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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
443/2952

443. ミレイオ北西支部に来る

 

 盾の状態もだが、弓部隊長たちと一緒に、弓矢の現状を調べていたドルドレンは、紙に書くだけ書いて相談中。援護遠征は恐らく一週間以内に入る予測。



「どうしましょう。西に借りましょうか」


「借りるって言っても。あっちだって使ってるだろう。今日頼めば。矢だけだったらもしかすると、いつもの業者が在庫を持ってるかもしれないから、明後日に着くかなぁ・・・・・ 4日かかると厳しい」


「西の状態は分かるんですか?弓部隊が必要な数は出てます?」


 ドルドレンも何とも言えない。初めて出くわした魔物らしく、まとまった情報が掴み難い。パドリックとコーニスのどちらかが出ても、ほぼ全員の弓が状態が良くないと言うし、何せ矢が足りない。


「鏃が減っているらしいんですよ。この前そこの店に行って、ある分だけ購入しようと思ったら、矢が。極端に在庫が少なくて。王都へ行けばもしかすると貴族用にあるかもしれませんが、って」


「貴族の矢なんか使えるか。あんな玩具みたいなの。余計な装飾や金のかけ方で、碌な矢がないぞ。弓も剣もだが」


「彼らは戦わないから。時々ね、ちょっとお出かけした時に使うみたいだし、それならあの程度の矢でも事足りるのでしょうね」



 総長と弓部隊長たちが、数字の書かれた紙を見つめ、悩みながら話していると、広間の席で何やらまた一斉に場が沸いた。


「もう。いい加減、皆大人なんだから静かにしても」


 パドリックが仕方なさそうに苦笑いして、沸いた様子をさっと眺めて止まる。コーニスが気がついて『何だ、怪我でもしたか』と振り返る。『え』漏れた言葉が驚き。


 ドルドレンは、数字と日程の紙を屈みこんで考えながら『おい、まだ話中だ』と2人に注意し、見上げると。



「煩いわねっ、触るんじゃないわよっ。私を誰だと思ってるのよっ。イーアンはどこなの、イーアン出しなさいっ」


 ドルドレンは目を疑う。開いたままの正面玄関に、広間に向かって叫ぶパンクな姿を見つめ『なぜ』と一言こぼれる。門番の騎士が、触るに触れず『すみません。でもその、すぐ入ってもらっても困るから』とおっかなびっくり、珍客を止めようと頑張っていた。

 怖がるコーニスは総長の呟きを聞いて振り返り『知り合い?』と急いで訊く。総長は固まったまま。パンクの後ろから、背の高い剣職人の影が現れる。



「こら。勝手に入るな」


「何よ、この暗くてむさい所は。イーアンはこんな辛気臭いところに暮らしてるっての?ちょっとあんた、あんたよ、あんた!逃げんじゃないわよ、イーアン出しなさい。返事しろよ、このガキっ」


「やめろミレイオ。怯えている」


「ああ、もう面倒臭いわねぇ!あら、ちょっと。ドルドレンじゃないの!おいでドルドレン、逃げるんじゃないっ。こっち来いってば!おいこら坊主、こっち来い、っつってんだろう!返事どうしたっ」


「総長。どこへ行く」


 すごく苦手な人の登場に、ドルドレンはそっと逃げようとしたが、ミレイオとタンクラッドのセットに見つかり、怯えて振り向く。


「ごめんなさい」


 怯えて謝る総長に周囲もびっくり。嫌がっているのが如実に分かる、子猫のような総長に皆も困惑。パンクなオカマが、大股で機嫌悪そうに近づいてきて、総長の襟首を引っつかんだ。


「こら。挨拶はどうした」


「おはよう」


「おはようドルドレン。イーアン出しなさい。どこなの、いるんでしょ」


「いる」


 頑張って顔を背けながら、ちっちゃくなってる総長に、部下が同情。タンクラッドも困り顔で近づいてきて『ミレイオが一緒に来るって』見て分かることを事後報告。


「可哀相に。あの子ったら。こんな男臭い場所にいるのぉ?これじゃ治らないわよ。もっと美しい場所が必要よ。うち来なさい、うち。気分が良くなるわ」


「イーアンはまだ動けない。工房にいるのだ」


「え?仕事してるの?工房ってどこなの。ドルドレン、案内おし」


 襟首を握られて、総長は頷く。タンクラッドも総長の苦手っぷりに困惑しつつ、ミレイオに手を放すようにやんわり伝えた。『ああ、そうね。この子ここではお偉いさんだもんね』分かったわと、パンクなオカマは手を放した。



 上半身裸に、ゴツイ鎖がじゃらじゃら下がって、白い羽毛の襟巻きと、真っ黒い革のぴったりしたズボン、丈の長い鋲付きの革の上着が威圧感を増す。

 踏まれたら間違いなく怪我しそうな、棘の付いた膝下までの黒い革靴。背中に奇妙な大きい武器と、見たこともない派手な盾を、鋲打ちだらけの幅広い黒い革ベルトに通して背負っている。

 スリーブロックの奇抜な色の髪をがっちり撫で付け、顔中ピアス、頭も首も手も全身刺青のパンクオカマ。片目ずつ目の色も違う。


 騎士たちは、全員壁際に移動(※身の安全)。厨房の騎士も壁に隠れて見守る。部隊長も見つからないように隠れて観察。


 総長は、可哀相に掴まったため、パンクに脅されて工房へ嫌々連れて行った。誰も勇気が出ず、総長を見送るだけ。あの人一体とひそひそ囁き合い、彼らの姿が見えなくなってから、さっきまではしゃいでいた剣を、皆で急いで片付けた。



 イーアンは工房でタンクラッド待ち。暖かい毛皮のベッドで、枕を立てて寄りかかり、これから作ろうと思う弓の図を描いていた。


 廊下が賑やかになった気がして、寝巻きイーアンは青い布を背中に羽織った。『タンクラッドかしら』複数の声がする。ドルドレンもいるのかもと思うと、扉が開いたと同時に来客に驚いた。


「やだぁ!イーアン大丈夫?」


 走り寄るパンクなミレイオにビックリするイーアン。抱きつかれて抱き返し『ミレイオ。どうされましたか』と訊ねる。


「どうしたもこうしたも。タンクラッドが盾がうんたらかんたら、って言いに来て(※どうでも良い)。龍で来たって言うからさ、あんたのお見舞いに行きたいってお願いしたのよ」


「お願いではないな。脅迫だ」


「細かい男ねぇ。黙っててよ」


「んまー・・・お心遣いに感謝します。私は支部の仲間のお陰で、あの日のうちに、かなり楽になりました。ミレイオにもご心配かけて」


「良いから顔見せて頂戴、顔。うーん、ダメよ。まだ顔色良くないもの。美味しいもの食べれてる?」


「とっても美味しい上に、大変気を遣って下さる料理を頂いています。大丈夫」


「果物は?ここに果物あるの?果物が良いわよ。私はいつも具合が悪いと絞って飲み物を作る」


 ちらっとドルドレンを見ると首を傾げて、ない・・・と言いたい様子。でもそれより、伴侶がとても怯えているふうに見えることがイーアンは気になる。ミレイオが苦手なのかもしれないから、ちょっと連れ出すことにした。


「ミレイオ。一緒に厨房へ行って、果物があるか聞いてみたいと思います。もしあったら作って飲みます」


「そうね。それが良いわ。どうなの、あんたを抱き上げても苦しくない?」


 え。歩けますと言っている間に、パンクなオカマは、イーアンの上掛け毛皮をばっと取って、寝巻きイーアンを抱き上げた。


「ミレイオ。私は歩けます。重いでしょう」


「バカ言ってんじゃないわよ。ここの廊下は石造りでしょ。うちみたいに絨毯も敷かないのに、冷えちゃうわ。それにあんたが重かったら、私、盾なんか作れないわよ」


 はー、男だらけだと気が回らなくてやだやだ、と大声で文句を言うミレイオは、イーアンを抱えて扉に体を向ける。慌てたタンクラッドと総長が止めようとしたが、睨まれて終わった(※歯向かわない)。


「もうちょっと気を遣いなさい」


 気を遣ってるつもりなのに、びしっと駄目出しされて眉を下げて凹む男2人。ミレイオは扉を足でゴンと開けて、イーアンを抱えて連れて行ってしまった。


「どうするんだ。あれ」


「イーアンには優しいから。多分。戻るのを待つだけだ」


 タンクラッドの問いかけに、総長は辛そうに答える。そして、仕事に意識を戻すため(※自分を保つ)タンクラッドに弓矢の状況を話すことにした。



 広間に戻ってきたパンクに、騎士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。イーアンは申し訳ない気持ち。ミレイオにも、皆さんにも。ミレイオは優しいから、見た目で勘違いされては気の毒。でも皆さんはビックリしている。


「厨房ってここ?」


「そうです。あの、ヘイズ」


 イーアンに声をかけられて、逃げるわけに行かないヘイズは、ミレイオを見て頑張って微笑む。ミレイオはヘイズを見下ろし『果物あるの?』と訊ねた。


「果物はないんです。ここは乾燥果実しか」


「も~。イーアンは女なのよ。果物くらい買ってあげてよ。えーっと、どうしようかしらね」


 すみません、と謝るヘイズに、イーアンは首を振って『謝らないで』と頼む。ミレイオを見上げてお願いもする。


「騎士修道会はとても丁寧に生活しています。彼らは生活にも食事にもきちんとしていますから、普段に余計なものにお金を使いません。お祝いのとき等はちゃんと、特別な食材もあるのです。だから果物がないことを責めないであげて下さい」


 ミレイオはイーアンの顔を撫でながら『でも。あんたは今、栄養があって体に優しいものが必要なのよ』と教える。


 イーアンは、ヘイズがどんなに美味しい食事を作ってくれているか、それも症状に気を遣った優しさであることを話した。そして果物はないにしても、ジャムや乾燥果実を煮てお茶に入れたらどうだろうと提案する。


「うん。そうね。分かった。ヘイズって言うの?あんた。腕が良いみたいだから、出来るかしら。あんたも仕事があるだろうけど、私はこの子に早く元気になって欲しいの。だから手伝ってくれない?」


 ミレイオはイーアンに頬ずりしながら、可愛い可愛いをアピール。イーアンは申し訳なさそうに俯いている(抱えられているので、どうにも出来ない)。

 ヘイズは、自分よりも年上の2人が、大変仲良しな状態を見せ付けられ、それも断ったら怖そうな相手でもあるため、言うことを聞く。


「作ってみます。私の味覚で宜しければ」


「忙しいのにごめんなさい。どうぞ無理のない範囲で。そして手を込ませたりされないで」


 心配そうなイーアンにヘイズは微笑む。『大丈夫です。私にとっても良い経験になるので』と頷いた。ミレイオは感心なヘイズの態度に手を伸ばし、ヘイズの頭を撫でた(※ヘイズ固まる)。


「あんたも良い子ね。ありがとう」


 ミレイオは微笑んで、イーアンを抱きかかえたまま背中を向けた。『出来たら呼んで。取りに来るわ』肩越しにそう言うと、パンクは工房へ戻って行った。ヘイズは急いで調理に取り掛かった。



 工房へ戻ったミレイオとイーアンは、緊張する男2人をすり抜ける。ミレイオはイーアンをベッドに戻し、毛皮の上掛けを引き寄せてかけた。


「寒くない?」


「暖かいです。ありがとう」


 早く良くおなり、とミレイオはイーアンの頬を撫でた。それから総長とタンクラッドに振り向く。総長はさっと目を逸らした。


「何だっけね。ドルドレン。あんた、すぐ盾が欲しいの?」


「そうだ。もう皆の盾が使い物にならない」


「そう。金額張っても良いなら、うちに30個くらいあるけど。皆同じ種類じゃないわ。私が作りたくて作った盾だから。作品よ。でもそんじょそこらの既製品とワケが違うわ。規格外の強さの保障はある。買っても良いわよ」


 ドルドレンは俯いていた顔を上げる。『30・・・・・ 』灰色の瞳は、目の前のパンクに呟く。買い替え必要な数の半分は埋まる。援護遠征なら、2部隊出ても30あればどうにかなる。後は金額だけ。予算がある以上、交渉はしないといけない。


「結構()()わよ。普通の盾の5~10倍はするから。それ30。でも命は守る。どうする」


「ドルドレン。私のお給料も使って下さい。まだ食材にしか使っていません。残りのお金は盾へ」


 驚いて振り向くミレイオ。『イーアン、駄目よ』ちょっと驚いたように止める。イーアンは笑った。


「大丈夫です。だけど私のお給料でどうにかなる額ではありませんでしょう。本部にも相談します。きっと少しはお借りできるのでは」


「本部って?ここの?」


「騎士修道会の本部にかけあうつもりなのか。でも年間の予算は決まっているぞ」


 ドルドレンはイーアンに無理だと教える。ミレイオはイーアンの肩に手を置いて、鳶色の瞳を覗き込んだ。


「普通の額じゃないの。自分で言うのも何だけど。公務の人たちがすぐに工面できるような額じゃ」


「いいえ。真剣に相談すれば、きっとこの国の未来のためですから、分かってくれるはずです。騎士修道会はこれまでだって、ひたすら魔物を倒して頑張ってきた方々ですから、ちゃんと事情を話せば理解してくれると思います」


「堅物なんだってば。この支部の人は違うかもしれないけど、公務でお金扱う人間なんか、感情で動いてくれやしないわよ」


 総長はミレイオの肩にちょっと手を置いた。振り向くミレイオに少しビビりながら、『イーアンと一緒に相談してくる』と頷く。


「ミレイオ。昨日。私たちは南の鎧職人の親子から、素晴らしい鎧を受け取りました。そして今朝は、イオライセオダの剣職人から、これもまた素晴らしい剣を受け取りました。これらを見せて、もう数日後に遠征に出る騎士の皆さんに、盾を用意したいと話します。

 魔物製の盾を待つ期間、一般の盾よりも遥かに素晴らしい仕上がりの盾を、受け取る機会が目の前に差し出されたと、そう伝えるつもりです。命懸けです。きっと、分かってくれるはずです」



「もし借りることが出来る流れになっても。どう返すか、何か提案はあるのか?」


 ドルドレンが訊ねる。答えが分かるだけに、あまり訊きたくはないが確認をすると。


「私が頂くお給料を、毎月返すお金にします。それだったら信用して頂けると思います」


 やっぱりなーとドルドレンは溜め息をついた。タンクラッドも側で聞いていて、眉を寄せる。『それじゃ購入するイーアンの所有物じゃないか』それは違う、とタンクラッドは指摘する。


「私の給料の予算はあるはずです。まずはそれを出して頂くことは出来ると思います。項目の形はあちらが良いようにされるでしょう。すぐに現金をどれだけ動かせるかどうか、まずはそれが大切です。所有物になるかどうかは、私の権利放棄で済む話です」



 ミレイオはゆっくりとイーアンを抱き寄せる。自分の盾を買うために、何でもしようとするイーアンに胸を打たれる。

 もし可哀相にこの相談を断られたら。それでも盾は渡そうと、ミレイオは考えた。そして本部の脳ナシを殴りに行こうと(※決定)。


「あんたは。そう・・・・・ そうなのね。いいわ、私は報告を楽しみにする」


 ミレイオの目が総長に向けられた。『持ってくるわ。代金は後で良いわよ』請求書見て倒れないでと言い、ニヤッと笑った。総長は大きく頷く(※借金決心)。


「じゃ。一度帰るわよ、タンクラッド。それから盾をここに運ぶの、手伝いなさい」


「俺もか」


「私一人でどうにかなるわけないじゃない。考えなくたって分かるでしょ」


 あー、バカねとミレイオは呆れる。タンクラッドの目が据わる。そんな剣職人を小突いて、ミレイオは工房から出て行こうとした。


「タンクラッド。剣の代金が」


 総長が止めると、タンクラッドは諦めたように溜め息をついて『どうせもう一度来る』と答えた。派手なミレイオに小突かれながら、剣職人は裏庭口へ歩いて行った。


 入れ違いでヘイズが工房へ来て、イーアンに飲み物を渡した。『遅くなりました』謝るヘイズに、イーアンは首を振ってお礼を言う。『とんでもないです。ごめんなさい、でも有難うございます』お手数をかけてと頭を下げるイーアンに、ヘイズはちょっと笑った。


「あの人に言われて、断れる気がしません」


「ミレイオは優しいのです。とても人情の厚い人ですよ。でも驚かせてごめんなさい」


 総長はヘイズの気持ちはよく分かった。イーアンが、抵抗がなさ過ぎるだけで、普通はこうなると分かっていた。でも。イーアンの言葉で、盾が突然30も、それも作品のような盾がやって来るというのもまた、彼女の存在の力だと感謝していた。

お読み頂き有難うございます。


ブックマークして下さった方がいらっしゃいました。有難うございます!!とても励みになります!!

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