442. 魔物製の剣、到着の朝
翌朝、早い時間にドルドレンは目が覚める。イーアンは薬を飲んでいるからか、ぐっすり眠っている。
そっと起き出し、イーアンに毛皮をちゃんとかけてから、ドルドレンは羽毛クロークを羽織って(※一応使う)厨房へ行った。思ったとおり、ヘイズがイーアン用と思われる食事を器につけていた。
「おはよう。俺が運ぼう。先に作ってくれて有難う」
総長に気がついたヘイズは挨拶し『厨房が忙しくなると、後回しになって冷えるから』と盆を差し出す。『総長は』部下に訊ねられ、盆を受け取りながら、ドルドレンは自分は後で食べにくると伝えた。
工房に持ち帰り、ちょっと早いかなぁと時間を見た。どのくらい温いのか。ドルドレンは温度を確認する。椀に手を触れて少し熱を感じようとしたが、これでは本当に人肌くらいと分かる低さ。
「仕方ない。冷めたら腹に良くないから起こすか」
眠っているところ、可哀相かなと思いつつも、ドルドレンは暖炉の火を大きめに焚いて、イーアンを起こす。頬をつんつんして、髪の毛をずらしてちゅーっとしてみて。起きない。
「うーん。起こしては、やはり」
言いかけてイーアンが動いた。お、と思ってドルドレンが屈みこむと、腕が伸びて引っ張り寄せられた。ドキドキしちゃうドルドレン。いかん。妻は病み上がり。でもこれは・・・・・良いのかなぁと思って嬉しくなった矢先。
「もう!頂戴、オーリン」
寝言を言った愛妻。真顔に戻るドルドレン。寝言で目を開けたイーアンは、目の前のドルドレンに固まり、寝惚けも吹っ飛んで大慌てで謝った。ドルドレンは倒れる。
「ひどい。ひどいよ、俺じゃない。寝言がオーリン。それも『頂戴』って。何してたんだよ夢で」
泣き始めるドルドレンにイーアンは謝る。そして弁解する。『ごめんなさい!本当にごめんなさい!!ただの夢です、つい寝言を言ったようですけれど』ドルドレンは泣く。あんまりだと、ベッドに突っ伏して泣く姿に、イーアンは夢の内容を話す。
「なぜか、夢にオーリンが出てきて。それで作ったばかりだと腸詰を見せびらかすのです。焼いた腸詰が1mくらいあるのに、オーリンは私の前で揺らしては、自分だけが食べていて」
ちょっと泣き止むドルドレンは、ちらっと灰色の濡れた瞳で愛妻を見た。愛妻は、本当に困って事情を説明している・・・・・
「少し分けてと頼んでも、笑顔で遠のくのです。だから私、手を伸ばしたのですが、そのたびにすごい勢いで遠ざかって。それはそれは美味しそうに彼は腸詰を齧り、ぱりって音を立てて、ポタポタ肉汁が垂れるため、私は段々イライラしてきて、彼からそれを奪おうと追いかけまして」
必死に説明する内容に、ドルドレンは可笑しくなってきて想像がつくので笑い出した。涙で濡れた睫のまま起き上がって、ゆっくり愛妻を抱き寄せて包んでから、可笑しくて暫く笑った。
こんなに太いのよ、と指で輪を作って腸詰の直径まで教える。困った顔で、これくらいはあった、と両手を広げて腸詰の長さを示すイーアンに、ドルドレンは笑いながらキスをして黙らせる。
「腸詰。イーアンらしいけれど。ヘイズが朝食を作ってくれたから、腸詰ではないが食べなさい」
ハッとして机をみるイーアン。作業台の上に、優しい香りの美味しそうな料理がある。それを見て、ドルドレンの笑顔に振り向く。まだ申し訳なさそうにイーアンは『本当にごめんなさい。でも分けてくれなかったの』と、しつこく言い訳していた。
分かったから、ドルドレンが頷きながらちょっと笑って咳き込み、イーアンにヘイズの療養食を食べさせる。食いしん坊と言うべきか。肉が好きなのは知っているが、これは釣られて当たり前に思えるレベルである。
イーアンは、ヘイズの料理の繊細な味にとても喜んでいた。満足して美味しく食べているうちに、憎々しさを忘れ始めたか『夢の腸詰』は、元気になったらオーリンに相談すると言って落ち着いた。
早い朝食を終えて。ドルドレンは自分も朝食を食べることにして、食器を持って工房を出た。イーアンは工房で今日もお休み。自分が出来ることを考える時間として、紙とペンを用意してあれこれ思うところを書いていた。
イーアンの食事が終わったとはいえ。まだ早い時間でドルドレンも朝食。しかしこの選択は合っていたとすぐに知ることになる。
ちらほらとしか広間にも騎士たちが見えない朝。ドルドレンが一人で食事をしていると、正面玄関が開いて門番が走ってきた。『総長、良かった』すぐ近くに見つけた総長の姿に、門番は急いで止まる。
「どうした。魔物が出たか」
匙を置いた総長に、門番は急いで首を振る。『そうじゃないです、来ました』そう言って笑顔が出る。
「何が来た。こんな朝早く」
「剣ですよ。剣が届いたんです」
「剣」
総長の食事が終わり間近を見て、門番は正面と皿を何度も見る。『早く来て下さい、早く食べて!』急かされてドルドレンも急いでかき込む。もぐもぐしながら、皿をそのまま、門番に引っ張られて何が何だか分からず、正面玄関へ引っ張り出された。
もぐもぐもぐも・・・飲み込む朝食。目の前には朝陽に眩しく光り輝く金属。そして脇に立つのは。
「おはよう。総長」
無敵のイケメン職人。白いシャツの前を開け、でかい龍の牙を鎖で下げた胸元をさらけ出し、黒い革のズボンとデカイ革の長靴。朝の風に翻る黒い革の上着を羽織った、やたらカッチョエエ剣職人が、腰に手を当てて立っていた。
「タンクラッド」
「運んできたぞ。サージから受け取ってきた」
総長はタンクラッドと、目の前の剣の山を見て言葉を失う。『これ。これは』呟く声を、タンクラッドは満足そうに聞いて少し笑う。
「魔物製の剣だ。鞘がな。間に合わなくて、ないのもあるから。一本ずつ革に包んできたが、裏庭に着いたら門番が前に運んでくれと言うから。広間がそこだから、剣を運びやすいとな」
で、ミンティンをこっちへ動かしたら、剣を見たいと言い始めて。タンクラッドがちらっと門番の騎士を見ると、えへっと笑う騎士。
「中で見ても良かったんですけど。朝食の時間になるから、ここで広げてもらいました」
ドルドレンは跪く。近くで見ると、色が違う。黒もある。白銀もある。黒緋色もある。濃紺もある。ゆっくりと、大きく息を呼吸し続けていることに、しばらくして気がついた。ごくっと唾を飲み、タンクラッドを見上げる。
微笑む剣職人は小さく頷いて『50本ある』総数を教えてくれた。それぞれの色が10~15本。
「何の魔物かはイーアンに聞け。自分が戦った相手もいると思えば、嬉しいヤツもいるだろう」
ドルドレンは立ち上がった。門番の騎士2人が屈みこんで『俺これが良い』ときゃっきゃ、きゃっきゃ、喜ぶ姿を見つめ、剣職人の顔を見つめる。
「何と礼を言えば良いのか」
「仕事だ」
ドルドレンは頭を掻いて、ちょっと困ったように笑い、次の瞬間タンクラッドを抱き寄せた。びっくりするタンクラッドをよそに、ドルドレンはぐっと抱き締めて『この剣は俺たちの誇りだ』と静かに礼を言った。
タンクラッドは抱き返して良いものか・・・両手を浮かせて戸惑っていたが、ハッとして、下で自分を見上げている騎士たちの眼差しを受け、固まる。
目が合った一人が『うん』と頷いたので、躊躇いながらも剣職人は頷き返し、とりあえず総長を抱き返す。もう一人もちょっと涙目で微笑み、うんと頷いていた。
朝一番で総長に抱きつかれ、タンクラッドは戸惑いっぱなし。どうしたら良いんだろうと、頭がパンクしそうになっていると、総長がようやく離れて微笑む。
「すごい仕事だ。サージにも礼を言わないと」
部下は下から見上げて、どちらともなく拍手していた。拍手と総長の抱擁&微笑に固まるタンクラッドは、良く分からないなりに、小刻みに何度か頷いた。
「イーアンに見せたい」
ドルドレンはそう言うと、走って中へ戻って行った。門番の騎士たちは立ち上がって、それぞれちゃんと総長に倣い、背の高いイケメン職人に抱きついてお礼を言う。タンクラッドは唖然としながらも、一応抱き返した(※正しい行為かどうかは別)。一人は剣職人の胸の温もりに、溜め息をついていた。
間もなく。イーアンを抱えたドルドレンが戻ってきた。
しっかり羽毛で包まれたイーアンは、光り輝く剣の山とタンクラッドを見て『わぁーっ』と一声嬉しそうに叫び、両腕を広げた。これを一番待っていた剣職人は大急ぎで腕を広げて、がっちり弟子を抱き締める(※この場合は自分から)。
「凄いです!素晴らしい!!何て素晴らしいの」
ぎゅうぎゅう抱き締めて、感激と喜びのあまり、頭をこすり付けて喜ぶ愛犬イーアン。タンクラッドもようやく自然体。笑顔で喜ぶ(※男相手はムリ)。細い背中をしっかり抱いて、くるくるした髪を何度も撫でた。
「サージが。持って行けと昨日の夜に運んできた。ボジェナに手紙を渡したから、父親のセルメとサージが、ダビの鏃に喜んでな。それでお前の具合が悪いと知ったのもあって、俺に支部へ運べと」
「そうでしたか。親父さんにもお礼を言わないと。後、代金を。ドルドレン、お代をお支払いしなくては」
親方に抱きついたまま、イーアンが伴侶を振り返ると、いつもは仏頂面のドルドレンも、ちょっと仏頂面程度で、一応笑顔で頷く(※初)。『執務室が稼動するまで、支部で待てるか』総長に訊かれて、タンクラッドはイーアンを見つめる。
「お前は。具合はどうなんだ。いつまでもここにいてはダメだぞ、中へ入れ。一緒に工房で待とう」
はい、とイーアンが頷いたので、タンクラッドは工房で待つことに決定。この横で、門番の騎士が剣を選んで、自分用にそそくさ持ち帰ったのを見て総長は笑った。
「タンクラッド。朝食を食べていないだろう。支部で食べると良い」
そうするかなと剣職人も思い、剣をとりあえず中へ運んでから食事をもらうと伝える。そして広間の玄関側に全て運び入れることにして。
「朝食も遅くなりそうだな」
笑う総長は、昨日は鎧で、夕食が遅れたことを剣職人に話した。騎士たちの喜びように、タンクラッドも嬉しい。オークロイ親子にも見せたかったと思いながら、剣を総長と一緒に運んだ。
広間が賑やかになるのを見ながら、タンクラッドは朝食の盆を受け取り、イーアンと一緒に工房へ行った。ドルドレンは後から行くと言って、広間に残った。
工房に入って、イーアンは改めてお礼を言う。『形にして下さって。本当に感謝します』頭を下げるイーアンの顔を指を添えて持ち上げ、タンクラッドは同じ色の瞳を覗きこむ。
「お前が最初だ。な」
イーアンは嬉しかった。本当に嬉しかった。自分の思いつきから、真剣に向き合って力を貸してくれ、今こうして形にしてくれた職人の人たちに、心から感謝した。笑顔のイーアンの頬に涙が伝う。
「何てお礼を。言えば。良いのか」
言葉が続かない。涙が溢れてくる。嬉しくて有難くて。イーアンは目を拭きながら、タンクラッドに抱きついて何度もお礼を伝えた。タンクラッドもニッコリ笑って抱き返し、頭をナデナデした。
「俺も。サージも。オークロイ親子も、お前が一生懸命だったから動かされたんだ。騎士修道会が命を懸けて国や民のために戦うから、力を貸そうと思ったんだ。その機会を作ったのはお前だ」
「言い過ぎです。違います。ドルドレンたちが必死だったからです。手助けをして下さって、本当に有難うございます」
イーアンはそう言うと頭を起こして親方を見上げる。微笑んで『お食事を』と促した。濡れた鳶色の瞳の微笑みに、親方はちょっとクラッとしたが、大人な冷静さで微笑を返して椅子に掛けた。
「さっき。総長に抱きつかれたぞ」
食事を食べながら、少し笑ってイーアンに話すタンクラッド。びっくりして目を丸くするイーアン。『本当だ』それくらい、剣が嬉しかったんだなと言い、匙を口に運ぶ。
――見たかった・・・イーアンはとても残念。イケメンが抱き合うなんて、何か違う世界だけど。でもきっと美しいかったはず。そうよ、だって朝陽の下でなんて。何て爽やかなの~ 剣よりキラキラしていたかもしれないってのに、私ったら具合が悪いなんて!! 見逃したことを悔しがるイーアン。
なぜかシーツを噛んで悔しがっているイーアンを見て、タンクラッドは、これは総長への焼きもちなのかと首を傾げた。男同士なのになぁと思いつつ、理解が出来ないので、とりあえず食事を続けた。
どうにか悔しさを乗り越え落ち着いたイーアンは、そうだったと思い出して、タンクラッドに昨日の話をする(※悔しさが無駄)。
盾のことと、矢の話をすると、タンクラッドは食べながら頷いて『ミレイオに伝えておくか』と言ってくれた。それからオーリンのことを考えているようで、『オーリンは』と言いかけて黙った。
「俺は。お前の仲間の剣を作らないといけないんだが。ちょっと時間を調整して、オーリンにも一応伝えた方が良さそうだな」
「お忙しいのにごめんなさい。ドルドレンは臨時で、盾と矢の発注をかけると言っていました。それはきっといつも購入する工房だと思います。私は知らないのですが」
「つまり。急ぎではない。だがあれだな。矢は消耗品にしても、量を買えば盾は安くないからな。ミレイオが作ったその後に、別工房で作らせた時、同じ年で二度も購入するとなると、予算を超えるかもしれないな。盾も新品と委託工房の製作品で被るわけだし」
親方がそう言って、食べ終わると。丁度ドルドレンが戻ってきたので、イーアンは今していた話を伝える。ドルドレンも頷いて、剣職人を見る。
「そんなところだ。矢は在庫が東にどれくらいあるのか分からない。オーリンが用意してくれるのかどうか。それだけでも確認して発注をかけた方が重複しなくて済むだろう。ただ、重複したとしても、矢はまだ使うから説明もしやすいが」
「盾か。盾は、すぐ出来るものでもないしな。一応ミレイオにすぐに伝えてこよう。ミレイオはプライドが高い。事情は理解できても、自分の盾に自信があるから、別の盾を使うとなると、一度自分に頼んだことに対して、文句を言いそうだ」
言いそう・・・・・ ドルドレンもあのパンクを思い出して頷く。あの人苦手。
「総長あのな。執務室が動くまで、あとどれくらい時間がある」
いきなり話が変わって、ハッとしたドルドレンは(※ミレイオ苦手意識に囚われていた)時計を見て『1時間くらいだ』と答える。
タンクラッドは立ち上がって、総長に食事の礼を言って盆を持たせた。『ちょっとミレイオに会ってくる』そう言いながら、さっさと工房を出て行った。
ドルドレンとイーアンは、彼の急な退室にぽかんとして見ていたが、協力してくれることは有難いので、タンクラッドの帰りを待つことにした。イーアンはそのまま工房待ち。
持たされた盆を返しに行ったドルドレンは、序に広間で盾の必要数と、矢の補充数を確認する。どちらも結構な数と分かり、さすがに今回は発注をかけた方が、ミレイオたちに負担がない気がした。
広間はまだ沸いていた。朝食を摂りながらも、騎士たちは新しい剣に大はしゃぎだった。鎧に続いて、剣まで届き、その剣はほとんどの剣隊の騎士たちに行き渡る数。剣によって、鞘を新調する必要もあるが、新しい鞘がないことに文句を言う者は一人もいなかった。
総長は、部下の騎士たちが心から喜んでいるのを見て、とても満足だった。彼らの労いのようにも思える、この武器と防具。
これまでの武器や防具とは、また立ち位置が違い、自分たちの悔しさも悲しさも努力も、全てが詰まった存在と感じる、そうした満たされた思いの、武器であり防具だった。
弓部隊も羨ましそうに剣を見ている。弓引きも剣を持つが、それらは剣隊ほどは使わないので、今回の魔物製の剣50本は全て剣隊行き。
『早く弓来ないかな』『どんな弓になるんだろうな』『オーリンみたいな弓だと良いね』そんな羨ましがる言葉を背中に受けつつ、剣隊の面々は大喜びで剣を選んでは、交換してを繰り返していた。
クズネツォワ兄弟は離れた場所で朝食を食べながら、皆の喜びようを見つめていた。
「俺も槍もらった時、すげぇ嬉しかった」
「俺だって、イーアンがソカ使って良いって言った時は嬉しかったよ」
「でも。剣カッコイイね。ちょっと欲しくなるかも」
「お前、槍あんだろ。ねー、でも。あれって弓のやつらも貰うんでしょ?俺なんかも貰えるの?」
「ハイルだって欲しいんじゃねぇか。お前、ほとんど剣使わないくせに」
「うるせーなぁ。見たら欲しいよ、ソカのが良いけど」
特別な武器を使う二人は、後回し組。鎧と違ってもらえなさそうと分かっていても、やっぱり欲しい(※タダだから)。
「これ。もしかして。北西支部だからかな」
徐にベルが言う。弟はちょっと気になった。『俺たち。いつ移動なの』そう言えば、東に移る日が近いような。
「わかんねぇ。ドルに聞かないと。剣とか鎧・・・北西はイーアンがいるから、それで多分最初なんだよ。全部に回す気らしいけど、もし俺たちが東に移ったら」
「あ。後かも。だって騎士修道会って今1000人?もうちょっとだっけ、いるんでしょ。この2年で減った、ってドルが言ってたけど。それでも1000人以上じゃなかったっけか」
東に移ったら、もうしばらくこういうのお預けかもね・・・お兄ちゃんベルは、剣で騒いでいる皆を見つめ、呟いた。ちらっと弟を見ると、弟も同じように思ったらしく、困った顔をしていた。
兄弟は、何となく。自分たちが北西支部から動くことに、利点があるのかどうか。この時から考え始めた。
お読み頂き有難うございます。
今、人名地名を書き出しているのですが、まだもう少しかかると思います。ご不便をお掛けいたしますが、どうぞお待ち下さい。宜しくお願い致します。




