表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
44/2937

43. 慰労会

(※長いのが続いています。お時間のある時にどうぞ)

 

「お帰り。遠征まで連れて行かれて、疲れたろう」



 白い髭をきちんと整えたオシーンが、練習用防具を片付けながら訊いた。


「少し疲れましたが、疲れたのは他の方だったと思います。

 私は戦えないし、一人で馬も乗れないので、余計な仕事を増やしてお荷物だったかもしれません」



 イーアンが、防具箱の脇にある長椅子に腰掛けて答えた。ドルドレンの入浴時はイーアンを任されると察して、オシーンは夕方以降の鍛錬場にいる時間を延ばしてくれていた。



「あのな。お荷物っていうのは自分で言うことじゃないんだ。お前が頑張って知恵を出したから勝った、と連中が浮かれて帰ってきたんだ。お荷物扱いしてるか?」



 厳しそうな水色の目で、イーアンに問いかける。イーアンが『いいえ』と言ったまま黙ると、オシーンが『謙遜したって良いことないぞ』と鼻で笑った。



「今日は慰労会だな。ぼんやりしないで、ちゃんと気をつけてろよ」「何かあるんですか?」


「いや。何かあるわけじゃないけど。お前がそんな格好しているとな、ここは女性がいないから」


 ああ、とイーアンは相槌を打つ。いつものチュニックとズボンだったらまだ良いだろうが、今日の長衣はワンピースみたいなで女性っぽい。胸がない分、あっさりしているシルエットだが。


「これ目立つ色ですものね」


「そうだな。だが似合っている」


 オシーンは目を細めて誉めてくれた。イーアンは笑顔でお礼を言った。

 イーアンに父親は幼少時からいないが、お父さんがいたらこのくらいの年、と思うと、誉められたのも何だか素直に喜べた。



 そんなふうに思っていると、『お。来た来た、お前の王子が』と笑い出すオシーン。


 廊下を早足で近づいてくるドルドレン。あっという間に横に来て『さぁ行こう。慰労会で食事をしたら、疲れているんだからすぐ部屋へ戻るぞ』とイーアンを捲くし立てた。


 呆れて笑っているオシーンに『すまないな、ありがとう』と立ち去りながらお礼を言うドルドレン。イーアンも苦笑するしかないが、こんなドルドレンだから好きなのね、としみじみ黒髪の騎士を見つめた。




 広間はもう騎士たちで埋まって、賑やかにざわめいていた。


 机には料理と酒が並び、机の脇にはバケツが置いてある。バケツは酒に弱い者のためにある、とドルドレンは説明した。


 イーアンを連れたドルドレンが中央の席へ向かうと、二人に気がついた騎士たちが(主にイーアンに)声をかけ始める。ドルドレンは不快そうにそれを無視して足早に進み、中央に二つ空いた席に腰掛けた。イーアンの横の騎士に『ちょっと離れろ』と注意し、騎士が少し椅子をずらしたので、イーアンはそっと謝った。



 全員が席についたところで、別の列の席にいたポドリックが立ち上がる。

『無事に全員帰還したことをメーデ神に感謝する。遠征ご苦労だった。好きなだけ食べて、飲んで、疲れを癒せ』と荒っぽい挨拶を済ませた。



 その後は、ポドリックの言葉のまんまだった。


 好きなだけ食べて、好きなだけ飲む、騎士の集団。遠征の緊張が解け、無事であることが確かで、誰も彼もが今日は遠征の話で沸いた。死傷者が出た後の慰労会は笑い声は響かない。

 騎士たちの絆は強く、仲が良いわけではなくても団結力が高い。今回の遠征は、死傷者がいなかっただけではなく、遠征中も笑ったりふざけたりが混じっていたので、騎士たちの心労も少なかった。



 ドルドレンは手際よく、イーアンの皿にあれこれと料理を詰め込んで、容器に酒を注いで『たくさん食べると良い』と勧めた。


 そんなに一度に盛るの?とイーアンが驚いていると、『先に皿に乗せておかないと、いつ料理の皿がひっくり返されるか。いつ酔っ払いの唾が入るか。そうした心配がついて回るのだ』と苦い顔で理由を教えてくれた。それは確かに嫌かも・・・と納得したイーアンだった。


 周囲は早々と酔いが回っている騎士も出ている。緊張感がなくなって弾けているから、若い騎士は遠征中に我慢していた酒を矢継ぎ早に飲み干している。酒をこぼす、料理の皿に手を付くなどの声が聞こえる。



「イーアン。俺たちは広間(ここ)では酒は少なくしよう。部屋に戻ってゆっくり飲んだほうが良い」


 玉子とゼリーの冷製みたいな綺麗な料理を食べながら、ドルドレンは提案した。揚げ煮の鳥肉をナイフで切りつつ、イーアンも賛成する。

 ふと、ドルドレンの食べている玉子のゼリー寄せが気になったイーアンは、自分も食べようとその料理の皿を探して見渡した。皿は近くにはなく、きょろきょろしていると後ろの机の列にあるのを見つけた。

 あった、と嬉しくなったイーアンだったか、何となく視線を感じて玉子料理の延長線に視線を向けると、笑顔のクローハルと目が合った。

 この服を着ている状況でクローハルの笑顔は危険な気がして、イーアンはさっと目を伏せる。クローハルはすぐ立ち上がって、玉子料理の皿を手に近づいてきた。



「これが食べたかったのかな?ところで、その服を気に入ったみたいで嬉しいよ」


 ドルドレンが振り向くより早く、クローハルがイーアンの前に玉子料理の皿を置く。イーアンは『すみません。ありがとうございます』と俯きがちに早口でお礼を言った。ドルドレンは戦闘モード。

 クローハルは、イーアンの横の騎士の椅子をさりげなく奪って、笑顔で話しかける。ドルドレンの瞬き一つない怒りの瞳を完全に無視して。


「イーアン。これが食べたかったんだろ? 玉子が好きなのか?それとも料理が好み?」


 そう言いながら大匙で玉子のゼリー寄せを、すすすっと自然な動作で切り分けてイーアンの皿によそる。よそる際にも『今日はその服一枚か。ずいぶんと魅力的だ。もう一着買っておけば良かった』といちいち黒髪の騎士を挑発する甘い暴言を甘い笑顔で口にする。



「クローハル」 「なぁ。俺がどれだけ嬉しいか、君には分かるかい?」「クローハル・・・・・ 」



 完全無視でイーアンに集中的に喋るクローハル。完全体の怒りの化身と化したドルドレン。ドルドレンの手がゆっくりとがっちりと、イーアンを抱き寄せる。


 ドルドレンは瞬きのない灰色の凍った瞳を(クローハル)から外すことなく、抱き寄せたイーアンに自分の皿にある同じ料理を匙で掬って(この時、料理の皿は一度も見ない)、そっとイーアンの口元に運んだ。


「イーアン。食べたかったのに気がつかないですまない。お食べ」


 頭の上から響く抑揚のない棒読みのような声に、イーアンは差し出された料理を恐る恐る、口に入れた。クローハルが大げさに溜息をついて頭を振る。


「何でそう無理やりなんだ。それじゃイーアンが味わえないだろ」 「お前は黙ってろ」


「困ったやつだな。彼女が怯えているのが分からないくらい鈍いのか。怖いね、イーアン」


 クローハルが茶化すと、ドルドレンの周囲の気温が勢いよく下がっていく。気がつけば机を挟んだ向かいにも、横にも、騎士たちの姿は消えていた。楽しい慰労会の中心が恐ろしい現場に変わると本能で気付いた彼らは遠巻きに移動した後だった。



 遠めで見ていたポドリックが、目の前に積まれた茹で肉を切る手を休めて、自分の隊の部下に言う。


「よっぽど面白いんだろうな。クローハルのやつは」 「総長の怒りで面白がるって、クローハル隊長しか出来ないですよ」「あれ、面白いんですか?」「一触即発に見えます」「でもイーアンって、そんなに魅力的ですかねえ」「あの二人が取り合うって感じでも」


 ポドリックが気だるそうに酒を飲んで、部下の方を見ないで答える。


「お子様にはわかんねぇかもな」 「え、隊長もですか?」「年齢が釣り合う場合はやられるんですか?」「あの人、あんまり女っぽくないでしょ」


 フン、と鼻で笑うポドリックは再び肉を切ってむしゃむしゃ食べ始めた。『イーアンは内包しているものが凄いんだよ』と咀嚼しながら話す。部下はよく分からないような返事を返し、中央の3人の様子を見つめた。



「イーアンが男だったら、間違いなく北西の支部(ここ)の自慢の騎士になってるだろうな」


 部下の背後から低く割れた声がした。振り向くと片目の騎士が、諭すように若い騎士たちを見下ろしている。


「ブラスケッド隊長も」「胸とか色気じゃないんだ」「中年女性でも可ってこと?」「俺は顔と体で決めるけど」  「・・・お前らは思春期か」



 ブラスケッドが部下の言葉に呆れる。脇で肉を食べ続けるポドリックの肩に手を置き、空の容器に酒を注ぎ『どうだ。戦闘の話の続きを聞きに行かないか』と誘う。ポドリックは『今日は、とばっちりを受けるには疲れているから止めとくよ』と注がれた酒を呷って答えた。

ブラスケッドが酒瓶を持って中央の冷戦に向かっていくのを、背後からくっくっと笑いながら見送って呟く。


「ブラスケッドは完全に実力主義だ。イーアンの観察眼も戦闘方法も、それに、飛ぶ魔物に真っ向から盾を掲げた怖れ知らずな部分も・・・気に入ったようだな」





 中央の机の席は、総長と隊長2人と、俯いて自分の食事を食べにくそうに少しずつ口に運ぶイーアンがいた。離れた場所に座る騎士たちは、彼女の居た堪れない様子に、遠くから励ましのエールと同情の視線を送るしか出来なかった。

 イーアンたちの背後の机の席には、酔いが回って状況判断が鈍くなった若い騎士が4~5人集まって、魔物や武器について語っているくらいで、近くに残っている者はほぼ居ない状態だった。



 イーアンの向かいに(席はガラ空き)遠慮なく腰を下ろしたブラスケッドは、自分の容器に酒を注いで、イーアンの両側の男たちにも酒瓶を傾けようとしたが、それは一瞬で断られた。


「ドルドレンもクローハルも、合間のイーアンが縮こまっているんだから、もう止めろ」


 ブラスケッドは隊長の中では年長で46歳。ドルドレンとは10歳離れているし、クローハルは13歳も下。くだけた態度なので普段は年齢も気にならないが、やんわり注意されると何となく言うことを聞かざるを得ない二人だった。



「ブラスケッドは何しに来た」


 黒髪の美丈夫が冷めた目で用を聞く。ブラスケッドは酒を一口飲んで『疑問符を片付けに』と意味深に答える。イーアンがブラスケッドを見ると、片目の騎士はちょっと笑って『あれ(・・)のことさ』と言う。


「岩の魔物が、追い詰めたイーアンを攻撃しないで後退しただろ。答えは誰も知らないが、そんな話も酒の席なら良いんじゃないかと思ってな」


 クローハルが眉根を寄せて、ブラスケッドの言葉を繰り返す。『攻撃しないで後退?』ブラスケッドは頷いて『クローハルはその時いなかったな』と、自分の見た状況を要点だけかいつまんで教えた。イーアンは、困る話題に黙り込む。


「イーアンも分からない事を、あれこれ推測で面白がるな」


 ドルドレンが話を終わらせようとする。――イーアンが臭うかどうかを気にしていたのに、蒸し返すとは何て奴らだ。もうこいつら面倒だから、部屋に下がるか―― 

そう思った時、ドルドレンが掴んでいない方のイーアンの肩を誰かが引っ張った。急にぐらっと後ろに引かれたイーアンをドルドレンが支える。



「イーアン、それ本当?」


 驚くイーアンに、嬉しそうに目を輝かせる騎士。後ろで話を聞いていた伝説大好きアエドックが、酔いの回った真っ赤な顔で立っていた。アエドックの反応に、イーアンの顔が不安に染まり『いえ、別に』と言いかけた。


 自分に視線が集中していることなど全く気にせず、大声で笑いながら思っていることを口にする。『イーアンから魔物が逃げたの?そんなことがあるのって、やっぱ』アエドックが口に出来たのはそこまでだった。

 ドルドレンが酔っ払うアエドックの腕を鷲掴みにし、クローハルがアエドックの口に肉きりナイフを当てて立っていた。



「坊主。イーアンに触っちゃダメって聞いたことないか?それと、お前のお喋りなんか要らないだろ」


 クローハルが胡桃色の瞳に半分瞼を下ろして静かな声で忠告し、アエドックの口に当てたナイフの刃を傾ける。


「二度とイーアンに話しかけるな。そして触れるな。近づくな。生きていたいなら」


 ドルドレンはアエドックの腕を蛇のように締め上げ、アエドックの白い手首から先に、血管が浮かび上がった。



 青ざめて視点が泳ぐアエドックは、今にも泣きそうな顔でどうして良いのか分からない様子だ。


 その時『こら、こら!』と裏声で叫びながら、向こう端にいたコーニスが慌てて飛び込んできて、アエドック(小僧)の首根っこを掴んで『すまないね!こいつはまだ子供みたいなもんで』と父親の如く謝り、『酒に弱いくせに!』とそそくさ小僧を連れて行った。



 この展開に、ブラスケッドはちょっと居心地が悪くなり、『邪魔したな』と一言呟いて席を立った。


 イーアンも立ち上がり『私がいると、せっかくの楽しい場所が・・・』と悲しそうに微笑んで、周囲に会釈した。そんなイーアンに可哀相になったドルドレンは、すぐに彼女の肩を抱き寄せて『部屋で休もう』と短く言った。


 椅子から立ち上がりかけたクローハルに、イーアンが『服を本当にありがとうございました。大事にします』とお礼を伝えた。クローハルは何か言いたかったが、言葉が出てこなくて、広間から出て行く二人を見つめるしか出来なかった。



 広間は一瞬だけ静かになったが、すぐにまたガヤガヤと騒ぎ始めた。そこからは、残っている食事と酒に再びがっつく騎士たちが慰労会の続きを楽しんだ。酒の肴は、目の前で起こったばかりの新鮮な出来事だった。



お読み頂きありがとうございます。

オシーンの絵を描きました。ここにご紹介します。



挿絵(By みてみん)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ