422. 喝を入れる人
そんなことで約束もして、4人はちょっとお茶の時間。イーアンはミレイオの反応を見ながら、どう反応するかなと心配だった、パンケーキを荷袋からそっと出した。
「あの。これ朝焼きました。支部のジャムが入っていて。お茶と一緒に」
「イーアンが作ったの。まぁ。可愛い顔して、やることも可愛いじゃない。頂くわ」
普通に喜んでくれたので、イーアンはホッとする。お茶を入れる時に、男女の仕事の話を気にしていたようだから、こういうことはどうなのかと気掛かりだった。ドルドレンもタンクラッドも受け取って、美味しいと誉めた。
「分かりにくいだろうから。簡単に教えるわよ。私は別に、あんたが『女らしいって思われること』をするのが、イヤってんじゃないの。勘違いしないのよ、そこ。
私はね。当たり前のように、女の仕事とか男の仕事って分けて、相手に任せる阿呆が嫌いなのよ。そんなの傲慢よ。男も女も」
ああ~とイーアンは理解する。リベラル。この人はリベラルなのねと思う。したいことはしなさい、と言っているのだ。でもそれを性別に合わせて当然と受け取るような、そういう場や環境や思考を嫌っている。そういうこと?と確認すると、ミレイオはもう一つのパンケーキに手を伸ばして頷く。
「これ美味しいわ。ありがとう。そうよ、イーアンがおさらいした内容で合ってる」
「分かる気がします。この世界はそうした傾向が少ない気がしますが。以前の世界は場所によっては、とても酷い地域もありました。男女問わず、知らない間に習慣化しているような」
「でしょう?私そういう馬鹿な奴らが嫌いなのよ。口では分かってるって言うのに、分かってないヤツって、男も女も結局それを使うじゃない。利用したり、媚売ったり、未熟な感情に任せたり。
何にも発展しやしないし、ウソで固めた我慢で成り立つの。それって能無しのすることよ。アホな自己満足」
ドルドレンは俯く。タンクラッドも目を反らしていた。イーアンは、ミレイオを見て話しているので、気がつかない。ミレイオは空気を読んでいるようだった。
それからミレイオは、茶器をちょっと机に置いて、イーアンを頬を撫でる。
「私はね。あんたがイイコに見えるの。そう振舞ってるって意味じゃないわよ、そうじゃなくて。だからあんまり・・・何でも普通にやり過ぎない方が良いと思うわよ。やり過ぎで頑張っちゃいそうだからってこと」
「自分に出来ることは頑張りたいです」
「それは良いのよ。だけどほら。阿呆って、それを勝手に使うもんなの。さっきイーアンが自分で言ったでしょ?知らない間に習慣化するって。
そういうのって人間は愚かだから、何かのせいにして育てるのよ。気がつかない振りして、人を使う生き物なのよ。全員じゃないけど。
だからあんたのせっかくの頑張りを、さもそれをする理由があるように訴えたり、分かってて動くように使い回すような」
と。ここで一度切って。ミレイオはイーアンをよいしょと両腕に抱き寄せ、イーアンの頭に自分の頬を付けてから、自分の射程範囲に座る、俯くデカイ男二人を睨む。
「そんな無礼でアホな男は、見抜いてあげるわよ。才能を生かすために神に与えられた時間を、ちんけなワガママで押しつぶすようなアホは。私が蹴散らかしてやるわ」
ミレイオの視点が間違いなく、伴侶と親方に注がれているのを見つめ、イーアンは戸惑う。この二人がアホでバカみたいな、まして私を利用しているみたいに聞こえる・・・・・
「私はね。才能があって感性が豊かな人間が好き。あんたもそうね。そういう人間は自分で気がつかないことも多いわよ。
だから、誰かの思考の下敷きになって、せっかくの人生の時間を減らしてしまうこともある。そんなの許せないわ。あんたはもっと、自由に素晴らしいものを追いかけるのよ」
イーアンはこの人に会えて良かったなと、つくづく思った。こんな考え方をする人と、こうした異世界でも出会え、その思考を共有できる時間に感謝する。
自分をじっと見る鳶色の瞳に、ミレイオは微笑む。そしてくるくるした螺旋の髪をちょっと後ろで結ぶようにまとめてから、ニッコリ笑った。
「じゃあね。ちょっと訊きたいことがあるのよ。ドルドレン。あんた、この子に食事とか作らせてないでしょうね」
「え。だって夫婦だから。食事は」
「ああ?」
ミレイオの声が誰よりも低くなる。イーアンびっくり。ドルドレンもびっくり。タンクラッドもびっくり。びくっとした剣職人にすかさず視線が移り、ミレイオの片目ずつ色の違う瞳が突き刺さる。
「勘なんだけど。タンクラッドはそういう扱いしないわよね。作ってとか、あれ食べたいとか、そんなナメたこと言ったりないでしょ?あんた一人暮らし長いし」
「う。え」
「ふざけてんのか」
躊躇う剣職人に、ミレイオの声が凄みを増す。イーアンはびっくりして目をまん丸にし、真横のパンクから目が離せない。ドルドレンもちょっと口が開いて、固まったままで焦っている。
ミレイオの感情が静かに流れ出す。怒っている。怖い沈黙。
「あの。私が作るのが好きで。それで喜んでもらえるから、自分から作って食べてもらって」
伴侶と親方が危ないとイーアンは、ちゃんと自分の意思で作っているとミレイオに伝える。ミレイオはちらっとイーアンを見て、悲しそうに小さな息を漏らす。
「そうじゃないかって気がしたのよ。こいつらの態度見てると。まるで俺様でしょ?俺、男ですみたいな。あんたの善意を良い様に使ってそうな感じがしたのよね」
ぐぬううっ うううっ 呻き声が漏れる大の男2人は、ミレイオを見れない。お互いを見ることも出来ない。
「料理が仕事でってなら別に良いの。でも違うでしょ?
この前、西の騎士と話した時、北西の女軍師の話を聞いたわ。剣で戦って魔物も倒すって。遠征にはついてくらしいし、戦法講義も出張するとか、支部で工房持ってて、もの作ってとか・・・ね。そんな話を聞いたのよ。もの作ってて、よくそんな時間があるなと思ったし、どんな女かしらと気になったんだけど。
で。その上、料理してるでしょ?私の家にこれを持ってきたってことは、ちょっとした時、すぐこうやって動いてるんじゃないかなと思って」
「はい・・・・・ 」
「でしょ?それって、喜んでくれるからって言うけど。あんたが忙しくても疲れてても、平気で乗っかってくる馬鹿がいるから続いてるんじゃないの?好きな時や出来る時にするのが、本当に自分の意思で行うって意味よ」
ごめんなさい。小さく謝るイーアン。ミレイオはぺちっと、俯くイーアンの頬を叩いた。イーアンがミレイオを見ると、パンクな味方は困ったような顔でイーアンを見つめていた。
「なんであんたが謝るのよ。それがもう習慣化じゃないの。どんな男が周りにいたの、今まで。可哀相に、ロクデナシばっかじゃないの?・・・・・って。おめえらにも言ってるんだよ、聞いてんのかよ。おい、ガキ。こっち見ろ」
突然矛先が向けられて、親方も総長もさっと見る(※従順)。俺はロクデナシ・・・・・ 俺はガキ・・・・・
ひえーっっ!! イーアンはびっくりし過ぎて、豹変のパンクに心臓がウサギ状態。でもそんなことを言っていられない。
そんな酷いことされてないから、やめてあげて~と、パンクな味方の攻撃を必死に止めに入る。
「あのね。私あんたみたいな子、たくさん知ってるの。その子達は皆、同じように言うのよ。相手に良くして貰ってるってさ。でも分かっていないわけ。その子も、相手も。だから私いつも言ってきたわ。可哀相で見てられないの。放っておけないのよ。
よく考えてご覧なさい。自分の仕事はなんなのか。好きなことを、好きなタイミングで・・・どれだけ行ってるの?出来てる?ちゃんと。
ほら。答えられないでしょ?すぐ答えられたら、いつも意識して動いてるのよ。それが自覚なの。それが自由なのよ。
だけど答えられなかったら、それは違う。選ぶのは自分よ、確かに。でもそれって何によってなのか。そこちゃんと考えないとダメ。せっかくもらった才能を美に生かせないのよ。それは世界と人生への怠慢なの。人は多かれ少なかれ、自由と美に生きるものよ。
イーアン、良い?本当にあんたに良くしてくれるなら、あんた自身を尊重するもんでしょ?だけどどうなの。あんたの周囲の男は、そんな出来たノウミソのヤツいる?(※と言いつつ、萎れる男2名を見る)
馬鹿な女が馬鹿な男を作るのは簡単なの。隷従関係、依存癖、上下を作ってしまうと、あっさり馬鹿大量生産よ。逆もそう。
でもあんたが馬鹿のつもりじゃなくて、頑張り方間違えてやってるなら、それに胡坐かく男なんてどうしようもないクソなのよ。本当は尊重して、他の方法を導いたり、大切に才能を伸ばしてあげるものじゃない?本当に愛してたら、縛りはしないのよ。・・・耳かっぽじってよく聞いとけ、口先だけの俺様野郎。おい、返事っ」
はい・・・・・ 小声で返す47歳剣職人。36歳騎士修道会総長。イーアンはミレイオに縋りつき、本当に良くしてもらってますと、どれほど大事にしてもらえて感謝してるかを、一生懸命伝える。自分のパンケーキ行為がこんなことを呼び起こすとは。
そのたびに、ミレイオはイーアンを撫でて寂しそう。そして『違うのよ』と諭し、柔らかな説教をしては、話の最後に二人に振った。
この後、止めては和らぎ、気を抜けば刺されるという、ミレイオの説教を繰り返し、3人は説教を30分食らった後に解放される。
親方珍しく青ざめて憔悴。ドルドレンはさらにぐったり(※初めて会った人に叱られた)。イーアンも疲労が半端ではなかった。ミレイオはイーアンを片腕に抱き寄せて、頬をよしよしと撫でながら、癒していた。
「まー。分かったみたいだから。もう良いけど。次にくる時。変わってないと思ったら、こんなもんじゃ済まないわよ」
いーい?と畳まれて、親方は違う方向を見てうんうん頷く。絶対来ないと決めて。ドルドレンも目を瞑って、静かに頷いた。もうココ来ないと誓う。イーアンには安全そうだから放置することにした(※逃げ)。
帰り道。イーアンが八つ当たりされたら殴ってやるからと(※指輪ゴロゴロついてる拳)一緒に龍を呼ぶまで付き添ったミレイオ。可愛い可愛いしながら、疲れ切ったイーアンと手を繋いで、龍に跨るまで見送る。
「私と約束なさい、イーアン。次は7日以内にいらっしゃい。分かったわね」
「はい」
「もし来れないなら、確実に7日以内に変更の知らせを寄越すのよ。郵便でも人でも、何でも良いから。理由は正直にね。誤魔化しても、私にはバレるの・・・分かったか、お前ら。チョロまかしたら、部屋まで行って寝首取んぞ」
親方とドルドレンは、絶対にミレイオを見なかった。そして違う方向に顔を向けて、大きく首を頷いて従順を示す(※決して口答えしない)。
「アホに気をつけるのよ。それで自分のために時間を使って。自分の力を素晴らしい作品に、思い切り注ぎなさい!」
次を待ってるわ~とミレイオに送られて、イーアンは弱りきった腕を振る。さようなら・・・・・ミレイオお時間を有難う。
そして、鮮烈なあなたとの出会いと洗礼に、いろんな意味で感謝します。でも。伴侶も親方も可哀相だった。そんな『オレサマ』って感じではないのにと思う。
ミレイオの美と自由の精神は高尚だから、それでいろいろ目に付くのかもしれない。パンケーキを作っても作らなくても、もしかしたら、こういうことはあったのか。イーアンは、自分の行動をもっとよく考えなければと感じた。
それにしても、伴侶は初めての相手に言われて黙ったのかもだけど。タンクラッドが黙っていたのは意外だった。昨日は言いたいことを言っていた印象があるのに・・・・・
イーアンはこの時は知らなかったが、後から教えてもらったら、ミレイオはどうやら今年50歳とか51歳とか。
全然そんな年に見えないので、とても驚いたが、それもあってだったのか。タンクラッドが怒られても、一切言い返さなかった理由がそこに?と思った(※実際は山積み思い当たるから返せなかった)。
タンクラッドは自宅に送られて、すっかり疲れたから少し風呂にでも入って、思考をまとめると話していた。イーアンは何も言えず頷くのみ。ドルドレンは『それが良い』と同意してあっさり帰ることになった。
支部に着くまでほぼ話さなかったが、ドルドレンは支部に着くなり、タンクラッドと同様に、ちょっと風呂に入ってくると言って、暫く出てこなかった(※傷や嫌なこと洗い流したい)。
イーアンはこの日。工房で好きに過ごしてほしいと、ドルドレンに言われた。食事の話を出すに出せなかったが、それは伴侶も同じだった。
なので、イーアンは工房に入って暖炉を熾し、久しぶりに工房の中で英気を取り戻し、次の製作に精を出した。それはミレイオの言葉を思いながらでもあったし、自分の行く先にある旅路を思いながらでもあった。
お読み頂き有難うございます。




