上手く言えないが、何か繋がっているのは理解したんだ」
オーリンはイーアンの目を見つめる。『俺は、君の力の共鳴なんだ』そう言って、じっと鳶色の瞳を覗きこんだ。イーアンも静かに頷いて『そう。そう思います。分かります』と黄色い瞳を見つめ返し答えた。
これを横で聞いているドルドレンは複雑(※場外)。すごーく複雑。
――俺は。俺の奥さんは。何この場面は。どうしよう。どうにもならないけど。どうしてこうなるんだ。
俺のお手伝いさんは、何だか崇高で遠い存在だというし。タンクラッドのお手伝いさんは(最悪ですまないが)うちのジジイで人間味溢れ過ぎ(※いろんな意味で)。その中間が、オーリン・・・よりによって、うちの奥さんのお手伝いさんとは。
タンクラッドの時だって腰が抜けそうだったのに。あいつが仲間と知った翌日、俺が腹痛に悩み、下痢をしたのを誰も知らない(※知られても困る)。
ようやくどうにかこうにか耐性が出来てきたってのに。今度はオーリンか。
仲間みたいなもんじゃないか、この場合。目の前で、うちの奥さんと見つめ合ってるよ~
萎れるドルドレンに気が付かず、イーアンは黄色い瞳をじっと見て呟く。
「オーリン。私の力を増幅と仰いましたが。遠征に行くにしても、どのように何が変わるのか・・・・・ それは分からないのですね?」
オーリンも何度か瞬きし、少し視線を泳がせて考える。ドルドレンはイーアンの言葉に『よっし!』の拳を握って復活。イーアンと一緒に行けなくても、一緒に来て随時オーリンに貼り付かれてるよりは良い!
「それは。言葉で表現するには、もう少し実体験がないと無理じゃないか?ただ、これまで何度か一緒に動いた時、感じたあれは起こると思うよ。感じたろ?俺と二人で一緒にいる時。あの感覚」
拳を握る力が抜けたドルドレンの目が淀む。あれって何。何『感じたろ?』とか言ってんの、この人。それすごくヤラシイじゃないかっ。こいつ天然だけどやらしいぞ、言い方が!
対するイーアン。しばらく記憶を探ったようで、ふむふむと頷きながら、指折り回数を数えつつ。
「うーん。そう言われますと思い当たるけれど。そうですね。あなただと感じます、あれね。何度か感じたあれですか」
うっひぇ~~~!! 『あなただと感じる、あれね』とか答えてる~っっ!!ドルドレンは壊れそう(※涙目)。奥さんが奥さんが、他の男だと感じてるーーーっっ それも『何度か』って真面目に数えてるーーーっ
オーリンはイーアンの答えに、少し安心したように息を吐き出した。『良かった。俺だけじゃなくて、君も感じたんだな』ニコッと笑って、イーアンの腕を撫でる。
「それだよ、俺たちの共鳴だ。きっと合ってる。俺と一緒だと、力が行き来してるんだ。治したりするような力じゃないけれど、震えて振動を大きくするのかもしれないな。増幅の意味はそんなとこかもな」
「と、しますとね。あなたがご一緒されたら、私はええっと。生命力と言うのかしら。そうした部分を増やせると解釈しても良いのでしょうか。精神力もでしょうね、どちらかというと精神的な印象です」
「だと思う。俺が君の背中を守る時。俺の力と君の力が混ざり合って、行き交いながら、どんどん増えていくんだろう。ぶつかりながら、絡み合いながら、流れるんだ。お互いに。でも君が受け取る方が多いと思う」
そうなんだーとイーアンは解説を聞く。ふと見ると、ドルドレンがばったりベッドに突っ伏して震えていた(※ぶつかるとか絡み合うとか流れるとかが、ヤラシイ想像で苦しむ)。
きっと何か衝撃的な気がしたのかと(※合ってるけど、ちょっと違う)イーアンは伴侶の背中を撫でて、オーリンと話を続けた。ドルドレンは突っ伏したまま、じりじりとにじり寄って、イーアンの腰に抱きついて震え続けた。
「では。私も遠征について行きたいと思いますし。ここはオーリンに同行願いま」
「ダメ」
「だけど。相手が分からないのでしょ?西の報告書で。龍で上から見ることも出来ます」
「そうだよ、俺が一緒だ。総長大丈夫だ」
だから嫌なんだーーーっっっ!!! とは、言えないドルドレンは、愛妻の腰にしがみつきながら、灰色の瞳で弓職人を睨む。『ダメだ。イーアンは安静だし。お前は外部だし』ムリっ の一言で切る。
「だけどな。総長、考えてみろ。装備が整って、援護遠征に出られるのは本当に良かったが。龍もイーアンもいないと、それも負担になるだろう。
龍なら空からでも見れる。イーアンがいれば、知恵も使えるんだろ?それが分かっていて、置いて行くのか?イーアンは俺と一緒なら、具合が悪くならないぞ。恐らく」
言われると弱い部分に呻く総長。
「もしかすると。ドルドレンはオーリンも心配なのかもしれません。私の体調を治してくれた、フォラヴという騎士がいますが、彼は誰かを治す時、自分の命を削ってしまうのです」
「あ。俺は知っている。フォラヴは君をイオライで助けた。背中に羽が生えて、まるで神の使いのように輝いた。だが彼はその後、力尽きた。そうか・・・でも総長、俺は大丈夫だ。俺は与えて削るわけじゃないから」
心配するな、と背中をぽんぽん叩かれる総長。睨みつける灰色の瞳が、震える体の意味を示しているはずなのに、オーリンは慰めるように笑顔で『俺の心配はないよ。かえってイーアンと一緒だと、元気になるくらいだ』うんと頷いて明るく笑う。
この天然ヤロウっ そうじゃない、そうじゃないくらい分からんのか! くそーっ!断る理由が消えていくーーーっっ
ドルドレンが敗退して呻いている中。イーアンにも背中を撫でられながら『では一緒に行きましょうね』とあやされた。黒髪の美丈夫。悔しさと悲しみに押し流されて震えるのみ。とにかく愛妻の腰に貼り付いて痛みを凌ぐ。
「そうでした。そうと決まれば(※決まってない)オーリンに。あの、机の上の布を取って頂けますか」
イーアンは、作業机の上に掛けていた布をめくるように頼む。『これ?』とオーリンが布を払うと、作りかけの弓が現れた。
「これか。タンクラッドが絵に描いてくれた、イーアンの」
「あら。描いて下さいましたか。でもまだ仕上がっていません。それは殆どが魔物製です。そしてね。あなたの弓を少し参考にしましたから、普通の弓と言いきれるのかどうか」
「分かる。分かるが。これはもしかして、あれを使うのか」(※『あれ』でぴくっと反応するドルドレン)
「使わなくても良いと思います。弓の横に棒があります。その角材も部品です。それをちょっと良いですか」
イーアンは弦を掛ける前の弓と角材を受け取り、オーリンに組み合わせた状態を見せる。
「ここにこう、噛ませる場所があります。それで最後に弓本体から固定するベルトを回して押さえて。この角材に溝がありますので、溝にこの弧を描く金属を嵌めたら、これにこう・・・弦の後ろです。この部品をね、こうして」
イーアンは見せながら使い方を教える。オーリンの目が吸いつけられるように弓に注がれている。イーアンはベッドに座ったまま(※伴侶が貼り付いている)、組み立てた弓の形を見せて、オーリンの目を見る。
「弦がありますでしょう?弓の両端から出ているここ。この中にかかるので、こっちへ掛けて頂いて。弦は、弓の胴体の中に入った車輪と言うか。そこにかかっています。
そして弦を引きますと、稼動が見えにくいですが、この角材の中・・・この金属の輪のあるこの部分を縮めます。それで、弦はこちらにね。前後するこの溝の後ろまで引いて掛けます。下に取り付けてある引き金を引くと、矢・・・矢でも何でもここに置いて。引き金を引くと、弦を弾くの。使うのは楽です」
そう言って弓を渡す。オーリンは受け取りながらイーアンを見つめ『これで飛ぶのか』と訊ねた。それは飛ばないという意味ではなく、火薬並みに飛ぶのかと訊いていた。イーアンは小さく頷いて『それほどではないでしょうけれど』と伝える。
「分かった。今からこれを持って帰る。それで続きを作ろう。最後に当てる革はどれだ」
「そこに巻いてあります、その紫色と黒の混ざった。はい、それを」
「これも魔物か。そんな感じの色だな」
でも、とイーアンは微笑む。『完成して。オーリンがそれを、聖別して下さったら変わります』イーアンは彼がこれを使ってくれるだろうと思った。
オーリンは受け取って微笑み返した。『よし。俺の弓にしよう』イーアンの頭を片腕で抱きかかえ『待ってろよ。明日迎えに来るから』とぽんぽんしながら約束した。(※ドルドレン凝視)
それからオーリンが総長の背中もぽんぽん叩き、『おい。請求書の金くれ』と促し、悔しいドルドレンは嫌々渋々立ち上がった。そして二人は工房を出て、執務室へ行き、オーリンは代金を受け取って帰った。ドルドレンはそのまま執務室で、心も散々な状態で仕事することになった。
お読み頂き有難うございます。




