433. イーアンダウン
タンクラッドの家までは、あっという間。
呆気なく到着したイオライセオダ・タンクラッド邸に、龍飛行初体験のミレイオは感動していた。これ欲しいわ、とミンティンをぺちぺち叩き、ちゅーちゅーキスして愛情表現をしていた(※龍仏頂面)。
イーアンが合図する前に、ミンティンはさーっと天へ帰り(※逃げ)同時に工房の扉が開いた。出てきた剣職人は覚悟はしていたようで、顔が笑っていなかった。
「おはよう。イーアン」
「おはようございます」
「私にも挨拶なさい」
「おはよう」
短いわね!と怒るミレイオは、ずかずか勝手に中へ入る。タンクラッドは、あーあ・・・と、やり切れなさそうに、大きな声で溜め息をついていた。苦笑いのイーアンも中へ入る。
ミレイオは早速、普通に座っていた。その席はいつも、イーアンが座っている場所だったため、タンクラッドは何も言わずに、椅子をもう一脚持ってきて、自分とイーアンの場所を作った。
「イーアン」
運んだ椅子を置いて促す。イーアンが掛けると、その右横にタンクラッドは座った。そしてすぐに立ち上がって台所へ行き、無言でお茶を運んできた(※指摘されるのはイヤ)。
イーアンは、親方が緊張していそうに見えて、ちょっと可哀相だった。
「有難う。お茶は自分で淹れるのね」
「俺も淹れるし、イーアンも淹れてくれる」
ミレイオはちらっと剣職人を見て、眉を上げて『ふうん』と言って終わる。
イーアンはどのタイミングで出して良いものか。一瞬考えたが、堂々としようと思ってお菓子を出す。そしてタンクラッドへ『支部で昨日焼きました』と笑顔で渡す(※不自然)。
いつもと違うぎこちない不自然さに、タンクラッドもちょっと笑って受け取った。『有難う。大切に食べる』ミレイオはじーっと剣職人を観察している。イーアンは役目を果たした気分で、うんと頷く。
「それ。とても素敵なお菓子だったわよ。まぁとにかく、仕事の話ね。あれ、今日イーアンが材料くれたのよ。でも加工の道具があるんでしょ?私のところで使う工具、ある?」
「魔物の材料は、硬質だと普通の金属はやられる。砥石もダメになるのが早い。盾に使うカンナとか。そういったのは、台が分かれば刃を作ろう。角度と厚さを聞く」
「刃物全般でしょ。カンナの刃だけじゃないわよ」
「だから。『とか』って言ったろ。細かいのは、やらないぞ。彫刻刀なんかは自分でやってくれ」
「鏨とホーンビルは刃物の類だからやってよ。金槌はどうするの。あれ相手で使えるの?」
「俺は熱が入ったとき以外は知らん。冷めた時、直に使うんだろ、ミレイオは。だったら模りするから頭を渡せ」
「後、鋸出来ないんでしょ?鎧工房とかはナイフでやってんの?だったらナイフでも良いけど、半月と三日月くらいは欲しいわ。ドリルは自分で作るから棒にして頂戴よ。喰い切りもあるんだけど。どれくらいで出来るか分かる?」
「代金が騎士修道会持ちで。即、取り掛かるとしても、それだけ作ったら3週間くらいじゃないか。すぐ入用なのから言え」
イーアンはちょびっとしか分からない。多分みれば分かるだろうけれど、自分が使う工具以外はあまり名前も使い方も知らない。オークロイ親子の工具は、ミレイオの言う工具よりも分かりやすかった。ただ、自分の使う工具とまた少し形が違うくらいで。
「ミレイオも金属を加工するのですか」
いろんな工具があるんだと思うものの。盾が何製なのかも分からないから、訊いてみる。ミレイオは『そうよ』と答えて、イーアンの椅子をがががっと自分に引っ張り寄せて腕を回す。タンクラッドの目が据わる。
「私は金属だけではないけれど。盾もいろいろとあるから。作る時、見にいらっしゃい。泊まったって良いのよ」
「きっとドルドレンが死んでしまうので泊まれません」
笑うミレイオ。『死んじゃうの~?そんなあっさり死なれるなら、まだ猫飼ってる方が安心だわよ。猫は一日くらい待つわよ』猫と比較されたドルドレンに、イーアンは何と言えば良いのか。親方も首を振って『泊まらない』と呟いていた。
ミレイオはどこでも自分のペースなので、イーアンをよいしょと両腕に抱え込んで、タンクラッドと喋る。さながら、抱え用座布団のイーアン。
私は座布団・・・・・ 座布団イーアンは、パンクなミレイオに抱えられて時を過ごす。お茶を飲み、訊かれれば答える座布団。タンクラッドにはワンちゃん。ミレイオには座布団(※既に生き物でさえない)。親方の目が据わりっぱなしなのが気になるが、どうにも出来ないので、今回は座布団として役目を果たした。
そして座布団は介抱されることになる。何故かイーアンは、突然気持ち悪くなった(※つわりではない)。
突き上げる鳩尾の痛みと、逆流する胃液に驚いて、急いでミレイオの腕を出て、床にがぁっと胃液(※&お茶)を吐き出した。親方ごめんなさい、と思うものの、鳩尾が鷲づかみされているように痛み、転げ回った。
「イーアン!!」
驚いた親方がイーアンを抱える。ミレイオもビックリして、イーアンの胃液まみれの顔を撫でて『どうしたの』と心配する。大急ぎでベッドへ運ばれて、イーアンは鳩尾の痛みに苦しみながら声も出せず、歯を食いしばっていた。
タンクラッドはうろたえる。ミレイオに『医者呼んで来い』と怒鳴られて、慌てて出て行った。ミレイオはイーアンの汗を拭い、とても心配する。一生懸命、名前を呼んで、汚れた顔を手で拭いてはシーツで拭いて(※タンクラッドの)を繰り返す。
「どうしちゃったの。何か食べたの?」
どうしようと焦るミレイオの声は聞こえるイーアンは、何か答えたくても、声が出ない。痛すぎる。暫く耐えたが、タンクラッドが医者を掻っ攫って帰ってきた(※おじいちゃん小脇に挟まっていた)。
医者は、パンクと剣職人にちょっとびびりながら、患者の苦しむベッドへ近づき、イーアンがお腹を押さえる様子を見て、それから口を開けさせて中を見る(※えらい力で食いしばってるから、こじ開けた)。
イーアンの手をどかそうとして動かないので、タンクラッドに手を押さえさせた。『イーアン、すまない。少し我慢だ』不安そうな剣職人がイーアンの腕を押さえる。うんうん唸るイーアンは汗びっしょり。
医者が鳩尾の辺りを指でぎゅっと押した途端。『ぐわあ!いってえ!!』ぶち切れるイーアンに、お祖父ちゃんのお医者さんは驚いてひっくり返り、慌てたミレイオに支えられる。
「触るんじゃねぇ!」
痛みに激怒した豹変イーアンの鬼のような吼え声に、3人が固まる。目を丸くして、お医者さんはミレイオの腕の中で『いえ。いえん、胃炎だよ、きっと』と噛みながら呟いた。
『え?』ミレイオが覗き込むと、ピアスがジャラジャラしてる顔にも、ビビルおじいちゃん医者は、瞬きしないで『急性。急性の多分』と怯えていた。
おじいちゃんは腰が抜けたので、とりあえずミレイオに引きずられて、椅子に腰掛けさせてもらった(※攫われた上に腰が抜けた)。
「急性の。胃炎?何か食べたからか?どうするんだ。手術するのか」
押さえていた腕をゆっくり離すタンクラッド。イーアンはすぐにお腹を押さえて、うんうん呻く。凶暴な患者に近寄りたくない医者は、病院に戻って薬を出してあげるから、おぶって帰してくれと頼んだ。
おじいちゃんをオンブするのは嫌なタンクラッド。裏庭から手押し車(※採石用)を持ってきて、そこに医者を乗せ、病院まで運んでやった。請求書を騎士修道会宛で書かせていると、医者から理由や処方等を(※結構適当)説明される。
「精神的な負荷。確かに忙しかっただろうが・・・で?数日安静でどうにかなるのか。大丈夫なのか」
「とりあえず血も吐いてないから。吐瀉物は胃液が少し混じってたけれど。薬飲ませて様子見て(※医者にあるまじき逃げ)」
はい、と手渡された紙の袋を受け取り、支払いは後日でと約束し、タンクラッドは家へ戻った。
「精神的な・・・・・ イーアンは疲れてる。いろんなことがあったからな」
タンクラッドは自宅で介抱を続けたかった。でも総長のもとが、彼女にとって一番安心できる環境なら、それに越したことはない。ミンティンに乗れる自分で良かったと、これは思うが。
「待てよ。俺が呼ぶとなると腕輪で・・・両方(※イーアン&ミンティン)だ。ミンティンを呼ぶと、腕輪は確実にイーアンを運ぼうとする。じゃ、見舞いも行けないじゃないか」
総長に笛を渡すんじゃなかった、と後悔するタンクラッド。笛で呼んでも普段はイーアン付きだろうが、ミンティンに事情を話せば理解するはずなので、せめて笛なら、と激しく後悔。
後悔しながら、自宅へ戻り。イーアンの症状と薬と対処を、ミレイオに話す。ミレイオは頷きながら、小さく溜め息をついた。『可哀相。こんなに痛がって。・・・・・って、何さっきの。あんなになるの?』小声の質問の意味を理解する剣職人は目を伏せる。
「イーアンは。戦う時にとても勇ましくなる。本人が制御できない場合もある」
「いつもあんなじゃないでしょ。怒るといつもとか、そうじゃないんでしょ?」
「違う。怒ってもああはならない。何かの衝撃で、なる。俺が知っているのは、このイオライセオダで魔物を一人で倒した時だ。龍に乗って、飛ぶでかい魔物に斬りかかった時、空に響いたイーアンの怒号は、男でも縮み上がるような声だった」
ミレイオは何も言わず、じーっと剣職人を見つめる。それ以上訊くなという様子の顔に、とりあえず納得する。『彼女はいろいろあった子なのね』そういうことにしましょ、とこの話を終わらせた。
イーアンは呻いているが、最初ほど酷くないようで、少しずつ痛みが落ち着いているようだった。タンクラッドは人肌くらいの温度の湯を用意して、薬を飲ませる。
怒ると厄介なので(※猛獣)ミレイオに寄り添ってもらい、言い聞かせながら湯と薬を少しずつ飲ませる。
『イーアン、イーアン。痛くても頑張って飲んで。薬なの』何度も顔の近くで声をかけるミレイオに、イーアンは頷いて飲んだ。沁みるのか何なのか。怒りの形相に顔が歪んで、ぐわっと低い唸り声が漏れた。ミレイオが一瞬目を丸くするが、イーアンは歯を噛みしめて飲み込んだ。
「よく頑張った。少し落ち着くまでここにいろ。後で送るから」
タンクラッドの言葉を聞いて、イーアンは痛みの中でちょっと微笑む。タンクラッドも、辛そうなイーアンが気の毒で、そっと髪の毛を撫でて『休め』と呟いた。イーアンは静かに目を閉じて、薬が効くのを待った。
親方はそれから掃除して(※吐いたトコロ)布を濡らし、イーアンの髪や顔を拭いてやった。汚れた衣服も拭けるところは拭いて。ちらっと顔を見ると、イーアンは落ち着いてきたようだった。
「ミレイオ。まず送る。それから工具を持たせてくれ。このイーアンの状態だとすぐには次がない」
「当然でしょう。可哀相だわ、こんな具合悪くて動かすなんて。工具は良いわよ、予備を郵便で送るから」
「イーアン。ちょっとミレイオを送ってくるからな。大人しく待ってるんだ」
イーアンは頷いて、ミレイオを見た。心配するパンクはイーアンの額にキスして(※親方イラッ)『無理しちゃダメよ』と強めに言った。頷くイーアンを撫でて、ミレイオとタンクラッドは出る。
「あ。ダメだ。イーアンごと呼ぶことになる」
出てから気がつく。どっちみち笛じゃない現時点では、腕輪しかない。ミレイオが怪訝そうにタンクラッドを見て『どういうこと』と聞く。簡単に説明すると、ミレイオは『はーっ』と嫌味ったらしく溜め息を吐く。
「どうしてそう、具合の悪いもん作るかしらね。仕方ないから、私歩くわよ」
馬でも結構ある距離を、歩くと言われて。タンクラッドはそれはどうかなと思う。已む無し。イーアンに相談する。イーアンは笛を持っているが、イーアンは吹くと腹筋に押されて腹が痛い。
「借りるぞ」
「はい」
イーアンに貸してもらった笛を吹く。ミンティンがやって来て『あれ』といった顔をして見ているので、ミンティンに事情を話すと、不承不承理解した。そしてパンク付き剣職人を乗せてくれた。
すぐにアードキー地区に到着し、ミンティンから降りたミレイオは『イーアンにお大事にって』そう言って戻って行った。タンクラッドは急いで戻り、次にイーアンを抱き上げて、薬の袋を持ってミンティンに乗る。
「北西の支部だ。イーアンを運ぶ」
ミンティンがイーアンを見て、とても不安そうにしていた。首をゆらゆらして、何かを感じ取ろうとしていたが、暫くすると浮かび上がって北西へ飛んだ。
腕の中のイーアンが。苦しんでいる表情が可哀相でならない。上着をしっかり寄せて冷えないようにして、タンクラッドは早く治るようにと祈りながら支部へ向かった。
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