41. イーアン、一員となる
(※凄く長くなりました。お時間ある時、お暇なときにどうぞ)
正午。 遠征から戻った部隊は、支部で待機していた騎士たちに『勝ち戦だ』と喜びの叫び声を上げ、馬を休ませ、広間へ入って武器や防具を外して次々に風呂へ向かった。
風呂場が満杯だと、裏庭で半裸のまま(パンツは履いている)水浴びする者も出てきて、風呂待ちで広間にいる者は食堂で先に昼食を済ませるので、支部の中は風呂も裏庭も食堂も一気に混雑した。
ドルドレンはウィアドに掛けていた荷袋を持って中へ入り、広間で武器鎧等一式外してから、さっさとイーアンを連れて部屋へ戻った。
「部下が落ち着いたら風呂場を掃除させる。風呂は夜に回っても良いか」
「全く問題ありません。皆さん、ようやく緊張が解けて何よりです」
部屋の中で荷袋から荷物を取り出しながらイーアンは笑った。子供のようにはしゃぐ騎士たちの喜びようから、無事に帰れたことの大きさを実感する。
「イーアンのおかげだよ」 「いいえ、皆の力です」
ドルドレンは壁にもたれて、床に座って荷物を並べるイーアンを微笑んで見つめていた。
イーアンは、工房で受け取った荷物の包みと、ドルドレンがくれたお土産の容器を嬉しげに机に置いた。紙とペンとインク壷も机の上に置き、ちょっと考え込んだ。
「どうした」 「はい。作業が出来る机があったら、と」
ふうん、といった感じでドルドレンが机からイーアンに視線を移す。イーアンは以前の世界で自分が家に工房部屋を持っていたことを思い出していた。
「そんなに大きくなくても良いのですが、物を作ると材料や道具が増えるから」
ドルドレンは大きく頷いてから『後で会議の時にでも必要なものを話してみよう』と微笑んだ。その時、鍵を閉めていない扉をノックする音がして、『ドルドレン、会議だ』とくぐもった声が続いた。
ドルドレンが扉を開いて相手に何かを話してから、イーアンに振り向いて『イーアンもおいで』と手招きする。イーアンが行くと廊下にポドリックが立っていて、もう後30分くらいだから一緒に会議室へ、と伝えた。
そのまま部屋を出ようとすると、ドルドレンが『魔物のお土産と親父の持たせてくれた包みも持っていこう』と言うので、イーアンはそれらを大切そうに腕に抱えて部屋を出た。
1階の会議室に入ると、まだ数名しかいなかった。彼らは書庫の本か何かで暇を潰していた。
ドルドレンの横の席にイーアンは腰を下ろし、細長い机の上に荷物を置く。ドルドレンは後ろでポドリックと立ち話をしていた。会議室は遠征前に入ったことがあったが、イーアンは奥の書庫へ入っていたので、改めて部屋を観察した。
20畳ほどの広さの部屋に、青い柄物の絨毯が敷き詰められていて、細長い机がロの字型に組まれている。窓は壁の一面に配置されており、背が高くて上下に分かれて開け放たれていた。調度品は部屋の邪魔にならない位置に少し置かれているだけで、実に機能重視な部屋であった。
イーアンが包みを解いて、親父さんが持たせてくれたものを改めて見ていると、話し声と共に人がぞろぞろ入ってきた。イーアンの姿を見つけてちょっと驚いた様子だったが、『やぁ』『会議に出るのか』『楽しみにしている』と普通に声をかけてくれた。
その後、書類を持った人が3人ほど急ぎ足でやって来て、会議室の扉が閉まる。ドルドレンも席につき、イーアンの荷物をちらっと見たので、イーアンは荷物を膝に乗せようとすると『そのままで』と彼は微笑んだ。
イーアンを含めた16名で、遠征報告会議は始まった。
進行の執務室所属の騎士が挨拶をした後は、ドルドレンから報告を始め、各隊の隊長が順番で報告する。遠征日数と戦闘日数・負傷者の数と状態を最初に伝えた後、各部隊の隊長から、損失と欠品・消耗品の状況・食料の状況など、それぞれが口頭で報告し、内容は書記が書き留める。
ここまで済んだ後。進行係がイーアンの存在に議題を移した。『イーアンには何か大切な話があるんですね』とペンをインクに浸けた。
ドルドレンは先に、イーアンの同行がこの度の戦闘時にどのような影響を生んだかを全員に話した。相違の意見を取ったが『相違なし』となったので、その後、ドルドレンは質疑応答形式でイーアンに説明をお願いした。
「イーアン。俺が質問することを説明してほしい。イーアンの話の後、他の者が質問をしたらそれも答えてもらえるか」
「分かりました。お願いします」
「それではイーアンが最初に助言を与えてくれた、岩の魔物との戦闘から質問する。
イオライの山の南西から上がった中腹付近に岩石系の魔物がいたのだが、それは先ほど報告した。最初に魔物に遭遇したのは俺とそこにいる3人とイーアンで、偵察した折に姿を現したものを退治した。
一番初めに傷を負わせた魔物から流れる体液を見たイーアンは、その魔物の首を落とそうとしたポドリックたちに注意を与えた。その理由を教えてくれるかい?」
ドルドレンはイーアンに話の続きを促す。イーアンも少し緊張しながら『はい』と繋げた。
「私には理由が2つありました。その前日に皆さんが戦った魔物の臭いと似ていたことが1つめです。
2つめは、前日の魔物の被害に遭った3名の方の怪我の様子と鎧の破損状態を、手当を担当した同日に見たことからです。
この2つの情報は、私に一つの物質を示唆していました。知識と同じものかどうかの確証は得られていませんが、私はそれが『とても強い酸性の物質』と見当をつけました。
そして翌日の岩の魔物の体液の臭いに、前日の魔物と同じ特徴があったことから、液体の色や粘度は異なっても同質の危険があると考えて、ポドリックさんに、液体を被らないよう注意しました」
ドルドレンは微笑んで『ありがとう。この話は一旦ここで止めよう』と礼を言った。
「さて、次の日の魔物は山の逆側に大群で生息していて、それらは岩壁から飛ぶ前まで岩と見紛う体。前日の岩の魔物が地面を這う種としたら、対のように飛行する種だった。だがそれらは体液ではなく、奇声と炎を上げて攻撃する魔物だった。
イーアンはこの魔物に対して、剣ではなく盾を使えと指示した。その理由を教えてほしい」
ドルドレンとしては、この話を楽しみにしていた。聞きたくても中々この話題にまで運ばず、今日まで分からず仕舞いだったのだ。『剣ではなく盾』と聞いた、待機陣の騎士たちは不思議そうな顔をした。
現場にいた隊長たちは面白そうに頷いて、イーアンを見た。
「私が飛行する魔物を見たのは、避難している途中の道でした。距離は離れていましたが、岩壁から無数の欠片が散ったと思ったら、甲高い金切り声と炎を同時に口から出している姿に変わりました。
魔物の一頭がドルドレンに討ち取られたのを見た後、仲間が怒って次々に声を上げました。ここで、魔物と戦う方法が一つ浮かびました。」
イーアンが一息つくと、全員が静かに続きを待った。書記は必死に書き留めている。
「戦うための情報について、先にお話します。
1つめの情報は、甲高い声と同時に噴く短い炎です。2つめは、怒った魔物がお互いを避けて空に向かって声を上げたことでした。3つめは、魔物の体は岩の固まりが変化していると思われたことです。
この3つの情報から、推測できることがあります。
魔物が鳴く時にしか炎は出ないので、恐らく、発声の何かが炎の仕掛けだと思いました。これについては後でまた説明します。
次に、彼らはお互いに首を向けて鳴くことはなく空に向かって鳴いていたので、これは炎よりも音が彼らにとって危険だからでは、と私は捉えました。
その推測は魔物の近くで確認したのですが、彼らの体には岩の要素しか見られませんでした。そこで、炎は彼らの体に影響しなくても、お互いの出す音による影響を本能的に怖れているのではないか、と考えました。
ここから仮定を立てました。
あの魔物の一番の攻撃は、――今回は誰も受けませんでしたが――大きく裂けた長い嘴で対象を啄ばむことかもしれません。捕食については、生態が分からないので意見を控えます。
空から滑空して啄ばむために、対象者を威嚇するか損傷を与えるかして、動きを鈍くさせる必要があるとします。
そのための武器が炎であり、啄ばむ気で接近するとしたら。口を開けたまま、声も出し続ける必要があるのです」
イーアンは手振りを加えて、魔物の口を左手で作り、対象者を右手で表現しながら説明した。
「魔物は自分たちの声を互いに回避しているので、声を体に受けることが、彼らにとって重度の危険であることは想像に難くありませんでした。それを利用すると、接触せずに彼らを倒す方法が見えました。
魔物を倒す方法は、彼らの出す音・・・つまりあの金切り声を彼ら自身に直に返すことです。
声は正面から跳ね返さないと効果がないので、魔物が離れた場所から一直線に向かってくる間、真正面から何かで跳ね返し続ける必要があります。
隊の皆さんが持っている盾は、形状が縁から中心に湾曲して、凸面が表・凹みは裏面であり、裏側は金属が貼られているのを見ていたので、裏側を魔物の声に向けて使えば、音を効果的に跳ね返して彼らの体に損傷を与えることができるのでは、と考えました」
イーアンがちょっと黙ると、数名がさっと手を挙げた。『やっぱり分かり難いわよね』とイーアンは上手く説明できないことを申し訳なく思った。
そのうちの一人 ――片目のブラスケッド―― を指名して質問をお願いした。彼は岩の魔物の時もイーアンに説明を求めた人だった。
「質問だ。イーアンの考えでは、声が炎を増やしたこと・声が物を破壊すること・声が正面の物体にだけ影響することが、今回の作戦に繋がったという。質問は合っているか?」
イーアンは頷いた。『これは良い質問。素晴らしい簡約!』と内心、助け舟に喜んだ。
「声にそれほどの力と特性があると言い切るのには、何か理由があるのか?」
この人、ナイスアシスト。イーアンは嬉しそうに笑顔で『はい』と返答に入る。
「声は、音です。音は空気が振動しています。音は目には映りませんが、炎が音に影響する例はあります。 ・・・・・これは音がどんな環境で発生しているかの条件も必要ですが、音の影響はあります。」 「それは音で炎が増す、といった意味なのか?」
「実のところ、音が火を消すことは知識として知ってはいますが、逆の、火の勢いを増す現象についてはよく知らないのです。でも既に着火した火を、先ほど話したいくつかの条件の下で大きくする影響はあると思います。
この魔物の着火は音ではなく、皆さんも使う火打石のようなものを持っていました」
イーアンは横で楽しそうに話を聞くドルドレンをちらっと見て、お土産の容器に入った奇妙な石を紹介した。触って良いかはまだ分からないので、容器ごと周囲の人に回して観察してもらう。
「魔物自体を調べる時間はありませんでしたが、ドルドレンが、倒した魔物の喉奥から出てきたその石を集めてくれました。
この石が喉の中で何かの摩擦を起こして火花を作った時点で発声すると、魔物の体内の構造が声による炎増加の条件に沿っていて、それで炎を噴き出していたのではないかと思いました」
観察した騎士たちは、石の入った容器を横へ横へと回して全員がそれを確認した。ブラスケッドは続けて質問した。
「では、音が物体を破壊することや、正面が条件であったことはどういった理由がある?」
「物体を破壊することについては、破壊対象の物体の『最も変形しやすい振動』を知る必要があります。『最も変形しやすい振動』を繰り返し与えると、『破壊できる振動』にも繋がります。音や圧力は、振動を通して物体を壊します。
その物体に合う振動――今回の場合は音です。一番効果的に、岩の体を変形させやすい音を、続けてその体にぶつければ・・・対象物体の強度を上回った時、それは壊れます。
体内の炎増大環境が整っているとしても、炎に影響を与えるほどの振動がある音を体で受け止めた時、あの乾いた脆そうな岩の魔物が耐えられるとは思えませんでした。
もう一つ。正面が条件という部分は、音の特性として空気を振動しながら直進することからです。
発せられたらどこにでも聞こえると思うのが音ですが、実際には音の発生源から真っ直ぐ伝わる場所にいる場合が一番良く聞き取れます。
長い説明でしたが、このようなことから、
1に盾を使って・2に真正面から・3音を跳ね返し続け・4に音の振動が魔物の体の強度を上回り・5で、その結果魔物が壊れる・・・という戦い方を伝えたのでした」
イーアンは説明を終えてから、『でも思惑が外れたら隊に被害をもたらしかねないので、[その場で思いつく作戦の一つ]として、私が最初に実行しました。勝手をして申し訳ありませんでした』と主観的な考察を実行したことを謝った。
質問したブラスケッドは目に見えて感心した表情で、『満足した』と拍手してくれた。ドルドレンはイーアンの肩を毎度のように抱き寄せ『一目見てそれを考え付いたのか』と褒め称えていた。
他の騎士たちは唖然としていて、『へぇ』とか『はぁ』とか感嘆の声なのかよく理解できていない返事なのか分からない声を出していた。
場が少し落ち着いた時、ドルドレンが咳払いして次の話題に移った。
「つい面白い話を聞いて、第二話の方が熱が入ったが。実は本題は第一話の方だ。
イーアンは強い酸性の物質を持つ魔物に、対抗できる金属の話をしてくれてもいた。イオライセオダの剣はその一つでもあるようだ。それで先ほどからここにある容器は、イオライセオダに帰りに寄って購入したものである。
さて。なぜこれを購入したか。それをこれからイーアンに説明してもらおう」
ドルドレンが『簡単で良いよ』と促してくれたので、イーアンはドルドレンに話したことを伝えた。ドルドレン以外の ――クローハルも例外―― 騎士たちは口々に驚きを声にした。
「魔物を使う」「死体を持って帰ってくるというのか」「危険はないのか」「確か崩れてしまうだろうに」「何にする気だ」
イーアンは『彼らの反応は、尤もです』と自覚しながら見つめていた。
そもそも自分は一週間くらい前に突然やって来た、身元の分からない妙な顔の人物である。女というだけでドルドレンがせっせと保護者で活躍してくれたため、ものの一週間後にこの会議に出てるのだ。
――その人物が。遠征から戻ってくるなり、経費でイオライセオダの金属を購入してほしいとか、それは魔物を役立つように加工したいからだ、とか意味の分からないことを真顔で言うのだから――
「すみません、イーアン。例えば、その魔物をどう使うか。現時点で考えていることがあれば教えてもらえますか。大体で良いので」
そう言ってくれたのは経理担当の騎士で、遠征前にドルドレンの部屋に穴を開けるための経費を落してくれた人だった。真っ直ぐな茶色い髪の毛に、ちょっとふっくらした顔が人の良さそうな印象を与える若そうな騎士である。
「はい。今回倒した魔物の体液をドルドレンが持って帰ってくれました。それを防具か武器に使用して、効果を出したいと考えています」
「上手く行く可能性はありますか」
「まだはっきり言えませんが、負傷した方の着用していた破損鎧を見た時、材料として扱える可能性自体があると思いました」
「ちょっと口を挟むよ」
パンパンと手を打って一同の注目を集めたのはクローハルだった。クローハルはイーアンの提案について、自分から補足があると言う。
「実際に彼女を同行して戦闘に挑んだからこそ、の意見だ。
これまで常に作戦はあるにはあったが、今回のような状況と似た戦闘は記憶にない。
今回の遠征で知った確かなことは、彼女の知識と状況判断から生まれた即答の指示により、今ここに一人の欠けもなく帰還したことだ。
彼女は唐突に現れて、容姿も見慣れない分、信用するにはそれなりに時間がかかると思うやつもいるだろう。だが、一緒に戦った俺たちは、既に彼女を信頼している。
イーアンの提案で、負傷者は手当を通して体も精神も早々癒され、見たことのない魔物が相手でも連続完勝できた。
実力を第一に評価するのが騎士じゃないか。身分や見た目や過去より、イーアンの取った行動が何よりの信用に値する部分だ。彼女が倒した魔物を使って役立てたい、というなら俺はそれを全力で支える」
クローハルは言い終えると立ち上がり、『どうする?』と全員を見渡して右手を前に伸ばした。
ドルドレンが不快そうな顔で立ち、右手を前に突き出し『俺の言葉を取るな』と睨む。
笑ったポドリックが机に手を付いて立ち上がり、『賛成しよう』と右手を伸ばす。
ブラスケッドが口角を吊り上げて『面白い』と右手を差し出す。
『僕はイーアンを支持しようと思って詳細を聞いたんですよ』と困り顔で会計の騎士が立ち、右手を出す。
苦笑いするコーニスが立って右手を伸ばしながら『うちの坊やがチャンスを作れと煩いからな』と言い、ドルドレンに冷たい目で一瞥される。
パドリックは『一口乗るよ。戻り金が少なそうだけど』と笑って右手を出す。
次々に立ち上がる騎士が右手を部屋の中央に差し出して、最後の一人がイーアンになった。
イーアンが呆然として目の前の光景を見ていると、ドルドレンが『イーアンはどうする』と灰色の宝石を煌かせて笑いかけた。
イーアンは立ち上がり、感極まって涙を浮かべ、会釈しつつ右手を差し出した。
「満場一致により、イーアンをクリーガン・イアルツアの一員と認める。イーアンの支部での仕事は、魔物性物質の企画制作だ。至急、部屋と備品を整える。
これにて、イオライ遠征報告会議を終了する」
ドルドレンの声が会議室に響き渡った。
お読み頂きありがとうございます。
科学の応用話ですが、参考にはしているものの、読まれてる方の中で科学に通じていらっしゃる方には「こんなこと起こらないよ」「これは違うのでは」と感じる場合もあると思います。そこのところは、どうぞ『異世界だというし、何となく科学が通じる部分があるみたいだね』といった、ぼんやり具合で受け流してやって下さい。
恐らく今後もこの手の話が登場します。温かい目で見逃して頂けますと大変有難いです。




