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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
429/2952

429. タンクラッドの思い遣り

 

 アオファが北西の支部に戻る頃。昼よりも1時間ほど前だった。


 フォラヴ、ハルテッド、ザッカリアにまたねと挨拶し、まだ時間があるので、イーアンはミンティンを呼んでタンクラッドの家に行こうと思った。アオファを見ると既に寝ていた。


 笛を吹こうとして、イーアンは止める。何故かミンティンが来たのを見る。そしてミンティンが近づくと、自分の体も押されるように青い龍に動いた。『これは』この感覚は、と思い出す。あっさりミンティンに摘ままれて、イーアンの体は首元に乗せられた。


「もしかしてお前」


 ミンティンはふらーっと浮かんで、いつも通りの空路をひゅーっと飛んだ。行き先がイオライセオダ方面。やっぱりかと思い、イーアンは黙って内容を考えることにした。


 丁度行こうと思っていたし、これはこれで、と思いつつも。何かあったのかなと少し気掛かりもある。さっき会った時のことを思い出し、ザッカリアとお風呂の話が出て、タンクラッドの顔が変わった場面。


「何言われるやら」


 真面目だから、分からないかもなぁと、親方の気質を考えて溜め息をつくイーアン。別の用件で呼ばれてるなら良いなと、祈るような気持ちで向かった。



 案の定。タンクラッドの工房裏に、イーアンは到着する。扉がすぐに開いて、少し躊躇いがちに微笑んでいる剣職人が『イーアン』と名前を呼んだ。怒られる雰囲気ではない(※怒られると思い込んでた)。


「タンクラッド。呼びましたか」


「呼んだ。ちょっとだけ、時間をもらおうと思って」


 中へ通されて、イーアンはお昼前だなと思う。目だけ動かして台所を見る。親方をちらっと見ると、親方も自分を見て、何か言いにくそうにしている。


「あの」


「うん。あれ、ちょっと座れ。すぐ終わるから」


 いつもの席に二人で落ち着き、目が合っては逸らすような。何とも難しい固さが挟まる時間。タンクラッドは暫く言いにくそうにして、それから顔を片手で拭ってから、イーアンに腕を伸ばした。


 座ったまま、親方はイーアンを抱き寄せて『今までごめんな』と謝った。驚くイーアンは、親方の顔を見る。困っているみたいに見えて、理由を訊いた。


「お前に甘えて。いつも。お前だって仕事もあるし、することも山積みなのに。ここに居させたい気持ちと、お前のその、料理してくれるのを見たい気持ちと、俺は勝てなくて」


 自分が時間を奪うのに、それでも急げと言っていたり。支部でも料理していると知っていて、自分にも食事を作らせたり。それを自分はどこかで分かっているのに、抑えられなかったと打ち明けるタンクラッド。


「お前は。そのう。さっきの突然大きくなった子供の。母親でもあって。一日のうちですることも多くて。風呂もあって。仕事をしている時間は、夜に掛かることもあるだろうに。俺はお前に来てほしいだけで、自由な時間も奪っていた気がする。子供と風呂に入る時間も」


 風呂が端々に挟まるので、イーアンは風呂の話題を気にしていると気付く。でも全体的に、反省を伝えているのも分かるので、きちんと聞くだけ聞いた。



「タンクラッド。ミレイオは今日、あなたの話題を少し出しましたが、この前のことは特に。それに魔物の材料の使い方を聞くから会わないといけない、と話していました」


「うん・・・・・ 会いたくないが。仕方ない」


「それと。ドルドレンの話も少しさせて下さい。あの日」


 イーアンはミレイオに会って戻り、その後すぐ、自分は工房に籠もって、作り続ける2日間を送ったと話した。親方が目を見開いて驚いている。イーアンは話を続け、自分はそれに気がつかなかったとちょっと笑った。


「夢中でした。気がつけば午前で。起きて自分がお風呂も入っていないと気がついて」


 そしてドルドレンがしてくれたことを話した。彼は自分をずっと見守ってくれて、その日の約束だった職人の所にも変更に出かけ、戻ってきて食事を作ってくれたと。


「彼は。ミレイオに言われて、自分が何をするべきか理解した、と話していました。そして私が精根使い果たしてのめり込み、倒れるまで、ものづくりを止めないで見守ることを、選んでくれたのです」


「そこまでして作ったものは」


「それはあなたが先ほど見ました、ザッカリアの鎧と盾。手袋と脛当です」


「何てものを作るんだ。あれが全て2日間で。いや、寝食を忘れて作ったとはいえ。あんな至高の大作を」


 誉め過ぎですよとイーアンは笑う。あれは聖別したからで・・・言いかけるイーアンに『あ。さっき言っていたか』と止めた。親方はさっき、それを聞いたことを思い出した。ミレイオのショックで、意識していなかった。


 子供の纏う防具が凄まじいとは見てすぐ感じたが、特注で作ったのだろうかと思っていた。全てに描かれた絵は、随分と凝った絵だったし、腕の良い職人に頼んだかと。だがあの時はそれどころではなく。



「そうか。総長はお前の好きにさせることを選んだんだな。その結果、自分がどれだけ、お前に何をしていたかを理解したということか。俺も変わらないな。お前の力を奪っていた」


「私。ミレイオに今日は言えませんでしたが、二人で会う機会にはちゃんと言おうと思います。私は利用されていません。それにドルドレンを愛しているから、疲れていても何でも一緒にいようと思うし、食べたければ幾らだって料理したいのです。あんなに愛してくれる人はいません。本当に私は愛されているし」


「それは俺に言ってはいけない。もう死にたくなる」


「タンクラッドを傷つけるつもりではないのです。その、続きがあります。タンクラッドも大好きです」


「大好き。俺を」


「はい。そうです。大好きです。その、男女の関係にはなれませんけれど。でもあなたの全部が大好きです。職人としての気質も、技術も、卓越した知識も。深い洞察力も、貪欲な探究心も。知恵に喜ぶ笑顔も。美味しいものが好きなところも。優しさも、思い遣り深いところも。心配性で、怒る所も。あまりに頼もしくて、つい頼ってしまう部分も。


 あなたに出会えて良かったと、いつも思います。そして好かれているのも嬉しいです。

 ドルドレンとは別の愛でしょうが、愛情があるから、あなたの喜ぶ顔を見て嬉しいのです。それが山盛りの揚げ肉でも。作りたいと思う気持ちは、利用されているからではないし、本当に私がそうしたいからです」


 これをちゃんと伝わるようにミレイオに言わなければ、と思っていると、イーアンは話した。自分は愛されているし、自分も愛してるからって。


 タンクラッドは時間が止まっていた。同じ色の瞳を見つめ、そっとイーアンの顔を撫でる。そしてキスは出来ないものの、頬を寄せて、イーアンの頬に自分の頬を付けた。


「有難う。俺は幸せだ」


 イーアンは黙っていた。タンクラッドの睫が少し濡れているのが見えて、何も言わないでいた。あのな、と親方は静かに呟く。


「もし。今後。俺の家で何か料理をするとするだろ?それは俺に構わないで、自分が作りたい時間にしてくれ。もし作りたい料理があって、そういう時だけ。俺も・・・お前のとんでもない力を制限したくない」


 今更気がついてごめんなと、親方は呟いた。イーアンは親方の頭を両腕に抱えて、ちょっとだけ頭にキスした。『タンクラッド。有難う。大好きです』それから顔を見て微笑んだ。


「本当に。今このまま。お前に口付けできないことが苦しい。それくらいの思いだ。礼を言うのが精一杯とは」


「心の声が漏れていますね。感謝してその思いを受け取ります」


 ちょっと笑って、イーアンは立ち上がる。立ったイーアンの細い腰を抱き寄せて、座っている親方はその体に顔を付け大きく息を吐いた。『お前のために』それだけ言うと黙った。本当は続けたかった。自分の愛を捧げようと言いたかった。だけどそれがイーアンの負担になるのはいけないと思った。


「台所を使わせて下さい。30分したら戻ります」


「うん・・・・・ 」


 腕を解きたくない気持ち。タンクラッドは心が苦しい。ふと、風呂のことを思い出し、そっと見上げるとイーアンは自分を見て微笑んでいた。


「ザッカリアのお風呂のこと。あの子は本当にお母さんが必要でした。それで支部に来てすぐ、その夜に一緒に入りたいと言っていたのを止めたのです。でも彼はずっと我慢していたようでした。

 昨日。突然体が大きくなって、これ以上大きくなったら、きっと拒まれると思ったのか。直談判しに来ました。総長ドルドレンに」


「総長がよく怒らなかったな」


「怒るというよりも泣いていました。でも許可しました。私はちゃんと、布を巻いて入りましたよ。でも布なんかあってもなくても。腕や足は見えていますから、それで筋肉とか。んまー・・・言われたのでしょう」


「そうか。総長は大丈夫だったのか。子供は満足したのか」


「ドルドレンは泣いていましたが、説明したら分かってくれました。頑張って理解してくれたのです。

 ザッカリアは、大きくなる前に、また一緒にお風呂に入りたいと話して。思うに『生活』がほしかったのでしょう。上辺の付き合いではなく、生活していれば普通にある、そうした親子の付き合いが彼の人生にこれまでなかったから」


 タンクラッドは頷いていた。自分も風呂一緒だったら良いのに、と思ったことを少し恥じた(※願望の発生場所が違う)。

 この後、ザッカリアがどんな経緯で支部に来たのかを聞き、タンクラッドの中に同情が沸いた。そうしたことで来たのなら。総長も我慢するだろうと思えたし、イーアンの取った行動も理解できる。


「そういうことなのです。だから、ザッカリアとお風呂のことは」


「もう良い。怒ったと思ったんだろ?怒っていない。俺はただ。俺も一緒にと思っただけで」


「タンクラッドはムリでしょう」


 笑いながらイーアンは離れ(※自然体でつるっと)台所へ消えた。ムリって。はっきり言われて、寂しい親方。

 寂しがっていると、調理する音が聞こえてきた。タンクラッドはちょっと見たくなり、台所へ行った。



「パン粉ではないのですけれど。時間がありませんから、とりあえず」


 大きな一口大に切った塩漬けの牛の肉を、卵と粉と別ニンニクと塩の衣を付けて、お昼分を揚げているイーアン。『野菜を。洗って千切ったら添えて』と言いかけると、タンクラッドが横に来て、野菜を洗い始めた。


「手伝う」


 優しい親方にイーアンは微笑む。『有難うございます』イーアンのお礼を聞いて、タンクラッドはこれからはこうして、少しでもイーアンの動いてくれる時間を短縮しようと思った。


 真横でどんどん揚がる牛の唐揚げの、美味そうな匂いに、タンクラッドはたまらなかった。自分が出来たらイーアンに作ってやりたかった。きっと喜ぶなと思うと、練習する気持ちも生まれる。


「今度。俺も覚えようと思う。お前がいつ来るか分からないが。来たら作れるように」


「何て優しいことを言うの。タンクラッドは優しいです。有難うございます。もうその言葉だけでも充分嬉しいです」


 タンクラッドは、これまで気がついていなかったが、自分が寄り添えた場面は沢山あった気がした。今後は気をつけて観察し、彼女と一緒に動く自分でいたい。そうあろうと決めた。



 それから唐揚げ牛肉を味見させてもらい、タンクラッドは久々の美味さと、一瞬消えかけた料理の時間(※二度と料理してもらえないと思っていた)の貴重さを感じた。


「有難う。イーアン。本当に俺は幸せだ」


「私も幸せです。そう言って頂けて。私がその笑顔を見たくてするのです。素晴らしいご褒美ですよ」


 可愛い可愛い愛犬イーアンを抱き寄せて、タンクラッドはせっせと頭を撫でた。これしか出来ないけれど、でもこれでも充分温もりが伝わって嬉しかった。愛犬でも良い。とにかく愛して大事にしようと誓う。



 タンクラッドはご馳走唐揚げに感謝して、帰るイーアンを見送る。ミレイオの家に行く時、自分が魔物材料用の工具を持っていくと話した。イーアンはお礼を言って、それからミンティンに乗った。


「明日か明後日。ミレイオに材料を届けます。その時タンクラッドを迎えに来ます。良いでしょうか」


「そうしよう。待っている」


 次に会うのが約束される、この嬉しさも。毎回感じているのに、いつもと少し違う特別さがある。空に消えるイーアンを見つめながら、タンクラッドは愛犬通い妻への愛に温まっていた。

お読み頂き有難うございます。

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