438. お使い親方3~親方VSお祖父ちゃん
オーリン工房を立った親方は、青い龍と一緒に王都の方面へ向かう。
「ちょっと、ふざけた面でも見てくるか」
俺が行っても聞かせてくれないだろうなと思いつつ。ミンティンの背中で、下方の風景を眺めるタンクラッド。『本当に龍だと早いな』時間の感覚がおかしくなりそうだと呟きながら、色とりどりの玩具のような町を見つめる。
「よし。一度、町の中に入る。お前は呼ぶまで空へ戻っていてくれ」
町の外に着いたタンクラッドはミンティンを帰し、ネズミの壁沿いに歩いて、マブスパールの町の中へ入った。
手がかりは総長に似た男。それしか知らないが、ふざけたエロジジイがイーアンに手を出すのも許せないし、出し惜しみして情報を教えないのも腹が立つ。世界の危機だというのに、何て自分都合なんだと思う。
町の中を歩いていると、目立つタンクラッドは、通りすがりの女性に二度見される。何人かの女性が声をかけてきたが、もともとあまり効率的でない会話を好まないタンクラッドは、目的がないと分かるや否や、さっさと歩みを進めて立ち去る。
「さっきから。何だと言うんだ。歩きにくい」
なぜ見も知らぬ男に『どこへ行くのか』『誰か尋ねてきたのか』と訊くのか。お前も俺を知らないのに、その質問に何の意味があるんだ、と思うと話もする気になれない。
商店が並ぶ通りを歩いていると、段々、腹が減ってきた。食べ物の匂いが屋台から流れてくる。『もう昼なのか』そんなに経ったのかと適当な屋台を見回す。1軒、何となく当たりの予感がする屋台を発見。
行列ではないが、店の知り合いか。客が来てはちょっと話して、買って帰るのを繰り返している。
「ああした店は味が安定しているのだろう」
自分も買うかと屋台へ行くと、何種類もの料理がずらっと並んでいた。よーく見て、値段を聞こうとしてちょっと驚いた。女主人なのか。見たことのある顔がこっちを見ている。
「これ。幾らだ」
「15ワパンよ。この皿に入れると、量はこのくらいだけど。こっちも買うなら、2つで25ワパンにしてあげる。これも美味しいのよ。この魚は朝入ったのだから、ちょっと大きく切ってあげるよ」
タンクラッドは頷いて、金を渡す。女主人は背が高く、青い目で、黒い髪。『その。失礼かもしれないがあなたは、総長を知っているか』あまりにもよく似ているので、料理を皿に入れる女性に、タンクラッドは控えめに訊ねた。
女性はさっとタンクラッドを見て、じーっと見つめる。『お兄さん、ドルドレンを知ってるの』その名前を聞いて、やはりと思い、頷いた。
「私はあの子の叔母なの。そう、ドルドレンの知り合いなら、もうちょっと多くしてあげよう。騎士なの?」
「いや。俺はあの。総長の支部の工房で委託されている職人で」
「ああ~。あの女の人じゃないの?ドルドレンったら紹介もしてくれなかったのよ、この前。でも父さんに名前を聞いたのよ、何だっけ。ちょっと変わった雰囲気の女の人よね。いろいろ作って」
「父さん?なぜあなたの父さんが、イーアンを知っているんだ」
「この町にいるの。父さんが、町に来たドルドレンと彼女と話したって言ってたわ。
ええっとね、見えるかしら。ほらそこの屋台あるでしょ。あの並びに、通りの入り口があるの。その横にテントは見える?そこのテントの物売りよ」
「あなたもここに暮らしているのか」
「あ~違う違う。私は屋台で動くから。私は自由なの。父さんはここで暮らしてるけれど」
タンクラッドは彼女に手渡された料理の皿を受け取り、お礼を言う。『お兄さん、格好良いわね。また来てよ』総長によく似た女に誉められて、タンクラッドは複雑な心境で頷いた。
しかし格好良いとなぜ、料理を買いに来て欲しいのか。それはタンクラッドには分からなかった。買うなら誰でも客で良い気がした。『分からないな』と皿を持って食べながら進む。美味いな、呟いて考える。イーアンにも元気になったら食べさせよう。
そんなことを思いながら、女性の父と言われた男のテントの側に来た。あっさり着いてしまったので、料理を食べながら、少し離れたところで様子を見る。
背の高い男がテントの中にいるのは分かるが。『白尽くめ』陽射しがイヤなのか。白い長衣に白い頭衣を着けている。物が売れている様子はない。ただ習慣的にそこにいるような。
料理で小腹を満たしたタンクラッドは、顔がよく見えないからと思い、ちょっと商品を見に行くことにした。商品を見る序に顔も見れれば。
「いらっしゃい」
「見せてくれ。何を売っているのか」
「俺の昔の生業だよ。容器とかさ。香炉とかさ。調理器具とか。金属ものだね」
「そうか。器用だな」
タンクラッドは、自分でも作れるものばかり、と並んだ道具を見ていたが。一つ気になったものを見つける。小さな香炉を持ち上げて、じっと見た。彫られている絵は、何を意味しているのか。
「それ。お兄さんは目が高いな」
「主人。これは何だ。なぜ他の香炉にはこの絵がない」
「他の香炉は、その絵が要らないから。お兄さんは、その絵の意味を知っているような言い方だね」
「いいや。正確には。この絵と一緒に生きてる最中だ。エンディミオン」
香炉を手に持ったタンクラッドの鋭い目つきを見て、名前を呼ばれた主は、銀の瞳を客の目にすっと合わせた。
「おお?どこかで見たことあるぞ。お兄さんの目は。知っている。知っているぞ。その瞳の色。俺の好きな女の瞳の色だ」
余裕そうに布の隙間の目元が笑う。タンクラッドの目が見開く。銀の瞳が面白そうに自分を見ているのを黙って見つめ返した。
「知っているのは俺だけじゃなさそうだな。お兄さんもその色を知っているって・・・そんな感じか」
「さて。誰のことやらだな。俺にも好きな女はいるが、困ったことにその女は。あんたとよく似た目の色の男の妻なんだ。どうもその男を思い出す」
ニヤッと笑うタンクラッド。テントの中の男も目元が笑う。そして頭衣を後ろへずらして顔を見せた。
「俺を探しに来たのか。知恵の女の守り手、その一人だな」
タンクラッドは唾を飲み込む。ここまで似ているとは、と驚いた。それも67・・・と聞いた気がするが、とてもじゃないが、そうは見えなかった。総長がそのまま老けたような。それでも若過ぎる。
「面白くなってきたじゃないか。俺の歌を目当てにしてるんだな。良いだろう、知恵比べだ」
エンディミオンはハハハと愉快そうに笑い、テントを出る。そして客の男に手招きして『うちへ来い』と呼んだ。
タンクラッドが、香炉を置いてついていこうとすると、エンディミオンは指差す。『それ。持ってきて良いぞ』言われて手に取り、香炉を持ったタンクラッドは、書かれていた値段の硬貨を台に置いた。
展開が読めず、少し戸惑うタンクラッドがテントを離れた途端。
「おい、お客さん。その香炉は値打ちもんなんだ。聞いてくれよ、このおっかなそうなお兄さんが、俺の商品を持っていきそうなんだ」
タンクラッドは止まる。通りには人が多い昼の時間。突然、エンディミオンに盗人呼ばわりされて、タンクラッドはジジイを睨んだ。通りを歩いていた町の人間が『どうした』『あんた、お金渡さないと』と寄ってきた。
エンディミオンはニタッと笑ってから『そうなんだよ。値打ちもんだって言ったんだけど。帰っちゃいそうで』こんな老人から盗ろうとしないでくれよ・・・背も高く、全く老人臭さのない男が、いかにも困っていますとばかりに大袈裟に、通りの人だかりに言う。
「お兄さん、エンディミオンは良いやつだけど。タダは駄目だよ。交渉すれば安くしてくれるよ」
「気に入ったからって、物取りなんかするなよ」
町の人が香炉を手に持つタンクラッドに返すように言い、エンディミオンの味方に付く。
「そうか。そこに書いてあった金額を渡したんだが。それでも足りないとは言われなかった」
タンクラッドは、自分の真ん前に立つ町の男に、商品の並んだ台を示した。男たちが台を見ると、高額な硬貨が一枚置かれている。え?といった具合で見上げられ、タンクラッドはちょっと口端に笑みを浮かべて、呟く。
「なぜかな」
「あ。そうだな。その香炉にはちょっと高いかもな。おい、エンディミオン。このお兄さん、金払ってるよ。そこにほら」
「うん?払ってるって?ああ、本当だ。悪いなぁ、最近目が悪くてさぁ」
ひょうひょうとしらばっくれるエンディミオンは、フサフサの頭髪をかき上げて、タンクラッドの腕を叩く。
「すまないなぁ、お兄さん。俺が見えてなかったんだ。悪かったよ、酷いことしちゃった。皆も悪かったな、お兄さんは払ってくれてたよ」
町の男もちょっとばつが悪そうで、タンクラッドに軽く謝って、いそいそと離れて行った。
「実に酷いことをされたな。なるほど、聞いていた通りの男だ。これは総長も嫌だろう」
「お兄さんは手強そうかな。フフフ」
このジジイ。睨むタンクラッドの視線を避けて、エンディミオンは台の上の硬貨をさっと取って、袖に入れた。『毎度あり』受け取ってニッコリ笑うジジイ。
「さて。金は払ったぞ。今度は俺に提供しろ。酷いことの謝罪をな」
「やだねぇ。追い払えない相手は面倒臭いよ。もう年寄りなんだから疲れさせないでくれよ」
「あんたが疲れるかどうかは、俺には関係ない。イーアンが病床で待ってるんだ。イーアンの言葉に答えろ」
エンディミオンのふざけた笑いが止まる。『何だって』明らかに心配そうな顔で、客の男を見つめ、先を促す。タンクラッドは何も言わない。
「兄さん。あんた、イーアンが・・・何て言った。耳があまり良くないんだ、ちょっと聞き違えたかも」
「その反応を見ていると、良く聞こえていそうだ。イーアンは倒れた。彼女の言伝があるのに」
「何だと?イーアンが何で倒れるんだ、あんなに元気で。何があった、どうしてるんだ、今」
ジジイは血相を変えてタンクラッドの両腕を掴む。銀色の目を光らせて、イーアンの容態を聞こうとする態度に、少なからずタンクラッドは驚いた。総長のような心配の仕方をする。
「昨日倒れたんだ。突然。激しい腹痛に襲われて、医者に見せたが急性の胃炎じゃないかと。
だが彼女を治癒した・・・あんたは知っているのか分からんが、守り手とさっき言ったな。その一人が、治癒した様子では、もっと酷い状態だったような話だ。今は支部で療養中だ」
「無事なのか?無事なんだろ?食べれないとか、意識がないとか、そうじゃないんだよな?」
「無事だ。だが休ませる必要があり、数日は安静だ」
エンディミオンは掴んでいた腕を離し、両手で顔を拭った。『この前来た時は元気だったのに』辛そうに言葉を漏らす。少し息も荒くなっていて、本気で心配しているのが分かる。
タンクラッドには、このジジイの反応は意外で、もっとちゃらんぽらんな男だと思っていた分、拍子抜けするというか。想像と違う状態に、どう受け取って良いのか分からなかった。
「そうか・・・・・ で。なんだっけ。言伝があるんだな、俺に。早く言えよ、そしたら追い払わなかったのに」
まるで、お前が悪いんだぞと言わんばかりの言い方に、ムカッとしたが。タンクラッドは一応、イーアンが話していたことは伝えた。立ち話だったが、ジジイの家で毒殺されても困るので(※やりかねない)そのまま通りの脇に寄って話すことにした。
「ああ。何て可愛いやつなんだろう。俺の言葉をちゃんと考えて。そうか。歌の中に、人々のための昔の道具を探したいのか」
可愛い・・・・・ 気持ち悪い。タンクラッドの目が据わる。このジジイ、自分の子供くらいのイーアンに、本当に襲い掛かりそうで気持ち悪いなと思う。しかしジジイに見えないのも問題だと分かる。本人も絶対ジジイと認めていない気がする。どんな脳みそしてるんだ、と軽蔑中のタンクラッド。
そんな軽蔑の眼差しなんて気にもしないエンディミオンは、顎に手を当ててぶつぶつと歌っているようだった。通りの音に紛れてほとんど聞き取れないが、それは歌であることはタンクラッドに分かった。
「そうだなぁ。どうなんだろうな。道具って言やぁ、そうかもしれないけれど。俺には分からないな」
「出し惜しみするな。イーアンにそのまま伝えるんだからな。ただでさえ苦しんで可哀相だったのに、あんたにまた中途半端な情報もらって、悩んだらもっと気の毒だ」
「苦しんだ?イーアン・・・ああ、可哀相に。俺が側にいたら、寝ずに看病したのに(※要らない)。しかし。中途半端な情報とか言うなよ。完璧を知ってるみたいに聞こえるぞ」
知らないから悩んだんだろ、とイラつくタンクラッドは吐き捨てる。
『ちゃんと教えてやれ。彼女は人一倍動くんだ。この前だって戦闘で死に掛かった。その上、謎解きで精神的にも疲れて。疲れさせるな』急いでるんだ、とちょっと怒った。
「なぁ、兄さん。イーアンが死に掛けたとか言わないでくれよ。本当に苦しい。孫にも言っとけば良かった。イーアンを戦わせるなって。
この前、町に回収に来た時、おっかねぇ剣で魔物の死体を切り刻んだ。あれを生きた魔物にやるって言うんだろ?無敵の剣に見えたけど、イーアンは女だ。平気な顔してるけど、可哀相だよ」
「ああ。話が逸れる。疲れる。あのなぁ、その無敵の剣を作ったのは俺だ。無敵の鎧も鎧職人が作った。作らないと、イーアンは素手でも戦う。恐れ知らずなんだ。持たせたこっちの気持ちも考えろ」
タンクラッドの言葉に、ジジイの顔が『うへっ』の顔に変わる。『素手で』言葉が切れて、嫌そうな顔でタンクラッドを見たので、剣職人は面倒そうに頷いた。『実際に素手で、傷だらけになっても一人で倒してしまった』そういう気質なんだ、と教えた。
「あんなに可愛い顔して。何て凶暴なんだ。でも今は苦しんでいるっていうし。可哀相だ。俺はどうすればいいんだ」
「さっさと教えろ!」
面倒臭いやつだと、いい加減怒るタンクラッド。埒が明かない(※ジジイもパパも埒は明かない)。怒る客人に、エンディミオンはちらっと見てから溜め息をついた。
「仕方ないなー。俺、男に教えるのヤなんだけど。イーアンが困ってるなら教えてやるか。良いか、約束しろよ。絶対、元気になったら会いに来いって伝えろよ」
「早く言え」
「何てエラそうなんだ。ヤな感じだなぁ。うちの孫みたい。孫より性質悪いかも。どうしてこんな守り手選んだかね、空の民は。ええっとなぁ、一回しか言わないからちゃんと」
「ちょっと待て。今何て言った。空の民?俺がその誰かに選ばれたみたいな言い方だぞ」
「あ。ええっと。でもないよ」
「いや、誤魔化すな。言った。空の民って誰だ。そんなの聞いたことも、記録にも見たことない」
エンディミオンは銀色の瞳を凝らして、自分と同じくらいの背の男の鳶色の瞳を見つめて、ゆっくり首を傾げる。『俺も聞いたことないんだよなぁ。こんなに情報に食い込んでそうな人間のこと』そう呟いて、唇を舐めた。
「兄さん。名前は何だ。俺の名前は勝手に知ってるみたいだが、兄さんの名前を知らないよ」
「俺か。俺はタンクラッド・ジョズリン。剣職人だ。時の剣を持つ」
「参ったね」
エンディミオンは頭を掻いた。『本当にもう始まっちゃうのかよ』そう言いながら、タンクラッドの腕を掴んだ。
「時の剣を持ってる男には、俺は従わないといけないんだ。家で話すぞ」
お読み頂き有難うございます。




