表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
436/2947

436. お使い親方1

 

「何言ってるんだ。俺は仕事中だ」



 ドルドレンが不愉快な顔で歩み寄って、ベッドに腰掛け、イーアンを抱き寄せる。『変なことされなかったか』よしよしと撫でるので、イーアンはすまなそうに首を振って『別に何も』と答える。


「変なこととは何だ。俺が今まで、何かしたみたいな言い方をするな。嫌味な奴め」


「したじゃないか。うちの奥さんに食事作らせて。買い物させて。軟禁して撫で回して抱き締めて、頭とかにちゅーして」


 ぬっ・・・・・ ちょっと止まるタンクラッドに、総長の目がギラッと光る。『したろ』本人目の前で怒りが煮え滾るドルドレン。


「軟禁してない。自由は確保できていた」


「他は否定しないな。自覚があるんだな」


「ぐっ。それは違う。俺は親方だ。誉めたり感動はする」


「イーアンは、持込以来、剣を作っていない。なのになんで感動するんだ」


 タンクラッドは黙る。ドルドレンは睨む。ドルドレンに抱え込まれるイーアンは悩む。『ドルドレン。私は勉強させて頂いています。本当ですよ』あのね、と腕輪を見せた。そして、タンクラッドの知恵でどれほど謎が解明されているかをきちんと説明。


「剣じゃないじゃないか。弟子ではない」


「この方が弟子と言いましたらそうでしょう。この方、職人ですもの。そうした表現です」


「イーアンは俺の奥さんなんだよ。分かってると思うけど」


「勿論です。私の夫はあなた。そして、私はタンクラッドの弟子ですね。それ以上も以下もありません」


 凹むタンクラッド。ドルドレンがちらっと見て嬉しくなる瞬間。ほれ見ろといった具合で、フフンと笑う。イーアンはそれを見て言う。



「ですので。私は弟子ですから、親方の保護下にいます。お食事の世話も頂いて、お相伴に預かりながら、こうして次の段階へ動くことも出来ます。


 親方と名乗り、弟子を取るとはそういう意味です。本来、衣食住の世話をみて、弟子の生活も引き取り、技術を高めること、知識や方法を日々学ばせるのは『親』の方がすることです。それをお願いして、ひたすら学びを高め、従うのが『弟子』です。弟であり子でもあります。

 衣と住は、私から断りましたが、食を提供して術と業を学ばせるタンクラッドは、ちゃんと親方の努めを果たして下さっています。素晴らしいことです」



「ぬっ。君は。俺は時々、自分が罠にかかったように思うが」


「何て言い方するの。罠なんて滅相もない。違うでしょ。確認ですよ」


 ドルドレンの頬にちゅーっとして、イーアンは微笑む。親方は、見なきゃ良かったと項垂れた。ドルドレンはご機嫌。


「で。そうなの。分かった。そうするとタンクラッドはまた何か、()()()()()()に謎を解いたのだな」


「俺とイーアンのためでもある」


「それでも良いけれど(※ご機嫌)。俺たちのための謎解きは何だ。早く言ってくれ。俺はこれから愛妻(※未婚)の用事を済ませに出かけるのだ」


 ドルドレンの一言に、イーアンとタンクラッドの目が合う。その一瞬がちょっと嫌なドルドレンは、さっと愛妻を見て『何』と訊ねた。


「タンクラッドが。用件を引き受けようと」


「はぁ?」


 今度は突然、タンクラッドが胸を張る。ドルドレンの疑問符に満足そうな親方。ドンと背凭れに背中を預け、長い足を組んで、膝に両手を組ませて掛ける。不敵な笑みで、総長を見下してニヤッと笑った。



「俺は。彼女の文字を読んだぞ。お前は読んでもらわないと分からないだろうが」


「な。何だって?イーアンの文字?」


「またそう・・・挑発的な言い方を。どうしてそうわざわざ、(けしか)けますか」


「だって事実だろう。俺はお前の文字を、自力で読んだぞ。だからお前の書いた予定を知ったんだ」


 げっ、とドルドレンが苦い声を漏らす。そして腕の中の愛妻を見て、愛妻が困ったように頷くのを見てがっかりした。『この方は非常に。謎解きに有能でいらっしゃいます』ホントよ、とイーアンもお手上げ。


 はーっはっはっは・・・高笑いのタンクラッド。椅子に仰け反って大満足(※頭良い認定に喜ぶ47歳)。


「さて。イーアンの用を俺が引き受けるか。最初がダビだったな。それからオーリンで」


「何をするかを説明します。ですので、それはどうぞ、その範囲で宜しくお願い致します」


「ちょっと待て。俺はどうするんだ、イーアン。なぜ俺は出来ないのだ」


「ドルドレン。あなたには時間がありません。私は5日間は身動き取れませんので、それを踏まえて回る必要があり、それには数時間掛けてしまいます。だからここはタンクラッドにお願いして」


「支部の用事だろう。支部のことを外部の人間に任せるなんて出来ないぞ。イーアン」


「職人同士です。職人が絡むので、恐らく私か。私の説明を理解して、口頭で受け答え出来る人にお願いしたほうが、後々問題が起こりません」


 ドルドレンが止まる。タンクラッドの鼻で笑う音が聞こえる。『ってことだな。じゃ、俺だ』タンクラッドの愉快そうな声が上擦る。



 ドルドレン敗退。イーアンに貼り付いて震える(※顔は見せない)。イーアンが背中を撫でながら『ここはタンクラッドが来て下さったし。彼自ら引き受けると言って下さったので、お願いしましょう』ね、と。業務ですから・・・イーアンは伴侶を慰める。


「ではイーアン、お前の用を聞こう(※エラそう)。俺の読める文字なら、それで書いても構わない(※カタカナ自慢)」



 イーアンは親方にお使いをお願いするにあたり、ある程度は言葉で説明し、それからカタカナと矢印で示した用件を紙に書いて渡す。『何件かあります。記憶していらっしゃるでしょうが、一応お持ち下さい』紙を受け取ったタンクラッドは余裕。ふんふん、と頷いて微笑む。


「よく理解できる。良いもんだな。お前と同じ言葉を使えて、お前と同じ瞳の色。お前とお揃いの腕輪か」


 イーアンはげんなり。貼り付いたドルドレンは、ぶるぶる震えながら歯軋りする。その様子を見て高笑いで立ち上がった親方は、ぽんと総長の肩を叩いて『それじゃな』一言置いて、颯爽と工房を出て行った。


 ドルドレンの抱き締める力が強くなり、イーアンは『おえっ』となるが、伴侶は緩めない(※気がついていない)。


「文字が読める、職人、お揃い腕輪。それだけでもムカつくのに。瞳の色まで同じとは。それだけは、俺にどうにもならん」


 うううふ~っ 苦しくて呻くイーアン。ぎゅうぎゅう締め付けられ、おえおえする。伴侶の背中を懸命に叩いて、危険を知らせ、どうにか緩めてもらった。『大丈夫か。苦しかったのか(※自覚ナシ)』伴侶はちょっと慌てていた。


「大丈夫です。少し危険でした」


「早く言うんだ、苦しかったら(※この人も鈍い)。耐えなくて良いんだ。しかしムカつく」


 再び伴侶の腕に力が漲り、イーアンはおえおえ言いながら、せっせとタップを続けた。ドルドレンが執務の騎士に連行されるまで、この繰り返しは続く。二人がこんな感じで過ごしている時、タンクラッドはとっくに空の上だった。



「ミンティンなら分かっているんだろうな。あのな。サグラガン工房だ。東の・・・あれはどこの地区だったかな。ええっと、分かるか?オーリンの家の近くらしいんだが、ダビがいるんだ。そのサグラガンに」


 ミンティンはちょっと考えて、上に顔を向けてから、何となし掴んだ様子で真っ直ぐ東へ進路を向ける。『速くても俺は平気だ。少し速くしてくれ』タンクラッドは時間の都合でそう言ったが、ミンティンは曖昧な時間も速度も分からないので、高速で飛んだ。

 剣職人は背鰭にしがみ付き、自分の言葉に後悔しながら、東の40分はかかる場所に半分の時間で到着。顔が切れるかと思ったぞ、とミンティンに文句を言い、くさくさしながら龍を降りた。


「そこで待っていてくれ。寝ていても構わない」


 ミンティンは大きいので、道を埋める。でも寝ていろと言われて、遠慮なく道に寝そべって龍は眠った。


「ここなんだろうな。元剣職人の工房は」


 タンクラッドは敷地内を見回し、剣職人らしい道具や持ち物を目の端に止めながら、前庭を突っ切って、扉を叩いた。


「はいよ。どちらさん」 「ダビはいるか。俺はイオライセオダ、アーエイカッダ工房の」


「タンクラッドさん?」


 言いかけていたタンクラッドの前で、扉が急に開いた。ダビが驚いて見ている。『どうしたんですか。こんな遠くまで』ダビの質問の後ろで、小柄な老人が眉根を寄せて『イオライセオダ?』と繰り返した。


「元気そうで何よりだ」


 タンクラッドはちょっと笑って、革の前掛けを掛けたダビに挨拶する。それから後ろの老職人にも自己紹介。遥々来てくれたと労われ、中でお茶を出されるタンクラッド。用件を手短に話すと、ダビが首を振る。


「あの人は無理するから。やめろって言っていたんですけど。何であんなに責任感を感じるんだか。容態は悪くないんです?」


「とりあえずな。今は落ち着いているが、5日間は安静だ。6日目が心配だったから、俺が代わりに用をこなすことにした」


「タンクラッドさんだって忙しいでしょうに。あの人、こうなるって自覚ないんだよなぁ」


 歯に布着せぬ言い方に、タンクラッドもサインも笑う。これじゃイーアンはキビしかったな、とタンクラッドは思いながら、でもダビがいないと見張る人間がいないからそれも困るか、と理解した。


「まあ、そういうことなのでな。いつ引き上げるのかということが一つ。それと、ボジェナに手紙でも書いて近況を知らせてやれ。これが二つめ。もう一つは、ダビの注文だと聞いたが。俺も手伝えるのか」


 引き上げる。この部分に、ダビは少し困惑した様子だったが、サインは笑顔でダビの背中を叩いた。


「もう良いじゃねぇか。お前は充分覚えたよ。5つは作れるだろ?イオライセオダで自分を磨くんだよ、ほら。俺言ったの思い出せ、小銭稼ぎだから、覚えたら次行けよって。楽しかったぞ」


 ダビは老職人を見つめる。少し俯いて『私は楽しい以上の感謝をもらいました』と呟いた。サインはドンッとダビの背中を叩く。『女が待ってるんだろ。鏃も作れるんだし、早く行かなきゃ』笑って送り出す。



 タンクラッドはこの職人の気持ちが理解できた。良い職人だな、と思う。畳んだ工房の、たとえ副職の技術でも。ちゃんと若手に教えて、送り出せるんだと思うと。引き際が潔く、それはタンクラッドの心を打つ。


「あのな。俺は今日は、まだ回る場所が幾つかあるんだ。だから後日迎えに来る。今日はイオライセオダに戻るから、もし手紙でも渡すなら。ボジェナに届けられるぞ」


 サインは西の剣職人を見て微笑んだ。『ジョズリン。お前は好い男だな』ハイザンジェルは安心だ、と笑ってくれた。タンクラッドは首を振って笑顔で答えた。


 手紙をと言われ、ダビはそこにあった紙に走り書きを書き付けて折り畳んだ。そしてタンクラッドに差出し、そこにあった鏃を一つ見せた。


「これ。私が作っている鏃の一つです。ボジェナに渡して、親父さんに見せるようにお願いします。これは手紙です。戻ったら何をするか書きました」


 業務的な男だな、と思いつつ。でもそれがこの男なりの愛情表現と思えば、タンクラッドは微笑んで受け取った。『良い鏃だ。これなら貫通するな』そう笑って、腰袋にしまった。



 そしてちょっと。さっきまで忘れていたことを思い出す。


「ダビ。これ。イーアンが話していたんだが」


 ベルトに巻きつけてきたパワーギアを取って見せると、ダビの目の色が変わった。『それ。完成品ですか』ダビの言葉に待ったを掛けて、イーアンが何を話したかを伝えると、ダビは慎重にそれを聞き、頷いた。


「アーメル。すみませんけど、ちょっとここ。立って下さい」


「なんだよ。何かするのか」


「そうですね。でも別に痛くないでしょうから」


 ええ?!嫌がる老人。苦笑いのタンクラッドが立ち上がって、上半身用のパワーギアの作りとコツを、ダビに話すと。難なくダビは理解した。『なるほどね。イーアンらしいや』そして、結び目をよく見てからタンクラッドに質問する。


「これ。出来ます?一回解いちゃいますが。イーアンの結び方、3種類あります。タンクラッドさん、どうですか」


 タンクラッドも少し困る。この系統はあまり得意じゃない。だがイーアンの作品はノット ――結び目―― の種類が多様である。恐らく意味があっての使い方だろうと思うと自信はない。


「いや。一つくらいならどうにかなるだろうが。結び目がどういう意味かまでは」


 ダビは暫く考える。ダビに掴まっている老職人は訝しげにダビを見ている。ダビはアーメルをちらっと見て頷いた。


「まぁ良いや。やってみてですね。どうせ私を迎えにイーアンが来るんだし。もし都合悪くても、その時直せば良いでしょ」


 アーメルは嫌そう。実験台みたいで、何か怖かった。タンクラッドは少し老職人が気の毒だったが、頭を掻いて、ダビの挑戦を手伝うことにした。



 10分後。タンクラッドがもらったイーアンの説明を参考に、アーメルの体に専用のパワーギアが取り付けられた。アーメルは不機嫌。ダビは気にしていないので、使えない腕に普通に矢を差し出す。


「アーメル。これ、はい」


「お前は生意気なんだよなぁ」


 ぶつくさ文句を言う老職人を笑うダビ(※目が笑っていない)。溜め息をついて諦めたアーメルはちょっと腕を動かす。『え』その一言と共に、アーメルの揺らすだけだった腕が持ち上がった。


「動いた。動いてます。アーメルの腕」


「分かるよ、見りゃ。何でだ。何で」


 指の動きまではムリだったが、驚いたアーメルは腕を曲げたり伸ばしたり、前後左右に動かして驚いていた。『ダビ!動いてるぞ、俺の手が』老職人は信じられないといった感じで大声で言う。その顔は笑っていた。


「動くじゃないですか。もう全然、動いてますよ」


 ダビも嬉しそうだった。片腕が使えなくなっていた老職人を見続けた数週間。治せたら、動かせたらと何度も思っていた。それが今、目の前で揺らすだけだった腕が、意思を持って動いていた。


「これ。すごいな。俺買うよ、幾らなんだよ。あのお姉ちゃんだろ」


「私がお支払いしますよ。私の注文なんで」


 アーメルは笑顔を戻して、真顔になり、ダビに泣き顔で抱きついた。『お前。良いヤツだな。お前がこれを』そこまで言うと涙で続きが言えなくなった老職人は、ダビの胸に頭を付けて頷いていた。ダビもニコリと笑って、抱き返す。


「いや。だって。動いた方が良いじゃないですか。アーメルはまだ現役だし。あれですよ、工房畳んだって現役でしょ」



 二人を見ていて。タンクラッドの心も温かくなる。親方と弟子か。良いなぁ、こういう人間関係。俺とイーアンも・・・ちょっと違うけど、こんなことされたら泣くな、俺。それで多分、抱えてベッド行くな(※間違い&嫌われる)。


 タンクラッドも柔らかい笑顔で、この二人のやり取りを見物していた。そしてアーメルが笑顔で涙を拭いて『俺、工房はわからねぇけど。また何かやるかもな』と言うのを聞いて、頷いて賛成を伝えた。



 これにてサグラガン工房の用事は終了。ダビに後日・・・イーアンが迎えに来るまで。あと一週間はあると伝えて、自分はただの使いだからと、龍に乗ってお別れした。

 地上で手を振る老職人とダビに、タンクラッドは手をさっと振って、次なる目的地・オーリン宅へ向かった。

お読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ