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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
441/2947

441. 北西支部の装備

 

 親方があちこち動き回ってくれた、この日の夜。



 北西支部の夕食の時間。イーアンは工房にいて知らなかったが、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。


 理由は鎧。新しい委託先の鎧工房から届いた、待ちに待った噂の『魔物製鎧』は、夕方に親方が運んできてからの時間、騎士たちを少年時代に戻すには充分過ぎる存在だった。


 手にして取り合う姿を見つけた総長と部隊長たちが、騎士たちを落ち着かせる所から始め、隊長が自分たちの確保(※ずるい)する鎧を見定め、それを指摘されて言い争いになり、そして取り合う。これを繰り返した。繰り返して早1時間。



「いい加減にしろ。まだこれから来るんだ。オークロイは親子で作っているから、一度に全員にはムリなんだから、まずは寸法の合う体格、破損の酷い鎧の者が先だ」


 総長の言葉に、一瞬静まり返るが。あまり言うことは聞かない。『総長この前、特注だった』『いつも自分ばっか』『自分の先に来たからって』『剣まであるくせに』かえって煩くなる。


 こうなると何も言えない総長。シャンガマックとザッカリアも、苦笑いで遠目から見ているのは余裕だから(※セットで持ってる人たち)。



「寸法別だろ。まずは。それで破損した鎧のヤツ、破損状態を比べろ。肩と腰回りの破損は2番手だ。胴体の破損したやつは1番手。だから俺だ」


 クローハルが困ったような顔をわざとらしく作って、はぁぁと溜息付きつつ、髪をかき上げ、自分の鎧をどんと机に置く。

『参ったよ。胸と背中が割れてるんだ。もうじき援護遠征なのに』やれやれ、と新しい鎧を堂々物色。周囲の白い目をものともせず選ぶ。


「これなんか。俺に良いかも知れないな。白さとうっすら青い感じが、俺には良く似合う」



 その白は・・・ドルドレンは嫌な気分。俺がイーアンとお揃いにしたくて、白い皮の鎧が欲しかったのにー!!今のもカッコイイけど、クローハルに取られるのが何かイヤだっ!


 総長の顔をちらっと見て、クローハルが少し同情的に笑う。『お前のは、青いスゴイ鎧だよな。俺はイーアンと似てるけど』フフンと笑った顔にドルドレンはムカつく。シャンガマックはその光景をじっと見つめる。自分もお揃い・・・・・


 クローハルの鎧は、確かに結構な壊れ方をしていて、亀裂も相当長いのでとても使えるものではなかった。まんまとジゴロは、鎧・マスク・脛当のセットを手に入れて、ホッと一安心。『ほら、あとは分けろ』すごい適当に部下に手で示す。



 ポドリックも鎧を見ている。だが困っている。『ドルドレン。俺の体はこれじゃムリだな』背も大きく、体格の良いポドリックは悲しそうだった。総長は、ポドリックの鎧の破損を知っているので、出来るだけ早く頼もうと話した。


 ブラスケッドも欲しそう。でもそんなに鎧はやられていなかった。岩に叩きつけられた部下や、直接打撃を受けた部下は、鎧もマスクも破損具合が著しく、優先しなければいけない。だが自分は。


「俺は救援に回ることが多かったからな。ちょっとは割れた所もあるけど、肩くらいだもんな」


 悲しいブラスケッド。新しいのが欲しいのに。剣も友達に作ってもらえなかった(←タンクラッド)。とりあえず、部下の鎧の破損状態を見て、一緒に選んでやった。



 弓部隊では、コーニスも必要だった。『私、魔物に握りつぶされかけましたから』鎧が刺さるかと思った、と胴体に大きな指の跡が残る、生々しい破損鎧を机に置く。それを見て、側の騎士は皆辛そうな顔をする。


「これ。多分叩いたら、崩れますよね」


 コーニスの隊のヤン・バシクワがそーっと鎧を手でなぞった。めり込んで鎧が壊れかけている状態は恐ろしい。こんなコーニスは中肉中背なので、鎧はあっさり頂戴することが出来た。横で見ていたパドリックは弓部隊でも被害はなかったので、見物するのみ。


 岩を投げつけられて、内臓がやられたメルドロンも、もれなく鎧セットを入手。既に鎧の前面が大破していた。


「剣隊。次の援護遠征で出る隊の者で、鎧の破損が酷い者は見せろ」


 ドルドレンの隊は、イオライ戦で最後まで残ったスウィーニーとアティクの鎧を見る。意外と無事。『ちゃんと戦ったんですよ』スウィーニーは頑張ったと主張した。アティクも、シャンガマックの側にいた時は、特に自分が攻撃を受けていないので、どうにか無事。


 ロゼールは鎧らしい鎧はないので、この場合はちょっと別枠。トゥートリクスも、鎧に欠けはあったが壊れてはいない。フォラヴもどうにか無事。ギアッチは馬車だったので、鎧は特に傷ついていなかった。


 ポドリック、ブラスケッド、クローハルの隊はかなりの人数で鎧が危険状態。破損が深刻な状態の者で、寸法が合えば必然的に優先された。

 ポドリック隊の、ベルの鎧は無事だった。ハルテッドは岩に叩きつけられて背中が壊れていたため、鎧優先者。


「俺の体だと。これ大きい?」


「良いんじゃないの。だって胸つける時、こんくらいあった方が」


「あ、そうか。でもさ。夏とか下が薄着だと、鎧浮きそうかなって」


「大丈夫でしょ。中で、ベルトで押さえるんだから」


 弟の物色に付き合うお兄ちゃん。弟は他人が持っている鎧でも、気にせず横からちょっと取り上げて『これどう?』と自分の体に重ね、感想を兄に訊いていた。

 不思議なお買い物状態で、周囲も振り回されるが、結局ハルテッドは青っぽい鎧に決めた(※他の騎士が既に手に持ってたやつ)。


「似合う?」


「似合うんじゃないの。お前の髪の色、もうちょっと明るくしたら」


「ここ、田舎だから。脱色するやつ売ってないんだよねー」


 暢気な会話で、鎧セットを一つ取られた騎士が嫌そうに二人を見ていた。仕方なし、この騎士は別の色を選び『俺だって鎧選んだのに』とぼやいていた。


 駿馬隊のフィオヌ、馬車隊のヨドクスたちは、基本的に補助で入る部隊だったので、班別でかり出された数名の騎士を除いて、特別鎧の新調は必要なかった。


 年末福袋セールのような状態が落ち着いた頃。普段は夕食の時間に食い込んでいるのもあり、厨房担当から『早く食べて』と声がかかった。そして全員夕食。



「盾はどうする」


 ドルドレンがイーアン用の夕食を運ぼうとすると、ブラスケッドが話しかけてきた。盾はほぼ壊滅的だったので、ドルドレンも気にはなっていた。


「盾だけは、臨時で一気に購入するか。使う相手とそうじゃない相手がいるから、最近は必須でもなかったけれど。この前の獣頭人体のようなものが出てくると、いっぺんに盾がやられるな」


「頼んでいるのか?盾も」


「本当についこの前だ。紹介してもらって、まだ取り掛かっていないかもしれない」


「弓は?矢がもう相当な数がないと、パドリックが困っていたが。弓もかなり疲れが来ているとか」


「オーリンに言うか。次の援護遠征は弓部隊は控えろ。剣隊に弓引きを何名か入れて」


 西からの援護遠征の申請が入る前に、ある程度装備を固めないといけないので、総長も部隊長もそれは心配だった。イーアンが動けないので、補強も出来ない状態にある。

 とにかく早めに、盾と矢は補充しようと相談して決め、それだけは明日にでも発注することにした。



 全員の夕食がずれ込んだのもあり、ドルドレンはイーアンに会いに行き、夕食を先に食べてから風呂でも大丈夫そうであると伝えた。イーアンと一緒に工房で夕食にする。


「鎧の喜び方がすごかった」


 伴侶の可笑しそうな言い方で、イーアンも話を聞くのが楽しみ。目で促すと、先ほどまでの騎士たちのはしゃぎっぷりを細部まで教えてくれて、イーアンもドルドレンも笑った。


「有難う」


「いいえ。皆さんが倒したのです。皆さんの勇敢さが、こうして腕の良い職人の技術で形になったのです」


 お代は修道会持ちだし、私は何もねと笑うイーアン。ドルドレンは笑う愛妻(※未婚)の頬を撫でて『イーアンのお陰だと思うよ』と囁いた。


「誰も。魔物を使おうとは思わなかった。使えるとも思わなかった。ただの憎い相手だったんだ」


「私は変わり者ですもの。あなたが変わり者を引き取って下さったから」


「もし俺が総長じゃなかったら。君と一緒にここを出て、すぐ外で暮らしたかもしれない」


「どこかへ預けると仰っていませんでしたか。保護した人は確か」


「出来ない。イーアンが好きだったから。あの日はもうね」


 ちょっとポーっとなるイーアン。ほわっと頬が染まって、恥ずかしくなる。下を向いて嬉しさを笑みに出しながらも、伴侶を見ないで食事を続けた。それを見ていてドルドレンは少し笑って、ある言葉を言う。



「『今日、こんなに美味しい夕食を食べることが出来るとは思いませんでした』・・・『良かった。俺もこんなに楽しい食事の時間が来るとは思わなかった』 ・・・・・イーアン、覚えてる?」


 イーアンはすぐに伴侶の灰色の瞳を見つめ、ああ・・・と顔をほころばせ嬉しそうに頷く。『よく覚えていらして』ニッコリ笑う。


「覚えてるよ。最初の夜だ。あの時も誉めたら、イーアンは照れて。最近、あちこちで抱きついたり、ちゅーしたりして開放的だけど。でもこういう場面は、今も変わらず照れるんだな」


「何て言い方をするの!」


 大笑いするイーアン。一緒になってドルドレンも笑う。だってそうだろう、と言うと『あちこちって』と笑って言葉が続かないイーアンは、机に突っ伏して震えていた。


「慣れたの!慣れですよ。ここの人たちはしょっちゅうでしょう。私も慣れますよ」


「慣れ過ぎだよ。今や誰よりも積極的なんだもの」


 ハハハと笑って両手を打つ愛妻は本当に楽しそうで。ついドルドレンも笑ってしまう。一頻り笑い合って、夕食を済ませた後。イーアンはお風呂に入り、続いてドルドレンも入って、二人は再び工房へ戻った。



 ドルドレンは執務の騎士に言ってあったので、工房にもう一つ寝台を運び込む。『それは空いているベッド?』イーアンが訊ねると『ちょっと壊れかけだって』と伴侶は足元の板の割れを見せた。


「私がそちらに寝ましょう。私の身長なら影響ありません」


「大丈夫だよ。これは囮の寝台だから」


 イーアンが伴侶を見ると、伴侶はニッコリ笑ってキスをした。『一緒に眠るから、これは囮』そう言って頷く。


 そのためにわざわざ・・・きっと皆、もう既に私たちが一緒のベッドで寝ていると、分かっている気がするが。イーアンはそう思うものの、ここは伴侶の真面目(?)な一面を立てることにして横に寝台を並べた。


「そろそろね。ザッカリアも一人の部屋で眠るらしいよ。ギアッチと一緒に眠るには育ったから」


「ギアッチが寂しそう。でも確かにあの男の子の大きさでは、窮屈ですね」


「ザッカリアは喜んでいるけれど。ギアッチは暫く、涙の夜だろうな」


 一人の部屋があると、子供心に独立第一歩のように感じて嬉しいものか。イーアンは自分の子供時代、そうした心境の変化を思い出して、ザッカリアの気持ちに微笑む。


「そう言えばね」


 囮のベッドに腰掛けて、ドルドレンは話を変える。盾の話と矢の話をイーアンにもする。『きっと援護遠征が入るから、臨時で頼むだろう』これは仕方ない、と言う伴侶に、イーアンも頷く。


「私は療養中ですけれど。もしまたタンクラッドがお使いを引き受けて下さるなら、オーリンとミレイオに伝えることが出来るかもしれません」


「タンクラッドも剣を作るだろうから、そう使いまわすのもな。気が引ける」


「そうですね。でもご自身で行きたがる時はお願いしましょう(※使う気満々)」


「それ。イーアンが仕向けるのか。行きたがるように」


 イーアンはきょとんとして伴侶を見る。『仕向けません。話していると、恐らく行きたがる気がするのです』いつも親方は自然にそういう方向へ動く、と話した。


 きっと何度となく、タンクラッドはこうして、イーアンの要望に応えていたんだろうなと、ドルドレンは認識した。知らず知らずに動いている・・・きっと良いトコロ見せたいのだと思う。天然だし。


 心境は複雑なドルドレンだったが、こういう時はまぁ。頼ってもまぁ。良いのかなぁと。思うようにして。書類を運ぶとかじゃないんだしと、外部の人間の協力を認めることにした。


「きっと明日もいらっしゃいます。この話もしてみます」


「明日。そうだね、来そうな気がする。毎日来るような」


「そして薬が終わる頃には、私をイオライセオダのお医者さんの病院へ連れて行くでしょう。そんな気がします」


 ドルドレンはイヤだったけれど、それも理解する。最初に診させた医者に、確認を取りに行くだろうことは、それほど想像に難くない。タンクラッドの性格だと、イーアンを毛布でぐるぐる巻きにして、抱えて連れて行く気がした(※無理やり)。


「俺が旦那さんなのに」


 呟くドルドレンに、イーアンは笑ってキスをして『いつだって旦那さんです』と引き寄せ、もう寝ようと伴侶に促した。工房の明かりを消して、暖炉の火を小さくし、二人は毛皮のベッドに潜り込む。


「イーアンが早く治るように祈る」


 いろんな意味が含まれていると分かる一言なので、ちょっと笑うイーアンは、優しい伴侶を抱き寄せてお礼を言った。『早く良くなります』待っててね、と灰色の瞳を間近で見つめると、伴侶はちゅーっとキスして『早くね』と続けた。


 この夜、二人は大人しく(※当たり前)毛皮の中で抱き合って眠った。

お読み頂き有難うございます。

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