419. 急がしい休日の午後
昼に戻ったイーアンは、ドルドレンのところへ走る。ドルドレンは寝室にいて、落ち着いたようだった。
シカの肉(※足)を見せて、オーリンにシカで唐揚げを作ったら、こんなにお礼でくれたと目を輝かせ話した。聞いた瞬間、ドルドレンは再び沈んだが、想像するに肉で釣られた(※当)嬉しそうなイーアンに頷き、戦利品を誉めてあげた。
「ドルドレンにあげたいと言ったら、これだけくれました。早速揚げましょう」
「食べたばかりだから。夕食にしようか。一緒に食べよう」
ドルドレンは、溜め息をついて、熟成肉で興奮する愛妻(※未婚)を抱き寄せ、しっかりと抱き締めた。『有難う。イーアン愛してるよ』どう気持ちを表せば良いのか分からないものの(※多くの人は分からない)ドルドレンはこの言葉が最適に思えた。そしてとにかくイーアンを抱き締めたかった。
イーアンも抱き返して『ドルドレン。愛しています』と微笑んだ。ぎゅーっと抱き合って、片手にシカの足を持つイーアンは、伴侶の背中に足が当たっているとは露知らず。伴侶のシャツに異様なシミ(※肉汁)がついていた。
「イーアン。俺たちは忙しいな。ゆっくり休むこともない。次にすることはもう決まってるんだろう」
「はい。盾の職人に会いに行く予定を」
「そうすると。イーアンは盾を作る?」
「いいえ。この前もちょっと話しましたけれど、私は弓や盾はほぼ知らないに等しいのです。以前の世界で知った知識が少々。というだけ。作ったことがないので全く未分野といいますか。3日後にオーリンが弓を作るのを見せて教えて下さるそうです。だから盾の方にも早くお会いしないと」
「そうか。本当に俺ではついていけない世界だ。悲しいくらい、何も分からない。でもそのくらい、急がないと。急いで学んだり作ったりと進めないと、出発には」
「間に合わないと思います。私たちの装備以外に、ハイザンジェルの供給に携わる、騎士の皆さんの動きと、持ち込み先の製作内容が整わないと」
自分たちがとても大変な事業を始めていると、まざまざ感じる。ドルドレンは長い溜め息をついて、イーアンに凭れかかる。『君には本当に大変なことをさせて』こんなに大事だとは、と謝った。その上、自分の気持ちも人間付き合いで翻弄されるなんて。
イーアンは伴侶を撫でて。『いろいろ起こりますでしょう。でもどこへ行きたいのかを、ちゃんと見ていれば、間違いや遠まわしは避けられます。遠回りはあってもね』確かな目を持ちましょうと微笑む。
二人はこのまま、シカの肉を傍らに寝室で話し合った。盾の職人には早いところ会いに行って、時間を大切に使おうと決める。『明日行けると、そう伝えてくれ。それでいなければまた翌日。その次の日はオーリンだろう』ドルドレンはイーアンを抱き締めたまま、提案してくれた。
「分かりました。では明日に行けると。タンクラッドに後で報告して来ましょう。そして予備日として、明後日も」
「うん。そうしてくれ。俺も行けると良いけれど、笑顔が損するらしいから」
イーアンは困ったように笑い、伴侶の髪の毛をちょっとかき上げて額にキスした。『私は思うけど。あの方はあなたを嫌っていません。寧ろ好んでいらっしゃる気がしますよ』本当よ、と灰色の瞳を覗きこんで教えた。
「そんなわけはない。俺を見ると嫌味を言う。馬鹿にするし。イーアンをさも自分の」
「それはわざとです。真面目なあなたを楽しんでいるだけですよ。あなたを気に入っているからではと思います」
それが分かるイーアンにも、ちょっと微妙なドルドレン。何その『本当のあの人はね』的な発言~と思ってしまう。でも、言われてることは理解する。自分でも、本気で嫌われたり避けられていない気がする(※ブラスケッドは扉を開けてもらえなかった例に基づく)。
「タンクラッドは何かあると、総長に聞いてみろと言います。総長に伝えろと。あなたと私が一緒だとちゃんと分かってくれています」
「そう?その割には何だか、イーアンにベタベタしてる。一緒だと思うなら、もっと距離を取ったり、俺に気を遣ってると分かるようにするんでないの」
「そういう方ですよ。あの方は純粋で天然であるには間違いないし。気の遣い方は、彼独特の理論に基づくのでしょう」
ドルドレンは旅の仲間と分かっていても、タンクラッドが苦手だった。悪いヤツじゃないとは心のどこかで分かっていても。そういうことではなく。
――彼は。一枚も二枚も、自分の上を行っている気がする。年が11も上だからかもしれない。いきなり魔物を余裕綽々6頭も倒したのを見たし(※絶対強いって分かる)金色に光る伝説的な剣を持っているし(※あれ、めちゃめちゃカッコイイすごい欲しい)。
龍も言うこと聞いちゃうし(※裏切り者!)。何でも作ってしまうし、博学で堂々としていて自慢もしない(※頭良い)。笑顔も振りまく(※ファン多数&影響増幅中)。
それに、自分にない魅力や実績が、何より俺の大事で愛するイーアンの好みに重なる。自分が関心が向かなかったり理解できないことを、彼はとことん知っている。イーアンが満足するくらいに、のめり込むくらいに。
そして極め付きがイケメンだーーーっっ(※俺から見てもカッコイイのが嫌)どうすりゃ良いんだ、俺はーーーっ!!!
はぁぁぁぁ、と崩れ落ちるドルドレンを支え、驚くイーアン。『どうしました。大丈夫?』イーアンの膝に顔を突っ伏して落ち込む伴侶に、イーアンは一生懸命励ます(※『ドルドレンは最高です』『世界一格好良いです』『私の英雄ですよ』etc)。
伴侶を慰め、ちょっとお昼寝させることにした(※保育園)。その間に、イーアンは用を片付けると伝え、ゆっくり眠らせるために歌う。あっという間に寝た(※寝つきの良い幼児)。
時間は限られている。急いで夕食の準備からまず取り掛かる。皆さんにはイカタコ唐揚げ、伴侶にはシカの唐揚げと青さパンちゃんを用意。タンクラッドにも、1種類を少しずつ包んでいくつもり。
料理担当は全部試食できるので、イーアンが厨房に来るときは人数が増える。そしてお手伝いもしてくれる。作業は早くてとても助かる。
青さパンは、一度に天板でごっそり焼けるので重宝である。酵母を作ったので、ヘイズに頼んで管理してもらっている。ちょくちょく使って、都度、粉と水を足してもらい、酵母ちゃんに生きていてもらう。青さパン生地は、午前にちょっとタネを作っておいたから、それをもとに練って発酵。
生地発酵中に、唐揚げ作り。シカの唐揚げは、ロゼールやヘイズには大変ウケていた。オーリンに、時もの(時期限定)で発注したらどうだろうと、真剣に予算の変更を考えていた(※『今ならまだあるんですよねぇ』とシカ在庫確認された)。
イカタコも続けて揚げたので、これは夕食時にヘイズの卵のソースに絡めてもらうことにした。
パンと言えば。以前、調理中に。料理担当の騎士に何を作っているか聞かれ、『これはアワウラのパンです』とうっかり言った時、実はハイザンジェルで『ペン』と呼ばれるパンがあることを知った。『ん?ペン?今、パンて言いましたか』と聞き直された。
形が小さく丸みがあり、白い生地で、柔らかいタイプのものを『ペン』としているらしかった。なので、伴侶にそれを伝えると、伴侶はすぐに『ペンでもパンでも発音はほぼ同じだよ』・・・と教えてくれた。
ドルドレンは、イーアンに合わせてパンと呼んでくれているが、実際、イーアンの発音は時々おかしいらしく、『ポドリック』が『パドリック』に聞こえるとか、母音のつなぎが独特らしかった。だから、ペンでもパンでも通じるようになった。
どうにか急いで作り、手際良い料理担当の皆さんに助けられて、イーアンは開始から1時間半で、片付けと試食まで漕ぎつける。
タンクラッド分を袋に入れて、試食に皆さんにちょっとずつ配り、美味しい時間を共有したら即出発。もし伴侶が起きたら、ちょっとあげて下さいとお願いして外へ出た。
見送る料理担当たちは複雑。総長はすぐに子供返りする。イーアンはザッカリアには手を焼かないのに、総長には手を焼いているのか(※お互い様)。
気の毒にねと話しながら、彼らは夕食分と総長の分をきちんととりわけ、余った分を多めに出して、料理担当たちで平和に分けた(※既に味見を超える量)。
イーアンは眠るアオファを見ながら、ちょっと微笑む。何日でも眠るのかもしれない。この仔が眠っているのは安心の証拠だと思う。そして冠は首に下げたまま、笛を吹く。アオファは眠っていて、ミンティンがやって来た。
お土産を持ったイーアンは、イオライセオダへ向かう。到着する頃は3時。動き回るとお腹が減る。とはいえ、休んでいる時間はない。裏庭に着いてミンティンをそのままに扉を叩いた。
「早いな。今日は2回も会えるとは」
嬉しそうな剣職人。仕事中だが火を使っていないから上がれと、家に入るように言ってくれる。イーアンはお土産を出してから、すぐに帰ることと、明日か明後日に盾の職人に会いに行きたいことを伝えた。
「そうか。総長とすぐに決めたのか」
お土産の紙袋から漂う良い匂いに微笑み、職人は肉の唐揚げを見つけて食べる。びっくりした顔でイーアンを見たので、『オーリンを送って行って。彼の獲ったシカで唐揚げを作ったら、お礼に足を一本くれました』と話した。
「何。オーリンにこの唐揚げを。イーアンはなぜ、そう気前が良いのか」
「そういうことを仰らない」
「そうだった。危うく危険を冒すところだったな(※ケンカで負けた思い出)。しかしこれは極上だな。お前の料理はどれも極上だが、シカはさすが山生活というか。特徴的だ。何て力強い生命の肉だろう」
目の据わるイーアンに、素直に従って、唐揚げの感想を言う親方。イーアンは感想に満足。彼が目の前で吊るし肉をこんなに切ったから、全部唐揚げにしたら半分も食べたと、手振りを交えて教え、笑った。
「それでお礼に、お肉をもらいました。お陰で、ドルドレンにも、支部の方にも、こうしてタンクラッドにも。皆で美味しい味を分かち合えました」
タンクラッドはニコッと笑って、イーアンを抱き寄せ、ちょっとだけ頭にキスした。『お前は優しいな』そして一つ取って、肉好きなイーアンに食べさせる。お腹の空いているイーアンは溶けながら味わった(※確信犯)。
「よし、じゃ。ちょっと行ってみるか。居れば、明日か明後日の約束も取り付けられるだろう」
「はい?」
いきなりタンクラッドは、中へ入って上着を羽織り、もう一つ唐揚げを口に入れ、イーアンにももう一つ口に押し込んで。そしてイーアンを抱え上げ、そそくさと龍に飛び乗った。
「え。今から盾の方のところですか」
「近いから。龍だとな。北西と西の間で、奥の方だが。まあ、ミンティンなら数分だろう」
あらあらと思いながらも、タンクラッドはミンティンに行き先を告げる。『アードキーだ。分かるか。山脈の手前の』そこまで言うとミンティンは浮上して、そのまま西の山脈方面へ飛んだ。
「初めて聞きました。アードキー。そこは西の管轄かしら」
「どうだろうな。騎士修道会の担当範囲が分からないから何とも。小さい地区だ。というか・・・・・ 」
「西で山の方で。小さい地区ですと。魔物が多いのでは。大変でしょう」
「いや。そうでもない。いや。どうかな。魔物は多いだろうが。大変じゃないだろうな」
イーアンは不思議な答えに続きを待つ。親方はイーアンを抱えたまま、ちょっと思い出し笑いをしている。そしてちらっとイーアンを見て『会えば分かる』と頷いた。
あっという間に山脈の裾野に着いた龍。タンクラッドの指示で、街道から随分離れた地元の道を辿り、木々も針葉樹が生えたり、ゴソッと岩場だったりの変わった風景の場所へ降りた。ミンティンが入れるのはここまで、という場所で降りた。
「少し歩こう。あいつの家は周りに木が疎らで、ミンティンが降りれる場所に思えない」
龍を帰し、イーアンはタンクラッドの後をついて行く。緩い傾斜を歩きながら、針葉樹はあるものの、そこら中に岩が突出している地形を興味深く眺めた。歩いて2~3分すると、前方に1軒の平屋が見えた。
「あれだ」
タンクラッドはイーアンの手を引く。傾斜がきつくなり、馬が通るくらいの幅しかない道が伸びる。そこを歩いて岩壁を背中に立つ平屋に着いた。状態としてはオークロイ親子のルシャー・ブラタ工房に近いが、なんと言うべきか。やや異様な空間に感じる、取り残されたようなぽつんとした1軒だった。
家の周囲には、変わった彫像や何に使ったのかも分からない古い道具が、アートのように配置されていた。美術館みたいな印象。
厩の馬が人の気配で少し鼻を鳴らしている。ちょっと厩を覗くと、ショーリの馬に似た大きな馬がこっちを見ていた。
タンクラッドは並んだコレクションをすり抜けて、扉の前に立ち、イーアンを引き寄せて扉を叩く。
「多分いる」
一度のノックでは反応しないので、もう一度叩いて「ミレイオ。俺だ。タンクラッドだ」と名乗る。中で音がして『タンクラッドォ?』と間延びした声が響いた。
ギッと軋んで開いた扉。
「あら。タンクラッドが珍しい。あん?その。何よ。女連れてきたの?ちょっとあんたの女なんて、本当?」
イーアンは目を丸くして、ちょっと口が開いてしまった。でもそんなこと気がつかない。目の前の人物にびっくりして見つめた。タンクラッドはその様子を見て小さく笑った。『な。見りゃ分かるだろ』と言う。
「変わった顔。何て魅力的なのよ、誰あんた」
あなたの方がずっと変わってる・・・・・ イーアンは瞬き出来なかった。この世界でこんな人に会うなんて。
「入って」
ちょっと上から目線で笑ったミレイオは、二人を家の中に通した。呆然とするイーアンの背中をタンクラッドが少し押して、骨董屋のようにぎっしりと物が詰まった、暗く妖しく摩訶不思議な家の中へイーアンは入った。
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