437. お使い親方2~オーリンとタンクラッド
次はオーリンの工房。ミンティンはあっさりと山の向こうへ到着する。
あれ、こんなに近いの、とタンクラッドは山を見回す。もっと遠くかと思って、山向こうを見ていたから、工房なんて見もしなかった。
「おい。ここか?何もないぞ」
ミンティン無視。すぐにかがみこんで、眠り始めた。
タンクラッドは仕方なし降りて『いつも寝て待ってるのか』と龍を見てから、民家のありそうな雰囲気を探して眺める。木々の下草が減っている部分を見つけ、その先に顔を向けると、木の隙間から何やら建物が見えた。『あれか』多分そうだな、と独り言を言い、剣職人は獣道を歩き進んだ。
「凄いところに住むな」
斜面で、山の中。これじゃ確かに自給自足で、肉も何も自分で獲らないと食料もない。畑があるようにも見えない。
獣道を出ると、1軒の丸太作りの家があった。よく見れば煙も出ている。『いるのか』タンクラッドは正面に見える扉へ向かい、周囲をちょっと見回してから戸を叩いた。
「誰だ」
低くしゃがれた声が中から響き、剣職人は『タンクラッド・ジョズリン』と名乗った。
『はあ?』中の声が驚いたようで、すぐに扉が開き、主のオーリンは黄色い目で、戸口に立つこの場に不似合いなタンクラッドを見上げる。
「おいおい。こんな所まで押しかけてきて何だよ。あれからケツなんか触ってないぞ」
「そっちじゃない」
タンクラッドはちょっと笑って首を振る。分からなさそうに、でもつられてすぐ笑顔が浮かんだ弓職人は『まあ良いよ。入れ』と中へ入れた。
すぐ近くの椅子を示され、タンクラッドは黙ってそこへ座る。オーリンはそのまま台所へ行き、お茶を淹れる。
淹れている間、ちらっと剣職人を見た。何でここまで。龍か?一人で青い龍に乗って来たってことか。
お茶を運んで、タンクラッドに出す。『剣作ってる男が、弓の俺に何の用だ』自分も座って、オーリンは耳を掻きながら用を訊く。
「イーアンの使いだ。彼女が倒れたから。用事を引き受けてやった」
「倒れた?何か食ったのか」
イーアン=何か食べた、の発想にタンクラッドは可笑しくて、頷きつつも笑う。確かにそういう印象はある。『食べて当たったわけじゃない。具合がな』疲れたんだろうが、と簡単に起こった出来事を説明すると。
「そうか。俺は最近会ったから、あまり彼女のことは知らないが。でもそうかもな。ちょこまか動いている感じはあるな。落ち着きなさそうだから」
「短い日数で充分な観察力だ。そのまんまだ。何もないと、イーアンは5分と座っている印象がない。気がつけば立ったり、何かしたり、動き回っている。あれは性質だろうが、そこに業務や気遣いが入って」
「誰かに任せるの、嫌がってるわけじゃないと思うが。何か・・・何でも一人でやろうとするところがある。頼まれても、放っておかれてる気がしないから、自分の時間があるのかな?と思うよ」
正しい、と頷く剣職人。そしてイーアンのメモを取り出して見る。『ええっとな。お前に弓を作ろうとしてるんだったな』呟くと、オーリンはメモを持つタンクラッドを見つめた。
「何か言っていたのか。それが今日の訪問理由か」
「そうだ。本当は明日あたり、ここへ作った弓と材料を運ぼうとしていたようだ。だが、自分で説明しないと、と話していたな。それで俺は手ぶらだ。だが」
タンクラッドは机に紙を裏向けにして置いて、ペンを寄こせとオーリンに右手を広げて言う。『あんた偉そうだよな』と笑いながら、オーリンはペンを持ってきてやる。
「偉そうかどうかは、受け取り側の問題だ。俺はこれが普通だ」
きちんと答えながら、剣職人はペン先を紙に付け、そこからすっすっと何かを見ているようにペンを動かす。オーリンはすぐに気が付き『それは。それがそうか』と訊ねた。
「こんな形だった。工房で彼女は療養しているから、作業机の上にあった弓を見た。恐らくこうして・・・こうか?ここが改良部分なのか」
「あのな。こっちに何かなかったか?覚えていないか?」
「ちょっと待て。思い出す。その部分は、色が違ったような。あれは何の材料だろう。俺に見せた、剣の中身と似ているが同じものかどうか」
オーリンはその話を知っていると言い、それでイーアンに作ってみろと挑戦させたことを話した。タンクラッドは小さく頷き続け、ちょっと何かを考えるように黙った。それから弓の絵を見て呟く。
「これ以上は分からないが。弓の話をしておけば良かったな。だが近くにあった材料は思い出せるぞ。あれはベルの槍にも使っているから、だとすると。
オーリン。この弓の稼動部分は限られているだろう?固定されている部分は絶対動かない作りじゃないか?」
「あんたホント、よく見てるね。そうだ。この絵で言うと、弧を描いている部分は実際は歪みもしない。動くのはここだ。上下にあるだろ、この関節のような箇所が。ここだけが稼動するが、これも大して撓らない」
タンクラッドは自分が見たことのある、イーアンの製作した剣と槍の柄の話を教える。その時、自分がどうやって調べたのかも話し、彼女に直接聞いた使用材料とその効果について言うと、弓職人は驚いていた。
「俺はその槍を見たぞ。イオライで一人だけ、槍を使う男がいた。長い槍で彼の背の2倍はあったが、彼はそれを使って自分を大きく動かし、手足のように自在に操っていた。あんな細い柄で、よくあれだけの動きに耐えると思ったが」
「それだ。彼はベルという。女装癖の弟がいる(※豆知識)。その弟の武器も、イーアンが作ったソカという異様に長い鞭のような武器だ」
「何てこった。とんでもないもの作るな。その女装の弟の武器も見た。性能は古い時代のままみたいだが、抵抗なく作るあたりは何でも屋みたいだ。あれか、あの槍の動きと同じようなものを、今回の弓に」
「そうだと思う。比率は違うだろうな。彼女は遠征前に回収した、魔物の材料を使いたいと言っていたから、それが何かは知らない。ヘビがどうとか言っていた。それが内に含まれるのか、別に使われるのか」
タンクラッドの言葉で、オーリンは机に両肘を着いて首を傾げた。
「中身がもう入っているとなると、隙間も何もなかったなら、それは多分最後だ。外側の補強だろうな。ってことはあれだ。見た目も中身も魔物製か。土台の木型以外は」
ハハハ、と笑うオーリン。とんでもないやつだ、と笑って弓の絵を見た。『楽しみだ』そう言って、黙っている剣職人に、ちょっと待っていろと言い、工房へ消えた。
少しして戻ったオーリンは二つの弓を持っていた。
「この前来た時に、弓を作る工程を見せたんだ。長い弓と短い弓のな。その短い方がこれだ。長いのは一本の木だから、いじりようがないが、短い方は合成だと見せたら」
「反応したか。自分の技術と似ていると」
「そう。それでさっきの話をしたから、その場で一つ作らせてやった。それがこれだ。俺が見本に見せたのはこっち。一日で出来るものじゃないし、イーアンは作りかけで焼いた肉に釣られて作業が終わったから」
タンクラッドの目が据わる。ここでも食べ物・・・・・ 『それはあれか。シカの肉か』剣職人の機嫌が悪そうなので、オーリンは笑って頷く。『怒るな。昼もとっくに過ぎてるのに、頑張って作ってたんだ。肉ぐらい焼いてやるだろ』普通だ、と両手を上げた。
「俺は、料理させたんじゃない。俺が焼いてやったんだ。外でさ、あっち、裏だよ。ここには山の食べ物しかないからな。
ああでも、その前に来た時は唐揚げ作ってくれた。だから肉を分けてやったんだっけ。あれで味占めたんだろうな。すごい笑顔だったから」
「俺も食べたぞ。支部で騎士たちに揚げてやったそうだ。それで俺にも持ってきた」
「美味かったろ。凄い美味いんだ。冬の山で熟成したからな」
「とても美味かった。味付けも揚げ方も最高だった」
それは俺じゃないだろ、とオーリンは笑う。俺の提供した肉が美味いんだよと念を押した。タンクラッドも笑って『それは間違いない』と同意した。
「イーアンは腹の具合が悪いんだったな。じゃ、見舞いにってわけに行かないか」
「ここから見舞いに行く気か。オーリンが行って戻ったら小旅行だぞ」
「違うよ。あんたに、見舞いの品でも持ってってもらうかと思ったが。でも腹が悪いんじゃダメだ」
俺が腸詰の話をしたら、目の色が変わったと言うと、タンクラッドは俯いて笑っていた。何度も頷いて『きっと変わると思う』と笑い声で答えた。
「そうだな。持って行っても良いが。まだ体には負担だろう。話はしておこう」
「話すと来そうだ。抜け出してでも」
二人で笑い出して、暫く『イーアンは肉に弱い』話で盛り上がった。オーリンが支部から遠征中に見た、肉で釣れるイーアンの話。タンクラッドの家の牛タン燻製の話。総長から聞いた、肉で懐く話。短い弓の話はあっさり忘れられて雑談。
「あの人、なんなんだろう。何であんな緊張感ないんだろう。戦っている姿、見たことないだろうけど。鬼みたいになるんだぜ。でも普段あれだろ?肉大好きだし」
「イーアンは変わってるな。確かに緊張感はない。真面目な話をしていても、突然台所へ行って帰ってこないから。見に行くと料理してる。話の最中だと言っても『ついでだから』と真顔で料理してるんだ」
タンクラッドは、ここに総長が加わったら、もっと面白い話が聞けるだろうなと思った。あの男はあれで心が広いから(※甘ったれだけど)きっとイーアンで困ってる場面は幾らもあるに違いない(※当)。
「ショーリ。知ってるか?一番デカイ男だ。あのショーリって男は、イーアンを肉で手懐けたそうだ。
総長に聞いた。ショーリがイーアンを腕に乗せて運ぶから、何だあれはって俺が聞いたら『気にするな』と。気になるだろ?いきなり来たデカイ男が腕出したら、座ってるんだよ。椅子に座るみたいに」
「何?腕に座るのか?ショーリの」
「それで良いのか、と思って総長に後でまた聞いたんだ。もともとショーリは北東の騎士だったらしいが、援護でイーアンと会った時、ショーリの見た目で、イーアンは総長のクロークに怖くて隠れたそうだ。
それでショーリがこう・・・なんと言うかな。こう、ほら。猫とか呼ぶ時、こんなするじゃないか。指すり合わせて。それやったら出てきたって言うんだよ。ちょっとずつ出てきて、ショーリが干し肉渡したら、もう懐いて食べていたって」
タンクラッドは聞きながら可笑しくて、顔を手で覆いながら声を出さずに笑っていた。『何をやってるんだ』呟く言葉にオーリンも笑う。『もう人間じゃないぞ。これで出てくるか?大人だぞ。女だし。出てきたってことは、何かくれると思ったんだろ?』弓職人は指をすり合わせてゲラゲラ笑った。
そんなイーアンの雑談で、結局タンクラッドは、1時間以上オーリンの家にいて。よく分からないけれど仲良くなったので、握手してさよならの時間。
オーリンは龍の場所まで一緒に来て、眠る龍を見つめ、羨ましそうに呟いた。
「良いな。あんたはこれに乗れるのか。俺も龍がいればな。もっと力になれそうだが」
「 ・・・・・これは。俺の勘だが。お前は旅の仲間じゃないらしいが、何かお前も関わっている気がする」
「俺もそう思う。イーアンと初めて話した時、感じたんだ。俺と似てるって。怒らないで聞けよ、俺は彼女に惚れたから好きなんだ。でも総長やあんたみたいな好きと違うな。
何かこう、彼女の自由なままを見てたいって言うかな。あの無制限な感じが、別の存在も入っていそうで、それを近くで見れたらと思う。女としてというより、人間としての、惚れたとか好きってこと。偶々女ってだけ。俺と似てるんだ。もう一人の存在を持ってるところが」
タンクラッドは、オーリンの黄色い目をじっと見つめる。タンクラッドも少しそれを感じていた。自分もイーアンと似ていると思っていたが、この男と話していると、何故かイーアンと重なる。何かが揺らいで見え隠れして、それが気になって引き寄せられる。
「オーリン。お前はどこの出身だ」
「何だよ、急に。俺の出身なんか知らないよ。俺はハイザンジェルじゃないんだ。アイエラダハッドのどこか。
絶対に雨が降らない地域があって、そこに気が付いたらいたよ。だけど世話してた人間は、俺の家族には思えなかったけどね。俺はどこからか来たんだろ」
「アイエラダハッド。雨が降らない地域。シュワックか?」
違う方を見ていたオーリンはさっと、剣職人を見上げる。『知ってるのか』どうして、と目が訊ねている。自分が昔、旅をしたことを話し、鉱石を探していたから通ったとタンクラッドは言いながら、弓職人を見つめた。
「もしかすると。お前は本当に俺たちに関わっているかも知れん。仲間というよりも、別の存在として」
「何だ?何のこと言ってる。大体その話だって、大まかにしか知らない。ちょっと、タンクラッドが来れる時、また来て聞かせてくれ。俺はここから動けない」
タンクラッドは微笑む。そしてミンティンの体を撫でて起こした。
「おい。ミンティン。オーリンはお前の何か・・・あるか?もう時間がないから、あるなら今すぐ示してくれ」
突如、龍に話しかけた剣職人に、オーリンは目を丸くした。『あんた、これに言ってるのか?会話ムリだろ』オーリンの声を聞いて、ミンティンの首がゆらっと揺れた。
「怒らせるな。不愉快そうだ」
ミンティンの首を撫でたタンクラッドは、青い龍の答えを待つ。ミンティンはじろっと弓職人を見てから、首をぐらぐらっと左右に揺らし、突然口を開けた。ビックリする人間2人。そしてすぐ、ガンッと音を立てて口を閉じた。後ずさるオーリン。『怒ったの?怒ったから?』慌ててタンクラッドの後ろへ回った(※盾)。
「違う」
ミンティンがゆっくり口を開けて、タンクラッドの前に顔を下げた。地面に折れた牙の先端が3本落ちた。
ゆっくり拾い上げて、タンクラッドはミンティンを見る。目を合わせて『そうか。有難う』と言うと、ミンティンはまた首を前に向けた。
「オーリン。お前もミンティンを呼べる。多分乗ることも出来るだろう」
「それ、歯だろ?今のは何だったんだ」
タンクラッドはニヤッと笑う。そして弓職人の肩をドンと叩いて、龍にひらっと飛び乗った。
「待ってろ。お前の存在を解き明かす。それと、次に会う時は土産付きだ。お礼を用意して待ってろよ」
何が何だか分からないオーリンは立ち尽くす。そんな弓職人に笑って、タンクラッドはミンティンを浮上させる。
『腸詰の話は自分でしろ』ハハハハ・・・・・ 優雅に空へ飛んでしまった剣職人を見つめ、オーリンはただただ、呆然としていた。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方がいらっしゃいました。有難うございます!!とても励みになります!!
そして、私の悩んでいた人物地名紹介の件で、情報をお知らせ下さった方がいらっしゃいました。幾つか方法があると分かり、とてもホッとしました。有難うございます!!




