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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
415/2953

415. イオライ遠征報告会議&龍の所在

 

「イオライ遠征報告会議を始めます」



 進行役の声で、会議が始まる。今回はオーリンも一応参加。オーリンは騎士ではないが、イーアンと一緒に戦った時間があるため、それについての質問を補助する形で加わった。そして、ギアッチも3回目の魔物で指揮を受け持った(※最初だけ)ので参加。

 いつもドルドレンをいびる、ぽっちゃりさんが『総長お願いします』と回し、ドルドレンが口頭で状況報告する。


 遠征・戦闘日数、負傷者、欠品・消耗品・食料状況。イオライセオダ確認申請と現地状況。魔物情報全般を含む大まかな流れを伝え、戦法状況に入る前に各部隊長の報告に続く。


「確認はどうでしたか。イオライセオダにも確認申請がありましたが」


「それは俺とポドリックで担当したが、特には」


 ブラスケッドとポドリックの隊で、イオライセオダ到着時に午後は見て回ったと言う。でも何も見えなかったし痕跡もないと伝えた。『町長には申請内容を確認したが。地響きとかそうしたことが懸念のようだった』多分、谷の魔物の地響きだろうなとブラスケッドとポドリックは頷いた。


「分かりました。その。谷の魔物ですが。ちょっと理解しがたい部分が幾つか。と言うか、矛盾がありますよね」


 矛盾の指摘は、ドルドレン以下全員、出向した騎士は見当がついている。負傷者と完全健康体の状況のことだろうと。


「イーアン。どう伝える」


「ご加護でした」


 イーアンは何も見ず、目を伏せて頷いて答える。それ以上聞くなという姿勢。ドルドレンも聞かない。それを静かに執務の騎士に伝える。ちらっと並ぶ隊長の列を見ると。全員目を伏せていた。


「ご加護で済む話ですか?2日目の谷の魔物で負傷者ほぼって現実は何ですか?見間違いじゃないですよね」


「だから。ご加護だ。本当に。ほれ、外のデカイ龍もご加護。分かるか?世の中、どうにも説明が付かない事があるんだ」


 それ本部に何て書いて送れば良いんですか、と騒ぐ書記。確かに現実離れし過ぎて、解釈が追いつかないだろうから、そこは若干気の毒だが、治癒場について公表するのも気が咎める。それはどうやら、あの時負傷者として治癒場へ行った全員がそう感じたようだった。


「聖なる瞬間がある。それは俺たちが戦うところに現れる」


 腕を潰されたクローハルが、自分の回復した腕を擦りながら、静かに呟いた。ポドリックもその腕を見つめながら『俺の体もあのままでは持たなかっただろうが。今、生かされている』と背中に手を回した。横にいたコーニスも何度か頷いて、小さく息を吐いた。


「私もですよ。もう死ぬんだとあの一瞬で思った。でもメーデ神は私を助けてくれた」


 誰も、治癒場の存在を一言も漏らさなかった。だが怪我をして、回復した騎士が同じことを言うので、執務の騎士たちは困惑した。


「 ・・・・・じゃ。神様のご加護で良いんですね?そう書きますよ、本当に」


「それ以外ないんだ。部下に聞いても構わないが、同じことを言われるだろう」



 ――実際。執務の騎士の一人は、この数日後に、自分の友達の騎士に確認した。その騎士は、治癒場の存在を話してしまったが『他に言わない方が良い気がする。あれは聖なる戦いをした俺たちに、神が与えた祝福のような気がして』と困った顔で言っていたので、なぜ総長や部隊長たちが言わなかったのかを、執務の騎士たちも理解した。公表しては神の意向を侮辱するような、そのくらい奇跡的なことだったと認めた。



 しかしこの会議の時は。執務の騎士たちはどうにも理解できず、仕方ないといった具合で、誤魔化しを交えた常識的な形で書類を作った。


「ふーむ。これについては終わります。それで、ええっと。戦法ですが。最初の魔物は、以前も出てきた地中からのですね」


 それについてはドルドレンが説明した。続いてクローハルが話し、ポドリック隊の部下が入ったことでポドリックも短く報告。書記は書き終えて『これは普通に剣で倒したんですね』と確認した。



「それで。次が面倒でしたね。数が、それぞれの印象が相当違いますけれど。これは混乱によるものですか?状況混乱か、場所が異なるとか。そうした条件下でしたか」


「どちらもだ。谷は長く、いつも遠征で出ている岩山の裏から伸びて、岩山を始発点としたら区切りまでは1㎞程度あっただろう」


「1㎞区間。そこから先はいなかったんですか?」


 ドルドレンはこの場合は、と溜め息をつく。シャンガマックのことはどう話そうか・・・隊長たちを集めてひそひそ談議し、これは言うことに決定する。なぜなら、支部で一度シャンガマックは魔法を使っている(※VS総長)ため、これは良いだろうという内容(※全員周知)。


 ちょっと嫌そうな顔で、ドルドレンはシャンガマックが魔法で閉じ込めたことを伝える。これには執務の騎士も記憶に新しいため、すぐに了解し『ああ~。イーアン泣かせた時の。ハルテッドさんのあれ?』と嫌味ったらしく返された。


 あれじゃ、確かに凄いかもね~とヘラヘラ笑いながら、書記は『シャンガマックの奮闘により』と濁して記入した。総長は仏頂面で睨んでいた。イーアンは下を向いて黙り続けた。



 そして質疑応答は続く。この魔物の場合は、騎士全体は肉弾戦だったこと。それと龍の力。半分に分けた谷を、ドルドレンとイーアンが担当したこと。()いて出てくる魔物から一度撤退し、結界の外へ出た以降で状況が変化したことを伝えた。前半の最後と、後半の最後は龍が手伝ってくれたことも。



「長かったですね。だって戦闘開始から。・・・・・軽く18?19時間?それくらい経ってますよ。夜戦持込だったのか」


 きついな~と他人事で顔をしかめる執務の騎士たちに、ヘロヘロで戦った騎士たちは顔つきが怖かった。『感想は要らない。前半と後半だったと書いておけ』ブラスケッドが鬱陶しそうに促す。



 獣頭人体の魔物の流れについては、主に総長が説明。ドルドレン側の領域にいた騎士たちと、イーアン側の領域にいた騎士たちの状況を報告。

 次にオーリンに話を振り、オーリンが参戦した前半を話してもらう。オーリンは、パドリック隊の弓引きを援護していたが、イーアンと組んだ時は、既にその場に最初にいた騎士たちは避難した後で、自分とイーアンと龍だけだったと伝えた。

 総長の側は先に片付いて、イーアンとオーリンの場所へ移動し、結界を一度解いて、その後に後半へ続いたと話した。


「結界という存在がちょっと分かりにくいのですが。本部にはシャンガマックの奮闘とします。ただ一人で『奮闘』の言葉に無理がありますから、どう書くか。でもその結界が解かれた時、よく魔物が出てきませんでしたね」


「ミンティンが凍らせているのを、私とオーリンで倒していたので、周囲の気温もかなり低かったのです。氷が邪魔して鈍っていた魔物が動き出せるようになるまで、少し時間がありました」


「やっぱり龍の力は大きいですね。龍がいなかったら最悪でしたね」



 事実なのに。全員が書記のその言葉に反応する。まるで龍がいなければ死んでいたように聞こえる。龍がいなければ。そりゃ死んでいたかもしれないが。


 イーアンは何も言わなかった。それは本当だと思う。自分なんか運動神経も悪いし、ミンティンやアオファあってこそ、身動きが取れているだけで。だから何も言えない。



「以前も思ったが。お前のその言葉の選び方は、命懸けで戦い抜いた全員に、役立たずと言い放ってるようなもんだぞ」


 ドルドレンは落ち着いた口調で話した。『そんなつもりじゃないんですが』書記は空気の悪さに戸惑う。


「そんなつもりじゃないなら。言葉も選び方を理解していないなら。喋るな。お前たちの仕事は尊敬するし、敬意も払う。だが俺たちの動きに、お前は敬意を払った言い方を果たして選んでいるのか。考えてみろ」


「そうだな。ダビがいたら怒ってたろう。俺たちは訓練をつんだ騎士だ。だがイーアンも、今回参戦したオーリンも騎士じゃない。それなのに本当に、二人とも魔物のど真ん前で絶対に逃げなかった。何時間も何時間も休みなく剣と弓で攻撃し続けた。お前の指摘した、龍の背中に乗ってな。龍のお陰なのかもな。だがこの二人は命が尽きそうだったんだぞ。イーアンなんか、イーアンなんか。お前、お前じゃ絶対出来ないことをしたんだぞ」



 片目の騎士が、その片方の目に、少し涙を浮かべて本気で怒っていた。横にいるクローハルも、ドルドレンもじっとブラスケッドを見つめる。


「俺に言ったんだ。俺の部下のイングマルもヤルケも全身骨折した後、残りの騎士が俺と後1人の状況で。イーアンは、自分は意識をなくしても剣を持っていると。だから龍から落ちたら限界だと判断してくれって。そして笑った。『でもあなたたちを守るから絶対落ちない』って笑ったんだ。言えるか、お前に。


 ホントに龍に乗って、剣だけ持って突っ込んでったんだぞ。全身血まみれでも、俺とドルドレンが呼ぶまで動き続けたんだ。意識なんかなかったぞ、イーアンに。絶対落ちないって約束を命を削って守ったんだ。


 オーリンが途中で見てられなくて、一緒に龍に乗ってくれたが、そんなこと出来るか?血まみれで龍と一緒に、全力で戦う人間の側に行くなんて。自分も間違いなく傷つくと分かっていて。延々と出てくる魔物の頭を攻撃し続けるんだ。いつ終わるかなんて絶望的な状況で。

 彼は本当は無関係だ。弓の補強で参加しただけの職人なんだ。俺たちを置いて帰ったって良いのに、彼だって自分の身を晒して、一歩も引かなかった。絶対逃げなかったんだ。


 お前に。お前に出来るか?お前は命懸けの意味を知ってるのか? 死ぬんだぞ。いつ死ぬか分からないんだ。その恐怖を、人のために超えられるのか?イーアンもオーリンも、超えたんだ。とっくに超えてる。彼らは騎士だ。俺たちと同じ、命懸けを本気で誰かのために出来る騎士だ。


 この仕事を選んだ俺たちが言うのは可笑しいかもしれないが、俺たちだってそうだった。前線で戦ってすぐ殺されかけて、その仲間を見ながら戦うんだぞ。ヨドクスたちの馬車だって、一瞬狙われたら、馬車にいる負傷者ごと何十人も死ぬ危険を感じながら、必死に守るんだ。

 どれだけ怖いと思う。自分が死ぬかもしれない恐怖と、自分の仲間を死なせるかもしれない恐怖に吊り上げられて。


 神のご加護で治ったから良いとか、そういう話じゃないんだ。治れば何度でも死にかけて良いなんて、思えるわけない。龍がいなかった時だって、いつでもそうして戦ってきたのを、お前たちだって知ってるだろう。

 俺の眼が潰れた時、俺はその次の週に戦闘に出たぞ。怖くないわけないだろう。でも仲間や部下を守るために、民を守ると決めたために戦いに出る。

 ここにいる全員そうだ。広間にいるやつら、全員がそうだ。騎士修道会の戦う騎士は全員。二度と、龍がいなかったらなんて言うな」



 ブラスケッドが泣いていた。落ち着いていて、いつも冗談を言って、客観的な意見が言える隊長が、自分の心の声を伝えて教えた。


 横のクローハルも目をちょっと押さえて、濡れた指を膝で拭いた。ポドリックは顔を隠して立ち上がり、会議室の外へ出て行った。コーニスもパドリックもヨドクスも。顔を押さえて、思い出す恐怖に震えていた。


 オーリンはイーアンの横に座っていたが、ちらっとイーアンを見て、イーアンが微笑んだ顔に微笑み返した。総長は涙をうっすら浮かべて、目を閉じていた。

 溜め息を一つついたドルドレンは『イーアン。もういいぞ。アオファの側へ行っておいで』黙るイーアンにそっと促す。それからオーリンを見て、『ご苦労だったな。会議が終わったら慰労会だ。帰るのは明日にして、今日は一緒に過ごそう。今はそうだな、イーアンとアオファの様子でも見ててくれ』そう伝えて、頷いた。


「後は。ギアッチの説明がある。獣頭人体については報告書は簡潔に済ませろ。必要ならギアッチに知恵を貸してもらえ。これ以上は俺たちに訊くな」


 怒っているわけでもなく、総長はそれを書記他執務・会計の騎士に伝えると、オーリンとイーアンを会議室の外へ出した。


 ドルドレンがギアッチにヘビのような魔物退治の話を振る。終始状況を見つめていたギアッチも、これは箇条書きで伝え、戦法指導の実戦版と伝えた。この話もギアッチの抑揚のない話で3分程度で終えた。


「以上だ。必要ならギアッチへ。いいな、ギアッチ。知恵を貸してやってくれ」


「はい。そうしましょう。実際に行かないと理解できないのは仕方ないね。でも思い遣りは、想像でも出来るから。次回からは思い遣りを持ちましょう」


 先生の諭しに、屋内勤務の騎士たちは居心地が悪かった。


 別に意地悪な意味で言ったわけではないし、あんなに大袈裟に、泣かれるようなことでもないだろうと思っていた。だが、隊長の殆どが同じように、苦しみの表情をしていたのは事実で。自分たちはもう少し考えて喋る必要がある気もした。



 この後は、ドルドレンは北西支部の2頭の龍の内、一頭はここに暫く置くことを伝える。問題があれば、もともと騎士修道会の範囲の生き物ではないし、連れてきた場所へ戻すだろうと話した。しかしイーアンに懐いているから、恐らく青い龍同様、彼らはイーアンのいる場所に来るとも伝えた。


「龍のことで何かあれば、俺かイーアンに言え。出来るだけ俺に言った方が良い。イーアンは気を遣う」


 これで会議は終了。イーアンたちの退出後、僅か10分以内で終わった。終わった時点で、総長も各隊長も、ギアッチも、一言も会話せずに会議室をすぐに出て行った。

お読み頂き有難うございます。

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