430. 新しい青
お昼に戻り、イーアンはドルドレンと昼食を摂る。ドルドレンが何か気掛かりがありそうで、イーアンが見つめると。ちらっと伴侶はこっちを見た。
「どうしましたか」
「あのな。そろそろ遠征があるかもしれないから」
「援護遠征?」
「援護遠征手前だな。被害報告が西から。西と言っても西の支部の奥だから、山脈の方だ」
「危険そうなのですか。被害報告を見ただけで援護遠征の必要を思うとは」
「そうだな。ポドリックとブラスケッドが隊を出す予定だが。これまでの魔物ではないようだし、俺も行こうかと思って」
イーアンは気が付く。鎧がないのだ。ドルドレンの鎧はこの前のイオライ戦で、胸や腹が砕け散っていた。この前その話を聞き、言われてみればそうだったと思い出した。
「分かりました。ではちょっと行って参りましょう」
イーアンは微笑んで立ち上がり、お皿に残った料理を包んでもらって後で食べると言うと、食べかけの皿と伴侶を置いて、そそくさ消えた。
ぽかんとして、残されたドルドレン。とりあえず、イーアンの食べ残しを食べ(※後で自分が作ってあげようと決める)自分の分も食べてから、食器を下げる。何か当てがあるのかなと思いつつ、裏庭を覗くと既に青い龍が空に点になったところだった。
行き先の方角がよく分からない。『どこ行く気なんだろう』呟いて、とにかく戻ってくるのを待つことにした。
イーアンはオークロイ親子の工房へ。真っ直ぐ突っ切る方向を覚えたので、南と東の間くらいの方向で飛んで20分もしないうちに到着する。扉を叩いて待っていると、ガニエールが出てきた。
「イーアン、こんにちは」
「こんにちは。鎧の様子を知りたくて来ました」
入って、と中へ通される。オークロイが工房から出てきて、イーアンを見るなりニヤッと笑う。ちょっとズキュンだけど(※魂職人の不適な笑みに撃たれる)ここは真顔で。
「あれから2週間か。丁度知らせようと思うとお前は来るな。良い勘してるぞ」
イーアンの中のゾクゾク感と湧き上がる喜びが、全身に鳥肌を立てる。顔に出ているみたいで、横のガニエールがちょっと笑った。オークロイは一度工房へ引っ込み、中で何かを外していた。ドキドキしながらイーアンが見ていると、さっと目隠しされる。『手をどけたら見て』ガニエールが隠したらしく、声が笑っていた。
ドンと音がして、続いてゴトゴトと軽い音が聞こえる。『よし』オークロイの声が響いた。さっと手を取り除かれ、イーアンは机を見つめた。
「信じられない」
澄み渡る青から黒い角の隆起へ向かう、有機的な棘のある大きな鎧がそこにあった。脛当。腕覆い。マスク。青い翅がこれほどのものに変わるなんて・・・・・ 薄く下地に繋ぎで使われたのは、黄茶色の殻で、青い鎧の形を縁取るように見える。黒く焼いた鉄の鋲が模様のように使われていて、でもそれは装飾ではなく、補強に必要だったと職人は話した。
イーアンは鎧に屈み込み、撫でて頬ずりして、ちょっと泣いた。自分にこれくらいの腕があれば、と無茶なことを思う。タンクラッドの剣の時もそう感じた。圧倒的な、自分との差を感じさせられる、その道の人の完璧な仕事に平伏す。
振り向いて、オークロイをまず抱き締める。目一杯抱き締める。笑うオークロイが、イーアンの力に咽る。『お。嬉しいのか。でも老人だから、死なない程度にしてくれ』肋骨が折れる、と言われて、イーアンは泣き笑いしながら離れた。
笑いながら、ガニエールにも両腕を広げる。ガニエールも苦笑いで抱き締めて、イーアンに『お手柔らかに』と頼んだ。どっちみち感激のイーアンに締め上げられて、親子は椅子に倒れた。
「最近。逞しくなっただろう。そこかしこでお前が魔物退治してる話を聞くから。力が凄いことになって」
「剣を使うからでしょうか。腕の力がちょっと増えた気がします」
感激されるたびにこっちが死んじまうよ、と笑う父親に、ガニエールも首を振って笑う。『女の人に抱き締められて死にかねないって、幸せなのかどうなのか』その言葉にイーアンもゲラゲラ笑った。
「素晴らしい以上の言葉を知りません。これはもう、大変に素晴らしいです。是非もう一度抱き締めさせてください」
「気持ちで充分だ」
あっさり断られて、イーアンはちょっと寂しい。うずうずするけれど、我慢した。オークロイ親子に請求書を書いてもらい『もっと高くして良いですよ』と金額を上げるように急かす。ガニエールが、じゃあ少しね、と数字を増やし記入する。請求書は郵便で送ることになった。
「試作をすっ飛ばした本作だから。何かあったらすぐに言え。もらう額に見合うくらいの仕事はしているが、一応そう・・・総長に伝えておけ」
「はい。ドルドレンの喜ぶ顔が楽しみです」
有難うを何度も言いながら、イーアンは出来上がった一式を袋に包んで、オークロイ親子に手を振ってお別れした。
『また来ます』『次は箱だぞ、馬車で来いよ』次は数があるんだ、と分かる言葉に一層嬉しくなるイーアン。千切れんばかりに腕を振ってさよならし、ミンティンと一緒に支部へ戻った。
そうして支部へ到着。ミンティンを帰し、急いでドルドレンのいる執務室へ。もう笑顔が止まらない。大きな袋を担いでサンタさん状態で執務室へ入った。
「お帰り」
ドルドレンがイーアンを見て笑顔になり、立ち上がる。『大荷物ですね』執務の騎士がイーアンの袋を見て笑う。『凄いのです』奥で、とイーアンは執務室の奥の書庫にある、長椅子へ小走りに移動する。
ドルドレンもついて来て『それは?』とイーアンを覗き込む。
「後ろ向いていて」
イーアンの嬉しさいっぱいの笑顔で、ドルドレンは頷いて後ろを向く。ここからはオークロイの工房と同じ流れで、机に何かを置く音がしてから、イーアンがドルドレンの体をくるっと回した。『見て下さい』イーアンが指差した机の上。
「鎧・・・・・ 俺の?マスクも。脛当も、腕覆いまで。この色はまさかあの」
「はい。ツィーレインで私が倒したあれです。ルシャー・ブラタで作ってもらったのです。あなたの鎧を作ってほしくて」
ドルドレンは即行イーアンを抱き締め、抱き上げてぐるぐる回した。大喜びのドルドレン。イーアンは笑う。ドルドレンも嬉しくて嬉しくて、イーアンの胴に顔をこすり付けて『有難う!!』を連発する。
執務の騎士が見に来て『うえ』『すげえ』と驚いていた。『めっちゃくちゃ強そうですよ。デナハ・デアラの鎧と全然違う』いつもいびるぽっちゃりさんも、驚いて笑顔。
「すごい!!イーアン、最高だ!有難う、有難う、愛してるよ」
執務の騎士がドン引きする中で、イーアンにちゅーーーーーっとする(※唇)。イーアンも笑って頷く。『凄いでしょう?彼らは最高の職人ですよ』本当に素晴らしい、とイーアンは褒め称えた。
嬉しいドルドレンは大急ぎで鎧を着け始める(←クリスマスプレゼントをもらった一桁と同じ)。終始満面の笑みで、ちゃっちゃか、ちゃっちゃか手際良く鎧を着け、腕と足と装備し、マスクを額にかけた。
顔に下ろした時、イーアンが飛びついた。『素敵ーーーっっ!』感動して伴侶に抱きつくイーアンを、ドルドレンは笑って抱き止め、そこから二人の世界。執務の騎士は退散し、『仕事途中ですからね』と釘だけ刺す。
「カッコイイ~~~ 何てカッコ良いの!あなたは最高です。最高の英雄よ」
「イーアン。有難う、本当に有難う。俺は君が最高だと思うよ」
勝手にやって、と執務室から笑う声が聞こえる。二人はそれを聞いても、余裕で笑う。
抱き合って大喜びしてから『聖別しよう』とドルドレンは即提案。イーアンも頷いて、仕事途中と言われているのに、手を繋いで走って出て行った(※♂36才:♀44才)。
通り過ぎる騎士たちに熱望の眼差しと、『すげえ』『カッコイイー』と誉め言葉を投げかけられ、総長、天にも上る心地。イーアンが笛を吹いて龍が来る。ドルドレンはイーアンを抱き上げてさらっと乗った。
もう完璧すぎてメロメロするイーアン。笑うドルドレンにしっかり抱えられて、ディアンタの奥へ向かう。ミンティンの背中でも惚気合う二人は、龍にも無視されるが気にしない。
そんなこんなで治癒の洞へ到着する。ドルドレンはイーアンを下ろして、一緒に治癒の洞の階段を下りた。『何だかどきどきするよ』『私もです。どんなことになるのか』二人の高揚感が高まる。そして青い光のある祭壇に。
「イーアンも来る?」
「そうですね。この前みたいにあなたが一人消えても大変ですね」
ちょっと思い出して、高揚感が引っ込み、心配もあるので二人で青い光に入ることにした。イーアンは特に何も変わらず、格好も普段のままで、持っているものも聖別されているものだけ。
ドルドレンと手を繋いで、青い光に踏み出した。あっという間に銀色の煙が立ち上る。
この前ほどの凄い量ではないが、光も放たれた。しっかり抱き合って離れ離れにならないようにした二人。少しして光が収まり、二人が目を開けると。『場所は同じだ』『あら。良かった』同じ治癒の洞にいたことを確認。それからそっと光を出て、頭を下げてから。
「まぁ・・・・・ 」
「おお。やはり」
装備は魔物の雰囲気を一切合切消して、完全な聖なる存在に変わっていた。マスクや鎧の形などはそのままに、色が透き通っている。群青色よりもさらに深い青が、隆起する牙のような場所に向かい、金色に輝いていた。
「この部分は棘だった所です。まさか牙のようになるとは」
下地の黄茶色の殻もオレンジ色がかった黄金に変わり、ギラギラとしていた見るからに強そうな魔物の雰囲気は、逆立ちしても勝てません位の、聖なる強そうに変わっていた。黒い鋲は石の輝きに変わり、漆黒の透明度のある石になった。
「イーアンに絵を描いてもらえば良かった」
ザッカリアの鎧を思い出して、ドルドレンはその透き通る青を見つめる。イーアンは首を振って『この鎧に手を出す気になれない』と囁く。これは完璧なのですと教えると、ドルドレンも微笑んだ。
マスクは、ドルドレンの美しい顔をそのまま固めたように、目元だけを開けた彫刻そのもの。金色の線が流れる川のように縁を包み、ドルドレンの真っ直ぐな鼻筋を表す角度と、本人そのものの唇を象る口元のついたマスクは、それだけでも見惚れる美術品だった。
「最高です。もっと言葉を知っていればそれを使います。最高に美しい。あなただからこその、この素晴らしい美しさ。私は感動して倒れそうです」
「俺も最高だ。本当に素晴らしい。何て強烈なものを受け取ったのだろう。神よ、感謝します」
ドルドレンが目を瞑る。イーアンも両手指を組んで感謝する。そして気がついた。自分の首に下げていた冠が、ちょっと違う姿になっていることを。
あれ?と思って腕を見ると。タンクラッドの腕輪も少し変わった。二つとも、古代の息吹を含んだように滑らかな落ち着いた色になり、模様が入っていた。その模様は文字のようにも見え、イーアンには分からなかった。
ドルドレンとイーアンは洞を出て、再びミンティンで支部へ戻る。ドルドレンはイーアンにキスをし続けて、心からの感謝を捧げた。イーアンはメロメロなので無抵抗。空の上で二人は愛一杯で過ごす。
支部に着いて、ドルドレンの新しい鎧はザッカリアの鎧同様、話題を攫う。気を良くしたドルドレンは、裏庭演習に出て新しい鎧でがんがん活躍した。羨みの声と感動の声が入り混じる中、ドルドレンは自分が出来る最大級の技も披露。
執務の騎士に『いい加減仕事片付けろ』と怒鳴られて連れ戻されるまで、ドルドレンは新しい鎧で思う存分に、多くの部下の相手をした。
夜は勿論。羽毛クロークでメロメロさせて。イーアンはこの日。メロり過ぎてぐったりしていた。幸せなぐったりを伴侶に好きなようにされ、もうそれも、死んでも良いくらいの気持ちで受け入れていた(※とことん美しいものに弱い)。
お読み頂き有難うございます。




