420. 盾職人ミレイオ
家の立つ場所も、家の外も、室内も全部がミレイオその人を表現しているようだった。
ミレイオは、二人に椅子を勧めて自分も座る。座った背中側の棚に置いた、湯気の立つヤカンをヒョイと取って、石や文字が鏤められた8角形の机の上に乗せる。
それから腕を伸ばして近くに吊られていた陶器の容器を3つ、ぽいぽいと取って、茶を注いだ。そこにヤカンや容器があるのさえ分からない。何もかもがごったに、一つの絵のように見えて、その絵から取り出したよう。
彼はとても風変わりだった。彼。だと思う。けど。イーアンは思考が固まる。
自分の向かいに座ったミレイオは、一言で表せばパンク。そして男か女か分からない。ハルテッドとは全然違う、何だか筋金入りの雰囲気。
背丈はオーリンと同じくらい。細く見えるが、服がまたそうした雰囲気なのか。もともと赤毛なのだろうけれど、縞に色が抜かれて金髪のラインがある。髪型は上はあるけれど、両サイドと後ろは刈られていて、上だけ残した髪は何かで撫で付けられている。刈られた両サイドに、どこかの遺跡の絵のような刺青が入っていた。
顔は整っているのだろうけれど、あまりにも他の印象が強くてよく分からない。顔中、ピアス。眉の上も、瞼も、鼻も唇も耳も。そして化粧している。睫が長く、眉を書いているのか赤みがかった銀色の眉毛。赤いはずの唇にもうっすら見える下地に刺青がある。
下顎から首にかけても刺青があるし、服の中にも続いている。手首から指先もあるから、恐らく全身に入っている。目の色も片目ずつ違う。一つの目は真っ青。もう一つの目はオーリンのような黄色。
衣服は黒基調で、黒い革の長い丈の上着を羽織り、黒い革パン。カッコイイけど、派手。さらにその革パンに黒いゴツイひざ下まである革靴を履いているが、これが編み上げで一見女性的。オレンジ色のざっくりした粗い目で織った布を中に着ている。
タンクラッドが戦闘時につけていた、バックルや鎖はジャラジャラついている。歩いたら引っかかってしまいそうなくらい。指輪も全部の指に入ってる。石付きも金属だけのも。10本全てに指輪付き。
「俺の。ほら、この前着ていた格好あるだろう。あれの装飾はこいつだ」
「ええ。はい。そのような。そういう。ええ。分かります」
目を丸くして、言葉も出て来ないイーアンにとうとう、タンクラッドが笑い出した。『彼はミレイオだ。ミレイオ、彼女はイーアン』笑顔で二人に紹介し、タンクラッドは自分からイーアンを連れてきた理由を話した。
ミレイオは凄いインパクトの風貌で、長い足を組んで話を聞く。椅子がまたゴシックゴージャス。この方ってどこから来たんだろうとイーアンは見つめる。よく見ると、家の中の物は全て、古い時代のとても手の込んだものばかりと気付く。
その一つに、鏡があり、ちょっと部屋を見渡した時に気になった。ミレイオが座る位置がいつもこの場所なら、鏡は扉を見れるような角度にあった。その鏡は8角形で、机と同じ形。そして枠に色とりどりの宝石が並んで・・・・・
タンクラッドが説明している側で、イーアンは思い出す。腰袋を探って、持ち歩いていた遺跡の宝石を一つ出した(※352話)。手にした宝石と、鏡の枠縁にはまる石がそっくりに思えて見つめる。
「あんた。それ、どうしたの。まさかあの遺跡へ」
ミレイオがイーアンの動きを見ていたようで、突然タンクラッドの話を遮って、手に持つ宝石を見て訊いた。イーアンは我に返って、宝石を差し出し『そうです。ティヤーからヨライデを見る島で』と答えた。
タンクラッドは面白そうに、話を中断したまま二人を見つめる。ミレイオが反応した。驚きと探りと好奇心に掴まれたミレイオの顔に、剣職人は満足する。イーアンは何度か瞬きして、躊躇いがちにミレイオにその宝石を渡した。
「あの。まだあるから、選んでもらっても。私、お土産がないのです」
ここにまだ、と腰袋を急いで漁って、残っている宝石を取り出す。ミレイオは腰袋とイーアンの顔を交互に見て、笑った。『あんたったら。良いのよ、お土産なんて要らない。見せてくれればいいわ』ミレイオの刺青だらけの手がイーアンの手を止めた。
「でも。丁度思い出しましたし。良かったら、お一つ」
「いやねぇ。物欲しそうに見えるの?そうじゃないでしょ」
ミレイオは笑顔を浮かべたまま、机の上にイーアンが出した宝石を一つ一つ指先でずらす。遊んでいるように見えるその動きに、イーアンは気がつく。『それは。あなたはあの中へ』鳶色の瞳がミレイオの目を見る。
「そうよ。私あの遺跡の中に入ったことあるの。こうでしょ。こうだったかな。この順番で奥から並んでなかった?いくつか抜けてるけど」
「私。あの遺跡が傾斜していて下にいた巨大な生き物に捕まりそうでした。私と伴侶で行ったのですが、彼が私を抱えて柱を足場に遺跡から抜け出て。その時に私」
「巨大な生き物。伴侶。伴侶って、この人じゃないわよね(※剣職人を指差す)。柱が足場。それで?あんたは?抜けたってことは、逃げてる最中でしょ。これ取ったの」
そうです。綺麗だったからと頷くイーアン。タンクラッドもその話を細かく聞いたのは初めてで、え?といった顔で見た。
「聞いても良い?傾斜してたでしょ。あの角度を飛ぶ、あんたの伴侶も大したもんだけどって。タンクラッドも出来るか。まぁいるのよね、そういう男。で、それは良いわよ。あんたその跳んでる旦那の側で、これ」
うんと頷くイーアン。『ドルドレンは最高です』と真顔で教える。お茶で咽るタンクラッド仏頂面。ミレイオがぽかんとした顔で、くるくるした黒い髪の女を見つめ、アハハハと笑い出した。
「旦那が最高なのは良いことよ。それであんたは掏りなの。掏ったわけね。そんな可愛い顔して、旦那があんたを守って逃げてる最中に宝石集めって」
「掏りでもありません。どなたも管理されていらっしゃらない島と伺いました」
「やってることが掏りよ~ でもいいわ。これは戦利品なのね。面白い子ねぇ」
へぇぇと笑いながら、ミレイオは宝石を触る。3つずつ宝石を両手指の間に挟んで、イーアンに手の平を向ける。『取ってごらん』ニコリと笑う。イーアンは困ってしまう。
「出来ません。私掏りではありません」
そう言いながら、ミレイオの手の平をちょっと押して戻した。ミレイオはくすっと笑ってイーアンを見つめる。『ごめんなさい。意地悪したか』そう言って、ミレイオが宝石を机に置いた。タンクラッドはすぐにイーアンを見る。ミレイオも表情が変わる。
「イーアン」
「はい」
「どこだ」
そこです、とタンクラッドの膝の上を差した。明るい赤の宝石が一つだけ乗っていた。タンクラッドがそれを摘み上げて、ミレイオに見せる。ミレイオは友達の持つ宝石と友達の目を見て、イーアンを見た。
「もう一つはあなたのところです」
言いにくそうにイーアンは鼻をちょっと触って下を向いた。ミレイオの腿の上にもピンク色の透き通った石があった。
「でも。掏りではないの」
タンクラッドは愕然とする。これまでイーアンと一緒にいて、こんな特技があるなんて知りもしなかった。披露したことがないのだろうが、総長は知っているのだろうかと若干心配になった(※親心)。ミレイオは大きな声で笑っていた。
「あのう。私はあなたにお願いがあって、それで来ました。掏りではないのです。そんなことはしません。盾を作って頂きたいのです。あと、仲間の騎士の武器を」
大笑いするミレイオに、イーアンは一応自分の用件を伝える。
話は明日と思ったし、時間も夕方だろうからと、挨拶だけのつもりだった。でもこんな手指の動きを求められ、やった方が良いのかと思って、やってみたは良いものの、恥ずかしくて居心地が悪く、話を変えた。
笑うパンクなオカマは、ちょっと涙を拭いてうんうん頷いた。『今。タンクラッドにも聞いた。そうね、私が良いみたいね』でもどうしようかなぁと組んだ膝に両手をかけて、イーアンを見つめる。
「あんたの所って、騎士修道会なんでしょ。私ねぇ、あんまりそういう団体様は相手にしないのよ。面倒じゃない。一人二人なら良いんだけど」
そして立ち上がって、イーアンの片手を取って立ち上がらせた。『ちょっとおいで』そのまま引っ張って、柄の織られた布をくぐり、続く部屋へイーアンを案内する。タンクラッドは心の中で『触るな』と念じていたが、大人しく椅子で待つ。
ミレイオが連れてきた部屋は彼の工房の一角なのか。工房というには不思議な作りで、幾つかの部屋に分かれているようだった。
大きな切り出しのタイルが敷かれた床には、採光を取り入れた明るい地下が見え、部屋全体はなんと言うか。ボヘミアンというか。パパとか馬車の家族の雰囲気と似ている。が、それよりももっと古い文化を持ち込んだような感じだった。
派手で大きな、ゴージャスな3人がけの長椅子が2台置かれていて、上から飾られた蚊帳らしきものが垂れている所に、イーアンは座らされる。
ミレイオは横に座って、自分を見るイーアンの顔を見る。それから部屋を見るように、何も言わずに指をぐるっと動かした。
「分かる?これが私の世界なの。これは一部だけど。あんたの言う騎士って、こんなの受け入れる気がする?」
「私はとても好きです。ここはとても綺麗です。ずっと見ていても飽きないと思う」
ミレイオはニコッと優しく笑う。『あんたはね。でも彼らは違うかもよ』そしてイーアンの肩に腕を回して自分に引き寄せ、回した腕の方で背中にある何かをひょっと取って前に出した。
「見てご覧。これなんだと思う」
「盾です」
「そうね。小さいと思わない?」
「はい。でも遥か昔に。このくらいの大きさの盾を持って、闘技場で戦った人たちがいましたから、実用的だと思います」
ミレイオの片目ずつ違う色がイーアンを覗き込む。『どうして知ってるの』静かに訊くと、イーアンはちょっと困ったように目を反らして『古いものが好きだから』と答えた。
抱き寄せられていることは、イーアンは嫌でも何でもなかった。すぐ近くに顔もあるし、本当なら拒むような具合なのだろうが、なぜかこのミレイオは安全だと・・・どこかで分かっている自分がいた。
「お前!!こらっ何やってんだ」
タンクラッドが様子を見に来て激怒。ミレイオがイーアンと長椅子にいる上に、肩を抱えてくっ付いてる現場に度肝を抜かれて怒鳴る。
「何って。説明よ」
「離れろ、くっ付かなくても説明できるだろう!」
「煩い男ねぇ。ほら、あんたもそっち座って良いわよ」
「そうじゃない。そうじゃないだろう、ミレイオ。イーアンに手を出して良いとは言ってないぞ」
「何馬鹿なこと言ってるのよ。出してないじゃない。やだやだ、こんな年でやらしいこと考えるの」
タンクラッドにもこんな場面があるのかと思うくらい、きーきー騒いで怒っている。ミレイオは面倒そうに『話できないじゃない。早く座ってよ』ともう一つの長椅子にしっしっと剣職人を追い払う。
「今度は一人でおいで。道分かる?これ、煩いでしょ」
これといわれてタンクラッドが文句を言うが、ミレイオは無視していた。イーアンは、ハルテッドとドルドレンを思い出し、似た関係ってあるんだなと思った。
「盾の話しないとね。知らないっていうから。でもどうなのよ、あんた。何か知ってそうなんだけど、隠してない?」
イーアンはちょっとタンクラッドを見る。タンクラッドは首を回して眉根を寄せながら、はーっと低い溜息をついた。『しょうがない。教えてやるか』派手な長椅子の背に長い両腕を広げ、長い足をドンと組んで、仰け反る態度の悪い剣職人。
「エラそうねぇ。嫌な感じ。あんた、そんなだから友達できないのよ」
「黙れ。お前も見た目で友達できないだろ」
「良いから早く話しなさいよ。何かあるんでしょ。盾作るったって、あれこれ隠しながらなんて、面倒臭くて嫌よ」
そう言ってミレイオは腕にイーアンを抱え込んで、イーアンの体の前で両手を組んだ。『この子に何かあるんでしょ』ちょろっとイーアンの顔と、服から覗く胸の黒い絵を見る。『あ。イーアンにも絵がある』さっと鳶色の瞳を見ると、抱え込まれた顔は頷いた。
「その絵。イーアンには幾つかあるらしいが、一つに龍の絵がある」
「龍の。龍の絵が入ってるの」
タンクラッドは話し始めた。まず自分がイーアンと出会った新年のこと。業務の流れから、イーアンのディアンタのナイフのこと。遠征で行った先の遺跡から持ち帰った持ち物のこと。イーアンの存在。馬車の民出身の総長が彼女の伴侶ということ。イーアンが話してくれた、この世界に来た理由と現状。そして自分や仲間の存在について。
「ここにも龍で来た。入れないから途中までだけどな」
「そんな。あんたがそうなの?海神の女と似てると思ったけど。分かる?さっきの話の遺跡の」
「同じことをティヤーの漁師のお宅で言われました。祠が幾つもあるということで、その石像と似ているって」
「実際にイーアンの前に来た女性は、今の彼女と瓜二つだっただろう。ディアンタに行くとわかる」
「ふうん。そうなの」
ミレイオは、スリーブロックくらいの頭をさっと片手で撫で付けて、イーアンの顔をまじまじ観察。それから違う方向を見ているイーアンの顎に指を添えて、きゅっと自分に向けた。タンクラッドが騒ぐが無視。
「そうかー。確かにね、あの海神の女もこんな雰囲気だったんだろうなぁ。ふうん。で、あんたがさっき、あの盾のことを知ってたのはどうしてなの」
イーアンはちょっと考えて、以前いた世界の歴史であったと話した。本が多い世界で、情報に困らないから、知りたいことはある程度知る自由があったことも教えた。『だから知ってるだけです。実際には全然』『知らないっての?』『はい』『あ、そう』ミレイオは何か考えているようだった。
「いい加減に手を放せ!!」
怒る親方が立ち上がってイーアンを掻っ攫おうとし、ミレイオに手を叩かれた。『野蛮なことしないでよ』睨まれて、低い声で叱られるタンクラッド。
「大丈夫よねー。怖がってないでしょ?」
「はい。怖くないです」
「ほらぁ」
聞いたかこの野郎くらいの言い方で、ミレイオに突き放されて、タンクラッドは頭をぶんぶん振る。『ダメだ。イーアン、いくら何でもくっ付きすぎだ。制限時間も無制限じゃないか』ダメダメと腕を伸ばす。
「ミレイオは何もしません。彼は良い人です」
「あ。彼って言わないで。私、男とか女とかあんまり言われたくないの」
「ごめんなさい。じゃ、この方って表現します」
「そうして。そっちの方が良いわ」
自由なのねとイーアンは解釈する。だから自分も受け入れてもらえたのかもしれない。タンクラッドをちらっと見ると、もの凄く目が怖い。イーアンはびっくりして体が硬直した。
「あらやだよ。タンクラッド睨むんじゃないわよ。怖がってる」
「怖くないだろう。怒ってるだけだ」
「あんたそんなだから、嫌われるんだって。威圧的よ、一方的で。固まってるじゃない、びっくりしてるの分からないの?」
「お前がしゃあしゃあとしてるからだろ。もう帰る。イーアン帰ろう」
「ああ、嫌な男~・・・・・ まぁ良いわ、明日おいでなさい。ここにいるから」
盾の話は明日ね、とミレイオはイーアンを立たせる。『どうなの。旦那も来るの?ここ見て大丈夫な人?』気絶されても困るのよねーと笑うミレイオに、イーアンはきっと大丈夫と答える。
「じゃあ明日ね。旦那いなくても良いけど。お金の話とかそういうのは、あんたが聞いてくれば良いわ」
「分かりました。契約書などはお嫌でしょうから、違う方法を聞いてみます」
ミレイオはイーアンと手を繋いで、玄関へ送る。後ろで煩い剣職人は終始無視されていた。そして玄関口で送り出すと、ぶりぶり怒って遠ざかる剣職人とイーアンに大きな声で『明日よ』と叫んだ。
イーアンは振り返って手を振り『はい』と答え『指輪が落ちていました。右の中指につけておきました』と続けた。
ミレイオが聞き取って、さっと右手を見ると、指輪が二段になっていた。ミレイオは笑って扉を閉めた。
タンクラッドはちらっとイーアンを見て、怒っていたのも束の間、その業に内心不安になる。イーアンが見上げる。『あんなことしません。いつもは』と察したように断る。
「そうだろうけれど。お前はいろんなことが出来るな」
そうですか?とイーアンは微笑んで笛を吹いた。ミンティンがすぐに来てくれて、二人は夕焼けの空の中、それぞれの家に帰った。明日また盾の職人の家へ行くと約束して。
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