427. 4人でお出かけ
その日の夕方、ドルドレンと話すイーアン。
ザッカリアに『タンクラッドの工房へ行きたい』と言われた、とドルドレンは話した。『大きくなったからと。早く言わないと作ってしまうとか』伴侶の言葉に、イーアンも頷く。
「近いうちに連れて行かないと」 「明日ですか?」
「イーアンは予定はどうなの」 「大丈夫ですよ」
と。決定し、翌日ザッカリア付きでタンクラッドの工房へ向かうことになる。それからイーアンの気になっていることとして『フォラヴ。後ですね、ハルテッドのソカの話をミレイオにしないといけません』フォラヴの剣はどうもミレイオ任せのようだし、ハルテッドの武器もミレイオと、タンクラッドが言っていたからと伝える。
「イーアンが作ったソカだから。ミレイオが指名されるのは、分かる気がするよ」
ドルドレンもあの空間を思い出して答えた。イーアンは気になっていたことを訊く。『ドルドレン。ミレイオの家にも、あの方にも驚きませんでしたね。私がミレイオによしよしされていても』イーアンの中では、ティグラスへの眼差しに似通うものを感じていたが。
「ミレイオ。彼は。いや、何と言えば良いのか。あの人みたいな人は馬車の家族にいたよ。彼らはとても平等で、そして傷ついた分だけ理解が深かったのだ。彼らは最初のうちは特に傷つく傾向がある。
だが、それを越えて自分を確立した時、崇高な人間として、男女の境でも年齢の境でもなく。対立する人間を見極める力を持った。彼らはすでに、人間として個人を見るのだ。価値観も卓越する」
だから、ミレイオの世界を見た時に確信したと、伴侶は話した。いたよ、ああいう人・・・と笑ったドルドレンに、イーアンはただただ、伴侶は凄い人だと感動した。本当に総長たる器のある人である。
ドルドレン素敵!と言い放ち、イーアンはくっ付く。ドルドレンも嬉しいので抱き寄せる。いちゃいちゃしながら、二人の夕方と夜は過ぎる。
眠る時間になり、明日の確認をする。『タンクラッドのところに、ザッカリアとフォラヴとハイルか』ドルドレンはこの奇妙な組み合わせにちょっと笑う。イーアンも『アオファに乗りましょうか』と笑った。イオライセオダの壁の外は何もないし、アオファはそこで。ミレイオの家は、手前に木々のない場所があるから、そこから徒歩。
「アオファを動かすと、絶体絶命の印象がある」
そんな刷り込みな、と笑うイーアン。あの仔ずっと眠ってるから、適度に起こさないと(?)と、いうことで。明日はアオファ。『ミンティンはあなたに任せますよ』イーアンはそう言って明かりを消し、伴侶に抱きついてキスをする。
ドルドレンもイーアンの背中を抱いてキスに応え、そこからはいつも通りメロメロしながら夜は更けた。そして満足して眠りに落ちた。
次の朝。イーアンが支度をしている間に、ドルドレンは他3名の予定を確認し、問題ないと判断してそれぞれに今日の行き先を告げる。ザッカリアは喜んだ。フォラヴも微笑んで承諾。ハルテッドは微妙そうだった。
「なんで俺行くの。ソカ、どこも悪くなってないんだけど」
「イーアンが一緒だ。一応紹介だけでも済ませておけ」
「その人。タンクラッドさんの知り合いなんでしょ。俺あんま男色系って。ムリあんだよね」
「何?男色?タンクラッドが?」
ハルテッドの複雑そうな顔を見て、総長困惑。タンクラッドはどうやったって男好きじゃないだろ、と言うと、兄ベルの話をして、ハルテッドはう~んと唸っていた。
「それはベルが、そうした傾向を持っていただけだろう。タンクラッドは全然違う。彼が男色なら、俺はイーアンの無事を、これほど悩まなくて済んだ」
「ふーん。そうなの。うん、まー・・・じゃー。その知り合いの人も大丈夫ってこと?」
「見れば分かる。イーアンは、一瞬お前系かと思ったらしいが、それも違う。もっと崇高な人物だ」
「んだよ。俺が下品みたいに聞こえんだけど。俺系ってどんなよ」
行けばわかるからと、面倒そうにドルドレンは言って、ソカを忘れずに持って行けとだけ伝えた。『女装でも良いの』と立ち去り際に訊かれ、『お前のまんまで』とドルドレンは答えた。
「何それ。俺のまんまぁ?バカ、意味わかんねぇじゃん。まー良いや。女のカッコで行こー・・・・・ 」
今日は女の気分、とハルテッドは部屋に戻って支度(※女装)した。どんな人か分からないけど、イーアンと一緒だから楽しくしようと決めた。
そして出発時間になる。アオファと一緒なのでイーアンは冠付き。
『カッコイイ』ハルテッドが誉めてくれた。フォラヴは『あなたには冠がふさわしい』とヘロヘロしてくれた。
後から来たザッカリアが『イーアン、おはよう』と手を振って裏門から出てきた。鎧セットはちゃんと装備済み(※このへん子供)。朝陽を受ける神々しいまでの登場に、何となくフォラヴとイーアンは拍手した。
昨日よく見ていなかったハルテッドは、目を丸くして『げ。ホントにでかくなった』と呟く。ザッカリアは、ハルテッドの横に来て『ハイルにもうちょっとしたら、追いつくかな』と背を並べて嬉しそうだった。
「まだムリよ。大きくなったけど、まだこんなあんじゃん。まだまだ子供」
ハルテッドの手が頭に乗せられて、ザッカリアは嫌そうに睨みあげる。ハルテッドが笑って『でもカッコ良くなったじゃん』とよしよし撫でた。それは子供には嬉しかった。うん、と頷いて、えへへと笑う。
微笑ましく見守るフォラヴとイーアンは、そろそろ行こうと促して、アオファに頭を下げてもらった。数日眠ったアオファはゆっくり目を覚まして、真ん中の首を伸ばす。
フォラヴはイーアンを抱きかかえて飛んでくれ、ハルテッドはちょっと大きくなったザッカリアを、よいしょと抱えて飛び乗ってくれた。
「今知りました。龍の側だからか。私は跳躍しないでも、飛ぶ能力が使えるようです」
「そういえば。すんなり飛んで下さいましたけれど。アオファはそうした、補助的な要素もあるのかしら」
「俺、一人で乗れたのにー」
「何無茶言ってんの。まだムリだって。私と一緒じゃないと、こんな高さに乗れないでしょ」
4人はあれこれ喋りながら、位置につく。イーアンとザッカリアは、一緒にパワーギアの真ん中に収まり、他二人は、その隣で固定されたパワーギアに掴まる。ハルテッドだけはこの龍にまだ慣れず、怖い気持ちを少し持っていた。
「では行きましょう。最初はイオイライセオダです。町の外に降りますよ」
アオファの首が持ち上がるのと同時に体が浮き、遠征以来で初飛行。ハルテッドはとりあえず、ギアにしがみ付いていた。フォラヴは自分が飛べるらしいと分かったので、ちょっと浮いても大丈夫そう。それで余裕。ザッカリアはイーアンの背中から抱きついていて、大喜びしていた(※中身は一緒)。
絶世の美男子に貼り付かれる中年女性は、←こう捉えれば微妙に申し訳ない気持ちだったが、これは親子と意識を強め、慣れることにする。たまたまお子さんが美男子だっただけ。
思えば。ハルテッドは女装だけど、もともと顔立ちは良いので化粧しなくても充分素敵な男性である。フォラヴも貴公子のような佇まいと整った顔。ザッカリアはもう言わずもがな。
自分は大変恵まれた環境に暮らし、素晴らしい人々に囲まれていると、イーアンはひたすら感謝を捧げた。伴侶は世界最高峰の美丈夫。これから会いに行く親方タンクラッドも超絶イケメン。凄すぎる。贅沢にさえ思える。
この世界は、男女問わず、本当に美しい人の割合が多い。ああ、自分もここに生まれたかったとしみじみ思った(※親が誰かによる)。しかし今は、恵みに囲まれたこの環境に、ただただ敬服して感謝をする。
両手指を組んで、何故か祈っているイーアンを、3人は不思議そうに見ていた。
そしてイオライセオダにあっさり到着する。町の上にアオファがかかった時、下が騒がしくなった気がしたが、とりあえず降りる。アオファには待っていてもらうことにして、町に入った。急いで走ってきた町の人に、フォラヴとイーアンが説明すると、『あ。そうだったの。いやビックリで』と分かってくれた。
無事、アオファを壁の外に待機させることが出来たので、4人はタンクラッドの工房へ向かう。
街中を歩く4人は目立つ。イーアンは、さっと冠だけは首にずらした(※冠&羽毛上着で、勘違い女王様状態と気付く)。
ちらっと連れる3人を見て思う。白金の柔らかなウェーブの髪を輝かせる、涼しい顔の貴公子。明るい茶色のストレートヘアをなびかせて歩く、背の高い美女(♂)。深いブラウンの肌に、うねる艶やかな黒髪の美少年。感嘆の吐息を漏らし、イーアンはもう一度、感謝のお祈りをする。
私はただの羽毛の塊。なぜか極上の白銀の羽毛にまみれた、ちっこいおばちゃんが(※今やザッカリアにも背を抜かれた)。この人たちと一緒にいるって。いや~ 生きてると有難いこともあるもんだ、と。おばちゃんイーアンは首を振り振り、人生に感心していた。
タンクラッドの工房に着いて、イーアンは扉を叩く。すぐに扉が開いて、いつもなら笑顔のタンクラッドは少し心配そうな表情で迎えてくれた。そして後ろの3人にすぐ視線が動く。『ん。どうした』さっと見渡し、ハルテッドとザッカリアに異変を感じる。
「ザッカリアが大きくなりました。剣を作るに当たって」
「ちょっと待て。この前、このくらいだったぞ(※手が下に動く)。何で大きくなった」
ええっとね、とイーアンは説明しようとしたが、タンクラッドは『中で聞くからとりあえず入れ』と全員を家に通した。
ハルテッドがタンクラッドの前を横切った時、タンクラッドはハルテッドに『お前。この前の弟の方だな』と確認した。女装男が頷いたので、剣職人は理解した。これはこういう趣味、と認定(※受け入れ早い)。
「私はソカを・・・この後行く所で見てもらうから。だから、ついて来ただけで」
「そうか。と言うことは。ミレイオ?」
イーアンを見る剣職人。イーアンはニッコリ微笑む。『ハルテッドとフォラヴは、ミレイオに会わせます』ここはザッカリアのために、と話した。ミレイオの名前を聞いた途端、見て分かるほど元気が失われた剣職人に、イーアンはちょっと心を痛めた。
話を変えて、ザッカリアが大きくなった理由を話した。鎧とその他諸々製作し、彼ごと聖別を受けてもらったら、こんなふうに成長してと伝える。職人は心ここにあらず。うんうん頷いて立ち上がった。
「で。あれか。その。いかんな、思考が働かない。あー・・・っと。このザッカリアだな。彼の寸法か」
分かった、と頷き、タンクラッドは頭を掻いて、育っちゃった子供の寸法を測り直した。測りながら『まだ軽そうだな』とザッカリアの脇の下に手を入れてヒョイと持ち上げる。
「やめてよ。もう」
「何言ってるんだ。剣振り回して、剣の重さで吹っ飛ばれても困る」
よっ、と言いながら、剣職人はザッカリアをぽんぽん飛ばして重さを確認。大きくなったザッカリアは、とても恥ずかしがっていた。それから下ろしてやり『背は伸びたが、まだ子供だからな』と重量を書き記していた。
「重くなったよ」
「まだ男の重さじゃない。軽い剣じゃないと、自分の力で扱えないぞ」
「イーアンだって剣を使う。俺も大丈夫でしょ」
「イーアンの剣も軽い。総長の剣も長剣だが、あれもああ見えて軽い方だ。軽いから悪いわけじゃない」
想像していたのと違うな、とザッカリアはふてる。もっと凄い男らしい剣とかになるかと思っていた。タンクラッドは何やら配合を考えているようで、ペンでさらさら、思うことを書き付けている。
「うむ。こんなもんだな。なぜ突然成長したのかは理解出来ないが、見た目こそ大きくなったものの。重さはそれほどでもないし。長さだけだな」
「俺、もう大きい」
「だから。まだ男の範囲じゃないんだ。子供なんだから」
傷つくザッカリア。『大きくなったのに・・・』大きなレモン色の瞳に悲しみを湛え、長い睫を伏せ、男未満の言葉に俯く。これにはタンクラッドも『あ(※鈍い)』と一言漏らし、ちょっと可哀相に感じた。
イーアンが心配して、そそそっと寄って抱き寄せて慰めた。『ザッカリアは、これからもっと素敵になります。そう思って頂戴』良い子良い子するイーアンに、タンクラッドの目が据わる。フォラヴは苦笑い。
ハルテッドは仕方なさそうに笑って、ザッカリアを覗き込む。『良いじゃん。どんどん大きくなっちゃうんだよ。今だけだよ、そんなお母さんに、よしよししてもらうの。もちょっと子供でいられるんだよ』男になったら、一人で頑張んないといけないんだからねと教えた。
ハルテッドの言葉に、ザッカリアは少し元気を取り戻した。頷いて『分かった』と答えてニコッと笑う。ハルテッドもニコッと笑って『そうそう』と笑顔推奨。
「そうだね。ハイルの言うとおりだ。俺、もっと大きくなったら。男になるけど、そしたらイーアンとお風呂は入れないもん。今なら入れるもんね」
ね、とイーアンに笑いかける子供。固まるイーアン。固まる他三名。『風呂』呟く剣職人。
「昨日初めて、一緒に入ったの。イーアンはすごい筋肉もあって、体がカッコイイんだよ。絵もいっぱいあるよね。俺も絵を入れるの」
止まるイーアン。笑顔が真顔に戻っていく。布をちょっと開けたのを見た気がしたけど。そんなに見られたって感じでは。筋肉って。筋肉しかないみたいな、その言い方は(※違う方向でイヤ)。
フォラヴが先に回復し、小さく咳払いして『ザッカリア。女性の体のことを、人に話すものではありません』ちゃんと教えた(※立派)。そのフォラヴも心配そうにイーアンを見つめる。
ハルテッドはザッカリアを見つめ続ける。俺も風呂経験あるけど(※156話)。そんな仲良しな状態ではなかった・・・・・ だけどこの場で言えない。言ったら薮蛇になる。くそっ羨ましい。悔しい美女は、ザッカリアが早く大きくなれと呪う(?)。
言葉もなくタンクラッドは、イーアンとザッカリアに視線を注いでいた。ひたすら注ぐ。この大きさの子供と、イーアンは風呂。よく総長が許したもんだと思うものの(※泣いて嫌がっていた)。
彼女の固まり具合から、本当に一緒に風呂に入ったんだろう。この。やたら見た目が輝いている子供・・・いやちょっと待て。子供だけど、もうあれだろ。毛が生えてるだろ(※不謹慎)。生えてるってことは、それって女と風呂入ったらダメだろ。
タンクラッドの視線に、自分への猛烈な批判(※実際は羨み)を感じたイーアンは目を伏せる。そして一つ溜め息をつく。これもお母さんの役目かと。
げんなりするイーアンは、静かに口を開く。ザッカリアに『お風呂の話は、皆にするものではないですよ』と伝えた。皆さん驚くからね、と弱々しく付け加えるのが精一杯。
「わかった。お母さんが困るの、俺もイヤだからしない。今度から、一緒に入っても誰にも言わないよ」
もう良いから・・・・・ イーアンは項垂れた。魂が口から出てる状態で『ありがとう』と呟いた。ハルテッドはそっとイーアンに寄り添って、その背中を撫でて慰める。複雑だけど、イーアンが恥を掻いたのは可哀相だった。
フォラヴがもう一度咳払いし、『では。御用も終えました様子ですので、私たちはお暇したいと思います』きちんとした笑顔で、剣職人に場を離れる宣言する。
我に返ったタンクラッドも『あ、ああ。そうか。そうだな』と言ったきり、頷くだけだった。4人は剣職人の家を出て、お邪魔しましたの挨拶を簡単に済ませ、アオファの待つ町の外へ向かった。
タンクラッドは連続で頭を殴られている気分だった。あの日。ミレイオに滅多打ちにされて、家に戻って苦しく反省した。でも、謝ろうにも、約束も取り付けてない状況。次はいつ会えるのかと、来る日も来る日も(※そんな長くない)待ち詫びて。
そして今日。やっと会えたと謝ろうと思ったら、大きくなったザッカリアと風呂に入ったと聞かされて。
「俺に死ねと(※展開が単純)」
イオライで怪我してる時、ムリにでもうちに連れ帰って風呂に入れておけば良かった~・・・剣職人は机を叩いて悔しがった。そうすれば風呂上りくらいは見れた!もしかしたら入浴中も見れたかもしれない(※ノゾキ)!
何という悲しさ。何という悔しさ。何て人生は、俺を痛めつけてくれるんだ!!いくら母親役だからって!!俺の弟子だけど、俺が一緒に風呂入ったら犯罪だ!! 親子って、親子って、親子なら良いのか!俺だって兄妹でいけるんじゃないか(※壊れ始め)!!
イーアンと自分のお揃い腕輪に頬を寄せて、目を瞑って苦しげに、寂しさを紛らわすタンクラッド。苦しい恋心に呻く。食べ終わってしまった燻製も恋しい(※もう料理してもらえない)。仕事に打ち込もうにも意識が飛び過ぎていて、この日は何度も失敗する一日になった。




