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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
448/2950

448. オーリンの役目

 

 ふと、顔を上げたオーリン。タンクラッドはその黄色い瞳を見据える。


「俺が出てくるって?」



『そうだ。俺たちと一緒に来るだろう』お前の力を使うことになる・・・・・ 剣職人は、自分たちの物語を弓職人に話し始めた。


 作業する手を動かしながら、意識が何度も持っていかれるオーリン。話の内容が途方もなくて、そんなことが本当に、自分にも起こったのかと半信半疑だった。


 ある程度まで伝え、タンクラッドは話を止めた。お茶を飲んで背凭れに体を預ける。



「と。ここまでが、ついこの前までだな。アオファが手に入った、あのイオライ戦までだ。イーアンにも聞いたかもしれないが」


「少しはね。彼女が違う世界から来たと言っていたから、そんな気がしたって答えたよ。イーアンの存在も違う気がしたし、彼女の知識も妙に物知りで疑問が多かった。

 でも違う世界の存在も考えたことなかったし。いや、あるかもしれないけど、そんなにはっきり概念で持ってなかったからね」


「イーアンの知識は、彼女の元いた場所の数多の知恵だ。イーアンはディアンタの僧院の書物を見て、『どうしてこれを、ここの世界の人が知らないのか』と何度も言っている。俺はそれを耳にする度、この世界は何かの理由で、知恵が閉ざされたのではないかと感じた。とにかく、彼女の知恵の出所はそういったことだ。

 そして別の話になるが、違う世界と言っていいものか。この世界にも、同じようなくくりに入るであろう部分がある。それは空の民の存在だ。ここからが最新情報だ」


 オーリンは接着まで済んだところで、弓に紐をかけて縛り、立ち上がる。『ちょっと待て。茶をもう一度淹れる』そう言って台所で、二人分のお茶を淹れてから戻った。



「いいよ。乾くまでは、話をちゃんと聞けるから」


「良いだろう。お前の話も入っている」


 鳶色の瞳をした男は、受け取ったお茶を飲み、唇を湿らせて一呼吸置いてから話し始めた。オーリンも渇いた喉を潤し、一言一句も聞き漏らさないよう、集中して耳を済ませた。


「その、さっきの部分。俺だって言うけど。俺、それだけ聞くと人間じゃないみたいなんだけど」


「そうだな。お前は人間じゃないようだが」


「どう見たって人間だぜ。ほら」


 両手を広げて、座る体を仰け反らせ、体つきを教えるオーリン。タンクラッドは、うんうん頷いて、そうだねといった感じで流す。その反応に黄色い目が嫌そうに細められる。


「どうして俺が龍の民なんだ。まだそれは、はっきりしてないんだろ?俺自身も確かめようがない。この年まで、性格や性質で面倒なことは幾らもあったが、そんなの誰だってあるだろう。見た目はこれだし。決めるのは早いんじゃないか」


「龍の民じゃイヤか」


「そうは言っていない。その証拠がないって言ってるんだ。ぬか喜びは傷つくだけだろ。一緒に行けるって言われて、違いましたって後から聞かされても」


 人間じゃないなら、それっぽい何か判るものがないと・・・オーリンはやれやれと肩を落とす。『今だって、ちょっとぬか喜びだ。折角、気持ちが上がったのに』つまんねぇのとぼやいた。



「お前の言うことは尤もだな。確認は欲しいものだ。じゃ。そうだな、行くか。お前は忙しいらしいが、時間を作って」


「あんただって仕事があるだろ」


「俺は動けるように設定してから動く。無駄な時間はほぼない人生だ」


「エラそうだよなぁ、いつも。でもそれがあんたなんだな。で?行くってどこだ」


 タンクラッドは、分かるだろうというように弓職人を見て、天を指差す。『現時点で確認できるのは、一つだけ』剣職人は呟いた。


「空?アムハールの上に行く気か。言ったろ?あそこは雨が降らない。雲もなけりゃ何が見えるわけでもない、青空だけの場所だぞ」


「知っている。だから調べるんだ。先ほども話したが、白い棒は地図を出して、空の島を示した。肉眼で確認できるかどうか、そんなことは誰も言っていない」


 解釈のデカイ男だなぁとオーリンは呆れる。自分の出生地を探すために、空の上へ行こうと本気で言う男が現れて。でもなぜ。この男は疑っていないんだろう。オーリンはそれも不思議だった。タンクラッドは何も疑っていないように見える。

 それもどうしてかと思いながら、見ていると、剣職人はふーっと息を吐いて質問してきた。



「一つ聞きたいことがある。お前は治癒場へ行ったんだったな」


「治癒場。あれか。イーアンと、シャンガマックという騎士の回復で行った場所だな」


「そこだ。お前も入ったのか?あの青い光の場所へ」


「入った。あの騎士は意識がなかったから、俺が抱えて入った」


「ではこれが本当の質問だ。お前はイーアンが作ったものを何か、いや、魔物で出来た道具を一緒に持って入ったかどうか。それを聞きたい」


「え?魔物の道具。俺は別に騎士じゃないし、何も貰ってないけど。俺の武器は普通の材料だし。って、あれ。あれそうか?イーアンが俺に着けたまま忘れてた、あの」


 タンクラッドの目が光る。オーリンは立ち上がって、きょろきょろ見回し『これだ』そう手を伸ばして、自分の弓のかかる横に下げた、紐のようなものを鉤から外した。


「これはイーアンが試作って。ん・・・でも。やっぱり光の加減かな。初めに見た時は、こんな色じゃなかったんだけど」


「どうした。何か違うのか」


「俺はあの場所で、両目が見えるようになったんだ。それまで片目だったから、片目の時にイーアンからこれを貰って(※正確には貰っていない)。だから色がよく見えてなかったかもしれない。こんな綺麗な色じゃなかったよな、もっとくすんでいたような」


 目の前の男が片目だったと聞き、タンクラッドは少し驚いた。『お前。片目だったのか』思わず口にすると、オーリンは笑って『跡形なく治ったから、言われても分からないよな』と答えた。


「そうだったのか。よく片目で弓を。それもお前の能力なのか努力なのか。それはまた別の機会にして、その紐のようなモノ。それはイーアンがくれたんだな?そして色が違うと」


 タンクラッドの質問に、オーリンは小さく頷く。『だけど定かじゃないよ。俺の目は』そう言って剣職人に、琥珀色の紐を渡した。



「何に使うんだ」


「あんたには入らないよ。体に着けるんだ。これを着けると筋力が倍になるような感じに思う。騎士たちの殆どが、これを着けていたイオライ戦だった。何だっけな、魔物の腸とか言っていたような」


 また面白いものを・・・とタンクラッドは微笑んだが、そこではなく。手に握ったそれをオーリンに返し、伝えるべきことを言う。


「他の騎士も着けていたと言ったな。彼らのこれは変化がなかったか?覚えているか」


 分からないよ、とオーリンは肩をすくめた。ただ自分のについては、後から気が付いたけれど、ちょっと小奇麗になった気がすると話した。


「では。お前は俺の思ったとおり。やはりイーアンのお手伝いだな。龍の民決定だ」


「どうしてそうなるんだ」


「簡単だ。イーアンの羽の生えた上着、剣、鎧。総長の剣、俺の剣。治癒場へ持って行った後、聖別されたのだ。ザッカリアという子供の鎧等も変わった。聖別されると、魔性が消え、見た目も変わる。これもそうだ」


「治癒場へ行けば、皆そうだろう。あ、そう言えば。シャンガマックの鎧も変わったな」


「そうか。そういうことだ。誰でもではない。旅の仲間と、そこに()()()()が持つ、魔物の道具だけが聖別される。お前の目がその場で治ったというなら、思うに、治癒した目の方に全員の意識が向いて、お前のこの道具までは誰も気がつかなかったのだろう」



 ここまで言うと、タンクラッドは目を閉じる。広間で見た、鎧と剣、さっきの紐のような物を思い出そうとして記憶を呼び起こした。

 紐。何重にも丸められた・・・あった。鎧の影にまとめてあった。あれがそうだ。あの色は。


 すっと目を開け、オーリンの手にある紐を見た。『違う。やはりそれではない』自信を持って断言する。



「お前のぬか喜びになるかどうか。それも確認する必要はあるが、俺も総長も、イーアンも。お前がそうではないかと感じている。何という証拠も理由もない。感じるんだ」


「嬉しいが。真実味がない。どうにも出来ないだろ、他人事なら粘ることもないけど。自分がそうかどうか」


「お前に渡した笛。それはミンティンの歯と、俺が採石した石から出来ている。石はどうにか手に入るものだが、龍の牙は龍にもらわなければどうにもならない。

 この前、ミンティンにオーリンの存在を訊ねた時、ミンティンはすぐに歯を折って渡した。笛が作れる上に、お前は乗れるからだと思う」



 タンクラッドは立ち上がる。『長居したな』今日は帰ると突然、話を終わらせた。タンクラッドが来て1時間ほど。オーリンは急いで止める。『中途半端だ』困って笑うと、剣職人は首を傾げた。


「俺はお前に『礼を用意しろ』と言ったはずだ。土産は渡したぞ」


「礼?何が欲しい、金目の物はないぞ」


 タンクラッドは笑って首を振る。『そんなもの要るか。早く作れ、お前の武器を』立ち去りながら肩越しに助言を与えた。


「俺の武器はもうある。あれじゃないって言うのか」



 扉を開けた剣職人は、小走りについてきたオーリンに向き合って立ち止まる。


「お前は。オーリン。旅の仲間じゃないだろうが、お前の立ち位置はイーアンの共鳴。気持ち悪いことに俺の共鳴相手は小賢しいジジイだが、俺とその気色悪いジジイに共鳴するのは知恵だ。あーやだやだ。


 ・・・・・なんだっけな。そうだ、お前とイーアンだな。羨ましい。イーアンの共鳴は二面性。お前もそうだ。両極端で凄まじい力を持つ。


 俺は見ていないが。お前が自分で言っただろう。一緒に戦ったと、龍の背中でお前の言う『鬼』のイーアンと。そしてお前の弓は、俺の剣に負けたともな。


 分かるか?オーリンの役目は『イーアンの手伝い』だ。彼女はこれからも『鬼』と化して戦うだろう。その時、彼女の力を増幅するのが恐らくお前の役目だ。


 龍の背で、彼女と一緒に戦った者の話は聞いたことがない。お前だけだ。羨ましい。お前も豹変したのだろう。きっと。その姿を見た者がいるのかどうか、話は聞いていないが。


 今後。お前が彼女の背中を守るために戦う時、俺の作った剣に負けない弓を作れ。


 いつ呼び出されても・・・羨ましいことだ。何だっけ、そうだ。その時、『鬼』と化したお前の勢いを妨げることなく、自由に戦える弓を作るんだ。それを作ってからだ、アムハールの空は」



 所々に『羨ましい』を挟んだ剣職人は、オーリンに知恵を授けた。呆然として話を聞いていたオーリンは、黄色い目で剣職人を見つめた。


「俺は。これからも一緒に戦うのか」


「呼び出された時だろうな。お前を迎えに龍が来る。イーアンが呼んだら、それはお前の闇を求めている。光のために」


 タンクラッドは、扉の外に出てから空を見上げ、オーリンに送れと言った。何でだろうと思いつつ、一緒に龍を呼ぶ場所まで行った。


「オーリン。笛を吹け」


 あ、と気が付いてオーリンはすぐに笛を吹いた。初めて聞いたその音はジリジリと音がして奇妙な響きだった。山の間の空に響き渡った音は、音が消えると同時に空を明るくし、そこに黒い点が見えた。


「来たぞ。ミンティンだ」


 剣職人がその点を見つめて、微笑んだ。オーリンの心が震える。心の震えは懐かしいような、切ないような、涙を引き起こして頬を清らかな雫が流れた。


「あいつだ。俺の友達だ」


 え?タンクラッドはその言葉に弓職人を振り返った。黄色い瞳は涙を震わせて、表情は遥か遠くを見ている。


「ガルホブラフ」


「何て?」


 呟いたオーリンの言葉に訊ね返したタンクラッドは、次の瞬間、大きな吼え声にひっくり返りそうになった。急いで振り向くと、空には。


「何だと?ミンティンじゃない」


 ミンティンより一回り以上小さい、黄色がかる白い体の龍が浮いていた。だがその姿はどこか違って、よく見ると腕がない。

 腕は大きな翼で、肉食獣のような長い足がある。首と尾も長く、細い体に煌く菱形の鱗がびっしりと並んでいた。顔もミンティンやアオファと違って細く、角も真っ直ぐ額の隆起がそのまま後ろへ伸びた、棘のような形をしていた。目つきはきつく、その瞳の色は。タンクラッドは振り返る。オーリンの目の色。


「覚えている。俺はこの。ガルホブラフといつも一緒だったんだ。知らない間に消えていて」


 オーリンが手を伸ばすと、翼の龍は首を伸ばしてその手の平に顔を擦りつけた。『お前が来てくれたのか。俺を覚えていて』オーリンは涙がボロボロ落ちた。顔を引き寄せて、両手で大きな顔を抱き締めた。


「いつだったんだろう。お前と一緒だったのは。でももういい。また会えた」


 龍も目を閉じて大人しかった。羽のない翼を下ろして首を下げる。オーリンは笑顔でその首元に跨った。


「タンクラッド。これは俺の友達だ。それしか覚えていないが、俺の友達のガルホブラフだ」


「オーリン・・・・・ お前は」


「そうだな。龍の民なのかもな」


 ガルホブラフがぐっと顔を上げて、タンクラッドを見つめる。それからちょっと顔を揺らして、タンクラッドの肩を噛んだ。『ぬっ』驚く剣職人に、オーリンがすぐに『大丈夫だ』と声をかける。


「痛くないだろ。ガルホブラフの癖だ。俺の友達だと認めたんだ」


「食われると思ったぞ」


 オーリンは笑った。『食わないよ。食べないんだ、ガルホブラフは』何もねと頷くと、翼龍も首を戻してオーリンに頭を擦り付けた。


「タンクラッド有難う。笛を。俺に笛を作ってくれたから、俺は友達を。こいつと友達だった子供の頃は思い出した。それだけだが、充分だ。充分過ぎる。ようやく自分が誰だか分かり始めた」



 呆気に取られるタンクラッド。まさかこんな展開が待っていようとは。嬉しそうなオーリンの目がすっと閉じ、そして次に開いた時は別人のように表情が好戦的に輝いた。


「行くぞ。ガルホブラフ。俺の空を走れ。仕事はあるが、久しい友と会ったんだ。今は何も要らない、走れ!」


 叫ぶオーリンの声が違う。タンクラッドの目の前で。別の命を手に入れたように、オーリンは勢いづき、黄色い瞳は燃えるように輝いた。そして大きな翼がバサッと振り上げられたと思ったら、あっという間に上昇し、夕方前の空に撥ね飛ぶ如く行ってしまった。

 後に残るのは、空に響いた龍の声と、愉快そうなオーリンの笑い声。



「オーリン。やはり龍の民だったか。あれが本来のその姿か」


 滅多なことでは鳥肌も立たないタンクラッドは、全身が震えるほどの驚きと鳥肌に包まれ、唖然として空を見つめ立ち尽くした。


 自由を手に入れたオーリンの変わり方は別人だった。彼の自由は、空にいてこそだと分かった。空にいるためには、龍が必然だったのだ。何かの理由でオーリンは地上に降りることになってしまっただけで。



 タンクラッドは、目の前で見たものに驚きが続く中、笛を取り出してミンティンを呼んだ。自分も戻らねばいけない。


 ミンティンはすぐに来て、タンクラッドは青い龍に跨った。『イオライセオダにこのまま戻る』そう告げると、ミンティンはすぐに飛び立ってくれた。

 自分が乗る龍も、最近は当たり前になったものの。考えてみれば『慣れって怖いもんだな』そう思えるくらい、これまでの人生では在り得なかった存在。


 龍の民。空の民。彼らの存在もまた、何も知らずに過ごして一生を終えることもあっただろうと思う。そう思えば、自分は何と凄い時代に、また運命に導かれたのだろうと。大きな壮大なる物語に、ただただ敬服するだけだった。

お読み頂き有難うございます。

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